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百四十四話

(´・ω・`)まさに外道の所業

「お忍びみたいなものなので、あまりランクの事は口にしないで貰えると助かります」


 そもそもその肩書が偽りなんですけどね、まさに二重の策。


「そいつは悪かったな。しかし、こんな小さな催しに参加するとは、なかなか殊勝な心がけだ」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

「ははは、違いない。ここは俺の古巣だ、存分に堪能していってくれ」


 テーブルで向かい合い、がっしりと互いの手のひらを掴む。

 周囲の人間には、こちらの事を周囲に漏らさないように頼んであるが、それでも先程の話を聞いてしまった方々が詰めかけている。

 白銀持ちVS元白銀持ちの議員。たとえただのアームレスリングであろうとも、そうそうお目にかかれない好カードだ、仕方ないだろう。

 今の状態でどこまで行けるか、それを知るには絶好の相手、胸を借りるつもりで当たらせてもらう。

 ギャラリーから伝わる期待に、レフェリーを務めるおじさんもまた唾を飲み込む。

 そして、組み合わさった手のひらにレフェリーが触れ――


「じゃあ行くぞ……俺の手が離れた瞬間がスタートだ、力を抜いてくれ」


 視線をゴルド議員に向けると、彼もまた同時にこちらを見た。

 互いの視線が交わり、同時にニヤリと口角を上げる。


「行くぜ、若いの」

「行くぞ、でかいの」


 精神攻撃は基本。

 俺の思わぬ返しに、一瞬だけ彼が表情を緩める。

 そしてその瞬間――


「始め!」

「オラァ!」

「オオオ!」


 瞬間、肘を支えていた台が消え去った。

 互いの力を支えきれず、一瞬で粉砕されてしまったようだ。

 だが、互いの肘の位置は変わらず同じ場所にある。

 支えなし、支点なしの空中腕相撲。

 腕にかかる負担は通常とは比較にならない。


「やるなぁ!」

「マジかよこんな腕相撲あるか!」


 見えない台がのこっているかのように、肘の位置をそのままに一進一退が続く。

 腕相撲のセオリーである手首を返す事も出来ず、互いの筋力でジリジリと頂点をずらしていく。

 ちょっとまて、こっちはもう体ごと持って行かれそうなんだぞ、なんで余裕そうな顔してんだこの人。

 支えがないと、いくら力があっても単純な体重差で椅子ごとひっくりかえってしまいそうになる。

 だがそれでも、なんとか足を踏ん張り身体を支え、すんでのところで持ちこたえる。


「手の甲つける場所がねぇんだ、勝負は手の甲が肘より下になった方が負けでいいか」

「わ、かった!」


 いやいやいや、俺は負けず嫌いなんですよ!

 だが途中で自分のステータスをいじるのも、それはそれで負けみたいなものなわけで。

 そもそもメニューを開く余裕なんてないんですけどね!

 身体を左にそらし、なんとか持ちこたえつつ返事をし、相手の様子を盗み見る。

 多少顔を赤くしているようだが、まだ勝負を楽しんでいる風だ。

 ああくそ、なんとしてでもその余裕、崩してやりたい!

 だが、そろそろ肩の関節が悲鳴を上げ始め、二の腕にも乳酸が溜まってきたのか、ぼんやりとした疲労感が伝わってくる。


「よく持った方だ、大したもんだ」


 次の瞬間、さらに肩に掛かる負担が増え、左に傾けた身体ごと右に引っ張られ始める。

 肩と首をつなぐ筋がピンと張り、じわりじわりと身体が持って行かれ始める。


「ウオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

「往生際が――悪い!」


 その言葉を読み、最後に止めを刺そうとしたタイミングで、俺は自分の舌の付け根を奥歯で強く噛む。

 その激痛で一時的に脳が限界を越えた信号を腕に送り、なんとかその止めの一撃に耐える。

 くっそ、いてぇ! 口内に鉄の味が広がり、溢れた血が口から垂れる。

 だが、それでも耐えた!


「……見上げた根性だ……こいつを耐えるか」

「ただでは負けんぞ……もう少し付き合ってくれよ……」


 勝機があるとしたら、持久戦。

 一線を退いた身でも恐らく鍛えてはいるだろう。

 だが、単純な筋力トレーニングでは肉体を維持出来ても、体力、持久力の維持は難しい。

 彼が実践形式で鍛錬を続けているのなら話は別だが――

 先ほどの痛みのお陰か、はたまたこの身体のスペックのお陰か、徐々に二の腕の疲労感が癒えつつある。

 反対に、先ほど止めのつもりで一気に力んだ反動か、ようやくゴルド氏の表情に疲労の色が見え始めた。


「すげぇ……透明な台があるみてぇだ……」

「あんちゃん……おめぇ大した奴だよ」


 周囲の歓声が止み、ただ呟きが漏れ聞こえる。

 それから数度、こちらを屈服させようとゴルド氏がアタックを仕掛けるが、その度に舌を噛み、左手で自分の太ももを千切れるくらい抓り、その痛みで耐えた。

 そしてようやく、合わさった手のひらが再び頂点へと戻ってきた。


「……これで……再スタートだ」

「まさか、これほどまでとは……」


 相手もそろそろ体力が尽きてきた頃合いだろう。

 そして俺も、そろそろこの体勢を維持するのが辛くなってきた。

 だからこそ、残りの体力をこの最初で最後のアタックに込めないと勝機はない。

 だが恐らく、ただ仕掛けただけではこの相手を倒すことは出来ないだろう。

 タイミング、何か彼が力を抜いてしまうような、そんな隙を狙わなければならない。

 だが、待っているうちに体力を回復されては本当に勝ち目がなくなってしまう。

 ……精神攻撃は基本だが、なにかないか、彼の気を一瞬散らす方法は……。


「なんだか向こうも盛り上がってるみてぇだな」


 その一言が耳に入る。

 ギャラリーの一人が、カードゲームをしている一角を見ながらそう呟いた。

 そうだ、これがあったか!


「……ゴルドさん、初恋っていつでした」

「……なんだ藪から棒に」

「なんとなく、貴方の顔を見ていたら、年上の魔族女性に憧れていたんだろうな、なんて思っただけです」

「んな!?」

「よっしゃ今だああああああああああああああああ!」


 彼が驚愕に表情を歪めたその刹那、一気に全ての力を出しきり、そのまま相手を体ごと床に叩きつける。

 完全勝利、完全勝利である! 卑怯と言うなかれ、気を抜いた方が悪いのだ!

 その達成感に、つい立ち上がり雄叫びを上げる。


「いよっしゃあああ!」


 彼は大昔、まだ見習い時代にレイスに引率されていたという。

 ならば、と。我が家の素敵なお姉さんの魅力に一筋の勝機を見出したのだ。

 そこまで分の悪い賭けではないだろうと選んだ逆転の一手。

 見事それは実を結び、唐突に自分の在りし日の淡い思いを暴かれたゴルド氏はその緊張を一瞬だけ緩めてしまった、と。


「すげえ、勝ちやがった! ゴルドに勝っちまったぞ!」

「こりゃもう誰も勝てないだろ、賞品と賞金持って来い!」


 興奮気味におじさんが走りだしたのを見送りながら、床に崩れたゴルド氏に手を差し伸ばす。

 すると、なんとも言えない、悔しさと恥ずかしさと疑問の混じったような視線を向けながら手を取った。

 いやなんかすみません、どうしても勝ちたかったんです。


「……まさかそんな手段を使うとは思わなんだ。だが、さっきの話、誰かから聞いたのか?」

「逆に、誰かに話したりした事があったんですか?」

「……そりゃあおめぇ……顔でわかるもんなのか、本当に」

「まさかそんな。すぐにタネがわかると思いますよ、それまで一杯付き合ってください」


 今日のレイスは、もう隠す必要はないからと髪の色も瞳の色も、そして頭と背中の翼も出している。

 先日の晩餐会ではかつての姿の方が通りが良いからと、翼こそ露出させていたが、髪色と瞳の色は変えたままだった。

 だからゴルド氏も気が付かなかったのだろう。

 さて、後は彼女がカードゲームに満足して戻るのを待つだけだ。


「しかし、さすがオインク様が直々に見出した人間だ。先日のコンテストで見たあのエルフの女性の魔法も見事だった」

「彼女なら今日も来ていますよ。あっちでカードゲーム中です」

「そうか、では後で挨拶をしておかないとな」


 二人で席に着き、互いのグラスにワインを注ぐ。

 どうやらこのワインもこの大陸で作られたものらしく、これはまだ若いようだがそこまで口当たりがキツくなく、サラリと飲みやすい。

 改めてゴルド氏を見れば、その岩のような肉体に数多の古傷が刻まれおり、岩と言うよりも大樹、それも何百年も生きてきたような、そんなどっしりとした風格を感じる。

 いやはや、そんな相手にまさかあんな小狡い作戦が効いてしまうとは。


「カイと言ったな。お前さんはこのままオインク様の補佐としてここに残るのか?」

「いえ、残念ですがこの後はサーディス大陸に渡る予定です。旅の最中ですので」

「ふむ、そうか……オインク様の下には多くの頼れる部下がいるが、どうしてもあの方を崇め、一歩引いた物言いしか出来ない連中ばかりでな」


 ゴルド氏はグビっと喉を潤しながら、少しだけぼやくように語りだした。


「あの夜、晩餐会でお前さん達の様子を見ていたが、とても仲睦まじい様子だったな。俺は、ああいう仲間があの人にも必要だと常々思っていたんだが」

「……申し訳ありません。それでも俺はここに残るつもりはありません」

「ああ、分かっている。これは俺達の問題だからな」


 少なくともここに一人、オインクの事を本当に思っている人間がいる。

 それを知れただけでも、俺の心残りは一つ減る。

 今はまだ、彼女に救われた世代が多く残っているため、神格化されている部分もあるのだろう。

 それでもゆっくり、ゆっくりと彼女の存在がこの世界に馴染んでいけば、いつかは彼女も得るだろう。

 俺にとってのリュエとレイスのような、そんな気の置ける仲間達が。


「悪いな、酒の席でこんな話。ほら、グラスが空だぞ」

「あ、じゃあこっちからも――」


 ワインのボトルに手を伸ばしたが、既の所で何者かの手がそれを奪い取ってしまった。

 そちらに視線を向けると――


「んぐ……んぐ……ぷはっ!」

「ラッパ飲みとは行儀が悪いぞ、リュエ」

「飲まなきゃやっていられないよ! みんなして私を騙すんだよ!」

「……カードでボロ負けでもしたのか」

「みんなが『どうしよう、負けそうだ』なんて顔をしていたから一気に勝負をかけたんだ。そしたら全員凄く強い役で一気にお金ぜーんぶ取られてしまったんだ!」


 カードゲームはそういうものです。まさに精神攻撃は基本。

 だが彼女はそれが納得出来なかったんですね、素直だからね。


「小細工で勝とうなんて許されないよね、カイくん!」

「やめろ、その攻撃は俺に効く」

「クク……そうだな、小細工はダメだな!」


 やめてください心に突き刺さります。


「そうだよね! ところで君はどちら様かな?」

「ん? 俺はゴルドだ。そういえば挨拶がまだだったな」

「彼はオインクの右腕と言われているくらい信頼されている方で、この大陸の冒険者ギルドのナンバー2だよ」

「……面と向かって言われると照れるんだが」


 しかしレイスがそう言っていたくらいなのだし、恐らく周囲からもそう思われているのだろう。

 個人的には右腕ではなく『右前足』と言いたいところだが。

 そして賛同を得られて機嫌を良くした彼女は、赤ら顔のまま隣に着席。


「そっかそっか、オインクの仲間なんだね。私はリュエ、同じくオインクの仲間だよ」

「仲間……ああ、そうだとも。俺はオインク様の仲間だ、君達と同じな」


 リュエの言葉を、そして自分の言葉を噛みしめるようにしながら、彼は再びグビっと喉を潤したのだった。

(´・ω・`)そこまでして勝ちたいか、この卑怯者め!

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