百四十三話
(´・ω・`)犯人は筋肉ムキムキ
さて、遠回しに一緒に暮らそうと言った影響か、コロッケ片手に二人がフリーズしてしまったわけですが。
そして周りに住人がこちらを見ていたので、なんとも言えない生暖かい視線を集めております。
いや別に見られても気にしないんですけどね。
「あ、このシチュー美味しいですね。すみませんこれの蓋の部分のカボチャ、俺が貰ってもいいですか?」
「お、おう……兄さんアンタ……いや、ほら食いな」
この図太さだけはね、ステータスの恩恵じゃないんですよ。
人様に憚られる事をしたわけじゃないので、どんなに見られても関係ないのです。
……しかしこのカボチャグラタンうまいな、本気で。
「どうだ、うちのカミさんのグラタンは美味いかい、カイさん」
「ん?」
すると、近くから自分の名前を呼ばれ、視線を向ける。
なんとそこには、奇妙な縁があるのか、またもやあの訓練所で戦った魔導師の男性の姿が。
彼の傍らには、弧を描く優しそうな目をした女性と、小さな、恐らく六歳くらいの女の子の姿が。
くっ、これが家庭を持つ男の余裕というやつなのだろうか、妙に風格が漂って見える!
「お、また会ったな。これは奥さんが作ったのかい?」
「はい、お口にあったようでなによりです」
「こんな料理上手の奥さんがいて、可愛い娘さんまでいるのか君は……」
「両手に花の状態で言われるとなんて返したらいいのかわからないんだが」
お互い口には出さないが『羨ましい』って思っているんですね、わかります。
「ところで奥さん、少し聞きたいのですが……」
「ふふ、レシピですか?」
「……いや、それもなんですけど、旦那さんの名前ってなんですか?」
「はあ!?」
ああいや、最初の連戦の時に聞いたような気もするけど、あの時は一々覚えていなかったので……。
「いや悪かったな『ドーソン』、もう忘れないから安心してくれドーソン」
「何度も呼んで覚えなおそうとしてるのが丸分かりだぜ……いや確かにあんだけ連戦してたら忘れても仕方ないだろうが」
「いやぁ、シャワー室で聞けばよかったね、うん」
魔導師の男性改めドーソン。
彼はこの辺りで生まれ育ち、そして外部から来た冒険者である今の奥さんと結ばれ、今は自分一人だけが冒険者として日々の糧を稼いでいるそうだ。
子供が生まれてからはあまり都市の外へ向かう依頼を受けず、時折護衛として離れた農業地帯へ向かう程度だそうだ。
結婚する前までは毎日大陸中を飛び回り、エンドレシアで活動していたこともあったとか。
やっぱりどの世界でも、所帯を持つと安定を取る人が多いのだろう。
「で、ある意味この大会が今の俺にとっちゃ貴重なギルドポイントを稼ぐ機会ってわけだ。やっぱり冒険者になった以上、上は目指したいものだからな」
「なるほどなぁ……確かに現状ポイント稼ぎに危険に依頼を受けるわけにもいかないだろうし」
「そういうことだ。へへ、大会で当たったらそんときはよろしく頼むぜ」
「え、なに八百長しろって? 全力でぶっ叩くわ」
「そういう意味じゃねぇよ!」
大会には、それぞれかけているものや思いがある。
さて、それを知った上で、果たして彼女は優勝する事が出来るだろうか?
俺ではなく、本来の出場者であるレイスへと視線を向ける。
「なるほど……旦那様とは一緒に冒険で……」
「ええ、そうなの。確か、野営中だったかしら……あの人ったら私に――」
「むむ……やっぱり料理が出来た方がいいのかな……」
ドーソンの奥さんとなにやら話し込んでおられるようでした。
大丈夫かレイス、これでもしドーソンとぶつかった時に、観客席から『貴方、負けないで!』とか『パパ頑張れ!』なんて声援が聞こえてきたら……。
恐らく、レイスとドーソンでは、レイスに軍配が上がる。
そもそも彼はBランクで、レイスは激動の時代にAランクに上り詰めた叩き上げの戦士。
ここであまり仲良くなると、大会に影響するのではないだろうか?
「……非情になれるか否か」
「ん? どうしたんだカイさん」
「いんや。ほら、グラスが空だ、注いでやる」
「あ、悪いな。んじゃ俺も」
珍しく気安く話すことが出来る同性の相手、出来れば彼にも頑張って欲しいのだが……。
彼はその後、他の冒険者仲間のところに顔を出すからと俺にも誘いをかけたのだが、高嶺の花である二人を連れて向かう訳にもいかず丁重にお断りをさせてもらった。
若干残念そうにしていたが、彼も自分の奥さんを連れて行く事を想像したのか、それも仕方ないと納得してくれた。
いやぁ、二人を置いて行くという選択肢もあるのだが、酔いが回り始めたおじさん連中の側に置いておくのも色々とね、心配なんですよ。
先ほどから『こっちに来て酌でもしてくれ』という声が掛かったりしているので。
そして意外な事に、リュエよりもレイスの方がこの事に敏感になっていた。
「申し訳ありません、私は操を立てている身ですので……」
商売上、こういう場面には慣れているはずの彼女だが、商売以外では決してこういう事をしないのだとか。
そして、ちょっと嬉しい半面くすぐったいのだが、その操を立てている相手というのが、俺だと。
まぁ場合によってはする事もあるそうだが、誰彼構わずサービスをするような、自分を安売りする行為は控える、というのが彼女の意見だ。
確かに、女性だからと気安く酌を頼むのは考えものだよなぁ。
「やめとけよ、あの姉さん方はもう心に決めた人がいるんだ」
「ケッ……いいご身分だな兄さんよ」
酒の席なのでこれくらいは大丈夫ですとも。
気持ちは分かります、大いに分かりますとも。
というわけで、この場で様々な料理をつまみながら、このアットホームで、少し粗野で、どこか暖かな宴の席を堪能する。
ちなみにリュエさんはお酌を頼まれると、喜んで自分のグラスに注いで飲んでしまい、男性が諦めて去ってしまいました。
徐々に日が沈み、朱色に染められた建物が黒く塗り替えられていく頃。
楽しそうに騒いでいた子供達も母親に連れられて自宅へと戻り、いよいよ本格的に大人たちの時間が始まった。
先程まで野菜の品評会が行われていたステージでは、今度はなにやら賭け事を行うテーブルやら、アームレスリングをするための台が設置されはじめ、まるで西部劇に出る酒場のような、荒っぽい雰囲気が生まれ始める。
ワクワクとする反面、二人は大丈夫だろうかと様子を窺うと、珍しくレイスの方がそわそわとしていた。
「レイスどうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「いえ、その、カードゲームが気になって」
……サイコロの時から薄々感じてはいたが、どうやら彼女はゲームが好きなようですな。
どうやらある程度お金を掛ける必要のある勝負なようだが、いいだろう。自分で責任が取れる程度でなら、今日くらいは許しましょう。
本当は賭け事はしてほしくないのだが、祭りの席のお遊び程度なら大目に見ましょう。
まぁレイスならば節度を守って楽しんでくれるだろうから安心なのだが、問題はもう一人、すっかり出来上がりつつあるリュエさんだ。
先程から目を半分閉じ、うつらうつらとこちらに頭をこすりつけてきていたのだが、レイスの言葉に身体を起こし、自分もやりたいと立ち上がったのだ。
「大丈夫か、リュエ」
「うん……目覚ましヒールで……んっ」
妙に艶っぽいうめき声をあげ、次の瞬間にはシャキっと目を開く。
これなら安心ではあるが、この人が賭け事をして無事に済む様子を想像出来ない。
ありありと、持ち金を失いこちらに縋ってくる姿が目に浮かんでしまう。
「大丈夫、カードゲームなら私だって出来るよ。見たところポーカーみたいだし、大丈夫」
「……一対三のセブンカードスタッドか」
まぁ、幸いお金には余裕もあるのだし、好きにやらせましょう。
世間の厳しさを味わうのも良い勉強です。
「レイス、リュエを頼んだ。楽しんできてくれ」
「はい、軽く遊ぶ程度に留めておきます」
「ささ、行こうかレイス」
嬉しそうにステージへと向かう二人を見送りながら、俺はもう一つの催し、アームレスリングの様子を窺う。
……ステータスのせいで満足に楽しめそうにないが、現状の抑えられた能力だとどれくらい出来るのだろうか?
検証もかねてやってみるのもいいかもしれない。
決して、決して賞金や賞品に目がくらんだ訳じゃありませんとも。
『巨大カボチャと夏野菜詰め合わせ』と『ギルド製台所セット』に目がくらんだ訳じゃありませんとも。
素晴らしいな、ダッチオーブンまでついているじゃないか。
「出るわけじゃないけど、出るわけじゃないけどもう少し側で見てみようか」
誰に言い訳をしているのか。
ふらふらとステージ上へと向かう。
どうやらかなり白熱している様子で、今も冒険者と思しき姿の中年男性と、地元の人間と思われるおじさんが顔を真っ赤にしながら互いを屈服させようと死闘を繰り広げている。
賞品や賞金の有無関係なしに、ギャラリーがどちらが勝つか賭け始めている。
が、どうやら賭けているのは金ではなく持ってきた自分達の秘蔵の酒のようだ。
ふむ、それぞれのご家庭で作った果実酒だろうか? 非常に気になります。
「うおおおおおおお! 現役冒険者なめんなああああ!」
「ぐぬぬぬぬぬ! フロンティアスピリットオオオオオ!」
やだ、暑苦しい。
しかしその雄叫びに呼応するように戦況が動いた。
フロンティアスピリットを掲げるおじさんが、徐々に冒険者の腕を押し始めたのだ。
やがて、冒険者の男性は力尽きたのか、最後の瞬間にドスっと台に手の甲を打ち付けられたのだった。
……最後の一撃は切ない。
「どうだ冒険者! さぁ払った払った」
「くそ……俺もヤキが回ったのか」
「へへ、お前も俺と一緒に大地相手に勝負を挑む生活に鞍替えしようぜ」
「お前みたいにか……それもいいかもしれねぇなぁ……」
どうやらおじさんも元冒険者のようです。
脱サラして田舎で農家を営むような感覚なのだろうか?
そもそもこの大陸は七星開放の影響で魔物の数も少なく、また大地もよく肥えている。
さらにイグゾウ氏の伝えた技術や知識のおかげで、こうして豊かな暮らしをしている。
それを考えれば、案外農家に鞍替えというのもありだと思う。
だが……本当に七星を解放したお陰でこの大陸は好転したのだろうか?
まだ分からない事だらけだが、それでも――
「いずれ、白黒はっきりさせなきゃな」
「ん? なんだ兄ちゃんも出るのか? よっし、現役冒険者の面目、保ってくれや!」
「え? なんだって?」
「おら、この親父をギャフンと言わせてくれよ」
「ん? だからなんだって?」
あ、なんかもう逃げられない奴だこれ。
知らないふりしたら逃げられると思ったんだけど無理でした。
横に置いてあるボードには、五回勝ち抜いたら賞品が貰えるとある。
なんだか場違いな感じがして出るかどうか迷っていたんですけど、こうなってしまったらもう開き直るしかありません。
その台所セット、具体的に言うと万能包丁とパン切り包丁とまな板と可変式ピーラーとダッチオーブン、俺が貰い受ける!
早速席に着き、台を挟んで相対する。
二の腕周りの太さがラグビーボールくらいはありそうな、まさに『筋肉モリモリマッチョマン』なんて小学生並みの感想を抱いてしまう相手。
対する俺は、ぱっと見線の細いお兄さん。いや、実は結構しっかり筋肉がついているんですけどね、服装のせいでわかりにくいのです。
黒って引き締めて見えるからね。
「へへへ、随分な優男じゃないか、そんな腕じゃあ――」
「フラグはやめてください」
「は? なんでいそれは」
古今東西、マッチョマンが相手の外見で舐めた態度を取ると瞬殺されると決まっているんです。
というわけで、その例に習うような展開に――
「待て。彼の相手は俺が努めよう」
「あん? うお!? お前来てたのか!?」
「地元の祭りだ、当たり前だろうが」
だが、そこに待ったの声が入った。
周囲のギャラリーが一斉に一歩後退し、その姿があらわになる。
目の前にいたおじさんが霞んで見えるような巨体に、思わずこちらも椅子を引いてしまう。
まるで、巨大な岩肌に布を貼り付けたかのようなその出で立ち。
身長ニメートル半は優に超えていそうなその男性は、ピチっとしたどこかの制服を着用していた。
「さすがに大人げないぜ、元白銀持ち」
「ふむ、だが目の前の彼も白銀持ちだ」
「なに!? おいマジかよあんちゃん……」
「いやはや、どうしてこんな所にいるんですか……ええと、ドゴル議員?」
「ゴルドだゴルド! ふむ、オインク様が直々に見出した白銀持ち、まさかこのような場所で会えるとは思わなかったぞ」
現れたのは、この大陸の冒険者ギルドのナンバー2、ゴルド議員だった。
(´・ω・`)この議員は別に○○政剣とか○民刀とかそういう武器を持ってたりしません
追伸
(´・ω・`)ファミ通文庫のブログにて作品が紹介されました
(´・ω・`)初公開の口絵の一部も掲載されていますのでどうぞ
http://blog.fbonline.jp/