百三十二話
(´・ω・`)あいあーむれーっどさいくろん
その少し、いやかなり恥ずかしい店名を呼ばれレイスが壇上へ上る。
すると彼女に視線が集中するも、すぐにその視線は俺へと流れてくる。
そうそう、俺がマネジメントした結果があれです、なので黒幕は俺みたいなものなんです。
「ええと、レストさんが代表者、でよろしいのですね?」
「はい、私が代表者です」
そういえば彼女はレイスではなく、自分の苗字であるレストで登録していた。
恐らく苗字を知っている人間が少ないが故の行為なのだろう。
じゃあリュエのつけた店名っておもいっきりNGじゃないんですかね?
「ええと、外部からの参加者だそうですが、本店はどこにあるのでしょうか……?」
「いえ、ありませんよ。私達は冒険者ですから」
司会の男性の質問に、レイスはなんでもない風にそう答える。
そしてその告白に、一同が驚きの声と同時に、悔しそうなうめき声を漏らすのだった。
「冒険者、だと……?」
「嘘だ、あれは同業の、生き馬の目を引く抜く世界の人間の所業だ」
周囲の人間がざわめく。
だがそんな中、表彰を辞退したあのパンケーキ屋の女店主がこちらへと近づいてきた。
その表情には少しだけ、敵愾心のようなものが戻ってきているように見える。
「……とんだ食わせものね、まさか冒険者なんて……これじゃあ私達にリベンジの機会すら与えられないじゃない!」
「残念でした。どうだ、ただの流れの人間に優勝を掻っ攫われた気分は。いいか、今回の件はこれで終わらない、こうして流れの人間が結果を残したっていうこと事態が大問題なんだ」
「その通りね……私達は平和ボケしていたということかしら……これは味を競うでもなければ、仲良しごっこでもない、食うか食われるかの戦争……よく分かったわ」
「そういうことだ。来年は、俺の真似でもなんでもいい、相手を出し抜く、追い落とす、追いかけ引きずり落とすつもりでいけ。その方が絶対に楽しいし、客が喜ぶ」
そう、競争ならば、出場者も出場者らしく貪欲に戦わないと、見る方が飽きてしまう。
毎年お気に入りの店に食べに行くだけなんて、イベントを開く意味が無い。
年に一度のその時まで、互いに牙を研ぎ澄ませ、全力でぶつかり合う。
その時、いままでにないなにかが生まれる、そう俺は思う。
勝つためのメニューを考え、互いに高め合う。
その時生まれる味はきっと、今よりも数段上の、客を喜ばせる至極の味に違いないのだから。
「で、ではレストさんには賞金の五◯万ルクスと、ギルド二階への出店の権利を贈呈します! あの、出店のほうは――」
「そちらは、総帥さんと交渉致しますので、後日発表されると思いますよ」
壇上では授与式が済み、彼女が降りてくるところだ。
さぁ、今この瞬間から来年の勝負に向けて動かないと、また俺のような人間に優勝を掻っ攫われるぞ。
来年はそうだな、出場ではなく客としてこよう。
きっと、熱気に溢れ、互いに工夫を凝らしたメニューを出しあう、今よりもさらにさらに楽しい催しになるに違いない。
「じゃあ、俺は失礼するよ。よく自分で罪を、それもこんな大勢の前で告白したな、大したもんだ」
「と、当然よ。……貴方も、随分と猫をかぶっていたみたいね。今の話し方の方がまだ好感が持てるわ」
「そうかい。んじゃ来年は是非最高の一品を提供してくれ、食べに行く」
「……ええ、待っていなさい」
彼女もそう言い残し、大会運営本部へと歩いて行った。
こっちの問題も一件落着なのかね。
レイスも戻り、リュエと共に三人で自室へと戻ろうとする。
だが、心なしかリュエが悔しそうな表情を浮かべているのだが、どうしたのだろうか?
「……私の賞金、受け渡しは今晩なんだ」
「つまり?」
「カイくんにまた勝てなかったよ……」
なんてこった。
たしかに大会終了=賞金の授与とは限らない。
そういえばミスコンの賞金授与は結局、あの場では行われていなかったな。
だがそんな傷心のリュエへと、レイスが近寄り言葉をかける。
「リュエ、以前アキダルで私とリュエは二人で組んでいましたよね?」
「うん? そうだけど、どうしたんだい」
「今回、私が代表として賞金を受け取ったわけですが……」
なんだと……だが言われてみれば、登録をしたのも賞金を受け取ったのもレイスだ。
そして彼女とリュエが組んでいたのも事実、確かに文句のつけようがない。
「あ! カイくん、やっぱり私の勝ちだよ! レイスの勝利は私の勝利なんだ!」
「なん……だと……? と言うとでも思っていたか! じつは俺も既に宿代分を稼いであるんだ」
二転三転する彼女の表情を楽しみながら、俺は自室に向かう途中で受付へと向かい、先日の魔結晶の前金が支払われていることを確認しに向かう。
背後では、微妙な表情を浮かべているレイスと、ハラハラと泣きそうな顔をしたリュエが控えている。
大人げないかもしれないが、勝負は勝負、身内でも容赦なんてせんのです。
「カイヴォン様ですね、ええと……あ、たった今振り込まれたようですよ」
「た、たった今……?」
「ええ、たった今です。すごいタイミングですね」
そう言いながら受付の女性はニッコリと微笑んだ。
そして、振り返ると背後にいた二人もニッコリと微笑んでいた。
う、うそだ、あの豚……まさかそんな、こんな絶妙なタイミングで……?
「やっぱり私の勝ちだ! カイくんどうだい!? 私の勝ちだよ、ふふん、ふふふん!」
「やりましたね、リュエ。ふふ、今回ばかりは素直にリュエの勝利を認めてくださいね」
……ぐぬ、こればっかりはどうしようもないか。
別になにか賭け事しているわけでもないが、悔しいものは悔しい! だが、仕方ない!
そうだよなぁ、オインクもこの収穫祭で大忙しだろうし、俺自身も緊急に金を必要しているなんて一言も言ってないしなぁ。
今回ばかりは豚ちゃんを責めるわけにもいかないし、黙って負けを認めましょう。
俺は潔く、まるで正々堂々戦ったスポーツマンの如く爽やかに彼女の勝利を称える。
「や、やるじゃん? まぁ、うん、中々うん、大したもんじゃないか、うん、凄いな」
「……カイくん……そんな泣きそうな顔しないでおくれよ」
「カイさん……」
やめて! 情け無用!
そんなこんなで自室へと戻り、プライベートバーから適当な酒を見繕い祝杯を上げる。
そういえば以前レイスの店に行った時は、軽めのカクテルを出す風習がなかったな。
どれどれ、ならばなにか作ってあげようじゃないか。
「しかし驚きましたよ。まさかリュエがこっそりこんなことを企んでいたなんて」
「ふふ、驚かそうと思ってさ。私も捨てたものじゃないみたいだね」
「もちろんですよ! 今日のリュエは、凄く、本当に素敵でした。自慢の姉です」
「えへへ、さすがに照れるね、そう言われちゃうと。レイスは凄く綺麗だから、私もそうなれないかなーって」
二人の仲良し姉妹が、互いを褒め合い、嬉しそうに祭りの余韻に浸っている。
それを眺めながら、飲み物を見繕う。
なにか軽い、飲みやすいもの、瓶を一つ一つ開けて匂いをかぎ、味見をして種類を特定していく。
参ったな、実はカクテルにはそこまで詳しくないんだよ俺。けれども、こんな二人に何か、美味しい飲み物を提供したい。
「カイさんもそう思いませんか? リュエは誰にも負けない、すごく素敵な女性だと」
「ああ、俺もそう思うよ。今日はあの王族の血をひいた娘にも圧勝だったし、内心スカっとしたよ」
「カイくん、あの子にいじわるしていただろう? ダメだよ、あんなふうにいじめたら」
「いじめてませんー、公平に審査しようとしたらあの人にはあれくらいが丁度いいんですー」
まぁ終わってみれば、俺も大人気なかったとは思う。
ある意味、あの娘はアーカムの治める土地で育った魔族と同じで、狂った価値観を植え付けられている。
まぁ、だからといって甘く接したりは絶対にしませんが。
そんなことを考えながらも、ようやく目当ての酒を見つけ出し、その他使えそうなものはないかと冷蔵の魔導具を開く。
やはり高級な部屋だけあり、酒の種類もその他の飲み物も豊富に揃えられている。
いやぁ……こういう宿泊施設の冷蔵庫って開くのが恐いんですよね……知ってるか、一度開ける度に宿泊料金に二百円上乗せされるとかあったんだぞ昔。
そんな若干レトロな宿泊施設を思い出しながら、中からオレンジジュースを取り出し、さらに部屋に置かれていた果物を絞っていく。
これ、もしかして部屋の飾りとかそういう意図でもあったのだろうか? 全部絞ってしまったんだけど。
そして恐らくウォッカと思われる、ほとんど味も香りもない、純粋な酒精の味と匂いがする透明な酒をグラスに注ぐ。
やはり麦大国なだけはあり、日本酒だけでなくこういった酒造りも盛んなのだろう。
「カイさん、先程からなにをなさっているのですか?」
「ん? 祝杯としてカクテルでも作ろうかと」
「カクテル、ですか? 大丈夫ですか、リュエ」
「うん? カクテルっていうお酒は聞いたこと無いけれど」
「ええと……かなり度数が高いものが多いのですが……」
「いや、今回は度数を軽めにして作るから」
今回作るのはお手軽なスクリュードライバーさんです。
レバー一回転で出せる大技ではありません。
一応、今絞ったオレンジ果汁はさっと煮詰め、魔術で冷やしてある。
風味は若干薄れるが、搾りたてをそのままオレンジジュースに混ぜると折角の味が薄くなってしまう。
いやはや、本当便利だな魔術って。オレンジからほぼすべての水分をあっという間に抽出出来てしまう。
「ほい完成。ふたりとも、お疲れ様」
「ふふ、ありがとうございます。これはオレンジジュースとウォッカですか?」
「ウォッカ? なんだいそれ」
「麦から作るお酒だよ。じゃがいもからも作れる」
「へぇー、お酒と他のものを混ぜたんだ」
今回、二人はそれぞれの催しで優勝を得た。
屋台は俺もかなり手を出したが、それでも二人が主導で動いたことには違いなく、それでこんな素晴らしい結果を二つも得られたのだ。
じつは内心、かなりうかれております。
誇らしい気持ちと嬉しい気持ちが暴れまわっているんです、いますぐ二人を抱きしめて頭を撫でたいんです。
それをグっとこらえて、ドリンクを提供する。
「あ、美味しいですねこれ。なんというカクテルですか?」
「これは俺が住んでいた世界にあったカクテルでスクリュードライバーって言うんだ」
「ねじ回し、ですか」
「ふふ、どこにもネジなんてないのにおかしいね」
すでにお酒が回り始めたのか、リュエがほんのり頬を染めながら、ケラケラと笑う。
カウンターに頬をつけ、カクテルを眺め始めた彼女は、楽しそうにマドラーで中身をかき混ぜる。
……ワインよりは度数が低いはずだが、結構酔いが回ってませんか、リュエさん。
「すごいね……私が綺麗だってさ……こんな私が……ふふ、二人のお陰だよ」
「そんなことありませんよ。あの立ち振舞は、紛れも無く貴女自身が身につけたものです。容姿だけじゃない、会場にいた皆さんは、貴女の内面にも惹かれたはずです」
「そうだな。今日のリュエは、本当に綺麗だったけど、それ以上にかっこ良かった。惚れ惚れするくらい」
「んふふ……そっかぁ……嬉しいなぁ……夢みたいだよ……」
カランカランと、氷とグラスがぶつかる音が静かに響く。
その音を聞きながら、その様子を眺めながら、レイスもまたコクリと一口喉を鳴らす。
そんな二人を見ながら俺も、自分用にややキツ目に作った同じものを一口。
ああもう、幸せだな本当。
「あとはレイスの闘技大会、七星杯だけだな」
「そうですね……また一ヶ月ほど時間がありますし、それまで可能な限り訓練を積みたいと思っています」
「レイスは……きっと負けないよ、だから、少しはお姉ちゃんとお出かけしましょう……」
「ははは、そうだな。息抜きも忘れずにな」
「はい、もちろんです」
姉の活躍に触発されたのか、レイスの表情がいつも以上に引き締められ、その迫力に思わず喉を鳴らす。
ああ、俺の大切な家族は、こんなにも素晴らしい。
俺も、そうだな、二人が功績を残したのなら、俺もなにか、何か残せないだろうか。
……俺が闘技大会に出る方法は、レン君が優勝し、挑戦相手に俺を指名した時だけ。
だが、それはレイスが負けてしまわないと不可能だ。
ならば、それ以外の方法が必要か……。
だが俺は前の街で少し動きすぎた。
今回はあまり目立たないようにひっそりと自分の欲を満たそう。
「リュエ、エキシビジョンマッチで戦うわけだけど、問題ないかい?」
「うん……だいじょぶ……もうわたしはだれにもまけないよ……」
「あらあら……すっかり眠そうな声を出して……大丈夫ですか?」
「まって……んっ」
リュエが光りに包まれ、次の瞬間にはシャキっと背筋を伸ばして座り直す。
なるほど、自分に回復魔法をかけたのか。
なんだか酒の楽しみ方としては反則な気もするが、長時間楽しめると思えばお得なのか?
「大丈夫、ちゃんと対策というか、うまい具合に戦う方法も考えてあるから」
「なら、まかせた。俺はそうだな……とりあえず明日の晩餐会の服装でも考えるかね」
以前アーカムの屋敷で過ごしていた時の儀礼服でいいと思うが。
「あ、そういえば私はどうしよう? 今日の恰好でいいのかな?」
「ダメです、同じ恰好なんて。そうですね、以前着たパンツルックもいいですが、今回はドレスにしましょう。たしか私の娘達のために調整したものが数着ありますから」
「よし、じゃあレイスもリュエもたっぷりおめかししてくれ。俺はそうだな、またあの儀礼服でも着るさ」
「あの儀礼服ですか……本当ならばあのいつもの姿、防具を外した状態が一番なのですけど……」
「あー……たしかに鎧部分を外せばいいのか」
ならそっちにするか。
なんだかんだで、あれは俺の一張羅みたいなものなのだし、鎧部分やガントレット、グリーヴを外せば印象も変わるだろう。
ついでにアクセサリーはそうだな、魔王一式以外のものでもつけて……今日のモノクルでもつけるか。
「じゃあ、今日は早めに横になるかな」
「そうですね。じゃあリュエ、明日は早く起きて衣装合わせですよ」
「うん、お願いするよレイス」
こうして、ささやかな祝勝会が幕を閉じたのであった。
(´・ω・`)はっはっはっはっはっは
→↘↓↙←↖+(´・ω・`)
(´・ω・`)スクリューパイルらんらんだー!