百三十五話
(´・ω・`)本日は深夜にもう一度更新します
自室に戻ると、オインク、レイス、リュエの三人が、なにやら真剣な様子でテーブルに広げられた紙を見ていた。
かなり夢中になっているらしく、ただいまと声をかけても誰も反応してくれませんでした。
ちょっと悲しいので報復に移りたいと思います。
「まぁ標的はオインク一択なんですけどね」
空になったスポーツボトルで、背後から彼女の頭を軽く叩くと、ポコンと軽い音が室内に響いた。
空っぽだからこんな音がするんです、空っぽだから。
どっちがって? ご想像にお任せします。
「ただいま、と言うと、おかえり、と返ってくると思っていた時期が私にもありました」
「あ、おかえりなさいカイさん。すみません、まったく気が付きませんでした」
「ただいま、レイス。なにをしていたんだ?」
すると、こちらに反応したのはレイスだけで、なんと叩かれた本人すらじっと下を見つめているではありませんか。
そしてその隣にいるリュエさんまでもが真剣な顔で相変わらず下を見ている。
「すごろくですよ。賞品はカイさんです」
「え!? なに俺貰われるの? なにされちゃうの俺」
「今晩の晩餐会、誰がエスコートしてもらうか決めているんですよ」
「へぇ、じゃあなんでその競争にちゃっかり豚が入ってるんですかね」
真剣な様子でオインクがサイコロを振ると、真っ赤なドングリが一つ描かれている目が出る。
紙だと思っていたのはゲーム盤で、オインクが自分のコマと思われる、ピンクの豚ちゃん人形を一つ進める。
すると、そこには『一回休み』の文字が。
「はああああああ!! どうして私だけこうなんですか!? もうレイスとの差が一八マスもあるんですけど!」
「ふふふ、まだだよ、ここで私が三を出したらゴール前にショートカット出来るからね! そのままレイスを追い抜いて逆転だよ」
「その前に、二人共カイさんが戻ってきていますよ」
ようやく一息ついた二人が顔を上げると、俺の姿を見て少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
ははは、勝手に賞品にしたから都合が悪いのだろう。言い出しっぺは誰だ言い出しっぺは。
「おかえりカイくん、ごめんね、気が付かなかったよ。なんとしても私が勝つから待っていてね」
「おかえりなさいぼんぼん。訓練施設はどうでしたか?」
「かなり快適だな。ところで、オインクは誰か特定の人間にエスコートされるとマズいんじゃないか?」
ましてや、どこの馬の骨とも分からない相手と一緒だと、いろいろと波紋を生みかねないと思うんですが。
だがそんな俺の心配……というか保身なのだが、杞憂に終わった。
なんでも、優勝者は希望を出せばオインクと一緒に出席する事が可能らしく、今年の優勝者である男性が、恐れ多いからと辞退したそうだ。
こういった事態は何度かあったらしく、そういう時はオインクがギルドから選んだ人間にエスコートされるのが通例なのだとか。
「ですので、安心して私をエスコートしてください」
「勝ってから言え、勝ってから」
その後も壮絶(?)なデッドヒートを繰り広げるも、ゴール手前の鬼畜マスラッシュで散々な目に合う豚ちゃん。
そして、それを横目に点在する何もないマスへと確実にコマを運ぶあの方が、ついに――
「あの、すみません、私ゴールしました」
豚ちゃん、取らぬ狸の皮算用だった模様。
優勝、レイス選手。
結局、オインクはリュエをエスコートする事になり、俺はレイスをエスコートする事になった。
なんでも、入場の際には『◯◯の◯◯様がお見えになりました』と口上を述べられるのが通例らしく、やはりオインクや、ミスコンの優勝者と一緒に名前を呼ばれるのは大変な名誉なのだそうだ。
ちなみに俺は今回『リュエとオインクの連れ』として名前を呼ばれるそうだ。
つまり四人でほぼ一緒に入場するわけだ。
そう考えると、先ほどのすごろくにそこまで意味がないような気もする。
まぁ、横に並んで入るのに意味があるらしいのだが。
「ふふ、カイさんが黒と金の服なら、私も黒系統のドレスの方がいいですね」
「く……まさか数字ピッタリじゃないとゴール出来ないなんて……」
「ゴール際に鬼畜マスを多めに用意して混戦にもつれ込ませる作戦でしたのに……」
レイスさん、ホールインワンだったそうですよ終盤。
彼女はボードゲームに強いのだろうか? ちなみに俺はからっきしです。
中学の頃将棋で飛車角落ちの小学生に負けた俺の話する? ちなみに妹な、相手。
ああ、でもすごろくはほぼ運要素しかないか……。
その後、ようやく三人が夜の衣装合わせに満足し、オインクとリュエの二人は先に控室の方へと向かっていった。
俺とレイスは、午後四時までに都市の中央、先日オインクの執務室に向かった際に訪れた旧王宮へと向かえばいいらしい。
ちなみに魔車はギルド側で用意してくれるらしいのだが、我が家にはケーニッヒ君がいますので、自分の魔車で向かいます。
だが、よくよく考えると、先日のミスコンにすら他国の要人が来ていたのだから、恐らく今日の晩餐会にはそれ以上の人数が集まるはず。
そう考えると、ギルドのくじ引きで当選した人間や、ミスコンの出場者、およびその友人が同じ会場に会するのは、少々問題があるように思えるのだが。
まるで大物政治家や財界の人間のパーティに、幸運なだけの一般人が混ざるような、そんな場違い感。
幸いにして、俺はこういった場には不本意ながら慣れてしまっているが、一般の人間は肩身の狭い思いをするのではないだろうか?
まぁ別に俺が心配したりすることではないのだが。
「レイス、そろそろ出るけど準備はいいかい?」
俺は着替えを済ませ、鏡の前で髪型の最終チェックをしながら寝室のレイスに声をかける。
今日の髪型……と呼ぶほど上等なものではないが、長い髪をポニーテールにしようとしたところで、レイスにアレンジされたものだ。
自分では確認出来ないのだが、結び目を軽く編んだツイストポニーテールとかいうものらしい。
鏡で自分の顔を見ると、確かに普通に結ぶよりも正面から見える髪のボリュームが少なく、まるで髪を切ったかのようにすっきりとしている。
こういのってどこで学ぶのだろうか? 前の世界でもファッション誌なんて数えるくらいしか買ったことがないし、そもそも髪の編み方なんて載っていなかった気がする。
それともあれか、俺が買った雑誌が間違っていたのだろうか。
なんかガイアがどうとか、黒騎士がどうとかそんな文字列が並んでいたのは覚えているのだが。
「お待たせしました」
その声に振り返ると、そこには以前、レイスがまだプロミスメイデンで働いていた頃を彷彿させる、まったく隙のない、完全に夜の戦場に挑まんとする彼女が佇んでいた。
漆黒に、銀糸で蝶の刺繍があしらわれたイブニングドレス。
スリットは最低限、下品にならないギリギリのラインまで入れられ、僅かにタイツに包まれた足が見え隠れしている。
胸元はVラインだが、やや露出を控えている。が、下着が特殊なものなのか、その形の良い豊満なバストのシルエットをくっきりと示しており、思わず喉を鳴らしてしまう。
髪型は珍しく、そのウェーブがかった髪をアップに纏め、その代わりに頭部に生えた小さな翼に、俺が以前アキダルで彼女に購入した赤銅色のカフスをつけ、控えめにドレスアップしている。
よく見れば、ほんのりと薄化粧が施されたその顔は、いつもよりやや血色が良いように見える。
こう、ほろ酔いしたような、一筋の隙が見え隠れするようなそんな印象を抱かせる。
なるほど、しっかりとドレスアップし、最後の最後、表情でそんな思わず声をかけてしまいたくなるような印象を抱かせるのか。
「どうでしょうか? カイさんの隣に立つのに相応しいよう、コーディネートしてみたのですが」
「いやなんかもう……綺麗とかじゃなくて、素晴らしいとしか出てこない」
「そ、そうですか。よかったでぅす」
あ、噛んだ。
そして血色がさらによくなった。
やめてください、本気でこっちも緊張しますのでこれ以上刺激せんでください。
魔車へと向かおうとすると、ギルドの職員が一名、こちらへと寄ってきた。
その男性職員は、魔車の御者をするようにオインクに派遣された人間らしいのだが、レイスを見た瞬間、本気で魂を抜かれたような表情を浮かべ、ふらふらと足元をぐらつかせてしまった。
そうなんです、本当にそういうレベルで綺麗なんですよ。
思わず語彙貧困に陥り『ヤバイ』としか言えなくなる、そんな具合なんですよ。
……本当に彼女がミスコンに出ていたら、どうなっていたのだろうか? リュエとほぼ一騎打ちにもつれこみ会場が二分されたんじゃないか?
ああもう、見ろよ、そんな人が隣にいるんですよ、一緒にパーティーに出席するんですよ、ありえないだろ本当。
そんな葛藤、焦りを隠し、俺の内心と同じ状況であろう職員が御者を務める魔車に乗り込み、会場へとむかうのだった。
なお我が家のケーニッヒ君は夜にはしっかり魔物用の宿舎に戻って眠るおりこうさんなので、すぐに出発出来ました。
ちなみにうちのケーニッヒ君は俺の意思どおりに動いてくれるので、御者さんは終始申し訳無さそうに座っておりました。
「まもなく四時ですが、まだ随分と明るいですね。少しドレスとお化粧の選択を間違えてしまったかもしれません」
「室内だしあまり関係ないんじゃないか? 晩餐会って銘打っているくらいだし、照明もそれに応じたものが使われるんじゃないかな」
「そうだといいのですが……」
そうして、魔車は大通りを進んで行くのだった。
(´・ω・`)ばいんばいん