百五十六話
(´・ω・`)ドン!
「なんて心臓に悪い遊びをするんだい? 魔術は遊びで人に向けてはいけません、先生との約束だよ?」
「申し訳ありません、つい盛り上がって」
「本当に申し訳ありませんでした……つい」
正座で先生のお叱りをうける大の大人×2がこちらとなっております。
いやなんかごめんねレイス、俺の所為で。
だがしかし、その検証の甲斐あって、無事に離れた相手に着弾した場合もHPとMPを吸収する事が可能だと分かり、その話をリュエにするとなんとも言えない表情を浮かべる。
悔しそうな、嬉しそうな、そんな相反する感情がせめぎ合っている様子で唸りだす。
「吸収の魔術…………いいなぁ、結局私に闇属性は合わなかったみたいでさ、こんなのしか出せなかったよ」
そう言いながら、彼女は右手の人差し指をピンと上に立て、そこから一筋の黒い糸を伸ばしてみせた。
……氷使いの女! スパイ◯ーマ!
一瞬そんなフレーズが脳裏を掠め、頬が緩む。
すると、そんな俺の表情の機微に彼女が気がついたのか、頬を膨らます。
「わ、笑わないでおくれよ! いいんだいいんだ、私には他にも沢山属性があるんだから」
「ああいや、馬鹿にしているんじゃなくて、俺の世界にいた架空のヒーローを思い出しただけだから」
「架空のヒーロー、ですか?」
「指先から糸を出すヒーローなんているのかい?」
というわけで、糸でどんな事が出来たのか彼女達に説明する。
そしてその結果、彼女の指先から出た黒い糸が、俺の作る闇魔術の剣と同じ程の強度を誇っている事も判明。
さすがのリュエも想定外だったのか、今度はもくもくとその糸を伸ばし研究を始める。
さて、再び自分の世界に没頭した彼女を尻目に、レイスに本日の最後のまとめとして、闇魔術でどこまで出来るのか、そして氷属性にも闇を適用させる事が出来るのか検証してみる事に。
「氷は青い魔力、ですね?」
「そう、そんなイメージでやってみてくれ」
そうすると、彼女の掌にグラスに入れるようなロックアイスが生み出された。
……またですか。
恐らく彼女は、実生活に役立つイメージを元に魔術を使う癖があるせいで、放出する規模が小さくなってしまっているのだろう。
これは先ほど同様、肉を使って大きな氷を出すイメージを植え付けなければいけないな。
「氷魔法は便利なんですよ。グラスの氷を追加する際にいつも利用していたので、リュエ程ではありませんが得意なんです」
「そんな自信ありげに胸をそらさないで下さい。使い物になりません」
氷をひょいとつまみ上げ、自分の口に放り込んでゴリゴリと噛み砕く。
貴女はこれに闇を付与してどうしたいのですか。
すると、彼女は『あぁ!』と悲しげな声を上げながらこちらに手を伸ばす。
いやいや、とりあえずもっと戦闘向けの使い方をしていきましょうか。
とは言ったものの、どうすればいいだろうか。
「……たとえばレイス、ここに巨大な肉が――」
「あの……私イコール肉という発想はもう決定なのでしょうか」
「……割と」
少し不服そうな表情でそう漏らす彼女。
ああ、確かに少々失礼だったかもしれない。
となると、どうしたものか――
「私は肉だけではなく、巨大な赤身魚も大好きなんですよ?」
「……あ、そうなんですか」
結局食べ物でOKなんですか。
だが……その魚ってマグロやカツオの事ではなかろうか?
「レイス、マグロって知ってる?」
「知っていますよ。エンドレシア沖で捕れる、最大3メートルにも及ぶ巨大魚です。中々手に入りませんが、とても美味しい魚なんです」
「マジでか、エンドレシアにいたのに全然知らなかったし食べた事もなかったぞ」
もしかしてリュエの倉庫内にもあるのだろうか?
ふむ、レイスさんや、今夜の晩ごはんは――マグロ、ご期待下さい。
しかしそうなると、彼女のイメージにはうってつけだろう。
「鮮度が落ちやすいから、大抵は釣ったら即凍らせて運ぶんだよな、マグロって」
「そういえば、エンドレシアからこちらに運ばれるマグロは、真っ白になるくらい凍っていましたね」
「お、見たことあったんだね。やっぱり鮮度が落ちやすいからな、仕方ない」
「……なるほど、あの巨大なマグロを直接凍らせるだけの魔術が必要なのですね……」
言わんとしていることを理解し、彼女が再び目を閉じ『うむむ』と唸る。
その様子が、普段の凛とした美しさとあまりに掛け離れ、どこか可愛らしくそのギャップに微笑ましい気持ちになる。
だが、そんな彼女の顔が少し困ったように崩れ始め、パチっと目を開く。
「申し訳ありません、目にした機会があまりなくて、上手にイメージが出来ないのですが……」
「現物を用意しろと申すか」
「あ、いえ決してそういう意味ではなくてですね……」
ああ、確かに普段目にしないものをイメージするのは難しいだろう。
ふむ、となるとこういう時は再びリュエ先生の出番ですな。
俺は訓練所の片隅で、延々と黒い糸を伸ばし続けている彼女へと視線を向ける。
……なんだあれ、部屋の一角だけ照明を落とされたように真っ黒になってるんですけど。
「リュエ、ちょっとお願いが」
「あ、待って待って、今仕上げに入るから」
次の瞬間、部屋の角を黒く染めるほど伸ばされた糸が、急激にシュルシュルと音を立てながら小さく纏まっていく。
そして、最後には一振りの剣が残されていた。
黒い、本当に黒い、漆黒と表現しただけでは到底追いつかない程の黒い剣。
まるで、そこだけ映像を繰り抜いたかのような、そんな一振り。
「糸をね、剣の形に編みこんで圧縮してみたんだ。どうだい? 時間はかかるけど、カイくんみたいに剣を出せたよ」
「どれどれ……」
そんな凹凸が分からないほど真っ黒な剣に手を伸ばす。
いや、本当黒すぎて手に取るだけでも違和感が、まるで闇そのものを掴んでいるかのような。
だが、そんな事よりも驚くべき事が。
「なんだこれ……かなり重いぞ、俺の奪命剣と同じくらい重い」
「あ……そっか、圧縮しても重さは変わらないもんね。どれどれ?」
彼女に手渡すと、想像していたよりも遥かに重いその剣に、肩がカクンと下がってしまう。
が、やはり俺同様高レベルのステータスならば十分に取り回し可能なのか、ぶんぶんと軽く素振りを始める。
……その外見と、重さを知っているせいで威圧感が尋常ではない。
サーベル程度の大きさしかないのにも拘わらず、重量級武器……これもなかなかえげつないな。
「おっと、忘れてた。ちょっとリュエのバッグを貸してくれないか?」
「うん? いいよ、ちょっと待ってね」
アイテムパックから取り出した毎度お馴染みリュエバッグ。
それを受け取り、手を突っ込んで頭の中で想像する。
マグロ……マグロ……。
すると、手にひんやりと冷たいものが触れ、これだ! と両手を差し込んでそれを掴み、一気に引き上げる。
明らかにバッグの口の広さを無視して出てきたのは、さすがにまるまる一本ではないが、大きく切りだされた巨大なマグロのブロック。
自分の肩幅くらいはあるそれを、レイスの元へと戻り、目の前にズシンと鎮座させる。
「カ……カイさん、それ……」
「マグロです。これは凍っていないので、今すぐ凍らせないと今日の晩ごはんは鮮度の落ちたマグロを食べる事になります」
「……まかせてください」
キリリと引き締まったその表情は、今まで見せたどんな顔よりも凛々しく、強い意思を持っているような感じました。
結局、食べ物で釣る……と言うと失礼かもしれないが、無事にレイスも氷の魔術に闇属性を付与するに至った。
炎の時は妙に赤い色がついてしまっていたが、氷は氷で、妙に青白い色をしていた。
まるでそう、白く冷凍されたマグロの様な……そんな白の向こうに青黒い色が見え隠れするようなそんな風合い。
それを彼女は器用に操り、あっという間に一本の矢に整形してみせた。
彼女が使う魔弓は魔力を直接矢の形にして射出する武器なのだが、普通の矢を放つことも可能。
だが、彼女は矢がもったいないからとそれを使わないようにしていた。
だが、これならば無駄にならないからと喜びながらそれを的である人形に向かって射出。
ただね、それって結局魔力を消費してるじゃないですか。普通に魔力を射出するのと変わらないと思うんです。
それを指摘すると、今度こそ彼女は膝から崩れ落ちてしまい、悲しげに地面に『の』の字を書いていましたとさ。
「ま、MPを吸収出来る矢として使えるって分かったからよかったけどね」
俺は自室の台所で食事の用意をしながらそう思い返す。
あの訓練の後、さすがに慣れない魔術を使いすぎた為か、レイスもリュエも疲れてしまい、こうして切り上げて戻ってきた訳だ。
そして約束通り、今日の晩ごはんはレイスが見事に凍らせ鮮度を維持したマグロを使う事になりましたとさ。
ちなみに彼女は『貴重な食材です、オインクさんにも食べさせてあげるべきです』と熱弁を振るい、彼女が今居るはずの総帥室へと向かって行った。
なるほど、美味しいもの、貴重なものはなるべく周りの人間と分け合うべきだという考えなのか。素晴らしいと思いますよ。
俺? 出来るだけ少人数でお腹いっぱい独占したい派ですとも。ただし時と場合による。
そしてリュエなのだが、やはり闇属性が肌に合わなかったのか、疲労困憊といった様子で、部屋に戻るなりベッドに倒れこんでしまいました。
一瞬、どこか具合でも悪くなったのかと心配したのだが、うつ伏せのまま『ご飯が出来たら起こしておくれ-』と篭った声で宣言し、今はグーグーと眠っておられます。
さてはて……俺も余り扱った経験のない巨大なマグロブロック、どう料理しましょうかね?
(´・ω・`)ご期待ください(ドン!