百三十話
(´・ω・`)「 」
こうして全ての演目が終わり、オインクも審査員席へと向かい協議が始まった。
ステージ上には参加者全員が整列し、コンテストの感想を順番に述べている。
すると、俺の席の隣にレイスがやってきた。
「もう終わりみたいですし、移動していいそうなので来てしまいました」
「いらっしゃい。ところでレイスの感想は? このコンテストの」
若干目を赤く腫らしている彼女へそう問いかける。
感受性が高いお姉さんは、一度瞳を閉じて思案しているようだ。
俺も目を閉じれば、ありありと浮かんでくる――『8=(´・ω・`)=3』うん、左の骨部分が8だったのが悔やまれるな。
違うそうじゃない。思い浮かぶのは、まるで別人のように凛々しく、その魅力を遺憾なく発揮したリュエのことだ。
森にいた頃、とりわけ一緒に住み始めてすぐの頃の彼女は、今のように毎日気を張り、頼れる姉のように振る舞っていた。
しかし、次第に彼女は甘えるように、お願いごとをするようになり、森を出てからはすっかり今のようなマイペースな娘さんになっていった。
それはきっと、誰かと共にいる安心感から来るもの。
だとしたら今日の彼女は、少しだけ緊張や不安、心配を抱えていたのかもしれない。
今日のコンテストが終われば、しばらくは自由にすごせる日が続く。
そのあいだ精いっぱい、またいつものマイペースな彼女と過ごすとしようじゃないか。
「そうですね……コンテスト全体というよりも、私の知らないリュエを沢山知ることが出来た、そんな素敵な催しだと思いました」
「そうだな。どうだ、しっかりお姉さんらしい面もあっただろう?」
「ふふ、元から私はそう思っていましたよ?」
そうか。やっぱりよく見てるね、君は。
さてと、審査の方はどうなったのかね?
審査員席の方へと目を向けると、少しだけ、不穏という程ではないが、ただ議論しているのとは違うような雰囲気を感じた。
少しだけそちらへ歩み寄り耳を澄ますと――
「我々の意見は変わらない。このような催し、即刻帰らせてもらう」
「うむ。娘を連れて来て頂こう」
「そうですか。わかりました、ではこの状況で彼女だけをステージから降ろす、それでいいのですね?」
「くっ」
あらら、エルフの二人組がごねていらっしゃる。
そんなに白髪のエルフが評価されるのが気に入らないのか?
まぁここであの娘さんが降ろされようが降ろされまいが知った事じゃないが。
だが、それはまぁ……擁護するわけじゃあないが、途中棄権というか、諦めるというか、随分と格好悪い形になるんじゃないかね。
まぁいい、結果が固まっているのなら、黙って発表を待つだけだ。
「カイさん、なにかあったんですか?」
「いや、審査で揉めているだけだったよ」
それからさらに数分、結局エルフ二人は席に着き、不服だと言わんばかりの表情を浮かべていた。
それでいい。これで後から『本当はうちの娘が優勝だったんだけどなー、けど途中で用事入って棄権しちゃったからなー』的な言い訳もされないだろうし。
……さすがにそれはないか。
やがて、司会の女性が全員の感想を聞き終え、そのまま審査員席の方へと向かっていった。
あ、リュエの感想聞き逃した。
「皆様! 審査の結果が発表されました!」
お、ついに始まったか!
すると、一番最初にティアラとクラウンを返還した昨年度のミスセミフィナル、ミスターセミフィナルの二人が、再びその優勝の証を手にとった。
なるほど、二人が手渡すことになっているのか。
「まずはミスターセミフィナルの発表に移りたいと思います!」
オインクがステージへと上がり、マイクを受け取る。
その手には出場者の名前が書かれているであろう用紙が折りたたまれている。
それを開き、彼女は声高に宣言した。
「本年度のミスターセミフィナルの発表に移りたいと思います」
正直、男性部門にはあまり興味がなかったので、いまいち印象に残っていない。
しいていうなら、レイスが全員ぶった切った時の様子や、あの途中で退場してしまったお爺さんくらいか。
さて、一体結果はどうなるか……。
「ミスターセミフィナルに選ばれたのは――エントリーナンバー17番! ランド・シーベルさんです!」
「うおおお!? 俺なのか!? そんな馬鹿な! うおおおお!」
選ばれたのは綾た……あの海の男、爽やか&ワイルドなあの男性でした。
うん、たしかに外見もさることながら、にじみ出る不器用さと良い人オーラ、そして真っ直ぐな印象はグッドですな。
未だ信じられないのか、及び腰でオインクの場所まで進んでいく。
「あ、その場で結構ですよ。昨年度のミスターセミフィナルの方が持っていきますので」
「は、はい! すみません!」
会場がドっと笑う。
やるな、さすがミスターセミフィナル。
すると、昨年度の優勝者がクラウンを持ち彼へと近づき、なにかを述べた後に頭上へと優勝の証を授けた。
彼は頭上の重みに、ようやく現実味を感じたのか、感極まって男泣きをしてしまった。
すると、頭上のクラウンがずれて落ちてきてしまい、慌ててキャッチした。
再び会場が笑いに包まれる。
本当にすごいな! まさにお前がナンバーワンだ!
「ふふ、よかったですねシーベルさん。では、続きましてミスセミフィナルの発表に移りたいと思います!」
きた、本題だ。
だが会場の視線はすでにリュエへと注がれている。
他の出場者たちも皆、当然のように彼女を注視していた。
そして俺も、拍手がすぐに出来る状態で待ち構えている。
司会の女性が用紙をオインクの元へと運ぶ。
それを開きながら、彼女は大きな声で宣言する。
「今年の――ミスセミフィナルに――選ばれたのは!」
なぜやたらと間を空けるのか。
もったいぶるのはやめなされ。俺の横で慣れていないレイスが拍手を途中で止めて待ってるんです。
俺はまぁ、お茶の間の顔こと某大御所芸能人のクイズ番組で慣れていますから。
「選ばれたのは! なんと! ――それは!」
いいかげんにしろ、レイスがもう何度も寸止めして壊れたサルの玩具みたいになってる。
あのシンバルを叩くやつ。
そしてそれにつられるようにね、谷間が深まったり揺れたりと大変な事になってるんですよ。
明らかに遊んでやがる……あの豚。
「ミスセミフィナルに選ばれたのは! ほぼ満場一致で! リュエさんです!」
瞬間、全力で手を打ち鳴らす。
自分の耳が痛くなるほどの破裂音をステージへと向け、ただただ祝福を贈る。
隣でもレイスが猛烈な勢いで拍手をし、檀上の姉へと声をかける。
「おめでとうございます! リュエ、やりましたね!」
無邪気に、文字通りお姉ちゃんっこのように喜ぶ姿がなんだか微笑ましい。
そして当の本人は、自分が圧倒的に有利だという自覚がなかったのか、ついにその凛々しい表情を崩して、ぽかんとした顔で立ち竦んでしまっていた。
……おいおい、誰がどう見ても10:0で君の勝利は確定だったでしょうが。
「あ、ありがとうございます。いや、優勝すると宣言しましたが……本当に……」
昨年度のミスセミフィナルの女性が、ティアラを持ってステージへと向かう。
そのままリュエの前へと向かい、彼女もまたなにか囁いた後にティアラを乗せる。
その瞬間、もはやお約束のように爆発的な拍手が上がり、祝福の言葉が無数に飛び交った。
『おめでとう』『思った通りだ、おめでとう』『おめでとうございます』『素敵です、結婚してください』
そんな言葉が幾つも彼女へと向かい飛んでいく。
おう、結婚って言ったやつ出てこい。俺に勝ったら考えてやらんこともない。
「では、優勝したお二人に感想を聞いてみましょう」
オインクがマイクを持ち、優勝した二人の元へと向かう。
ミスターセミフィナルことシーベルさんは、オインクが目の前まで来たことでガチガチに緊張してしまっている。
一方リュエは、オインクが来てくれたことが純粋に嬉しいのか、ニコニコと笑顔で出迎えている。
「シーベルさん、今の気持ちはどうでしょう? 誰に伝えたいでしょうか?」
「おお、俺は! いつも俺のこと、かっこいいって言ってくれたその……酒場の女の子が茶化してたんだとばかり思ってました! けれども、まさか本当に……感無量です! オインク様ともお話し出来てもう、俺思い残すことはなにもないです!」
「ふふ、よかったですね。これからは自分に自信を持ってください。それと、まるでもうすぐ死んでしまうような事は言わないでくださいね? これからも事故に気を付けて、来年も是非いらしてください」
「わ、わかりました!」
もうメロメロである。
うむ、確かに遠目から穿った見方をせずに素直に見ると、文句なしの美人だ。
声といい話し方といい、男なら一瞬で骨抜きにされてしまうだろう。
が、やっぱり俺の中ではブゥブゥらんらん言ってる姿が先行してしまうんだよなぁ。
そしてその美豚さんは隣へと移動する。
「リュエさん、今の感想はどうですか?」
「感無量です。まさか本当に優勝出来てしまうとは思いませんでした」
「ふふ、今の気持ちを誰に伝えたいですか?」
「それは勿論、この会場に来てくれている、私の大切な仲間、家族にです! もちろん、オインク、君にもだよ」
おっとここでまさかのキラーパス。
どう返す? オインク。
「ふふ……公の場ですが、いいでしょう。おめでとうございますリュエ、貴女が参加すると知って、とても驚きました」
「オインクにはバレていたんだね」
「ええ。会場にいる二人もほら、すぐ傍で見ていますよ」
あ、こっちに投げおった。
すると彼女がこちらに顔を向けて、心の底からの、最高の笑みを浮かべ話しかけてきた。
「やったよ、優勝したよ、私」
ああ、おめでとう。
さすがにただの観客が話しかける訳にもいかず、俺はただ無言で頷いた。
それに満足したのか、彼女はマイクをオインクに戻す。
「では、本日のコンテストはこれにて閉幕ですが、明日の夜に出場者や貴賓の皆様を招いた晩餐会が開催されます。会場にいる皆さん、入場の際に渡されたチケットは持っていますか?」
む、そういえばそんな物も渡されたっけ。
俺はポケットからそれを取り出す。席の番号が書かれた小さな紙片だが、これがどうしたと言うのだろうか?
「後ほどギルドに当選結果を張り出しますのでご確認ください。例年どうり、男女ともに一○名の方を晩餐会にご招待致します」
瞬間、会場から爆発的な雄叫びが上がる。
なるほど、運が良ければ今日の出場者とお近づきになれるのか。
確かにこれは盛り上がるな、ちょっとした宝くじみたいなものだ。
「うおおおおおおおおおおお! 俺に当たれ! 今こそ届け、この思い!!!!」
「はああああああ! 願いよ叶いたまへ! この命くれてやる! うおおおお!」
「ひゃっはあ! 当たりチケットは俺のもんだあ! オメーラ残念だったなあ!」
やだ、また阿鼻叫喚の地獄になっちゃった。
「出場者の方は、身内や友人を三人まで同伴させることが出来ますので、もし衣装が必要な方は受付まで申請してくださいね」
お、じゃあ俺もレイスも出席出来るのか。
……ふむ、じゃあパーティーだし儀礼服でも着ていくか。
レイスも恐らくイブニングドレスの一着や二着、間違いなく持っているだろうし。
リュエの方も、以前着たパンツルックや、今着ている鎧もあるし問題ないだろう。
「カイさん、楽しいですね、本当に」
「ああ、この都市にきてよかったな」
さて、この後は賞金の受け渡しだ。
これで彼女は俺より先に、宿代を稼いだって事になるのだろう。
屋台の売り上げもあるが、あれは三人で稼いだものだから、彼女の中ではノーカウントという扱いなのか。
……しかしリュエさんや、俺ちょっと前にさ、オインクに『魔結晶』の売買を頼んだんだよ。
とりあえず数個市場に流してみるからと、前金を少し振り込んでくれる事になっているんだ。
……後で入金のチェックしておくか。
「カイさん、どうしてそんな悪そうな顔をしているんですか?」
「……気のせいです」
俺も負けず嫌いなんですよ!
(´・ω・`)「 」