百四十九話
(´・ω・`)お待たせしました
「えぐえぐ……」
「分かった、悔しいのはよーく分かったから泣き止みなさい」
「わ、私は馬鹿じゃないんだよ? 全部倒したし、足にも補助を掛けて走りぬけたんだよ?」
「それはよーく分かってるから、な?」
「……なんでこんな意地悪なコース作ったんだい……嫌いだ、だいっきらいだ」
はい、訓練施設に入って早々、隅のほうで丸くなっていたリュエさんを見つけました。
聞けばDランクのコースは迷路や謎解きが隠されており、それを解けないとゴールする事が出来ないようになっていたそうだ。
彼女は速度を上げ走り抜けた所為で問題を見逃し、ぐるぐるとはずれの道を走らされ続けたようです。
で、さすがにおかしいと思って解析した結果、ようやく気がついたと。
「よーしよし……明日は合格ラインの判定B以上取ろうな」
「……うん」
「けどその日は俺もうCランク受けてるけどな!」
「うわああああん!!」
傷心中にいじめる男の風上にも置けない男です。
今日から風下のぼんぼんと名乗ろうか。
「しかしまぁ、たしかにそういう頭脳を使う仕掛けが出てもおかしくないからな」
「うう……そういうものなのかい?」
「やっぱり咄嗟の判断や洞察力、思考能力って必要だろ?」
「うーん……魔術で戦うときはそういうのを意識するかも」
「それにほら、遺跡みたいなのもあるしな。アキダルの火山洞窟にもそういう仕掛けがあったんだ」
「本当かい? 私は最深部までは行かなかったから見つけてないや」
懐かしい、ついこの間のことのようだ。
ナオ君はあれからどうしているのだろうか? 無事に自分の大陸に辿り着けたのだろうか?
セミフィナル大陸に沿うように海路を移動し、そこからサーディスに渡り今度はサーディス大陸沿いに海路を進み、セカンダリアへ。
相当な長旅になるが、彼は船酔いなどしないのだろうか?
「ところで、レイスはどうしたんだ?」
「レイスなら組み手をしたいからって相手を募集していたよ」
「……男が大量に寄ってきたんですね、分かります」
「すごいね、大正解」
はっはっは、じゃあその死屍累々を見物しに行くとしましょうか。
「も、もう一回俺と戦ってくれ!」
「すみません、貴方は一度だけで問題ないと判断しました、次の方お願いします」
「くっ」
なんだろうね、行列のできる対人練習場っていうんでしょうかね。
対人用のフィールドは全部で六つ用意されているのだが、レイスが戦っている場所以外はもぬけの殻で、ほぼすべての人間が彼女と戦おうと列をなしていた。
どうやら歯応えのある相手は続けて二度、三度と戦っているようだが、対策を覚えたら次の人間、といった具合でどんどん行列を捌いているようだ。
並んでいる人間も、その容赦無い戦いぶりや、次々と相手を代えている様に心が折れたのか、途中で列から抜ける人間もちらほらと。
「俺なんか三回も連続で戦ってもらったぞ。どうだ」
「ふん、俺は二回だが三◯分以上戦ったぞ」
そして敗れた方々が、なにやら悲しい話題で盛り上がっております。
「すごいね、レイスはあまり魔術が得意じゃないのに、最小限の発動で攻撃してる」
「ん、こっからじゃ見えないな」
「ううん、見えるよ。魔力の流れで判別出来るくらいだけど」
「やっぱり俺には見えないじゃないか」
ふむ、レイスは魔術が苦手なのか……魔族でさらに再生師なんて魔力の扱いに長けていそうな職業なのに意外だ。
そういえば彼女に闇魔術を教えると以前言ったことがあったが、覚えてみる気はあるだろうか?
「次、お願いします!」
そうこうしているうちに練習場に出来た行列も残り僅かとなり、せっかくなので最後尾に並んでみる事にした。
その間に、今レイスと向き合っていた人間が文字通り瞬殺されてしまい、あっという間に残り二人に。
って――
「なんだ、次はドーソンか」
「うお! びっくりした、カイさんか。いやぁ、なんかあの姐さんが面白いくらいぽんぽん連勝してるからな、挑んでみようと思って」
「何回戦ってもらえるか予想してやろう」
「バカ言え、俺が勝つんだよ! うっし、お願いします!」
本当に縁があるな、ドーソン。
だが、たしかに彼はここに通い詰めているBランクの人間の中では頭一つ飛び抜けている。
たまにAランクの人間や、外部から来たヴィオちゃんのようなさらに上の人間もいるが、間違いなく彼はこの施設の中でも上位に入るだろう。
独特の戦闘スタイルである彼を、レイスはどう対処するのだろうか?
ワクワクとしながら、俺はその試合を一瞬たりとも見逃すまいと齧りつくようにフェンスに張り付く。
「先日はどうも、ドーソンさん。奥様からとても素敵なお話をたくさんお聞きしましたよ」
「え、そうなんですか? いや、どうも照れますね、なんて言ってましたかあいつ――」
瞬間、レイスが距離を詰め、ドーソンが腰に挿していた小さな杖へと腕を伸ばした。
……え、ちょっとさすがにそれはえげつないと思うんです俺。
「……やはり、その杖が魔法発動の補助をしているんですね」
「おいおい、ちょっと卑怯じゃないかい姐さん」
「ここはもう戦場です、それに試合でもありませんから、ね?」
「……こりゃ軽く流す程度じゃすまなさそうだ!」
ドーソンが大きく距離を取り、着地と同時に足元から白い石柱が生み出される。
それで身を隠し、本格的に自分のテリトリーを作成しようと試みる。
どうやら巨大な盾を作るのには時間がかかるらしく、あれでまず時間を稼ぐらしい。
俺も経験したのだが、なんの警戒もなくあの柱の裏に回り込もうとすると、その瞬間さらに進路上に柱が生み出される。
そしてやはり、レイスも同じように回り込み、再び生まれた柱に進路を妨害される。
ああなると、一旦引くよりもさらにその柱を迂回しようとしてしまうが、それこそがドーソンの狙いだ。
そうやって進行方向を操作され、選べる進路の選択を狭められてしまうと、後はもうやつの思うツボ。
誘い込まれたとも気が付かずに、こちらの動きを予測して投擲された石の槍が飛んでくるのだ。
そしてその槍を回避なり防ぐなりしているうちに、設置された柱を――
「なるほど、厄介ですね」
槍よりも先に柱が唐突に崩される。
頭上へと降り注ぐ大量の瓦礫に気を取られた彼女へと、ダメ押しの槍が飛来する。
……俺と戦った時よりも嫌らしい攻め方になっていませんかね?
「……せい!」
「うお!? すげぇな姐さん」
彼女は降り注ぐ瓦礫の中から大きな物を選び、ボレーシュートのように蹴り飛ばし石槍に衝突させる。
さすがに瓦礫程度で槍を破壊は出来ないが、軌道をずらせばそれで問題ないと判断したのだろう。
うーん……本当に多芸というか、身体の使い方が上手いというか、そもそも状況に対応する能力が高すぎませんか貴女。
これもし俺とレイスが同じレベル帯だったら、逆立ちしたって勝てる気がしないんですが。
やっぱ少しでもここで地力を鍛えないと駄目だな、恵まれた力に頼ってるだけじゃそのうち大きなしっぺ返しがきそうだ。
一連の波状攻撃を凌ぎ切ったレイスは、さすがに分が悪いと一度その場から離れる。
そしてその間に、ドーソンの周囲には大小様々な石のかけらが転がり、自分自身も巨大な石の盾に隠れてしまっていた。
「自分の周囲一八◯度をカバーする大盾……足元の瓦礫でさらにこちらの足場を悪くして、完全に守りに入る、というわけですね」
「悪いな姐さん、これが俺のスタイルだ。昔から、砦を崩すには三倍の兵力が必要だっていうだろ? 貧弱な俺が格上相手に戦うにゃあ、これくらいしか方法がねぇんだ」
俺の時は、あの欠片を強引に闇の魔術で弾き飛ばし、逆にこちらの武器として使うことで対応したが、今のレイスはグローブを付けただけの格闘家スタイル。
どう対処するのだろうか?
「面白い戦い方ですね。相手が人間で一対一ならば、これ以上ないくらい有効な手段です」
「だろ? カイヴォンさんには通じなかったが、こいつを突破したけりゃ、超火力の魔法でもぶっぱなすしかないぜ?」
「飛び道具や遠距離攻撃が必須、ですか」
彼女は正面からゆっくりとドーソンの元へと向かう。
戦法の関係で、正面から行っても槍は飛んでこないが、リュエの魔術同様、相手の足元から石柱や石のトゲを生やすことは可能だ。
その範囲は極めて狭いが、それでも正面から盾までたどり着くのは難しい。
一体なにをするつもりなのだろうか。
「今あるもので賄う。どんなものも大切に使う。そうですね、こんなに石があるのでしたら……」
彼女は大きめの石を一つ持ち上げ、地面に叩きつける。
すると、思いの外綺麗に割れ、さらにそれを彼女はなんと拳で割り、さらに小さくしていく。
……そんな事も出来ちゃうんですかお姉さん。
「これだけあればいいでしょう」
「なにする気だ、姐さん」
彼女が作り出したのは、石器ナイフのようなもの。
あれを飛び道具として投げるとでも言うのだろうか?
「では、行きます」
瞬間、彼女がフィールドを大きく使い、弧を描くようにドーソンへと駆け寄る。
途中の荒れた足場を物ともせず、ドーソンの盾の範囲外へと向かう。
が、その瞬間猛烈な勢いで射出される石の槍。
それを彼女は――
「ふっ」
あ、人間の腰ってそこまで曲がるんですか。
リンボーダンスもかくやという動きで身体を反らしその槍をギリギリで回避し、そこから起き上がりながら先ほどのナイフを投擲する。
いや、さすがにあの程度の武器では致命傷にもならないし、そもそも読まれている筈だ。
すると、やはりドーソンは石の槍をすでにもう一本用意しており、それを使い弾き防いでしまう。
そしてそのまま槍を再び彼女へと――
「ど、どこだ」
あーなるほど、ドーソンの弱点はそれか。
俺はレイスがなにを狙っていたのか、ようやく理解した。
あいつの大盾は、相手の姿が見えなくなってしまわないように、覗き窓のようなものがついている。
だからそこから確認し、回りこむようなら槍を、そのまま距離を詰めるのなら魔術、と対応する事が出来ていた。
だが――一瞬、ほんの一瞬でも気を逸らす事が出来れば。
「うーむ、本来なら魔弓で一気に貫けそうなものなのに、肉弾戦だけでここまでいけるのか」
あの石を割るのは一種のパフォーマンスだ。
ああやってナイフ、投げナイフという飛び道具を作れば、嫌でもそれを警戒する。
そして、案の定レイスは盾の守備範囲の外へと駆け抜け、見事に槍を回避しつつその用意した一撃を放つ。
しかしドーソンもレイスを警戒していた。『あの相手ならば、こちらにナイフを当てるところまで持っていくだろう』と。
故に、防いでしまう。防ぐためにナイフを注視してしまう。
「ど、どこにいったんだ姐さん!」
レイスは今、ドーソンの目の前にいる。
盾を挟んで。
姿勢を低くし、覗き窓から見えない角度で密着したレイスが、足を肩幅に開き、拳を握りしめている。
呼吸を整え、その拳を引き――
「ふっ!」
瞬間、鉱山で発破でもしたかのような轟音と共に石の大盾が砕け散り、その破片を全身に浴び、さらに衝撃を受けて場外まで吹き飛ぶドーソン。
……あれってヴィオちゃんが使ってた技ですよね、そういえば自分も使えるって言ってましたっけ……。
とにかく、これで試合終了だ。
ドーソンは場外で完全に体力が尽きてしまい、床に突っ伏している。
練習場内でのダメージは全て肉体的な疲労に変換されるため、あのように致命傷を負うと動けなくなってしまう。
リュエが術式の解明に躍起になっているのも、この仕組を自分の魔導に取り入れる事が出来ないか、という理由らしいのだが……そんなの個人で扱えるわけないと思うんですよね。
もし限定的にとはいえ使えるようになったら、それはもう鉄壁の守りなんて次元ではない、文字通り攻撃の無効化だ。
まぁさすがにそこまで完全に再現出来るとは思えないが。
「ふぅ……もの凄い強度でしたね……殴った自分の体力が限界に達してしまいそうです」
「そりゃあんな人数、あんな数連戦したらそうでしょうよ。お疲れ様、レイス」
「あ……見ていらしたんですか?」
「最後の一撃、見事だったよ」
「ふふ、あれはドーソンさんが散々魔法を使ってくれたお陰ですよ。魔力の残滓を取り込んで自分の強化に回していたんです」
なるほど、じゃあレイスは相手が魔術師系だとさらに強くなるのか。
さて、彼女の健闘を称えていたいのはやまやまだが、吹き飛んだ彼の様子も見なければ。
瓦礫を蹴っ飛ばして寄せながら、場外でピクピクしてるドーソンの元へ向かう。
「結構持ったな、ドーソン。っていうか俺の時より攻撃激しくなかったか?」
「……バレた? いや、カイさんなんか手探りだったし全力じゃなくてもいいかなーと」
「お前、明日俺と戦うこと。見たけりゃ見せてやるよ、場数を踏んだ俺の力を」
見とけよ見とけよ、真正面からデカい一撃ぶち込んでやるからな俺も。
ともあれ、彼の手を取り起き上がらせる。
ううむ、魔導師の割に筋肉質だな。まぁ槍を自分で投げるくらいだし、こんなものなのかね。
「んじゃお疲れさん。俺は人が増える前に例のコースに行ってくるから」
「お、頑張れよカイさん。昨日はEで好成績だったらしいじゃないか」
「二位だったけどな」
さてはて、リュエさんを泣かせたコース、どんなものか見せてもらおうじゃありませんか。
(´・ω・`)ドーン