百四十二話
(´・ω・`)ジュアワサクサク
「あ、あの……こっちですお姉さん」
「ありがとうございます」
「ど、どういたしまして!」
子供の集団に取り囲まれたレイスに追随し、品評会へと向かう。
彼女の服装こそ冒険者風だが、その物腰に子供心にただ者ではないと思ったのか、少し緊張した様子で案内をする少年。
周りにいる子供達も、少しだけドギマギした風だ。
で、子供に逃げられたリュエさんはと言うと――
「おねーちゃ、げんきだして」
「うん……君はいい子だね」
「いいこ、いいこしてあげるね」
「やさしいなぁ……」
一番小さな子に慰められていました。
そのまま子供達に連れられ幾度か角を曲がり路地を抜けると、次第に祭り用の飾り付けが目立ち始める。
やはりこの辺りの風習なのか、黄金色の麦を編んだリースや、果物や野菜を模したであろう丸い飾りが周辺の家の玄関に飾られている。
万国旗のようなものも下げられて、どことなくアットホームな雰囲気の賑やかさに、言いようのない感情が湧いてくる。
ああ、珍しいな……これはたぶん、望郷心だ。
どことなく、地元のお祭りのような、そんな昔を思い出させる雰囲気に、この世界に来てからたぶん初めて、寂しいという気持ちを抱く。
「……ここ最近、本当らしくないな」
そして通りの先に広場があり、大テーブルがいくつも並べられ、持ち寄られた料理が今もせっせと運ばれてきていた。
その近くのステージには、恐らく自慢の一品であろう野菜を持ち寄った農家の方々が、互いの作物を品評しあっている。
「お前のところのナスなんて、ほら見てみろ! でかいだけでヘタの棘がしなびているじゃねぇか!」
「うるせい、お前の所のトマトなんて、ちゃんと対策しなかったから実割れを起こしてるじゃろうが!」
品評というか、貶し合いというか……恐らくなにか譲れないものがあるのだろう。
周りの住人も、そんな様子を肴に杯を傾け、楽しそうに笑みを浮かべている。
いいな、こういうの。
ちなみに個人的には、傷んだ野菜は安く手に入る上に、店で仕入れたときに混ざっていると、そのまま廃棄処分になるのでこっそり貰ったりも出来るので大歓迎だったりします。
なお、この意見にはレイスも同意してくれました。彼女も昔、そういう格安で手に入る食材を求めて街中駆け巡っていたそうです。
「ここだよ、お姉ちゃん」
「ありがとうございました、皆さん。これはお礼です」
すると、レイスは案内してくれた子供達にキャンディーを配り始めていた。
膝を突き目線を下げた彼女の前に、子供達が綺麗に整列する。
一人一人に手渡してはお礼を言う彼女の姿を見て俺は思う。
『ああ、こりゃ男の子達の初恋の相手は決まったな』と。
レイスさんはホンマ罪深いお人やでぇ……。
そして、リュエはその様子を見てひらめいたのか、自分のアイテムパックからなにかを取り出し始めた。
「はい、お嬢ちゃんには私からこれをプレゼント。ありがとうね」
「おねえちゃ、これなに?」
「これはね、頭につけて――」
ちっちゃなカブトムシを生み出すのはやめなさい。
しかし、思いのほか受けが良かったのか、その少女も嬉しそうに他の子供達と帰宅の途に着いたのだった。
「あ、いいなーお前! オオカブトの角じゃん」
「えへへー」
あの角がなにかの役に立ったの、初めて見ました。
周囲を見渡すと、受付……というか、他よりも住人の方々が多く集まっているテーブルを見つけ、声をかける。
するとやはり申し込みをするための本部らしく、代表者のおじさんが嬉しそうに応対してくれた。
「おーおー、若い冒険者さんがきてくれるなんて珍しいねぇ! それで、お兄さん一人かい?」
「いえ、連れが二人います」
離れた場所で飾りのリースを熱心に見ていた二人に声をかけ呼び寄せる。
すると、おじさんや周囲の方々が『おおっ』と歓声を漏らす。
うん、わかる。
今の様子を例えるなら、祭りの主催である地元の町内会本部に、浴衣美人が訪れるような、そんな感じだろう。
ああ、子供の頃、大人たちが祭りの裏方、奥のほうで楽しそうに騒いでいるのを見て『ズルイ』なんて思ったもんだ。
「三人です。それぞれ料理を持ち寄ったのですが、見て頂けますか?」
「お、おお勿論! いやぁ、最近の若者で、まさか料理支払いなんて何年ぶりだろうなぁ」
やっぱりどの世界でも『若者の◯◯離れ』っていうのは問題になっているんですかね。
ともあれ、俺達はそれぞれ料理を取り出す。
「私はラタトゥイユです。ありふれた物でお恥ずかしいのですが……」
まず初めにレイスが鉄鍋ごと取り出して蓋を開ける。
美しい赤に、しっかりと素材の色が出ている野菜たち。
ピーマンの緑ってすぐに色褪せるからね、実はコツがあるんですよ。
「いやいや、こいつは各家庭で味が違うからこそ、喜ばれるものなんだよお嬢さん。是非みんなで食べさせてもらうよ」
「ふふ、ありがとうございます」
レイスは問題なく参加者の証である簡易的な首飾りを受け取った。
さて、お次はリュエさんだ。
彼女は料理というよりはソースだが、これでも大丈夫なのだろうか?
俺の知らない間に、すっかりタルタルソースマイスターになった彼女だが、さてはて……。
「私はこれだよ。タルタルソースって言うんだけど、何かにつけて食べるんだ」
「ほう、これは珍しい。エッグソースやマヨネーズソースにも見えるが……」
リュエが大きめの瓶たっぷりのタルタルソースをドンっとテーブルの上に置くと、やはり見慣れないのか、興味深そうにおじさん達が顔を近づける。
するとおじさん達の中から一人、自分が今食べている料理にかけてみてもいいか、と名乗り出る。
ふむ、どうやらフライドポテトやオニオンリングフライのようだ。いいなぁ、ビールと一緒に摘みたい揚げ物ベスト一、ニじゃないですか。
「どれどれ……むぐ……」
サクサクと衣の心地よい音を鳴らしながら、たっぷりとタルタルソースを絡めたリングフライを咀嚼するおじさん。
金払うから俺にも一口くれ、あとビールも。
「ほっほ! これはいい、実にいい! うまいぞ、素晴らしいソースだ!」
「ふふふ、そうだろうそうだろう! これで私も参加してもいいんだよね」
「勿論だ! いやぁ、こんなにたくさん貰っていいのかい? これがあればいくらでもフライが食べられそうだ」
「いいのいいの! 自分で作った物を美味しいって食べてもらうのって素敵だね、カイくん」
「ああ、本当にそうだな。よし、じゃあ最後は俺だな」
俺だけは、完成品ではなく仕上げの一歩手前の状態での持参だ。
先ほどフライを食べていたことから、恐らくフライヤーか大鍋があるのだろう。
俺はバットに並べたコロッケ種を取り出し、おじさんに見せる。
「ふむ、これはマッシュポテトかね?」
「いえ、これはコロッケダネですね。出来ればこの場で完成させたいのですが」
コロッケは、起源を辿れば海外、それこそこの大陸のような西洋料理文化圏が発祥という説もある。
だが、その殆どが一般で言うクリームコロッケであり、じゃがいもを使ったこの形態はまた、別な国から伝わったとも言われている。
まぁ、日本特有のあっちこっちのいいとこ取りして魔改造した果てに生まれた料理の一つですな、カレー同様。
「ふむ、コロッケダネというのか……どうやって仕上げるのかね?」
「ああ、それなら――」
この間の屋台の一件以来、こうして人前で料理をするのが楽しく思えてきた。
早速仕上げるからと提案し、料理中のお母様方に混ざってコロッケダネを大量の油の中に沈めていく。
「ようするに、じゃがいもベースの揚げ物ですよ。今回は豚ひき肉と玉ねぎを炒めて混ぜ込んだベーシックなスタイルです」
「じゃがいもは毎年たくさん取れるから、料理のバリエーションが増えるのは大歓迎だ。君も参加OKだ、揚がり終わったらテーブルに着いてくれ」
「了解です」
段々と油の中で黄金色に変わっていくその姿を見ながら、出来上がりを想像する。
サクサクのほくほく、これを主食とし、様々な家庭の味を堪能。
ううむ、想像しただけでよだれが出そうだ。
どうも、現在最強を自称しております冒険者であります。
「こっち来てから料理ばっかりしてる気がする」
いや楽しいからいいんですけどね。
ようやく全てのコロッケを揚げ終わり、誇張表現なしに大皿に山盛りとなったそれをテーブルへと運ぶ。
すでにリュエとレイスは近隣の住人に囲まれながら、やれべっぴんさんだ、やれ今年のミスセミフィナルそっくりだと言われていた。
待って、俺の席どこ、二人の近くじゃないと僕座らないからね! なんてふざけたことを思いながら、仕方なしと空いている席に座る。
「はーい、新しい料理が出来たので是非食べてみてくださーい」
集団に向けて声をかけると、まるで砂糖を見つけた蟻のように、一斉に大皿へと群がる住人の皆さん。
みるみるうちにコロッケ山が切り崩され、あっというまに平野になってしまいましたとさ。
例えるならそう、レイスがリュエに――
「カイくんの隣もーらった」
「では反対側を。この料理はカイさんが持ってきたものですよね?」
ドサクサに紛れ、二人が側へとやってきた。
ご覧ください、コロッケに気を取られ二人に逃げられてしまったおじさん達があちらとなっております。
そんな目で見ないでください。
「あちち……なんだか可愛い形だね、これ」
「クロケットに似ていますね? では頂きます」
「さすがレイス、知っていたか」
そう、諸説あるがクロケットという料理が変化してコロッケになったとも言われている。
さてはて、二人の口に合うだろうか?
「兄さんうまいじゃないかこれ! さっきの姉さんのソースにも会うし、ラタトゥイユと一緒に食べても美味しいぞ!」
「そうだな、こりゃトマトソースにも合う。見たところそこまで難しい料理でもないようだし、真似させてもらうぞ」
「母ちゃん、うちの畑の芋、全部こいつにしてくれや!」
少なくとも、おじさん達には大好評な様子。
さて、二人の反応はいかに。
「カイさん、お皿に残っている分はもう私が食べてしまってもいいのでしょうか……」
「……気に入ってくれたようでなによりです」
気が付くと彼女のコロッケの姿が消えていた。
「おいしいねー、これ。タルタルソースと一緒にパンに挟んで食べたいよ」
「何気にリュエが最適解を導き出している件について」
どうやら二人にも好評のようでした。
うん、コロッケパンって美味しいよね。
……そういえば、どっかの誰かさんはまともに料理が出来なくて、昔俺が『お前の得意料理ってなんなんだよ』と聞いたら――
『まず食パンを取り出します。買ってきたフライを乗せます。マヨネーズをかけて完成』
なんて答えた奴がいたっけな。
それは料理じゃないぜ……久司。
少しすると、再び他の住人の料理が運ばれてきた。
なんと今度は、バレーボール程の大きさのかぼちゃを繰り抜いて作ったグラタンだ。
いいなぁ、器まで食べられる料理って。絶対子供が喜ぶ奴だこれ。
「カイさん、凄く楽しそうですね。顔、緩みっぱなしです」
「そ、そうか? けど、本当に楽しいんだ」
「カイくん、もし全部終わったら、こういう場所に住みたい?」
「ん? ……そうだな、それも悪く無いかもしれないが――」
すべてが終わったら。
目的が曖昧な旅ではあるが、もしもそう、本当にどこかを安住の地とするのなら、こういう場所も選択肢のうちに入るだろう。
だが、たとえどんな場所に住むことになろうとも、絶対に欠かすことが出来ない条件がある。
「どこだろうと、二人が一緒じゃないとな」
たまにはドストレートに言わせてもらいましょうか。
(´・ω・`)誰がメンチカツや!