百五十三話
(´・ω・`)よくも同胞を
訓練を終えゲートから出た俺は、すぐさま振り返って結果発表を待つ。
一度減点されはしたものの、最後の攻撃で挽回出来たと思うのだが……。
なんとか持ち直していてくれと祈りながら、掲示板の表示が切り替わるのをじっと見つめる。
「そもそもあれで加点されるのかも分からないけどな」
だが、結果はどうあれ今日の訓練は自分なりに満足出来たと言える。
完全ではないし、そもそもあんなに時間をかけて狙いを定めた一撃、実戦投入には程遠いだろう。
だが、『ゲームと同じようになんて出来るわけがない』と心のどこかで思っていた技術でも、条件さえ揃えばそれに迫る事が出来る。
思えば、あの龍神を打ち倒した時だってそうだった。それを再び体現出来ただけでも十分な成果と言える。
「最初でこれなら、何度だって、何百回だって、何千回だって繰り返せばいつかはいけるだろ」
十分にイメージトレーニングを重ね、心の底から『もう一度やりたい』と思える時が来たら、その時が地獄の反復練習の始まりだ。
本当、面倒な性分というかなんというか。この特有の性質のせいでよく周りに『サボり魔』なんて言われたっけ。
「……俺はスロースターターなんだよ、更に言うと追い詰められないとやらないタイプ」
夏休み最終日に必死にやるのではなく、夏休み最終日の朝に喜々としてあっさり宿題を終わらせるタイプなんです。
きっと俺以外にもいるはず。
そんな自己分析に浸っていると、掲示板に先ほどの結果が表示された。
『コースパターン C 月間ランキング1~10』
『1位 挑戦者 カイ クリア判定 S タイム 7:01』
『2位 挑戦者 ヴィオ クリア判定 A+ タイム 5:44』
『3位 挑戦者 ドーソン クリア判定 S タイム 15:01』
……おお!? ついに念願の一位になることが出来ましたよ。
惜しむべきは周りに誰一人いないことでしょうか?
判定はS、恐らくあの最後の二箇所同時撃破が評価されたのだろう。減点された分を差し引いてもSとなると、かなりの高評価だったと見える。
タイムはやはりヴィオちゃんには敵わないが、それでも総合的にはこちらが上だ。いやこれは中々嬉しいものだな。
そしてドーソン、昨日の分も含めて自慢してやらないと気がすまない。
いやいや、年甲斐もなくはしゃいでしまいそうだ。
俺少し浮かれながら、フードコートへと足取り軽く朝食を摂りに向かうのだった。
店員に料理を注文して席につき、一息つきながら周囲の様子を窺う。
大きな斧を背負った女性や、捻れた木をそのまま加工したような杖を持つ老人、そして鎧にサーコートという出で立ちの騎士と、いつもよりバラエティに富んだ面々が思い思いに休息をとっている。
どの装備も普段お目にかかる冒険者のものとは傍目からでも格が違うと分かるし、女性の背負っている斧に至っては美しい天使の羽のような彫刻が刀身に施され、芸術品の域に達している。
ううむ……俺もそろそろ普段使いの装備を更新するべきだろうか? いつまでも黒い皮装備一式はちと恥ずかしいな。
ましてや、俺のサイドには聖騎士様やなにを着ても栄えるお姉様がいるのだから。
「変装道具探しもかねて、武具店めぐりでもしようかね?」
そうぼやいた時だった。
背後に人が立つ気配がしたと思った瞬間、頭上から声が降り注いできた。
「装備をかえたところで強さは変わらない。身の程を弁えたらどうだ?」
「ん? ああ君か。レン君との訓練お疲れ様」
上を向くと、文字通りこちらを見下している赤毛の青年……青年でいいんだよ、俺もまだ青年だし。
アルバへと平常運転でそう返すと、まるでつまらないものでも見るかのような態度を取り、店員の元へと向かっていった。
いやはや、ここまでくるとあれですな、信奉者というか思春期の不良男子が好きな女子の周りに近づく男子に喧嘩を売るような、そんな風に見えてしまいますな。
ああ、もしかしなくてもその通りなのだろうか? ……たしかに豚ちゃん要素を取り除いたらかなりの優良物件だからな。
外見良し、頭も良くて経済力もあり、地位も名声もありよく気が回る。
んむ、かなりの優良豚だな、等級で言うならA5ランク。
と、そんな事を考えていると店員から声がかかる。
「ポークスペアリブハニーソースのお客様ー」
「はーい」
なんか無性に豚肉が食べたかったんですよ。
受け取った皿には、骨付き肉が豪快に盛りつけられており、美しい光沢を放つ照りと、絶妙な焼き加減の焦げ目が食欲を刺激してくれる。
どうやらソースにはケッパーが刻まれて入っているようだ、んむんむ、甘ったるくなり過ぎないいいチョイスだ。
だが、ここでまたしてもアルバが声をかけてきた。
「そいつは俺が頼んだ料理だったはずだが」
「奇遇だな、俺もこれを頼んでたんだよ。もう少し待ちな」
「俺はお前と違って忙しいんだ」
「そっかー」
料理をよこせと申すか。いやいや、こと料理に関して俺に突っ掛かっちゃいけません、タブーです。
寝てるライオンの尻尾を踏んづけるどころか頭引っ叩くような暴挙ですぜお兄さんや。
彼の目の前でその骨付き肉を手掴みにし、ガブリと喰らいつく。
んむ、こいつはうまい、しっかり味が染み込んでいる。
「……意地汚い野郎だな。まるで物乞いのようだ」
「料理を物欲しそうに見てくる誰かさんに言ってやってくれ。ちなみに、お手洗いには鏡があるぞ」
肉の繊維がほどける、とよく言うが、これはそうではない。程よく繊維が弱っているせいで、ブチンブチンと口の中で弾けてくれる。
そうだよ、柔らかければ良いってもんじゃない、この程よい歯ごたえと『肉を喰らう!』という満足感こそが大事なんだよ。
一本目の肉を食べ終わり、骨についた薄皮を歯で剥ぎ取り、その旨味を噛み締めているときだった。
唐突にテーブルの上に乗せられていた俺の料理皿に水をかけられてしまう。
……は?
「悪いな、手がすべった」
「そうか、じゃあお前がこれを食べろ、代わりにお前が注文した分は俺が食う」
「なに言ってんだ、物乞い」
おいおい、本当にこいつが白銀持ちで現役の議員なのか? さすがにこれは――
「アルバ」
「あ? お前が俺の名前を――」
「……寝てろ」
装備していたアクセサリーや自分の身に反転して付与していた攻撃力関係のアビリティをすべて元に戻す。
そして、そっと彼の顎に手のひらを添え、左右にシェイクしてやる。
さすがにこれは我慢が出来んよ、食事時にそれはイカン。ましてや食べ物を粗末にするなって親に教わらなかったのか。
しかもこれ、お前が敬愛しているオインクの同胞(豚肉)だぞ。
膝から崩れ落ちたアルバの口に、皿に残った水浸しの肉をわざわざ骨を外してから詰め込んでやる。
そして丁度そのタイミングで再び『ポークスペアリブハニーソースのお客様ー』の声が聞こえ、それを受け取りに向かうのだった。
「おはようございます。先ほどはみっともないところをお見せしてしまい……」
「いやいや、たまにはゆっくり寝たほうがいいよ」
「そうだよレイス。私みたいにぐっすり眠るのが一番だよ」
「……えい」
「ひゃめろー」
朝食を済ませ、施設内を見て回ろうとしたところ、丁度二人がやって来た。
本日もレイスは冒険者スタイルで、リュエは聖騎士スタイルを止め、同じく動きやすいいつもの格好だ。
なるほど、今日は二人でタイムを競うんだったな。
迷宮区間をどう切り抜けるかが見ものだが、リュエはすでに一度不合格とは云えゴールしている。
ふむ、けれどもあの迷路が毎回同じ順路だとは限らないし、条件としては五分五分か。
二人は少しワクワクした様子で訓練用区画へと向かっていく。
いや、どちらかというとレイスの方が落ち着きが無いというか、うずうずとした表情を浮かべているが――やっぱり勝負というか、賭け事だと燃えるんですかね?
二人がゲートを潜り、俺は近くのベンチに腰掛け二人が戻ってくるのを待つ。
中の様子を映像として映しだしたりは出来ないのだろうか?
いや、そもそも魔導具が存在しているのなら、足りない知識や技術を魔法で補い、擬似的に前の世界のような機械を作ったり出来るのではないだろうか?
そういえば以前、オインクは携帯電話のようなものを使っていたが、ああいった新しい魔導具を開発、研究している機関もどこかにあるのではないだろうか?
「ま、あまり発展し過ぎても新鮮味が薄れるし、今のままでいいのかね」
「なんの話だ? カイさん」
と、隣にドスンと誰かが腰掛け声をかける。
誰かなんて見るまでもなく分かっているんですけどね。
「よう、…………ドーソン」
「今の間はなんだよ!」
「いや忘れてないぞ、安心しろ」
「まったく……今日の分はもう終わらせたのか? カイさん」
毎度おなじみ、名前を忘れられがちな(俺に)ドーソンの登場である。
本日も革鎧に、目立たないスラックスと、その上から革製のポーチ付きのアーミーベルトという一般冒険者ルックだ。
折角あんな特徴的な戦い方をするんだ、もっとこう、ね?
「ほら、ちょっとゲート上のランキング、Cランクのところ見てみ」
「ほほう、自信ありげだな……は!? おいマジかよこのタイムでS評価だと!?」
「いやまぁ、これが本来の実力ですよ。ちなみにDランクも追い抜いてやったぜ」
「……マジかよ……地力が高いのは分かってたが……カイさん戦闘スタイル変えたばっかりなんだろ?」
「ん、やっぱ分かるもんなのか?」
「そりゃな。慣れるのが早過ぎるだろ……」
ふむ。見る人が見れば、すぐに違和感に気がつく程度の完成度、か。これはいい事を聞いた。
実際の結果だけでなく、そこに至るまでの工程、全体的な完成度というのは蔑ろにされがちだが、それは結果重視の試験だけの話だ。
もし人間と戦うとき、実際の強さに対して動きに違和感や隙、荒削りな部分が見え隠れしてしまえば、そこから相手に攻略の糸口を見つけられる事もある。
そういう意味でも、やはり全体的な完成度というのは必要になってくるだろう。
例えるなら、一見すると美しい宝石でも、傷や欠けた部分があれば、そこから劣化、崩壊していくように……。
こいつも今後の課題かね?
「あーあ、こりゃ大会でこの間の姐さんやカイさんに当たったら諦めるしかないな」
「別に優勝しなくたって、戦いぶりを評価してもらえたらポイントはもらえるらしいじゃないか」
「まぁな。けどやっぱりなー」
「今年は運がなかったと思って諦めな。それに、エンドレシアで召喚された解放者も出場するらしいぞ」
「うっへ、マジかよ……去年といい今年といい、ついてないぜ」
そうぼやきながら、はぁっとため息とともに肩を落とすドーソン。
おいやめろ、君見たところ俺と同い年かそこらだろ、なに冴えない中年男性のような影を背負ってんだ。
「去年も誰か強いやつがいたのか?」
「ああ、去年はほら、隣の領主……いや、元領主の娘が出場しててな、その娘さんにあっさり負けてしまったんだが――」
「隣の……」
それは恐らく、アークムの娘、ジニアのことだろう。
なるほど、彼女も去年大会に出場していたのか。
こういった祭に興味を示すような風には見えなかったが、大方アーカムが自分の力を見せつけるために出場させたのかね?
「じゃあ去年はその娘さんが優勝したってわけか」
「いや、彼女は決勝で負けたんだ。正直勝負にすらならなかった」
「へぇ……」
ジニア。実際に戦ったところを見た覚えはないが、俺好みのステータスをしていた。
攻撃力、魔力共に高い値を示しており、さらに素早さもなど攻撃に関わるステータスがすべて高水準だった。
魔術の種類や、詳しい効果は不明だが様々なアビリティを習得していた。
そんな彼女が手も足も出ないほどの相手、か。
「それこそ、さっきその去年の優勝者がフードコートで喉に肉をつまらせたらしくてぶっ倒れていたんだよ」
「……そうなのか」
なんてことだ、アルバ、おまいだったのか……。
「彼はまぁ、ある意味エリートっちゃエリートだからな、当然とは言えるんだが……現状冒険者ギルドで議員を務めているのが彼しかいないからか、ちょいとばかりやんちゃでな」
「横暴だったり傲慢だったりするのかね?」
「まぁな。一応、この街には白銀持ちがもう一人いるんだが、彼は議員の誘いを断って、この街の守護に専念するって言うし、結構困ってんだよ」
「……で、なんでそんな話まで俺にするんだ?」
そう彼に問うと、少し意味ありげに笑いながら『さてね』とはぐらかし、すっくと立ち上がった。
「さてと、なんだかんだで話し込んじまったな。今日は約束があってな、対人訓練施設に行くとするよ」
「あいよ。まぁあれだ、ご期待には添えないかもしれないが、面白い事にはなるだろうさ」
「そうかい? じゃあ大会まであと二十日、楽しみに待ってるぜ」
男臭い笑みを浮かべ去っていく背中を見送り、俺は再び二人が戻ってくるであろうゲートへと目を向けるのだった。
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