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百三十八話

(´・ω・`)アイヤイヤ

「その調子です……はい、少しずつ下がって……」

「反時計回りだったよな……このくらいのペースか?」

「はい、お上手です。カイさんは手足が長いので、気持ち控えめに動くように意識して下さい」


 パーティー会場からこんばんは、どうも、ぼんぼんです。

 一曲目からスローテンポな曲が流れ始め、人が少ないうちに慣れておきましょうとこの場につれてこられました。

 いやはや、本来ステップ練習のような真似をこういう場でしてはいけないが、幸いにしてその域からは脱却出来ているようで、無事に一曲踊り切る事が出来そうな雰囲気だ。

 すでに他のペアも踊り始めているのだが、ぶつかり合うこともなくフロアを反時計回りに踊りながら一周出来そうでほっとしている。

 俺の左腕はしっかりとレイスの細い腰に回っている、そして身体を密着させて基本的なステップだけを繰り返してるのだが、やはり彼女の美貌のお陰なのか、周囲の人間の注目を集めている。

 ……あと、身体を密着させようとすると、どうしても一番先に触れてしまう部位があるんですよね。

 これは絶対に他の人間と踊らせるわけにはいかない。先程から数名、羨ましそうにこちらを見ている男性や、少々下品な視線をむける男性がちらほらと。

 ……全てのダンスが終わるまで、なるべく彼女の側にいようか。


「これでだいたい流れは掴めましたね。恐らくもう二周ほどで今の楽曲も終わりますよ」

「ああ、お陰でだいぶ思い出せたよ。ありがとう、レイス」

「そんな……私の方こそ、こうしてステップを披露出来る機会を下さり、なんとお礼を言ったら良いか……」


 少しだけ頬を上気させているように見えるが、きっとこれは化粧ではないだろう。

 彼女の瞳が、微かに揺れる。それは紛れも無い、感情が溢れ出しそうになっている証。

 ああ、よかった。どうやらまた一つ、彼女の思い出を一つ増やす事が出来たようだ。

 そうして、ワンステップワンステップを胸に刻みながら、その幸福な一時を終えたのだった。


 ダンスを終え少々火照った身体を冷まそうと、二人で夜風を浴びようとテラスへと向かう。

 すると、後ろからついてくる何者かの気配を感じ取り振り返る。

 するとそこには、少々気疲れした風なリュエと、少しだけ不満そうな顔をしたオインクの姿が。


「疲れた……どうしてみんな同じようなことばかり話すんだろう……」

「あれだろ、どうせ『向こうで二人でお話しませんか』とか『後日一緒に収穫祭を見て回りませんか』とかだろ」

「凄い、どうして分かるんだい? もしかして男の人達の間で流行っているのかい?」

「そういうわけじゃないが、まぁ君はそのままの君でいてください。で、誰かの誘いを受けたりしたんですかね」


 お兄さん、内心ヒヤヒヤしてたりします。

 先ほど見かけた時はバッサバッサと切り捨てていたが、その後もかなりの人数に取り囲まれていたし、気が気じゃなかったんです。


「私はカイくんやレイスと一緒でもいいなら、って言ってカイくんを指し示したんだけど、そしたらみんな『やっぱりいいです』って帰っちゃったよ」

「さすがっす」


 それ、遠回しに『連れがいるんで』って真正面から首斬るのと同義ですお嬢さん。

 道理で踊ってる最中に剣呑な眼差しを感じたはずです。

 ただ、その視線の中に、質の異なるものも紛れていたんですよね。


「ぼんぼん、私がさっきから見ていたの、気がついていましたよね?」

「物欲しそうな顔してる豚は出荷よー」

「そんなー……じゃなくてですね」


 む、リュエがふらふらとボーイさんの方へ行ってしまった。

 ああ、疲れたから飲み物を貰いに行った――トレイごと受け取っただと!?


「レイス、カイくん、お疲れ様。みんなの分の飲み物もらってきたよ」

「ありがとう、リュエ。けどボーイさんが困っているからそれ返してこようか」

「あ……いやぁ、わざわざこっちまで来てもらうのも悪いかなーって」

「そういうお仕事だから、気にしなくていいの。しっかりお礼を言えばそれで問題なし」


 すると、ニコニコとそのボーイさんがやって来て、逆にこちらにお礼を言いながらトレイを受け取った。


「で、なんだっけ? オインク」

「……もういいです」


 いや分かってはいるんですけどね、後が恐いというか、なんだか面倒な気がするというか。

 だがまぁ……日頃の感謝、そしてなによりも――


「今度、またサンドイッチでも作ってくれるなら」


 俺はそう言いながら、彼女に手を伸ばす。

 丁度、楽団が新しい曲を奏で始めている。

 口にはしない、その言葉を。だが、彼女にはそれで通じたようだった。


「それは、随分と高くつく一曲ですね」


『Shall We Dance?』なんて柄じゃないんですよ、俺は。




 再びホールへ移動すると、今度は先ほどとは比べ物にならない量の視線に晒された。

 老若男女関係なしに注目を浴びるのは、やはり俺が今手をとっている相手、オインク。

 ははは、こいつはさすがに緊張しちまうな、レイスと踊っていなかったら、確実に引き返していたわ。


「基本は出来ているようですので、リードをお願いします」

「いきなりハードル上げるんじゃねぇよ……」

「ふふ、意外でしたよ。まさか踊れるなんて」

「そっちは随分と慣れているようだな」


 滑るように輪の中に入り込み、再び稚拙な、危ういベーシックステップを刻む。

 そしてオインクは、レイス同様余裕の笑みを浮かべながらそんな言葉を口にする。

 立場上、こういった場に出席する機会も多いのだろう。

 思えば、エンドレシアにいた頃から彼女は王家と懇意にしていたし、聞けば一時期、王宮に住んでいた事すらあると言う。

 詳しい話は聞けなかったが、彼女もまた波乱万丈の人生を送ってきたようだ。


「本当に、不思議な感覚ですよ。こうしてぼんぼん……貴方と踊る日がくるなんて」

「……すまん、あまり話しかけるな、結構手一杯なんだ」

「聞いてくれるだけでいいですよ。こんな風に、パーティーが楽しいと思ったのは本当に久しぶりなんです」

「そうかい」


 半ば聞き流しながら、彼女の歩幅に合わせてステップを調整する。

 気持ち抱き寄せて、少しでも彼女が動きやすいように、こちらとシンクロするように意識しながら背筋を伸ばす。

 ああ、なんでそんな達者なんだよ二人共。


「……私は、運が良かったのでしょうか……それとも悪かったのでしょうか」

「……どうした」

「いえ、今のは独り言です」

「目の前に相手がいるんだ、独り言なんて言ってくれるな、アキミヤさん」

「っ!?」


 どうやらテンポが幾分早い曲のせいか、想定していたよりも一周にかかる時間が速かったようだ。

 少しだけ曲がり方が急になってしまい、オインクがバランスを崩す。

 それとも、俺の意趣返しの一言が想定以上の効果を出してしまったのか。

 だが、彼女は咄嗟に手を美しく伸ばし、俺はそれを反射神経に物を言わせて抱きかかえ支える。

 あ、これ見たことあるヤツだ、よくわからないがイナバウワーみたいでかっこいいやつ。

 すると、周囲から感嘆の声があがった。


「悪い」

「いえ、構いませんよ……卑怯です、ぼんぼん」


 そうして、ようやくその高難度の一曲が終わりを迎えたのだった。

 オインクは疲れこそ感じさせないが、少しだけ表情が曇っているように見える。

 本当、どうしたんだこいつは。


「ほら、こっちに戻るぞ」

「ええ、戻りましょうか」


 ……まぁ、こいつもいろいろ抱えているものがあるんだろうさ。


 テラスに戻ると、リュエが丁度レイスと一緒にダンスの練習をしているところだった。

 確か、女性同士は一緒に踊っても許されるんだったか。

 そんな楽しそうな二人に声をかける。


「ただいま」

「あ、おかえりカイくん。やっぱり難しいね、今回は遠慮しておくことにしたよ」

「また機会があるかもしれませんし、今度私が教えてあげますよ」

「へぇ、レイスは男性役まで出来るのか」


 プロミスメイデンで働いていた時代に、娘さん達の相手を務めていたのだろうか?

 あのお店の広さならば、ちょっとしたダンスパーティーくらいは開けそうだし、もしかしたらそういう経験もあるのかもしれないな。


「オインクさん、素晴らしいステップでしたよ。さすがです」

「ありがとうございます、レイス。そうですね……子供の頃から習っていましたから」

「子供の頃?」


 つまり、彼女は日本にいた頃から、ダンスのレッスンを受けていたと。

 俺のような成り行きで少し齧った程度ではなく、子供の頃から。

 ふむ、なかなか今日のオインクは饒舌というか、らしくないな。

 こいつは常に『豚』という仮面を被り、自分の情報を話そうとしなかったというのに。

 それでも、この世界にきてからは何度かそういう話を聞く機会もあったわけだが。


「正直退屈でしたが、こうしてぼんぼんが慌てる姿を見れたのなら、無駄ではなかったのでしょうね」

「オインク、お前楽曲の順番も分かってたんじゃないか? 結構危なかったんだぞ」

「ふふふ、いつもいじめるぼんぼんにちょっとした仕返しです」


 ようやくいつものような、掴みどころのない笑みを浮かべる豚ちゃんに、少しだけほっとする。

 まぁ、これから先もきっと、こいつは俺達とは違い、その立場故のしがらみに苦労しながら生きていくのだろう。

 それは、彼女が選んだ茨の道だ。だからこそ、こうしてたまに息抜きをし、時にはこうして仮面を外すのだろう。

『聖女』という仮面を外し、ただの『オインク』となる。まぁ、仮面を外しておいて豚面をつけるのはどうかと思うが。

 だが、今日くらいは許そう。喜べ、出荷はまた今度だ。


「少しお腹が空きましたね、テラスにも料理を出すように手配してきます」

「ん、分かった」


 彼女を見送りながら、俺もテラスの手すりによりかかる。

 ため息とともに、胸中渦巻く様々な思いを吐き出しながら。


「オインクさんは、きっと先ほどの一曲が終わるのが寂しかったのでしょうね」


 ぽつりと、横にいたレイスがそう漏らす。

 ああ、そうかもしれないな。

 俺が彼女と歩みを共にするのは、恐らくきっと、今だけだ。

 レイスもリュエも、俺と一緒に来てくれる。

 だが、彼女は違う。

 この収穫祭が終われば、いよいよ俺はこの大陸を去る。

 それはつまるところ、オインクの庇護から離れるということに他ならない。

 確かに俺は強い。恐らく権力や理不尽な暴力を容易に跳ね返してしまうくらいに。

 だが、社会全体を相手にそれをするわけにはいかない。

 だからこそ、俺が動けるように彼女が働きかけてくれていた。

 離れていても、ある意味俺はずっと彼女の世話になりっぱなしだったわけだ。

 そんな俺がここを去るのは、きっと彼女にとっては辛い事なのだろう。

 自惚れではないが、きっと俺は、オインクにとって唯一、気兼ねなく全てを話せる友人だったのだと思う。

 そんな相手が去ってしまう事と、楽曲が終わってしまうことを、無意識のうちに重ねてしまっていた、と。

 勝手な想像、妄想と言ってもいいような推測だがね。

 だが、俺の思考を彼女が簡単に推測出来てしまうように、俺もまた、こんな風に推測してしまうんだ。


「お待たせしました。もうじきこちらにも料理が運ばれてきますよ」

「そこまで食い意地はってるつもりはないんだが」

「ふふ、しっかり弁えてくれているようで安心しました」


 クジで当選したと思われる方々が、やや取り過ぎなくらい料理を皿につみあげている様子に、思わず苦笑い。

 格式張った場ならば、眉をひそめるべき事案なのだろうが、ここはそうじゃない、ある程度目を瞑ることが出来る。

 まぁ、だからこそ――


「すみません、こちらの方をダンスに誘ってもよろしいでしょうか?」

「これはレイラ様。そうですね、彼女に聞いてみてください」


 だからこそ、女性側から男性にダンスの誘いをかけることも出来る、と。

 彼女は何故か最初にオインクに断りを入れ、その後レイスに同じように声をかける。

 尋ねられたレイスは、やや思案した後に、一言『どうぞ』と頷いたのだった。

 ……どういうつもりだ。大切な仲間に向けるべきではない類の視線を、つい彼女にも送ってしまう。

 ああくそ、だからダメなんだよ俺は。本当に頭に血が上ると見境がない。

 すぐに視線をそらし、本来向けるべき相手に同種の視線を向ける。


「一曲、踊って頂けますか」

「……答える前に尋ねましょうか。何故俺を?」


 若干の怯えを含んだ表情で、それでも俺の前に立つレイラ。

 真っ向から受け止めると、俺の悪意を受けて立つとでも言うのだろうか。

 それとも、悪意だと気がついてすらいないのか。


「初めは、貴方がコンテストの時の審査の方とは気が付きませんでした。ですが、先ほど通路でお会いした時の言葉で、あの時の言葉を思い出し……」

「理由になっていない。何故誘うのか聞いているんですが?」

「……申し訳ありません。好奇心、でしょうか。貴方と少し、お話してみたく」


 さてどうするか。

 ここで完膚なきまでに説き伏せるか。

 生憎、ダンス中に彼女にうまいこと恥をかかせるほどの技量は持ち合わせていない。

 それとも、不慣れだと気が付き、逆にこちらに意趣返しでもしようという魂胆なのか。


「……足を踏んでも文句は言わないでください」


 オインクの面目も、そして許可を出したレイスの手前断るわけにもいかないだろう。

 俺はその言葉だけを告げ、三度ホールへと向かうのだった。

(´・ω・`)DDRとか懐かしいよね

http://blog.livedoor.jp/geek/archives/51517004.html

(´・ω・`)先日こちらで作品を紹介して戴きました

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