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百四十一話

( ´・ω・` )ゲフウ

「レイス、今だよ!」

「はい! これで終わりです」

「くっ……」


 着地地点に氷の枝を投げ込まれ、バランスを崩す。

 そこに透かさず駆け寄ったレイスが、回し蹴りを放ってくる。

 転びながらも、なんとか急所を守ろうとしたところで、唐突に彼女が蹴りの軌道を変える。


「打撃では、決定打になりませんからね」

「……降参だ」


 次の瞬間には、俺が足を取られた原因である氷の枝……その尖端を突きつけられていた。

 枝を蹴りあげて武器にしたのか……足の先まで器用なお姉さんなんですね、さすがです。

 これで、一勝二敗か……。


 本日はレイスとリュエを誘い訓練施設で模擬戦をしていたのだが、やはり彼女達二人を相手にするのは難易度が高い。

 勝利した一戦も、こちらのスタイルをまだ把握しきれていない状態の二人からなんとか拾えたものにすぎない。

 リュエは大規模な魔法、魔導は封印、さらに定点に魔術を発動するのを禁止という縛り。

 そしてレイスは魔弓を縛るという条件での一対二の模擬戦。

 だがそれでも勝てない。

 幸いリュエは完全にバックアップにまわっているのだが、先ほどのようにこちらの行動を阻害したり、咄嗟に棒を使いこちらの攻撃を逸らしたりと、レイスとのコンビネーションは抜群。

 接戦に持ち込むことは出来ても、最後には競り負けるというのが現状だ。


「これでだいぶ課題が見えてきたな……」

「そうですね。カイさんは戦闘が長引くと注意力散漫になるみたいです」

「それでも、二○分以上よくしのげたね? 私結構反則ギリギリだったのに」

「魔術で生み出したツララをひたすら投げつけるのは正直恐かったです」


 足元から突然生えてくるよりはマシだが、それでもかなりの脅威である。

 そしてレイスも、容赦なくこちらに打ちこんでくる。

 こちらも、このフィールドならば相手を傷つけないとよく分かったので、こうして攻撃をすることが出来るのだが……。


「ともあれ一先ず終わり。シャワーを浴びたらフードコートに集合で」




 フードコートで二人を待っていると、先日の魔導師の男性が声をかけてきた。


「今日はなんかすげえ相手と戦ってたな。あんたあの聖騎士さんの仲間だったのか」

「そういうこと。知ってるのか、リュエのこと」

「今年のミスセミフィナルを知らない男なんていねぇって」

「そういうもんなのか」


 彼が言うには、リュエが外の訓練所に来ると、周囲に人だかりが出来るそうだ。

 が、今日はこちらに移ってしまい、まだここを利用できない冒険者たちが肩を落としていたと。


「まぁ、こっちは妻子持ちだからな、現を抜かすわけにもいかないんだけどよ」

「なんだよのろけか、羨ましい」

「あんたにだけは言われたくないってーの」

「違いない」


 談笑し、立ち去る彼を見送る。

 なんでも、今日は娘さんと大道芸を見に行く約束をしているのだとか。


「カイさん、お待たせしました。今ちょっと怪しい風体の方に、これを渡してほしいと言われたのですが」

「なんだろうね、この中涼しいからって顔まで隠さなくてもいいのに」


 とそこへ、二人が着替えて戻ってきた。

 訓練中、レイスは短パンにストッキング、ブーツという動きやすさを重視し、リュエはどういうわけか、あのドレスアーマーを着込んでいる。

 なるほど、訓練場に人が集まるのも仕方ないですな。

 レイスさんは特に、形の良いヒップも、そして胸もくっきりと形が浮いてしまいますから。

 リュエさんはまぁ、あんな物語から飛び出してきたような出で立ちだと、 否が応にも視線を集めてしまうだろうしな。

 さて、そんな彼女達が持ってきたのがこのトランク型のバスケット。

 ふむ、香ばしい麦の香りがしてくる。オインクが届けさせたのだろう。


「ああ、これオインクが届けてくれたんだ。丁度いいし食べるとしようか」


 バスケットを開けると、そこには昨日のホットドックのようなパンだけでなく、サンドイッチや数種類のソースが入った容器が詰まっていた。

 その豪華さに、つい気分が高揚する。


「これは……美味しそうですね」

「すごいよほら、このソース緑色だよ」

「ふむ」


 ぺろりとソースをなめてみると、アボカドのディップソースと、先日と同じオーロラソース、そして珍しい、醤油風味のドレッシングだった。

 これをつけて食べるといいのか。

 三人でバスケットを囲み、舌鼓を打つ。

 悔しいが、本当にうまい、なによりも食べる側への配慮がしっかりとされている。


「本当に、相手を思いやる気持ちがないと作れませんね、このランチボックスは」

「うーん、私はここにさらにタルタルソースを追加したいなー。部屋の冷蔵庫に入れてきちゃった」

「ん、底の方に紙が入っているな」


 すべて平らげると、その謎の紙片が見つかるという仕組みか。

 少々ワクワクしながらそれを開くと――


「アンケート用紙……?」

「カイさん宛てですね」

「ええと……美味しかったですか? だってさ」


 そこには、味の感想と改善点を求める記入スペースと、次はどういうものが良いかという質問が書いてあった。

 ふむ、直接聞けばいいのに。だがちょっと凝ってて楽しいな。


「おいしかったって書いておいておくれ。私からも」

「そうですね、特にディップソースが美味しかったです」

「俺としては、あの謎のフライの正体が気になるところだな」


 三人の意見を出し合い、記入していく。

 で、この手紙はどうすればいいのか。

 すると、フードコートの外に怪しげな全身ローブの人影が。


「あ、さっき配達してくれた人だ」

「ああ、あの人に渡せばいいのか」


 なんというか、洋風黒子のようなその人物に、空になったバスケットとアンケート用紙を手渡す。

 すると、まるで逃げるようにその場を去る西洋黒子。

 ちょっと人選おかしくないですかオインクさん。



 さて、訓練は基本的に午前中のみとして、午後は散策に費やしているのだが、今現在大きな催しが開かれている地区が少なく、大道芸を見て回ろうとしても人が多すぎてそれもままならない。

 そこで、今日はこの都市の反対側、住人の為の居住区を散策しようと思っているわけですが。


「レイス、さすがにドレスを着て居住区画はおかしいよね」

「……はい。でもカイさんがデートみたいなものだって言うからつい……」

「レイスレイス、私みたいに楽な恰好でいいいよ。戦う時の服装みたいなのはないのかい?」

「俺はカブトムシと一緒に外を歩くつもりはありません」

「……自信作なんだけどなー」


 ようやく二人の服装が決まり、外へと向かう。

 珍しくパンツルックの二人だが、その状態で前を歩かれるとこちらが前方不注意になってしまいます。

 つい視線が下に向いてしまうので。

 居住区画へは、歩道に描かれている緑の線を追えば辿り着くと言う。

 都市を丸々縦断するので、相当な距離になると思うのだが、二人は歩いて行きたいと言う。

 確かにどこか浮かれた雰囲気の街中を、ぶらぶらと歩くだけでも楽しくなってくる。


「リュエ、また線からはみ出さないように歩いているんですか?」

「ふふ、ついね。そういうレイスだって歩いてるじゃないか」

「ふふ、私もついです」

「そしてその横を平然とルールを無視して歩く俺」

「むぅ……追い越し禁止ですよカイさん」


 そんな風にのんびりと道を歩いていると、運河が見えてきた。

 そうだ、ついでに何か変装に使えそうな道具でも――なんだあれは。

 運河の縁、河川敷のようになっているその場所で、なにやら怪しげな人影がごそごそと荷物を漁っていた。


「あれ、なにしてるんだと思う?」

「あ、パンの配達してくれた人だね。うーん……探しものかな?」

「……待ってください、様子がおかしいです」


 取り出したのは、パイプ椅子のような簡易的な構造の椅子。

 その椅子の背もたれに腹がつくように逆に座り、ダラりと背もたれに身体をあずける。

 嫌な例えだが、まるでギロチンのような状態だ。

 ……けどまぁ、学校の休み時間にあんな風にだらける事、ありますよね。


「……苦しそうですね」

「ああ、後ろに机がないと成り立たないよな、あれ」

「机……? カイくん、あれってなんの儀式かわかるのかい?」

「ああいや、なんでもない」


 苦しそうにジタバタしているが、だったら起き上がりなさいよ。

 あの黒子さん、ちょっとエキセントリックすぎませんかね?


「……世の中には特殊な性癖の方もいると聞きます、見なかったことにしましょう」

「性癖て……」


 レイスさん、とうとう恐ろしい物でも見るかのような表情を浮かべて逃げ出しました。

 うん、ちょっとあれはなんかこう、見ちゃいけない物みたいですね。

 明日以降もしパンを届けるのがあの黒子だったら、ちょっとオインクに文句を言わないと。


「うーん……新しい遊びかもしれないけど……」


 リュエさん、真似しないでくださいね。


 そんなエキセントリックな黒子の事を頭から追い出し、中央にある行政区画に差し掛かると、丁度旧王宮から立派な魔車が出てくるところだった。

 ふむ、あれは以前、この都市に入るときに先導してくれた奴だったか。

 黒いライオンのような魔物が、威風堂々と門から現れる。

 すると、こちらを通り過ぎたタイミングで速度を落とし、停車した。


「ぼんぼん、外出ですか?」


 その声に振り返ると、魔車の窓からオインクが顔を出していた。

 今日も誰かと会合があるのか、うっすらと化粧が施され、そしてもはやお約束のようだが、ドングリ型の飾りのついたイヤリングをしている。


「なんだオインクか。どうしたんだ、俺に用事か?」

「いえ、そういうわけではないのですが……今日のパンはどうでした?」

「ああ、アンケート書いておいたから後で見てくれ」

「アンケート、ですか?」

「ん、あれはアンケートじゃなかったのか?」

「いえ……わかりました。ではこれで失礼します」


 再び魔車が走りだし、それを見送る。

 ううむ、ここまで広いとちょっとした用事でも移動が面倒だな。

 それにしても、あれはアンケートじゃなかったのかね?


 行政区の先にはこれまで足を運んだことがなかったのだが、そこには大きな屋敷が立ち並び、エンドレシアの首都の上層区を髣髴とさせる街並みが広がっていた。

 ここが議員やそれに準ずる人間、そして他国の人間が一時的に滞在する屋敷群だろか。

 マイホームねぇ……個人的にはこういう屋敷よりも、リュエの家のような場所の方が好きだな。

 ログハウスとかロマンですよね。


「この辺りの建物は古くから残っている物が大半だそうですよ」

「へぇ、じゃあ一件くらい幽霊屋敷でもあるかもしれないな」

「さぁ、早くここを抜けてしまいましょうか」

「あ、レイス待って! 私を置いて行かないでおくれ」


 二人とも、もはや緑の線を無視して猛烈な勢いで歩んでおります。

 リュエもそうなのだが、レイスもホラー系の話が苦手なのか……。


 少しすると道幅が狭くなり、周囲の建物も一般的な家屋程度の大きさになる。

 いつのまにか地面に引かれていた線もなくなり、温かな暖色のレンガが敷き詰められた、どこか異国情緒感じさせる周囲の様子に、少しだけ心が弾む。

 丁度太陽も傾き始め、今晩の買い物を済ませようとする住人の方々が通りに増え始めていた。


「わぁ……なんだか私、こういう場所好きだよ」

「そうですね、なんだか懐かしい感じがします」


 二人もこの光景に感じるものがあったのか、どこか切ないような、懐かしむような眼差しで周囲の様子を眺めていた。

 夕暮れ前の、もうすぐ楽しい時間が終わり、夜が来てしまう。

 けれども、美味しいごはんと、家族と共に過ごす団欒が待っている。

 そんな、曖昧だけども心地いい時間を感じさせる空間。


「ええと……この先の商店街で農作物の品評会が始まるらしいけど、どこだ?」


 さて、この場所に来ることだけが目的ではなく、当然お目当ての催しがあるわけだが、正直ここからは目印もなく、細い通りがいくつもあり目的地に辿り着けそうにない。

 どうやらその農作物を使った料理を振る舞ってくれるらしく、参加費さえ払えば外部の人間も楽しむことが出来るそうだ。

 ちなみにその際に、手料理を持って行くと参加費免除だそうだ。

 というわけで、なんと今回はレイスさんのラタトゥイユと、リュエ作のタルタルソース、そして俺作のポテトサラダとコロッケダネを用意してあったりします。


「まぁそれも会場につけなければ無駄に終わるのですが」

「よし、私がちょっと聞いてくるよ!」

「お、じゃあ任せた!」


 するとここで、我が家の行動派、切り込み隊長リュエさんが、これから帰宅しようとしているであろう子供の集団に向かって行った。

 あ、逃げられた。


「リュエ……あんな風にいきなり走って向かって行ったら逃げられますよ……」

「だな。意気込んだ結果がこれです。レイス、頼む」


 影を背負ってしまった彼女の元へ、我が家のお母さんが出向きました。

 そしてその結果、無事に散り散りになってしまった子供たちが戻ってきましたとさ。

( ´・ω・` )もうちょっと食べやすい軽い物をプレゼントする風習にかえてくれない? マシュマロとか

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