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百三十七話

(´・ω・`)っスリスリ

 控室で待機していると、次第にリュエがそわそわとし始めた。

 その様子を、俺達三人が微笑ましそうに眺めていると、室内にノックの音が響く。

 その瞬間、可愛い声を上げて驚いた我が家の聖騎士様が飛び上がり、つい笑ってしまう。


「わ、笑わないでおくれよカイくん……」

「いやぁ、だってなぁ。あんな大勢の前で堂々としていたのに、今更なにを緊張するんだろうな、って」

「……言われてみればそうだね。うん、確かにどうってことないのかな? 慣れないドレスのせいで緊張していたのかも」

「そろそろ私達の番だそうです。行きましょうか」


 やはりスタッフからの知らせだったらしく、俺達はリュエとオインクを先頭に通路を進んでいくのだった。


 階段を降り、エントランスホールを抜け、真っ赤な絨毯のしかれた通路を進む。

 美術館のショーケースごしにしか見たことのないような壺や鎧といった調度品に挟まれたその道を、おっかなびっくりと会場へ向かう。

 前を行くオインクや、隣にいるレイスは平然と歩いているのだが、こっちは内心ヒヤヒヤなんですよ。

 もしもここで足をもつれさせて転び、運悪くその高そうな物品を壊してしまったらと思うと。

 いやぁ……アーカムの屋敷にいた時は『こんなのどうせあのアホの持ち物だしどうなってもいいや』なんて気持ちがあったので、平然と手で触れたりも出来たのだが。

 ふと、俺と同じ心持ちであろうリュエの様子を窺うと、やはり緊張しているのか、手と足が同時に前に出てしまい、肩が大きく揺れてしまっていた。

 ……ここまであからさまに緊張している姿を見せられると、逆にこっちの緊張がほぐれてしまいますよ。


「リュエ、リラックス。ちょっとおめかしして御飯食べるだけだから。あれだぞ、きっと俺が作るより美味しいデザートだって出ると思うぞ」

「え? そっか、甘味も出るんだね……パンアイスみたいなアイスって出るかな?」

「そうだなぁ……シャーベットあたりなんか出るんじゃないか? 俺の希望としてはワインのシャーベットとかミントシロップたっぷりのレモンシャーベットがいいな」

「うわ、それは美味しそうだね。うーん楽しみだよ」


 うむ、すっかり緊張が頭から消えたようでなによりです。

 そして、俺達は一際大きな、まるで壁画のような文様の刻まれた金色の扉の前に到着したのだった。


「すでに男性部門の優勝者と、その付き添いである昨年のミスセミフィナルの女性は入場していますので、私達が最後ですね」

「あれ、前回の人間を態々付き添いに選んだのか?」

「そういう人は多いんですよ。まぁ、本当は今年の優勝者であるリュエを誘いたかったそうですが……」

「もう予約済みだから、ごめんねって断ってしまったんだ。悪いことしちゃったかな」


 出来ればその瞬間に居合わせたかったです。

 目の前でドヤァしたかったです。

 我ながら本当に性格悪いね、そうだね。

 さて、これでお互いに緊張もほぐれた訳だが、いつ呼ばれるのだろうか?

 こうして待っていると、一度収まったものがまたこみ上げてきそうなんですが。

 すると、室内から涼やかな鐘の音がチリリンと鳴り響いた。


『本日最後のお客様がお見えになりました』


 その声を聞き、今一度顔に力を入れて表情を引き締め直す。


『本年度のミスセミフィナルに選ばれましたリュエ様と、セミフィナル議会議長オインク・アール・アキミヤ様のご入場です』

「え? オインクお前そんなフルネームなのか?」

「……忘れていました。ええ、書類上ではそう名乗っています」


 豚ちゃんの思わぬパーソナルな情報に内心驚きでいっぱいですが、そう驚いてばかりもいられない。

 何故ならば、二人の名に続き、自分の名前も呼ばれたのだから。


『そして、リュエ様のご友人であり、オインク様直属の部下であらせられるカイ様とレイス様です』


 今日のレイスは、自分の正体を隠そうとせずにいつも通りの姿だ。

 港町一帯の領主を務めていたクレアさんとの一件で、自分の情報がすでにそんな場所にまで伝わっていると知り、もう隠す必要もないだろう、とのことだ。

 まぁ俺もお忍びとはいえ、彼女に不自由な思いをさせるくらいなら、別にバレてしまっても問題ないわけだが。

 バレたらその時はその時、後ろめたい気持ちなんて微塵もありゃしませんので。


 扉が開かれ、光があふれる。

 一瞬目を細め、その輝きに目を慣らすと――


「こいつは……いや……」

「凄まじいですね。贅沢の粋を極めた、としか言いようがありません」


 形容詞が『凄い』しか出てこない、そんな光景が広がっていた。

 ホールに敷かれた絨毯から、料理の盛りつけられたテーブルから、使用人の身なりや照明に至るまで、全てが一流。

 現代のホテルの立食パーティーなんて恐らく比べ物にならないであろう、本物の貴族の世界。

 想像することしか出来ないような、まるで映画の中に迷い込んだかのような光景。

 が、さすがにここで立ち止まり無様な姿を晒すわけにはいくまいと、オインクとリュエに続き、人々が犇めく社交の場へと向かうのだった。




「ご無沙汰しております、オインク総帥」


 かれこれ十人以上の人間がひっきりなしにオインクの元へと訪れ、挨拶を交わす。

 今声をかけているのは、先日のミスコンにおいて、暴徒となりかけた観客を一喝し黙らせた元冒険者の議員、たしかゴルドという名前の男性だ。

 なんでも、大昔にレイスが新人研修の引率として就いたことがあったとか。


「私のいない間、この大陸のギルドをよく纏めてくれました。ありがとうございますゴルド」

「とんでもありません。俺が出来るのは精々若い連中を叱りつける事くらい、お恥ずかしい限りです」

「ふふ、今日は日頃の疲れを存分に癒やして下さいね。収穫祭が終われば、話し合わなければいけない議題もありますし」

「そうですね。いやはや面目ない、この大陸の中だというのにあんな――」


 なるほど、彼がこの大陸におけるギルドの副長のようなポジションなのか。

 さて、俺はそんな様子を見ながら用意された料理に舌鼓を打っているわけですが、その他の面々はどうしているかというと――


「まさか、グランドマザーとこのような場所でお会いできるとは……クレア様の話を聞いた時は半信半疑でしたが」

「ふふ、ご無沙汰しております。あれからお悩みの方は進展しましたでしょうか?」

「おお、覚えておいででしたか! いやはや、ようやく娘も気難しい年頃を過ぎ――」


 レイスは先程、クレアさんに連れられて以前懇意にしていた人間へと挨拶回りに向かっている。

 こうして見ると、会場にいるこの大陸の議員やその関係者の殆どが、一度は彼女の方へと向かっているのが分かる。

 ある意味この会場の華だ。

 で、本当の意味の華、主賓と言っても過言ではないリュエの様子はと言うと――


「あ、あの! よければ向こうのテラスで一緒にその、ワインでもいかがですか?」

「ふふ、ありがとう。けれどもまだまだ話したい人がたくさんいるからね」

「で、でしたら後程――」

「よさないか、断られたんだよキミは。どうだろう、僕も聖騎士の見習いとして神官をしているのだけど、先達の貴女に是非意見を聞きたいのですが」

「鍛錬あるのみだよ。頑張ってね」

「あ、いえその、お話を……」


 絶賛ぶった斬り中でした。

 しかも、あれ全部考えなしの素の反応だっていうんだから本当に生粋の男殺しである。

 出場者の男性は全員、彼女へと向かい玉砕しているわけだが、その様子を見ながら他の女性出場者はなんとも言えない表情を浮かべている。

 あれは、リュエにではなく男連中に向けているようだ。きっと『カッコ悪い』とでも思っているのだろう。


 さてはて、こうして女性陣の様子を見ているわけですが、俺はどうしているかというと――


「店主さんかっこいい~来てよかったよ~」

「コンテストの時は気が付かなかった……店主さんは執事じゃなかったの?」

「ふふ、こうしてみると本当、どうして貴方が出場しなかったのが不思議でならないわ」


 あの屋台に来てくれた三人娘さんと絶賛おしゃべり中でしたとさ。

 レイスがそばにいた時は、その迫力に誰も側に寄ってこなかったのだが、こうして一人になることでようやく声をかける勇気が出たとかなんとか。

 その他にも数名、この大陸の有力者の娘さんと名乗る方や、妙齢のご婦人にも声をかけられました。

 いやはや、なんとも照れくさいものです。


「店主さん、冒険者だったんだね~オインク様の直属って、実は偉い人なのかな~?」

「そうなるのかしらね? もしかして、次期白銀持ち候補だったりするのかしら」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね」


 しかし参った、若い子にぐいぐい来られるとなかなか料理に集中出来ない。

 そしてレイスを迎えに行く事も。

 そんな俺の願いが通じたのか、会場に再びベルの音が鳴り響く。


「これより、楽団の皆様による演奏のお贈り物をさせて頂きます。フロアのセッティングを行いますので、しばしテラスの方へ移動をお願い致します」


 なんと、まさか社交ダンスまであるとか言わないよな?

 まいったね、こりゃ壁の花に徹するしかないか、はたまた――

 三人の娘さん達とそこで別れ、同じくテラスに向かうレイスと合流する。


「カイさん、ダンスの経験はありますか?」

「……その質問をするって事は、やっぱりあるのか、社交ダンス。一応最低限のステップだけ、遙か昔に習った程度だけど」

「でしたら、緩やかな曲調の際、一曲お願い出来ますか?」

「女性にリードさせてしまうのが申し訳ないけれど、お願い出来るかい?」


 遥か昔、まだ社会に出たばかりの頃、これも勉強だと連れて行かれたマナー講座。

 テーブルマナーは兎も角、社交ダンスなんて無縁だろうと最低回数しかレッスンを受けなかった若し頃の俺よ、恨むぜ。

 ……まだ若いけどね。

 ええと、たしかこういう場ではステップをコンパクトにして……ベーシックステップで踊る、だったか。

 大丈夫、この身体はどんな動きにも対応出来る、覚えてさえいればきっとだいじょうぶだ、うん。

 それから少しすると、会場に並べられたテーブルが端に寄せられ、楽団のためのステージが用意された。

 大きくとられたスペースは、恐らくそこで人が踊るのを前提としたものだろう。

 覚悟を決めろ、大丈夫、笑うやつがいたら二度と笑ったり泣いたり出来ないようにすればいいから! な!


「カイさん」


 すると、俺の手をレイスがとった。

 手の甲を撫でながら、優しく語りかけるその囁きに、耳がとろけそうになる。


「大丈夫です。いつも私がカイさんにリードしてもらっているんです、今日くらい、私に格好をつけさせてくれませんか?」

「……ああ、任せたよレイス」


 あ、今とろけたわ。

 完全に頭がとろけました。

 お姉さんお願いします、この無作法者をどうかお導き下さい。

(´・ω...:.;::.. トロー



追記

(´・ω・`)ツイッターに本文のスクリーンショットを張る常識知らずがいたのでブロックしました

(´・ω・`)お気をつけください

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