百四十七話
(´・ω・`)本日、無事に単行本1巻が発売されました。
「では、私はここで待っていますので、頑張ってくださいね二人共」
「本当に、悪いな……速攻で終わらせて戻ってくる」
「ふふ、私のほうが先に戻ってくるかもね? じゃあ行ってくるね、レイス」
二人がゲートを潜り、最後までこちらを心配そうに振り返るカイさんに手を振る。
ふふ、変なところで子供みたいで、可愛いんですよね。
……あんなに大人な身体をしているのに、凄いギャップです。
あの手触り、筋肉の起伏を思い出すだけでドキドキしてしまいます。
「……いけません、ダメですね」
頭を振り、脳内に浮かんだいかがわしい想像を振り払い、近くのベンチに腰掛ける。
ふぅ、ですがやはり、ちょっと面白そうで惜しかったですね、この訓練区画。
大会まで日にちがありますし、明日あたり早起きをして挑んでみるのもいいかもしれません。
きっと、今ここにいるたくさんの方達も大会に出場するのでしょうね。
他の方の訓練風景も覗いてみましたが、今のところそこまで警戒する必要のある方はいないようです。ですが油断は出来ません。
先ほどカイさんに声をかけていたドーソンさん。彼は恐らく、自分の本来の実力を上手く隠しているのではないでしょうか?
言葉の節々から感じる余裕が、ただの冒険者のそれではありませんでしたから。
「一度手合わせをしてみた方がいいかもしれませんね」
なんとしても優勝し、白銀のギルドカードを手に入れるためにも、万全を期すべきでしょう。
少しでも、あの二人に追いつけるように――。
「ちっ、なんでこんな制限があるんだよ……おい、本当にダメなのか?」
ふいに、私のもとに誰かの不満の声が届く。
そちらを振り向くと、先ほどまで私達が並んでいたゲート前で、一人の青年が職員に詰め寄っていました。
なるほど、今日の定員に間に合わなかった方のようですね。
確かにここを利用する人間の数に対して、一五人というのは少々少なすぎるかもしれません。
制限を設けている以上、それをしなければいけない理由があると思うのですが……。
「貴方、先ほども施設の入り口で騒ぎを起こしていましたよね……あまり問題を起こすようでしたら、施設の利用停止も考えねばならないのですいが」
「クッ! 分かったよ」
振り返った声の主は、やはり青年と呼ぶに相応しい、まだあどけなさの残る顔をしていました。
不機嫌そうに表情を歪めながら、私の近くのベンチに乱暴に座り、イライラと膝を揺らしています。
随分機嫌が悪いようですが、なにか他にも理由でもあるのでしょうかね?
年の頃一七か八、まだニ○に満たないと見受けられますが、その若さでこの施設に入れるなんて大したものです。
「ん、アンタもここの利用者か? どういう場所なんだ中は」
様子を見ていたのに気が付かれ、彼は近くにいた私に声をかけてきました。
少し勝ち気な目をした、黒い髪の青年。
「いえ、私も今日初めてで人数制限で入れませんでした。今は仲間が入っているので、それを待っているところです」
「仲間……全員Bランク以上なのか」
「そうなりますね」
「……俺のパーティーはBランクは俺だけなんだ」
なるほど、入り口でも騒いでいたと言われていましたが、施設の利用でも納得出来なかったのですね。
まだ若いようですし、多少血の気が多いのも仕方がないとはいえますが、少々危うい気もします。
その若さでBランク。多少傲慢に振る舞ってしまう事もあるかもしれませんが、それで余計な衝突を生んでしまうようでは長く生きる事は難しい。
そう、大きな力は、災いを呼び寄せると同時に、自分自身をも災いの種へと変えてしまう事もあるのですから。
……だからこそ、私はあの人が心配なんです。
ここ数日のカイさんは、少しだけ、本当に少しだけどこかおかしい。
彼はいつも良い意味でも悪い意味でも、我が道を行く人。
ですが、ここ最近は妙に感情を表に出すような、少しだけはしゃいでいるような、焦っているような、落ち着きがないように見えます。
お祭りで浮かれているのかもと思いましたが、どうやら違うようですし。
もっとも、昨日と今日でだいぶいつもどうりの様子に戻ってきたようですが。
「貴方は、仲間と一緒にいたいのですか?」
ようやく落ち着いたのか、今度は考えこむようにしている彼に声をかける。
彼が不機嫌な原因が、仲間と一緒にいられないからだとすれば、まだ彼は大丈夫。
「そう、かもしれない。俺、少し前に問題を起こして、ギルドの依頼を受けれなくなっちまったんだ」
「まぁ……」
「だから、俺と一緒にいるとなかなか昇級出来なくてな……幸い少し前にその罰則も消えたんだが、やっぱりなかなか遅れを取り戻せなくて」
依頼停止。
これは、ギルドを除名される一歩手前の重い処分です。
こうなってしまうと、ギルドで買い取りを行っている魔物の部位を納品する事でしかお金もポイントも稼げなくなってしまうため、周りの人間よりも遥かに苦労する事になってしまいます。
「闘技大会で、その遅れを取り戻すつもりですか?」
「ああ。だから今日からここで訓練をさせてもらう。仲間には悪いが、これだけは譲れないんだ」
「ふふ、そうですか。頑張ってくださいね」
「……ありがとう。じゃあ俺ももう行く。今日はもう利用出来ないなら、いる意味もないしな」
そう最後に言い残し、彼は立ち上がり去っていきました。
あの罰則は、受けた人間を大きく二つに分けます。
心折れ、自ら脱退を決意するか、それともその逆境に負けず、ひたすら戦い続け食らいつこうとするか。
……どうやら彼は後者のようです、警戒するに値しますね。
「……落ちた距離が長いほど、這い上がった時に化けるものですから」
ならば、私も負けていない。
地獄を見た経験なら、私も負けていない。
今の幸福を、この日々を手に入れるまで彷徨った時代を嘘にしないためにも、私もまた強くならなければ。
待っていてください、カイさん、リュエ。
「……あの」
「はい?」
決意を新たにし、密かに握りこぶしを作っていたところに、再び声をかけられました。
顔を上げると、そこには先日カイさんに差し入れを持ってきた全身黒尽くめの方が、今日も大きなバスケットを抱えて立っていました。
……昨日、川の側でおかしな事をしていたようでしたが、大丈夫でしょうか、この方……。
「……お二人はどちらに?」
「訓練中ですよ。今日もありがとうございます」
バスケットを受け取ると、心なしか肩を落とした様子で立ち去りました。
……背格好と声から察するに女性だとは思うのですが、何者なのでしょうか?
オインクさんから頼まれて運んできているようですが……。
「オインクさんでは……ありませんし」
身体のシルエットを見る限り、オインクさんより少し背が高く、体つきもほっそりとしています。
彼女には直属の部隊がいると聞いたことが有りますが、その構成員なのでしょうか?
ですが、私の目から見てもその身体運びは未熟そのもの。とても戦闘に携わる人間のそれではありません。
……深入りするのはよした方が良いですよね。危ない趣味の方かもしれませんし。
「ふふ、どちらが先に戻ってくるか、楽しみです」
ゲートを潜り道なりに進むと、紋章の浮かんだ六つの扉が出迎えてくれた。
一緒に入ったはずのリュエの姿はもうどこにもなく、すでに特殊な空間、あのリュエの家にある倉庫のような異空間に入ったのだと理解した。
さて、紋章が浮かんでいるわけだが、その中で一つだけその紋章が青く輝き、それ以外はこちらを拒絶するかのように赤い輝きを放っていた。
扉に書かれている文字は『E』つまり、最初は一番難易度の低いコースしか選ぶ事が出来ないと。
「って事は全部コンプリートするのに最低五日かかるって訳か」
この、次に進みたいのに進めない感じ、まるで昨今のスマホゲームのようだ。
ほら、時間を置かないと遊べないみたいなシステムあるだろう?
さて、じゃあとりあえず――
「奪剣を縛っている以上、移動速度上昇系のアビリティもセット出来ないし、普通に走るか」
扉の前に立ち、そのドアノブに手を伸ばす。
ああ、そうだこれだけは言っておかないと。
「……折角だから俺はこの扉を選ぶぜ」
ドアノブを回した瞬間、一気に内部へと駆け込む。
走りながら周囲を見回すと、どうやらここは迷路内部のようになっていて、木で出来た壁に左右を挟まれていた。
そのまま道なりに進むと、先日個人用の訓練部屋に設置されていたあの黒いマネキンが設置されていた。
「動かないのか? なら無視だ無視」
その脇を通りすぎようとした瞬間、足元を黒い砂が走る。
そして目の前で再び構築され、人の形をとった。
「倒さないとダメって事か」
ならばと、闇魔術を発動して剣を作り出し、再びその脇を駆け抜けながら剣を振りぬく。
手応え十分、確認はしていないがそのまま走り抜ける。
すると今度は黒い砂も現れず、無事に通り抜ける事が出来た。
「障害物競走みたいで面白いな、これ」
そのまま道なりに進むと、上り坂や段差、そして登り切ったタイミングで今度は突進してくる黒いマネキンと、段々と仕掛けの難易度が上がってくる。
だが、やはり一番難易度が低いのかその耐久力は低く、剣を使うまでもなく足払いで体勢崩してから踏みつけるだけで突破出来てしまう。
そのまま止まることなく駆けていくと、今度はややひらけた場所に出た。
目の前には、先程までの黒いマネキンではなく、黒い犬。
しかも、僅かにだがその身体を揺らしており、今にもこちらに飛びかかってきそうな雰囲気だ。
「最後の試練かね」
動き出される前にこちらから距離を詰めると、単純な行動しかとれないのか、黒犬も真っ直ぐにこちらにむかってきた。
そのまま肩からぶつかるようにタックルを決める。
「……さすがに耐久力なさすぎだろ」
衝突した瞬間、目に黒い砂が入りそうになり顔を逸らす。
どうやら先程の一撃だけで終わってしまったようだ。
すると、先程まで犬が居た場所に紋章が現れる。
青く光るそれに近づくと、一瞬視界が白い光で覆われる。
目を瞑ってしまい、そして次に開いた時には最初の六つの扉が並ぶ場所へと戻されていた。
「……あれだけで終わりなのか?」
体感だが、五分もかかっていないと思うんですが。
ちょっと物足りなさ過ぎて拍子抜けなんですが。
……ワクワクが空回りして凄く欲求不満なんですが!
ダメ元で先程の扉の隣、赤い紋章が青に変わっている『D』の扉に近づいてみる。
すると――
『やーだよ♪ 今日分はもうおしまいよー』
聞き覚えのある女性の声が再生され、神経を逆なでされました。
やっぱりこれの制作、オインクが係わっていたんですね。
今度会ったら無言の腹パンを食らわせると決意し、大人しく来た道を引き返すのだった。
「お疲れ様でした。随分と早かったですね」
引き返し始めると、いつのまにかあのゲートまで戻ってきており、職員に声をかけられはっとする。
……いつの間に戻ってきたんだ、俺は。
あまりに自然に別な空間へと飛ばされていた事に若干の恐怖を抱きながらも、近くのベンチから手を振るレイスの元へ向かう。
「おかえりなさい、カイさん。早かったですね」
「一番簡単なコースしか選べなくて、正直拍子抜けだったよ」
「なるほど、順番に解放されていくんですね」
ふと、彼女が膝の上に見覚えのあるバスケットを抱えている事に気が付く。
なるほど、今日もあの洋風黒子さんが現れたのか。
「簡単だったのなら、そろそろリュエが戻ってくる頃ですね。帰って来たら頂きましょうか」
「そうしようか」
レイスと共に彼女の帰りを待っていると、ゲートの上のホワイトボードに文字が浮かんできた。
自分の結果が表示されるのを待つのって、ちょっとドキドキするな。
いくら楽勝だったとしても、やっぱりランキングとして表示されるとね?
さてはて、若干最初でモタついてしまったが結果はどうだろうか。
『挑戦者 カイ コースパターン E クリア判定 A+ タイム 3:34』
「お、思ったよりも早かったな」
「判定にはA+とありますが、最高でA+なのでしょうか?」
その疑問に答えるようにランキング形式に表示が変わる。
すると――
『コースパターン E 月間ランキング1~10』
『1位 挑戦者 ヴィオ クリア判定 S タイム 2:10』
『2位 挑戦者 カイ クリア判定 A+ タイム 3:34』
……凄く悔しいです!
クリア判定に上があるだけじゃなく、さらに一分以上差をつけられているだと……!?
そういえば彼女、随分と動きが早かったが、やはりタイムアタックとなると最高速度を出せる人間が有利なのか。
今の俺は攻撃力を下げ、魔王ルックを封印している状態だが、素早さのステータスは弄っていない状態だ。
つまり、アビリティを組み替えない限りどうあがいても彼女には追いつけない。
久々に感じたぜ、敗北感なんて。
「凄いですね、三位以降の方と四分以上も差をつけているなんて」
「一位には一分差をつけられていますけどね」
「ふふ、そうふてくされないでくださいよ?」
「慰めてください」
だからって自分の膝をぽんぽん叩くのは難易度が高いですぜレイスさんや。
公衆の面前で膝枕を堪能しろと申すか。
とその時、ゲートの向こうにリュエの姿が現れた。
ふむ、割と時間がかかったようだが、どうしたのだろうか。
「お待たせ二人共。思ったよりも中が面白くてさ、ちょっと術式の解析をしていたら遅くなっちゃった」
「ああ、それでか。なにか分かったのかい?」
「凄いね、ゲートから入ってすぐ人間の魔力を自動的に大規模な術式に組み込んで、気がついたらその内部に取り込まれてしまうんだ。たぶん普通の人は自分がいつ術式に取り込まれているか気がつかないんじゃないかな?
「術式内部、ですか?」
「そう。あのゲートの向こうはね、本当はただの広い部屋しかないんだ。けれども、その術式に取り込まれると、こことは違う場所、なんて言ったらいいのかな、魔力が事象を発生させる前の――」
なにやら興奮した様子で彼女が語るのだが、正直さっぱりわかりません。
リュエ、実は凄く賢い子なのか!? なんて失礼な事を思ってしまう。
しかしまぁ要約すると、彼女の家の倉庫同様、この世界に魔力によって物質や現象が顕現する前の空間に人間を飛ばすって事らしい。
ふぅむ、ようするに昔リュエが言っていた『上位世界』のようなものなのだろうか? それとも、その間にある謎空間なのか。
「とにかく、大したものだよ。たぶんだけど、レイスの再生術みたいな術式もこの施設全体に使われていて、訓練の余波をその巨大術式の維持にまわしているのかもね」
「なるほど、それはなんとなく理解出来ました。確かにこの場所にいると、どことなく居心地が良いといいますか、術の発動が楽ですからね」
「……さっぱり分からない」
二人して納得しているようだが、お兄さんにはわかりません。
ビバ脳筋。凄いよな、近づいて殴るだけで良いんだぜ、素晴らしき前衛人生。
「リュエ、そろそろ結果が出ますよ?」
「私はたぶん遅かったから、全然ダメじゃないかな?」
『挑戦者 リュエ コースパターン E クリア判定 S タイム 14:03』
む、タイムこそ遅いがクリア判定がSとな。
「リュエ、道中のターゲットはどんな風に倒したんだ?」
「うん? 全部剣で一刀両断だよ」
「なるほど……」
たしか俺は一度ターゲットを素通りしたり、足払いから踏みつけと二撃で撃破している。
となると、全てを見逃さずに一撃で倒すと評価が高くなるのか。
これは今後の参考になりそうだな。
「よーし、んじゃあ今日もバスケットが届いているし、休憩がてら向こうで食べるとしようか」
(´・ω・`)いつもいろんな人と遭遇するレイスさん