十話
凸 だいらんとう の かいまくだ 凸
さて、ここ数日の俺の剣のアビリティ構成を見てみよう。
『生命力極限強化』
『移動速度2倍』
『素早さ+15%』
『硬直軽減』
『幸運』
『気配察知』
『取得金額倍加』
『』
なんと武器の攻撃力を上げる物を一切入れていない上、一つ空きがあるのである。
実際、龍神を瞬殺出来る性能の武器を振り回すわけにもいかないから仕方ない。
だが、いくら武器の威力がなくとも『Lv399』のステータスと言うのは絶大な力を持っている。
現れる魔物全てが一撃で倒せてしまうのだ。
先日の馬だって、突進してくる相手をかわして一瞬で首を落とすなんて離れ業が出来てしまう程である。
しかも幸運のお陰で必要な部位の質も高く、手に入る換金に必要な部位も上質でいつも以上の金額で買い取ってもらえる。
もう俺、一生魔物狩るだけで暮らせそうである。
だが、さすがにこのまま人間相手に戦うのはどうだろう。
あの3人に対しては『殺してしまっても別にいいや』なんて日本にいた頃じゃ考えられない結論を出してしまっている。
が、ほかの私兵は一応仕事でやってる身だ。仕事だからしょうがないね、せやね。
まぁ半殺しは確定ですが。
「最後のアビリティどうすっかな」
誰もいないのでつい素の口調が出てしまう。
あれだ、この街を出たら魔王ルック本気で封印しよう。
もっと適当に行きたいんですよ。そうすれば俺にも友達の一人や二人きっと出来る。
別にリュエが羨ましいとかそんなんじゃないんだからね。
「これでいいか」
選んだアビリティ『刀背打ち』はたとえ一撃必殺の威力だろうと、相手の体力が1だけ残る物。
元々なんの為にあるのか不明なアビリティだったのだが、俺はこれを使って友人のキャラクターの育成を手伝ったりしていた。
敵に止めを刺した人間が一番多く経験値を貰えるため、結構重宝した物だ。
……問題はゲームではなくなったこの世界で、どこまでこの効果が発揮されるのか、だが。
「まぁ最悪、殺しても罪には問われないだろうしいいか」
そういう『ルール』なのだから。
「皆様、本日はようこそお越しいただきました! 久しく本来の使われ方をしていなかったこの舞台! なんと今日は一人の女性を巡る争いという、同じ女性としては羨ましいシチュエーションでの決闘が繰り広げられようとしています!」
準備を終え、整えられた舞台へと向かうと、マイクのような物を持つ女性のギルド員が口上を述べている。
集まった人間全てが今回の事を知っているわけではないのだろうが、いかにも見世物のような言い方だ。
不満はないが、もう少し言い様はないのかね? ちょっと恥ずかしい。
「上位魔族の元にいた囚われの美姫! 美しきエルフのリュエ! それを救い出さんとする領主のご子息にして、探索者のルーベル! 彼が率いるのはその配下15名の屈強な兵士団だ!」
おいちょっと待て、明らかにこっちを悪者にしたてあげようとしているじゃないか。
リュエもなんで文句を言わず照れてるんだ。
俺もちょっと鼻が高いけどな!
「両者の準備が整いましたら手を上げて下さい」
「僕達はいつでも」
レフェリーの宣言と同時に手を上げるルーベル。
その表情は既に勝ちを確信しているのか、薄ら笑いを浮かべている。
大方、この人数を目の前にして俺が棄権をするとでも思っているのだろう。
「私も問題ありません、いつでもどうぞ」
作戦? そんなもんねーよ!
「では、試合開始!」
団体戦において、初手範囲攻撃は基本。
「"大地烈閃"」
大剣術の中級に位置する範囲攻撃。
全力で振るわれた奪剣から、大地を這うような剣閃が飛んでゆく。
横の長さ20メートル前後、この舞台の直径の半分以上を占める広さだ。
これを躱せるかね? まぁ実は空中の相手には当たらない技なんだけどね。
「"フレイムフェーン"」
そのまま剣を振りきったと同時に魔法を発動。
一応かわされる事も考えて追い打ちをかけておく。
熱波の魔法だが、そこに闇属性を付与して熱をなくす。
ただ猛烈な息苦しさを味わうと良い。
と、ここまで出し切って初めて相手の様子を見る。
どうせ斬撃をかわされても魔法で足が止まるだろうと完全に舐めていたわけだが。
「……なんだこれ」
目の前に広がるのは、膝下からおみびただしい量の血を流し転がる兵団。
見ればそれだけでなく、皆喉を抑えて必死に呼吸をしようともがき苦しんでいる。
……酷い地獄絵図である。
「こ、これは……試合開始と同時に強烈な斬撃が……全てを薙ぎ払いました!! それにこの魔術は一体……」
魔法だ魔法。
しかしどうしたものか、試合終了の合図はまだ出ない。まだ続けろと申すか。
有象無象を無視し、兵団の奥、あの三人組がのたうち回る側まで近づく。
言葉を話す事も出来ない様子なので、魔法を解除する。
「まだやるか?」
「卑怯者め! こんな試合無効だ!」
何言ってんだこいつ。
一応念のため他の二人に視線を向けると、全力で首を横に振っている。
「レフェリー、今のところ何か問題はあったか?」
「……ありません」
「だそうだ。ルールの確認はしているか?」
君のお父上が設定したルールですよ。
まぁ君が提案したんだろうけど。
「では死ね」
剣を構え、首に振り下ろす。
けどまぁ――
「待て!!」
観客席からのマイク越しの叫びに手を止める。
まぁ最初から手を止めるつもりだったんですけどね。
発言主を探せば、先ほど見かけた領主の一団の中央、一際豪華な席に座る壮年の男だった。
まぁ領主でしょうね、自分の子供が目の前で殺されようとしてるんだから。
「何か? 私はルールに従って決着をつけようとしているのですが」
「もう決着はついただろう!?」
「……ではそうですね、ここで止めるのに条件を幾つか提示しても?」
「……なんだ」
あくまで上から目線ですかそうですか。
生殺与奪はこっちが握っているのに変な話だ。
そもそも、ギルド側はまだ止めていない。今戦場が動いていないのは俺のお情けだと言うのに。
「まずそのマイクを一つこちらに投げ渡して下さい」
さて、前口上の所為でだいぶ印象が悪くなってしまったので、ちょっとここで暴露しましょうか。
「――と言う理由です。今回のルールも領主側が決めた事ですが、私は事前に何も知らされておりません。ですがそちらはこの人数を揃えています。この事から、私が今言った事は全て真実だとお分かり頂けると思います」
観客席からは、ギルドを責める声と領主の息子へのヤジ。
聞いていると、どうやら領主の息子の横暴は今に始まった事ではないらしい。
これはアレですな、上への告げ口まった無しですわ。
「さて。私は条件を幾つか提示すると言いましたね? では残りの条件はそうですね……貴方の息子の命はお金で換算すると幾らになるのか、今この場で決めて頂きたい」
そう言いながら、再び剣を振りかざす。
ここまで好き勝手に暴れても、まだギルドは動かない。
自分の非を認めているのか、それとも……ようやく俺がリュエと同じく、独力で組織を揺るがす事が出来る人間だと理解したか。
この世界にはきっと、俺みたいな化け物じみた力を持つ人間だってきっといる。
それをこの統括は、わかっていなかったのだろう。
辺境故の弊害か、それとも領主に逆らえない故の判断なのか。
「……卑劣な!」
「……いい加減にしろ。自分の状況が分かっていないのか? その気になれば……貴様もろとも、いや、お前の築き上げた物全てを滅ぼす事だって出来るのだぞ?」
ちょっとだけ本気で睨みつける。
魔眼の効果で少しだけ威圧効果が上がってるようです。
まぁこんな怖い目で睨まれたら俺だってビビる。
けれども、いい加減こっちだって我慢の限界だ。
「さぁ、はっきり言ってやろう。お前は息子の命をいくらで買い取る?」
「……貴様、このままでは――」
無言で剣を振り下ろし、今度は上半身に傷を負わせる。
アビリティ効果で両断とは行かずとも、かなり深い傷が刻まれ鎧がひしゃげる。
……これ即死はしないってだけで、普通に放っておいたら出血多量で死ぬんじゃないか?
「で、幾らだ?」
「わかっ、わかりました……5000万ルクスです」
人一人が5000万だそうです。
5000万あれば確かに、慎ましく生きるのならこの世界なら十分生きていける金額だ。
まぁ、別に金額が問題じゃないからこれでいいか。
俺は今にも気を失いそうなルーベルへと顔を寄せ、とびっきり侮蔑と哀れみを込めた声で囁く。
「お前の価値は5000万だ。お父上が決めたありがたい値段だ。そうだな、貧乏暮らしで50年かそこら、それがお前の価値だ」
「……そう……なのか……僕は……」
「一生お前はつつましく生きろ。それがお似合いだ。よかったなぁ?」
精神攻撃は基本。追い打ちも基本。
「レフェリー。降参は出来ないのだろうが、こうなってしまっては試合を続けられない。そちらの判断で決めてくれ」
「……勝者、カイ!」
あーすっきりした。
「待たせたなリュエ。お前のせいでこんな大事になってしまったぞ」
「すまなかったね、まさかこんな騒ぎになるなんて。私としては、ちょっと戦ってしっぽ巻いて逃げて終わりだと思ったんだよ」
「まぁあの場ですぐ決着をつけれたならな。けれども領主の息子だ。もう少し考えた方がよかったかもな」
「……ごめんなさい」
ギルドの引き止めも全て無視し、リュエを迎えに行った後、そのままリュエが範囲魔法で舞台上にいる全ての人間に治癒を施す。
これが本来のリュエの得意分野の筈だ。
何せ、聖騎士は治癒の専門家"神官"を最高位まで育てないとなれないのだから。
ただ、どうやらあの3人だけは最小限の治癒に留めていたようだが。
「じゃあこのまま領主の所に行くか」
さすがに試合が終わったからと大きく出るなんて事はせず、ただ怯えた様子でこちらの要求を確認してくる。
俺も俺で、逃しはしないとそのまま彼の屋敷へと向かう運びとなった。
銀行とかないのかね、この世界。
一方観客たちには、俺の余りに容赦のない試合運びと要求のせいで、完全に恐がられてしまっていた。
だが、ギルドに所属している人間達からは大いに歓迎され、また職員たちも心なしか、せいせいしたような顔だった。
統括に至ってはまぁ、完全にアテが外れた所為で諦めがついたのか、大人しく今回の件と領主の事をギルドの上層部へと報告する事にしたそうだ。
「しかし5000万か。凄いねカイくん。一瞬で私の稼ぎを上回ってしまった」
「たぶんその気になればもっと引き出せると思うぞ? 何せここは塩がある。交通の便も考えたら、保存食の需要だって高いだろうし、塩の価値は相当高いんじゃないか?」
「そうなのかな? 私はよくわからない。けれども、確かにみんなはこの街の料理は他の街より美味しいとは言っていたね」
「やっぱりそうか。とは言えこんな辺境だし、大きな街に行けば味もあんまり変わらないだろう」
何せ、リュエへの貢物にはたくさんの調味料もあったのだから。
無事5000万もの大金を手に入れた俺は、すぐ様アイテムボックスへと収納する。
すると、メニュー画面の所持金の表示が、ゲーム時代の単位から今のルクスへと変化した。
じゃあ今までの所持金はどうなったのだろうか?
まぁどうせ使えないだろうしいいか。
こうして今回の騒動は収束を迎えたのだった。
ここまでで1章!