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百四十五話

(´・ω・`)おたませましした

「もう勘弁してくれ……さすがにこの後のゲームに支障が出てしまう」


 三人で出し忘れたポテトサラダをつまんでいると、ステージから悲痛な声が響く。

 何事かとそちらに視線をやると、カードゲームのディーラーが頭を下げているところだった。

 そして下げられている人物は案の定――


「軽く遊ぶ程度にって言ったじゃないですかー! ヤダー!」

「おお、あの姐さん大したもんだな。あのディーラー、遊覧船のカジノで働いている人間だぞ」

「おおー! 私の敵を討ってくれたんだね」


 レイスがやや困ったような顔をしながら、小走りで戻ってきた。

 その両手には小さな袋が五つ程積まれている。

 まさかその中身、全部お金ですか?

 周囲の人間がやや恨めしそうに見ているが、これまさか皆がすったお金なんですかね。


「お帰り、レイス。なにか言うことは?」

「……た、たくさん勝っちゃいました」

「君そんなに強いのか……」


 照れ半分申し訳無さ半分といった顔で、彼女はいそいそとその袋をアイテムパックに収納していく。

 その様子を見ていたゴルド氏が、なにか考え込むようにして唸っている。

 さて、ここからどうなるだろうか。


「あら、そちらにいらっしゃるのはゴルド議員ではないですか?」

「ああ、ゴルドさんの地元らしいんだよここ」

「なるほど……あの、挨拶が遅れましたが――」

「レイス……魔族……収納の魔法……」


『あの人は今、初恋の相手バージョン』開幕です。

 いやぁまだ口の中と太ももが痛いので、ちょっとからかってあげましょう。

 完全に八つ当たりである。


「レイス、どうやら彼は若いころ、君に憧れていたそうだよ」

「え……あの、そうなのですか? いえ、覚えているのですか?」

「んな!? いやまさか、本当にあのレイスさんなのか……?」

「一度、私のお店に来たことがあったと思いますが」

「いやあの時は姿が……それにああいう店は初めてで緊張して……」


 急激に、彼の姿が二回りほど小さくなったように見え、それがなんだかおかしくてつい笑みを漏らしてしまう。

 だが、彼の反応が次第に恥ずかしがるものから、どこか神妙なものへと変化していった。

 かすかに震える声で、小さく彼は続ける。


「本当に……昔と全然変わっていないんすね……レイス先輩」

「ありがとうございます。来店した時も思いましたが、貴方は本当に立派になられましたね」

「俺はたまたま、あの戦乱で名前が売れただけっす……俺は先輩が、あのアルヴィース戦役で亡くなったと……」


 すると、彼は唐突に腕で両目を覆い、男泣きをはじめてしまった。

 ……そうか、レイスはあの街で冒険者として戦い、そしてその後街に戻ることも出来ずに身を潜めてしまったんだったな。

 恐らく当時、彼女を慕っていた大勢の冒険者の中に、ゴルド氏も含まれていたのだろう。

 それが思いもよらぬ形で再会を果たしたのだ、仕方ない。

 冗談や悪戯のつもりだったのだが……。


「んー? レイスがゴルド君を泣かせたのかい? ダメだよーいじめは」

「そうですね……少し意地悪だったかもしれませんね……顔上げてください、ゴルド」

「……うっす」


 すっかりまたお酒が回ってしまったリュエの発言で、少しだけ空気が和らぐ。

 顔を上げた彼は、どこか晴れ晴れとしているように見えた。

 長年、彼の中にしこりを残していたのかもしれない。

 それが今、解決したのだろうか。

 どこか安心したようなレイスと、涙を拭うゴルド氏。


「恐らく、私が謝らなければいけない相手は、貴方の他にも大勢いるのでしょうね」

「そんな事はないです! 全員、貴女がいたからこそあの戦いで諦めずに立っていられた、最後まで生き延びることが出来た! 謝ってもらう事なんて……」


 規模こそ違えど、彼女もまたオインク同様当時のギルドの旗印として、多くの人間に慕われていたのだろうか。

 そして、その自覚があったからこそ、一人身を隠した事を、申し訳なく思っているのだろう。


「生きているのなら……きっと今の先輩なら再び表舞台に――」

「私はもう、ただの冒険者として旅をしている身です。貴方はもう議員として大勢の人の上に立っているんですから、ね?」

「……そう、ですか……いや、その通りだ。すまん、みっともない所を見せてしまった」


 彼の中で折り合いがついたのか、それともつい、口から出てしまったのか。

 一瞬そんな提案をしたが、すぐに撤回し、普段通りの立ち振舞に戻っていく。

 確かに、レイスならば再び表舞台に出たとしても、うまくやっていく事が出来るだろう。

 だが、そうなってしまうと俺が困ってしまう。

 もし本気で彼女がここに残りたいと言うのなら……俺はもう先に進めなくなってしまう。

 ここが関係ない国ならば、最悪どんな手段を使ってでも彼女を連れて行くだろう。

 だが、ここはある意味オインクの国と言ってもいい場所だ。そんな荒っぽい事なんで出来やしない。

 だから彼女が自分を『ただの冒険者』と称した事が、俺にはとても嬉しかった。


「これからも、この大陸をどうかお願い致します。ゴルド議員」


 そうして彼女も席につき、リュエが一人で黙々と口に運んでいたポテサラを奪取したのだった。

 ……あれ、なんか綺麗にまとまったけど、なにか忘れてるような気がする。


「ところでレイス、どうしてディーラーさんが頭を下げていたのか説明して欲しいんだけど」

「うっ……ですから、少々勝ち過ぎてしまいまして」

「お遊びみたいなもんだから掛け金には上限が設けられていたはずだが……」


 じっと彼女を見つめると、観念したのか口を割る。


「……どうせ一対一になったのですし、もっとスリルのある勝負をしませんか、と」

「青天井に持ち込んだんですか」

「つ、つい……」


 ダメだ、この人賭け事というかゲームにとことんスリルを求めてしまうタイプの人だ。

 下手にお金に執着しない分余計に質が悪い。


「レイスは今度からお金の掛かった勝負は禁止で。スリルが欲しいならいくらでもなにか用意するからそれで我慢してください」


 幸い、日本で散々その手の娯楽作品に目を通しているので、罰ゲームやリスキーな勝負には心当たりがあるんです。

 逆境だったり闇の扉が開かれたりね?


「で、ではまたすごろくでもしましょう。今度はお互いを掛けて」

「いきなりオールインしないでください」




 やがて喧騒も鎮まり、それぞれ酔いつぶれたり、ふらふらと歓楽街に繰り出してみたり、はたまた自宅へと戻る人間が増え始めた頃、ようやくこの品評会と言う名のお祭りの終了が宣言された。

 もっとも、そんな宣言に気を向けている人間なんて、俺達くらいなものだったのだが。

 ゴルド氏はさすがにその体格の大きさに見合うかのように、一向に酔いが回る気配もなく、最後までレイスと昔話に花開かせていた。

 一方、レイスも以前の職業柄か、彼と同じペースで飲んでいたにも関わらず、殆ど顔色を変えずに応対している。

 で、リュエさんはすっかり潰れてしまい、テーブルに突っ伏していびきをかいていた。


「さてと……じゃあ俺はリュエを運んで宿に戻るけど、レイスはどうする?」

「あら……だいぶ遅くなってしまいましたね。では戻りましょうか?」

「ふむ、三人はギルドに泊まっているのか? 今からあそこまで戻るのは大変だろう? 俺の屋敷に泊まっていってくれ」


 言われてみれば、リュエを背負い、そしてレイスも平気そうに見えるが沢山お酒を飲んでいる状態だ、ご厚意に甘えさせてもらうとしよう。


「すみません、ではお願いしてもいいですか?」

「気にするな。どうせ使用人と警備の人間しかいない屋敷だ、好きに使ってくれ」


 彼に連れられ、来る時に通った屋敷が多く立ち並ぶ一角へとたどり着く。

 道中、昼間に俺が話した事が尾を引いているのか、終始レイスがびくびくと腕にしがみついていました。

 罪悪感半分、役得半分。


「ここが俺の屋敷だ。部屋を用意させるから、それまでリビングでくつろいでくれ」


 建物の大きさは周囲の屋敷より一回りほど小さく、装飾も最低限に留められていた。

 質実剛健、ゴルド氏の気風を示しているかのようだ。

 屋敷内へと通されると、すぐに家令の男性にリビングへと通され、備えられていたソファへとリュエを横たえる。

 相変わらず、幸せそうな寝顔を浮かべすやすやと寝入っている。


「カイさん、今日はありがとうございました」

「ん? どうしたんだ急に」


 振り返ると、少しだけ顔を赤くした彼女がペコリと頭を下げていた。

 お礼をされるような事に心あたりがないのだが。


「私はまた、過去の精算を一つ済ませる事が出来ました」

「偶然だよ偶然。それに、恐らくこの祭の期間中に自分で打ち明けるつもりでいたんじゃないのかい?」

「……そう、ですね。偽る必要がもうないと決めた時から、そうするつもりでした」

「なら、お礼なんていらないさ」


 それを言うのなら、俺だってリュエとレイスにお礼を言いたいくらいだ。

 ここ数日、どうも感情のコントロールがうまくいかないんだ。

 急激に訓練を始めてみたりして発散しても、やはりどこか焦燥のような、燻りのような、怒りのような。

 そんな不思議な感覚が渦巻いているんだ。

 けれども、二人が側にいるとそれが和らぐような、そんな気がする。

 ……あの一件だって、今思えば本当に――


「おまたせしました。お部屋のご用意が出来ましたので、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます。ゴルド氏はどちらに?」

「旦那様でしたら、先ほど自室へと向かう途中に倒れてしまわれましたよ」

「え!? それって大丈夫なんですか?」

「ええ、問題ありません。旦那様は緊張の糸が途切れると、途端に眠ってしまう方ですので」


 ……やっぱりレイスと一緒にいて、だいぶ緊張していたのだろうか?

 もう一度お礼を言いたかったのだが、明日にしようか。


 案内された部屋は、普段使われていないという話だったが手入れも行き届いており、寝具もしっかりと用意されていた。

 巨大なベッドに、薄手の肌触りのいいシーツとタオルケット、そして――


「枕が三つ。知ってた」

「ゴルド議員はいい仕事をしてくれました」

「真ん中はリュエ、異論は認めない」

「……えー」


 やっぱり酔ってるんですかレイスさん。

 そんなリュエのような反応して。

 ふかふかの枕にリュエの頭をぽふっと置いて、俺も用意されていた寝間着に着替える。

 ……ぶかぶか過ぎなんですけど、これ議員用のサイズですよね。

 そしてどういうわけか、レイスはジャストサイズの自前の寝間着に着替えていた。

 俺も普段から持ち歩くべきだろうか?

 ちなみにリュエさんはレイスがあっという間に自分の持っていた寝間着に着替えさせてしまいました。

 さすがみんなのお母さん、手馴れています。


「では、おやすみなさい、カイさん」

「ああ、おやすみ、レイス」


 そうして、かすかなアルコールの香りと、ふわりとした甘い香りに包まれながら、意識を手放したのだった。

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