百四十話
(´・ω・`)何かが水面下で
「あぶね! 流石にそれ使うのは反則だろ!」
「当たってもちょっと怯むだけの癖して、だらしないよお兄さん」
コンパクトな、だが確かに力の込められた踏み込みと共に放たれたショートパンチを、腹を引っ込ませるように息を止めながら間一髪で躱す。
避けたにもかかわらず、その余波が腹に響く。まるで、近くで大太鼓でも叩かれたかのように。
やはり格闘家相手にインファイトは自殺行為か。
「そろそろこっちも魔術を解禁させて貰うぞ」
「早速切り札発動かな!?」
「ただの基本戦術だから! 別に追いつめられてなんかいないから!」
闇魔術を使い、肘から手にかけて黒い小手を生み出す。
ただの小手ではなく、カタールのように剣を一体化させたそれを身に纏う。
単純に、ただ剣だけで戦うんじゃあまだ俺の拙い技術じゃ彼女に届かないから故の選択。
今までいかにステータスに物を言わせていたか痛感したんですよ。
この形状ならば、殴打だけでなく斬撃、さらに掌が自由なので掴み攻撃も可能というわけだ。
なんとも武骨で、洗練という言葉からかけ離れたスタイルではあるが、今の俺はこれくらいしないと他の人間に勝てないのですよ。
「じゃあ行くぞ」
踏み込み、リーチを生かして正拳突きのように拳を繰り出す。
付属の剣が真っ直ぐと彼女へと伸び、それを彼女が自分の籠手を使い受け流す。
受け流された腕をそのまま捻り、彼女の腕を掴み引き寄せる。
「うわっ」
「捕獲完了」
「はなせはなせ!」
このくらいじゃ諦めない彼女は、俺の腕にぶら下がるように全体重をかけ、その行動に僅かに腕を下げてしまう。
いや中々思い切りの良い子だな、逃げられてしまった。
「うーわ、えげつない武器だね……カタールの一種かな? 面倒だよお兄さん」
「じゃあこっからはもう少し本気で行くぞ」
さて、ここまでは剣術や格闘術を使わない、自分の動きだけで戦ってきたわけだが、そろそろ全てを取り入れていくべきか。
この場所は幸い、特殊なフィールドに覆われている都合、身体的なダメージは全て精神的な、体力的な負荷へと変換される。
まぁそれにも限度があるのだが、極限まで攻撃力を落としている今の俺ならば、問題はないと検証済だ。
「まだ上があるの!? 面倒だなぁ……じゃあ私も!」
目の前の彼女もまた、なにか魔法を発動したのか、全身にうっすらと青いオーラを纏い始める。
なにそれかっこいい。補助魔法の一種だろうか?
次の瞬間、彼女の姿が掻き消える。
それでも、一先ず壁を背にするように下がることで、どこから攻撃がくるか見極めようとする。
すると視界の隅で青い揺らめきを捉え、咄嗟にそちらにむけて裏拳を放つように腕を振るう。
その刹那、金属同士がぶつかりあうような音と共に、掻き消えた彼女の姿が露わになる。
拳だ。猛烈な速度で移動して、そのまますべてのエネルギーを乗せた拳を放ってきたんだ。
それを押し返しつつ、空中へと弾き飛ばし、剣部分から[ウェイブモーション]を放ち彼女に追撃を図る。
……今の一撃、壁を支えにしなければ完全に吹き飛ばされていた。
もう少し衝撃を逃がす受け方を考えたほうが良いな。
「ぎゃ! それはズル――」
「くありません」
ウェイブモーションを両手で顔を覆うようにしてガードしたのを確認し、先に彼女の着地地点へと回り込む。
そして、やや吹き飛ばされながら着地した所に剣を突き付ける。
飛び道具はズルではありません、作戦です。
彼女が大人しく負けを認めたので、こちらも魔術を解除する。
いやはや……小さいと思って油断したら、初手であのとてつもない威力のショートパンチを食らってしまいましたよ。
あの木偶人形を吹き飛ばし、個人用スペース内からですら余波を外に漏らすあの一撃を。
食らった瞬間、本当に内臓が揺れて吐きそうになったんですけど。
「お兄さん打たれ強すぎない……? それに戦いなれてないように見えて、結構こっちの動きに対応出来てるし」
「まぁ最近ちょっと戦闘スタイルをかえた身なんでね。それなりに目は慣れているんだよ」
「序盤で攻め切れなかったのが失敗だったかなぁ……これ明日はどうなるんだろう」
「明日は完封させてもらうぜ、ヴィオちゃん」
というわけで、訓練施設で先日話をした少女……に見える年齢不詳の子と組み手をしていたわけです。
いやはや、彼女が特別なのか、それともサーディスの人間は皆こうも強いのか、盛大に苦戦してしまった。
訓練前に相手のステータスを覗くのはさすがにズルいと思い見ていなかったが、いや本当強い。
さすがこの施設を利用しているだけはあります。
だがそれでも、この身体のスペック、いくらステータスを下げているとしても元々持っているポテンシャルのおかげで、途中から徐々に動きを修正していく事が出来たので、最後辺りは完全に対応出来てはいたのだが。
訓練した分だけ、経験を積んだ分だけこの身体は応えてくれる。それが分かっただけでも十分な成果だ。
ちなみに、今回の紫髪の四つ耳少女の名前は『ヴィオ』と言うそうで、ほぼ拳のみで戦うという戦闘スタイルだった。
「あー悔しい。こっちに来てからまだ負けてなかったのに……お兄さんの名前カイだっけ? 忘れないからね、大会では覚悟してよね」
「おう、覚悟しておく」
手に嵌める篭手型の武器を外しながら模擬戦用のフィールドを後にする彼女を見送り、俺は次の対戦相手を待ち構えるのだった。
「次!」
現在、最初の彼女を含めて一三人抜きをしたところで、ようやく対戦相手が尽きる。
フィールドの外にはいつのまにか観戦者が増え、こちらの様子を難しそうな表情を浮かべ観察していた。
何度も何度も、闇魔術で具現化する武具の形状を変化させ、慣れてきた身体に合うように最適化を繰り返していたので、いまいちこちらのスタイルが掴めないのだろう。
今の俺が持つのは、最初に立ち戻り、あの黒い大きな刺身包丁のような形状の剣。
これが一番動かしやすく、攻撃から剣術への繋ぎもスムーズに行えると判明した。
やっぱり剣で戦った時間が一番長いからね、最終的にこういう形に落ち着いたわけだ。
幸い、これは魔術製なので刃こぼれを気にせずに雑に扱えるので、やや挑戦的なスタイルで色々試せたのが大きかった。
この日本刀の様な形状で相手の攻撃をいなせないか、そして最低限の接触でダメージを与えられないか、何度も挑戦したんですよ。
その結果、合計一三人もの方と組手を行うことになった、と。
……それに、こうしていると少しは気分も晴れるしな。
「他に相手はいませんかー?」
気持ちを切り替え、最後にもう一度周囲に声をかけ、それでも名乗り出る者がいなかったので、本日の訓練はここまでとして、施設内のシャワールームへと向かうのだった。
シャワールームで汗を流していると、先ほど模擬戦の相手を務めてくれた面々もまた、その疲れを癒そうとやって来た。
軽く会釈をし洗髪に戻ろうとすると、一行の中から一人の男性が声をかけてきた。
「なぁ、アンタどっから来たんだ? 一応これでも銀持ちになって長いんだぜ、俺」
「ん? エンドレシアから旅をしてここに立ち寄ったんだよ。確か魔導師だったね、君」
「お、しっかり記憶に残ってるようで安心したぜ。エンドレシアか……向こうは魔物がつええからなぁ……カイって名前だよな、アンタ」
「どうも、皆さんの暮らしを温かく見つめるカイさんです」
「なんだそりゃ。いやはや、悔しいからまた今度戦ってくれよ。俺も魔導師として、武具生成して戦う人間だ。同じスタイルってのは貴重なんだよ」
「そういえばあれ、なんだったんだ? 随分頑丈な盾だったけど」
この男性は、大勢いた相手の中でも、取り分け長くこちらの攻撃を防ぎ切った人物だ。
俺同様、戦闘開始と同時に魔導を使い、自分の身体を覆い隠すような巨大な白い盾を生み出したのだ。
正面からの攻撃が通じず、回り込もうとすると似たような材質の槍が飛び道具として飛来し、中々近づけなかった。
対人に特化していると言ってもいいスタイルの人物だ。
「そいつは商売上教えられねぇな。カイさんの黒い奴だってみんな頭捻ってたぜ」
「なるほど。まぁお互い、硬いものどうしってことで」
硬いもの(意味深)しかしまぁ、恐らく鉱物の一種だろうと予測はついているのだが。
しかしこうして現実の世界として様々な人間と戦ってみて初めて分かったのだが、ここはゲーム時代では及びもつかない程多種多様な戦闘スタイルが存在している。
それが、どうしようもなく面白い。
やっぱり、なんとかして大会に出てみたいのだが……。
「ふぅ、じゃあ俺は先に失礼するよ。たぶん明日もまた来るから、よければ相手をしてくれ」
「おう、じゃあなカイさん」
ギルドの自室に戻ると、そこはもぬけの殻。
二人は恐らく、共に訓練を終えた後に昼食を摂りに行ったのだろう。
こっちは訓練所でサンドイッチをぱくついてきたので、暇を持て余している状態だ。
ううむ……なら今のうちになんとか大会に出る方法はないか考えてみるとしようか。
大会はギルドが受付窓口を務めているが、主催はこの都市そのもの。
なので、出場にギルドの登録も必要なく、先ほどのヴィオちゃんのような人間も出場可能。
極端な話、一般の人間が唐突に出場する事も可能だ。
ならば、こちらの姿さえ隠すことが出来れば、十分に出場可能なのではないだろうか?
「変装か……レイスに聞けば何かヒントをくれないだろうか」
しかし『ダメですよ?』と散々釘を刺されてしまったし、ううむ……。
するとその時、丁度部屋にノックの音が響く。
二人が帰ってきたのだろうか?
だが、一向に鍵が開く様子もなく、二人ではないとあたりをつけのぞき穴から外の様子を窺う。
すると、そこにいたのはやや不機嫌そうな顔をしたオインクだった。
ちょっと面白いので、そのままのぞき穴から観察してみることに。
どうやらこちらが部屋に戻っているのは確認済みなのか、もう一度ノックをしようと手を振り上げている。
なので、そのタイミングに合わせてこちらからもノックをしてやると、音に違和感を覚えたのか、一瞬不思議そうな顔をする。
確認のためもう一度ノックをしようとしたので、今度はノックが終わるタイミングで、もう一度ノックをしてやる。
『あれ? 一回多く鳴ったぞ』状態である。
さて、ここまできてようやく俺の悪戯に気が付いたのか、彼女は懐から鍵を取り出した。
仕方なしに、彼女がカギを刺す寸前で扉を開いてやる。
「わっ、とと」
「どうした急に倒れて」
「……扉一つでどうしてそんなに人をからかえるんですか」
「器用なもんだろ。結構楽しいぞこれ。しつこい勧誘相手に試してみろ」
「まったく……」
席に着き、話を促す。
最初の表情から察するに、あまりいい知らせではないのだろう。
「先日、リシャルに槍を貸して頂けないか打診してみたところ、見事に断られました。あれはイグゾウ氏から受け継いだ物だから、そう易々とは人に渡せない、と」
「で、条件はなんだって?」
「察しがいいですね。貴方が今予想している通りですよ。参りましたね……ぼんぼん、貴方○か一○○しかありませんよね、戦うとしたら」
つまり、彼女は勝ち過ぎず、程々に相手を屈服させろと言いたいのだろう。
大丈夫です、そのための訓練です。
「喜べ豚ちゃん、最近手加減して戦う方法を編み出して訓練中だ。今日も一三人ほどと模擬戦して、いい感じに勝ってきた」
「それは確かに朗報ですが……相手はあの訓練所にいる人間とはくらべものにならない相手です。私でも、戦闘前に距離を取れないフィールドだと苦戦するような相手ですよ」
「マジでか。豚ちゃんが苦戦って、相当だな」
「あの槍には、不思議な能力があるんです。それを使われると、正直初見の人間では対処不可能です」
「へぇ……そんなに良い能力がついているのか」
ちょっと気になります、それ。
だが、どうやら彼女の本題はこれではなかったようだ。
その証拠に、未だ彼女の表情は冴えない。
そのまま大人しく様子を窺っていると、なにかを決意したように、彼女がその口を開いた。
「……ぼんぼん、あの夜、ホールの外に行ってからなにがあったんですか。レイラ様はあの日から、少々様子がおかしくなってしまったそうです」
ああ、それでそんな表情をしていたのか。
聞くのが恐いと、そう顔に書いてある。
「本当に聞きたいのか?」
「……はい。私にはこの都市の上に立つ者として、聞く義務があります」
「首を絞めて暴言を叩きつけて軽く脅しをかけておいた」
「な!? 相手は女性ですよ!? なにも知らない、ただ血を引いているだけの!」
答えた瞬間、烈火のごとく彼女が声を荒げ立ち上がる。
そりゃそうだ、あれは完全なる八つ当たりだ。
そして俺が潔癖でどうしようもない人間だからこそ犯してしまった過ちだ。
あの血を色濃く引く人間が、リュエに歩み寄ろうとするのが我慢ならなかった。
言ってしまえばそれだけのことだ。
「で、俺にどうしろってんだ。正式に謝罪でもしろって?」
「……これは私が気になって聞いただけです。相手方からは、ただ原因に心当たりはないか聞かれただけです」
「……そうかい」
やっぱり、レイラは他人に漏らさなかったのか。
……気に入らない、本当に気に入らない。
どこまでも気高く、真摯で、思慮深い。
大方俺の言葉を真に受けて、自分が漏らすことで周りにも悪意が向くのを恐れているのだろう。
違うんだよ、俺は国そのものを憎んでいるんだよ。住人ではなく、その成り立ちと、平然と浸透している文化と、その血筋を遡った果てにいる相手を憎んでいるんだよ。
これが見当はずれだって俺が一番分かってるんだよ。
それでもその残滓が残っているお前が、こちらに近寄ってくるのが我慢ならないんだよ。
……敵のままでいろよ、歩み寄ろうとしてくるなよ。
「……そういえば、約束でしたね。これ、食べてください」
「気分じゃない」
「いいから、今ここで食べてください。そんな顔して、おおかた後悔でもしているんでしょう」
「してねぇよ、そんなもん。けど食い物に罪はない、食っとく」
本当に、厄介だよお前は。
彼女が持ってきたのは、サンドイッチではなくて、ホットドックのようなものだった。
オーロラソースがたっぷりかかった、何やらフライのようなものの挟まったもの。
それを、大口を開けてかぶりつく。
…………うまいな。
「どうですか、お味の方は」
「……美味い。また食べたくなるくらいには」
そう答えると、少しだけ不服そうな、けれどもどこかホッとしたような表情を浮かべるオインク。
そしてなぜか、ほくそ笑むような、しめしめといった風に口元を歪める。
え、なに俺なにか盛られたの? だが、特に異常は見受けられない。
待って、今の意味深な表情なんなの。
「そうですか。では、明日以降は訓練場へ届けさせますね」
「……ああ」
本当に、厄介だ。
(´^ω^`)ニチャア