百五十五話
(´・ω・`)純粋な子なんです
「……あ、少し発動がしやすくなりましたよ」
少しすると、一人黙々と精神を集中させていたレイスが、嬉しそうに言いながら、掌をこちらに見せてくれた。
するとそこには、先ほどの火柱同様、妙に赤い野球ボール大の炎がメラメラと燃え盛っていた。
ともあれ、色をイメージすることにより発動がしやすくなるという事実を彼女に刻みつける事が出来たところで、本題である黒い魔力だ。
「レイス、たとえばだけど……光の三原色っていうのは知っているかい?」
「う……申し訳ありません、学がなくて……」
「ああいや、謝らないでくれ、俺が説明下手でなにかに例えないどうにも出来ないだけだから」
少しだけしょんぼりとしまったレイスさん。そんなつもりはないんです、頭を上げてください。なでりこなでりこ。
いやはや、以前は緊張して頭を撫でるなんて出来なかったんですよね。
リュエさんはなんといいますか、撫でやすいオーラを放っているので簡単なんですよ。
ふむ、じゃあとりあえず光の三原色を説明するところから始めようか。
「カイくん、光の三原色というのは私も知らないんだけど、それは光魔法に関係するのかな?」
「ん? そうだな、リュエは光魔法……魔導まで使えるんだったか」
「ふふん、いつも氷しか見せていないけどね、ばっちりマスターしているよ」
「よし、じゃあリュエに解説の手伝いをしてもらおうか。じゃあまずはそうだな……」
魔導具が浸透している事から、もしかしたらと思っていたが、現象に対して科学的見地から解析をしようという試みが活発ではないようだ。
そういえば、炎の色で温度が違うって事もリュエは知らなかったっけ。
まぁそれでも、オインクは馬車の改良や新たな魔導具の開発に着手しているのだし、そういう試みがまったく無いとは思わないが。
「詳しい解説はなしで、必要な部分だけ説明するからよーく聞いてくれ。まず、光って何色で出来ていると思う?」
「光、ですか? 太陽の光や、魔導具の照明ですよね……」
「光は光だよ? あ、でもステンドグラス越しだと色んな色になったっけ」
ふむ、こういう異なる文化、常識や知識が交じり合っていく過程というのは、なんとも面白い。
まるで西洋料理の人間が和食の旨味の概念を取り入れていくような、そんな感じだろうか。
こういった交わりから新たなものが生まれていくのだと思うと、今自分がとても有意義な事をしているようで、形容しがたい充実感が生まれてくる。
そういえば豚ちゃんやかつて召喚された人間は、そういった知識を広めようとは思わなかったのだろうか?
政治や農業、商業のような生活に密着する知識はそこそこ広まっているように感じられるが、今回のような学問というのはあまり需要がないのだろうか?
「まぁ無色、もしくは白っていうのが通説だと思ってくれたら良いかな」
「そう、ですね。そんな印象ですね」
「それで、光の三原色っていうのはなんだい?」
「光っていうのは、実は赤と青と緑、この三色から構成されているんだよ。いや、もっと言うと全ての色はこの三つの組み合わせで出来ているんだ」
いや俺もあやふやな知識なんですけどね。
大体で良いんです、今回はこの説明を応用して黒い魔力ってものを想像しやすくするのが目的なので。
「原色……それは理解出来ます。染料を使って布を染めたりした事もありますから。ですが……染料をすべて混ぜても白にはなりませんよ?」
「うん、私もさすがにそれは分かるよ」
「確かに物質を混ぜて白にするのは、普通じゃ不可能だ。だけど光の場合はそうじゃないんだ」
さて、ここからが問題だ。
実際に実演してみたいところだが、ここには色付きセロハンもなければ、色付きLEDライトなんてものもない。
魔導具で再現出来そうなものだが、今この場になければ意味が無い。
というわけでリュエさんに協力していただきましょう。
「リュエ、光の魔法で、真っ直ぐ伸びる光って出せるかい?」
「光線っていうヤツだね? お安いご用だよ、ほら」
「やめ……顔にあてるのはやめなさい」
「うりうり! ふふ、悪戯でよく使ったものさ」
小学生が理科の授業で鏡を持つと、こんな風に悪戯しますよね。
貴女は小学生並の悪戯をしていたんですか。
「その光に色をつけるのは……無理だよな」
「うん、ちょっとやり方が分からないしイメージが湧かないかな?」
「プリズムでもあれば一目瞭然なんだけどなぁ……ああそうか!」
ないなら作れば良い。幸い、俺だって氷の魔法は扱える。
よしよし、じゃあ早速……。
俺は珍しく、闇属性を付与していない氷魔法を発動させる。
初めて覚えた属性だけはあり、ある程度の操作は俺でもお茶の子さいさいだ。
そうして、俺はうろ覚えながら三角柱の氷を生み出していく。
だが――
「……リュエ、これと同じものを作ってくれ。出来るだけ透明なヤツ」
「カイくんの氷は気泡が沢山入ってしまっているね。ふふ、大きな透明の氷っていうのは中々作るのが難しいんだよ」
「カイさん、氷の魔法も使えたんですね」
「実は闇魔法でよく使ってる剣、あれも氷なんだよ。闇を混ぜると操作しやすくなるし、解けなくなるんだよ」
「なるほど……でしたら次は炎でなく氷の練習もしたほうがいいかもしれませんね」
悔しいが、さすが氷属性に関してはリュエの足元にも及ばない。
彼女は瞬くまに、俺が作ってみせたものと寸分たがわぬもの、すなわち氷のプリズムを生み出してみせた。
さて、ここからは簡単だ。
リュエに先ほどの光線魔法を、生み出したプリズムの特定方向から照射してもらう。
そして、今度こそそこに俺が白く濁った氷の板、スクリーンとなるものを生み出すと――
「ほら、光が分解されて色が出てきているだろう? 大きく分けて、赤、緑、青になってる」
「本当だ! でも黄色もあるね……あ、赤と緑が混ざっている場所なんだね?」
「……あ! なるほど、私の持っているアクセサリー類の中で、不思議な輝き方をするものがありましたが、これだったんですね?」
「お? レイスは見たことがあったんだね。つまり、光っていうのはこんな風に沢山の色が含まれているんだ」
なるほど、カットされた宝石によって分解された光、か。まさかダイヤモンドですかね? さすがです。
ともあれ、まず第一段階として光が沢山の色を含んでいるという事を二人に理解してもらう。
するとそのとき、驚くべき事が起きた。
今白いスクリーンに映っている虹色が唐突に変色しはじめたのだ。
何事かとリュエの指先を見ると――
「あ、本当だ、ちょっといじったら色をかえられるようになったね。ほら、青い光も出せたよ」
「リュエ、ストップ。青や紫の光って、人の身体に悪影響を及ぼす事もあるんだ。今みたいに特定の色の光だけをそんな強さで出すと危ない」
「そ、そうなんだ……」
「ちなみに薄い紫色の光は紫外線といって、身体に有効な働きをする場合もあるけど、目に入ると失明の原因になったりもするし、肌にあたるとすぐに日焼けしてしまったりするんだ」
「……封印するね、恐い」
「本当に恐ろしいですね……そんなすぐに日焼けしてしまう光なんて」
まぁ紫外線と言っても無害のものもあったりと色々種類があるそうですが、その辺りはよく分からないのでとりあえず封印してもらいましょう。
……けど除菌や殺菌くらいには使えるかもしれないな。
そしてこれに対する二人の反応だが、レイスまでもが恐ろしげにいう姿に、女性の美へのこだわりを感じました。
まぁ適度に日焼けした姿っていうのも非常に良いものなんですけどね。
小麦色の肌とかもうね、砂浜で見るとこう、ね?
「さて、じゃあ折角リュエが光の色を覚えたってことで、本題に入ろうか」
俺はおもむろに闇魔法を発動し、黒い大きな箱を生み出す。
内部は黒一色、これで準備完了だ。
随分とかかってしまったがこれが本題、俺がやりたかった実験だ。
「ここからはあくまでイメージの補助、レイスが闇魔法を覚えるにあたって黒い魔力を想像しやすいように実演してみせるわけなんだけど」
「はい。ここまでの説明で、だんだんカイさんがなにを言いたいのか分かってきました」
「それはよかった。じゃあ、リュエ、この箱の中に光線を三つ照射してみてくれないか?」
「分かった、つまり赤と緑と青の光をあてたらいいんだね?」
さすがにもう分かったのか、彼女は器用に野球ボールを握るような手つきで、三本の指から三色の光線を生み出す。
それを黒い箱の底に当て、その三つを徐々に中心部へと寄せていく。
すると、俺の知る知識同様、しっかりと三色交わった部分が白く照らされていた。
「とまぁ、さっきの逆算みたいなものだけど、三つの色で白い光が生まれたわけだ」
「じゃあ、一つずつ消していくよ」
赤が消え、緑が消え、そして最後に青が消える事により、箱の中が真っ黒に戻る。
そう、俺はこの現象を二人の頭でイメージしてもらいたかったのだ。
「つまり、これが色が消えたら黒くなるってイメージも元になるわけなんだ」
「なるほど……こうして実際に見せられると、凄くイメージしやすいですね……やってみます」
「ちょっと面白そうだし私もやってみようかな? ふふ、私が覚えたらカイくんよりも凄い闇魔法を作ってみせるよ」
「やめてください俺のお株まで奪わないでください」
ただでさえ魔力に扱いに長けているのに、その上応用のしやすい闇属性まで使い出したら、いったいどうなってしまうのか。
だが、思いの外難航しているようで、眉間に皺を寄せながら唸っているも、リュエから闇魔術の発動の兆しが見えてこない。
そして逆に、レイスのその掌には徐々に暗い色の炎が集まり始めている。
よく見ると、それは黒というよりも先ほどまでの赤い炎が混じっており、どこか禍々しい、固まりかけの血のような色をしていた。
「……色はちょっと違いますが、どうでしょうか? 凄く操りやすいのですが」
「うん……どれどれ」
彼女が発動しているのがなんなのか、それを知る一番簡単な方法を試す。
そう、それは自分自身にあのアビリティを付与する事である。
さぁ、貴女の全てをさらけ出してもらいましょうかレイスさん!
【Name】 レイス・レスト
【種族】 上位魔族
【職業】 魔弓闘士/再生師(38)
【レベル】 119
【称号】 約束の乙女
偉大なる母
女帝
肉食系女子
【スキル】 料理 裁縫 工作 簡易調合 魔力集束 再生術 弓術 魔弓術 格闘術
短剣術 棒術 炎魔術 氷魔術 風魔術 闇魔術←New
【アビリティ】 不屈 カリスマ 魅了 幸運 器用な指先 常在戦場 快食
そう、我らが[詳細鑑定]大先生である。
これにより、彼女の覚えている魔術一覧にしっかりと『闇魔術』の文字が記載されているのを確認出来た。
つまり紛れも無く、今彼女が発動しているのは闇魔術というわけだ。
しかし、俺のものとは色が若干違うが、やはり温度を感じないのだろうか?
恐る恐る彼女の掌の上で躍る赤黒い炎に手をかざす。
すると次の瞬間、自分の掌から僅かな痛みと共になにかを吸い取られるような感覚が伝わってくる。
慌てて手を引き離すと、どうやら彼女の方も違和感を覚えたのか、互いに驚愕の表情で顔を見合わせる。
「レイス、今も再生術を併用してたりするのかい?」
「あ……そうですね、癖で一緒に発動させてしまいました」
俺は確かな予感と共に自分のステータスを開く。
目当ては現在のHPやMPだが、やはり予想通りの数値がそこには表示されていた。
現在HPとMPの両方が、僅かにだが削れていたのだ。
つまり、再生術と、恐らくそれに関係する魔力集束にも闇属性が混じり、一つの魔法として発動してしまっていると。
吸収系の魔術とか、ゲームの世界ではあまり陽の目見ないが……彼女の場合は手足に纏って使うのがメインだ。
ましてや、魔弓に乗せて放つことも出来るとしたら……。
「レイス、その炎を俺に投げつけてみてくれないか? 少し離れるから」
「あの、大丈夫なんですか? 先ほども少し痛そうでしたが」
「ちょっと抓られた程度だから問題なし。この魔術の有用性、レイスも薄々感づいているんじゃないか?」
距離を取りながら、彼女にそう返す。
恐らく、すでに彼女の脳内ではこれを活かす方法や、応用した戦法が構築され始めていることだろう。
彼女を贔屓目抜きに評価するとしたら、秀才。
天賦の才能で自在に魔力を扱い、様々な術式をあっという間に構築してみせるリュエに対して、レイスは秀才だ。
あらゆる戦法戦術を学び、取り入れ活かし、考えながら戦う戦略家タイプだ。
そんな彼女に、持久戦を挑むのは愚の骨頂であり、さらにその持久力を引き上げるような吸収系の術が加わったとなると――
「そうですね……私が普段距離をとって戦う際、いつもネックになるのが魔力の枯渇でした。もしも離れた位置からでも吸収出来るのならば……」
「ましてや、先に潰そうと襲ってくる相手と交戦するときにも吸収出来るんだ、間違いなく相手は嫌がるはずだ」
『よーし前衛無視して後衛先に潰しちゃうぞ』→『あれ、なんかこの後衛近接も強くね』→『持久力おかしくね』→無視した前衛が追いつき死亡。
ちょっと頭の中でゲームの大群戦をイメージしてみる。
単純に考えただけでこのような図式が思い浮かびました。
俺自身『渇望と絶望の両腕』を装備して格闘戦をする事で、相手のMPを減らし、さらに『呪い』を付与してMP回復を阻害する戦い方が出来る。
だが、彼女の場合はMPとHPを減らし、自分のものにしてしまう。
こんなの、相手にとっては悪夢でしかない。
いやはや……彼女が本気で戦う姿を未だ間近で見たことがないのだが、今回の大会ではそれを拝むことが出来るかもしれないな。
なんというか、レン君、ご愁傷様です。
「分かりました、ちょっと恐いですけど、放ちますね」
「よしこい! 俺を撃つんだ」
さて、ここに来て俺の悪戯心がムクリと音を立てて起き上がりました。
いやぁ、これはどう考えてもフリでしょう?
迫真の演技をお見せしましょう。
「は、話せば分かる! 俺が悪かった、頼む、どうか殺さないでくれ!」
後ずさり、必死の形相でまくし立てるように訴え、足をもつらせながら尻もちをつく。
そのまま足で身体をズリ押すようにして後ろへと下がり、さらに訴えかける。
「許してくれ! 頼む、助けて、助けてくれ! やめてくれ!!」
どうだ、恥も外聞も捨てて道化を演じられる三十路前の男の演技力は。
人を騙したりからかったりするのが得意な人間にとって、これくらい朝飯前なんですよ。
と、ここでキョトンとこちらを見ていたレイスが、ニヤリと口角を上げた。
お? さすが分かってますね。
「見苦しいですね、命乞いなんて。観念して下さい、貴方はここで終わりです!」
「や、いやだ! いやだああああ!」
俺の叫びと同時に彼女の手から放たれる、赤黒い火球。
見事胸に命中したのを確認し、俺は大きく背後へと自分で吹っ飛び、息絶えるフリをする。
やだ、これちょっと楽しい。少し痛いけど。
こんなちょっとしたお遊びも、魔術のおかげで盛り上がるんですね。
けどこれ、たぶん俺じゃなかったら結構大事になってるんですよね、分かります。
「うわあああ! カイくん! どうして、どうしてこんな事をしたんだいレイス!!!」
……あ、リュエが騙された。
(´・リ・`)!?




