百二十九話
(´・ω・`)真似しないでね
さて、そんなこんなでフリーアピールの時間がやってきた。
使う道具や準備の関係で、先ほどまでの順番ではなくなるそうだが、うちの聖騎士様はなにをするつもりなのか。
ステージ上では、何やら藁でできた人形が立てられている。あれは的当てか何かだろうか?
「なるほど、あの配置を見てください。藁人形の真後ろにもう一つ藁人形がありますよね?」
「ああ、あるな」
「あれは恐らく、ゲーム時代にあった『ワンスルーアロー』を披露してくれるのだと思いますよ」
「ああ、あれってそんな貴重な技扱いなのか」
『ワンスルーアロー』は、対象を一つだけ素通りしてその向こうにある標的を射ることが出来る弓術だ。
主な用途は建物内の敵や、弱点をシールドで覆う敵を攻撃する時や、一部のフレンドリーファイアが解禁されている場所で味方に当てないように攻撃するのに使わる技だ。
だがこの世界にはそもそも、パーティーを組んだ相手にこっちの攻撃が当たらない、なんてシステム的保護が存在しない。
故にこの技は重宝することだろう。
「ゲーム時代の技の多くは劣化して伝わっていますからね。ですが弓術だけは私指導の下、一部のギルド構成員に広まっています。練度には個人差がありますが、人型の標的を正確に素通りさせて当てるのは中々難しいはずです」
「へぇ、じゃあ誰がやるんだろうな、それ」
なんだかんだいって、俺たちは生粋のゲーマーで、戦闘好きなんだよな。
つい、昔に戻ったように二人でこれから起きることを待ちきれないように身を乗り出す。
「では! 最初の方に登場して頂きましょう! 女性部門にてその見事なプロポーションを披露してくれました『サーラ』さんです!」
現れたのは、初日から来てくれていた三人娘の一人で、あの素晴らしいプロポーションの女の子だ。
「お、あの子からか」
「知り合いですか?」
「うちの屋台の記念すべき最初の客だよ」
「なるほど……私が知らないとなると、恐らくランクC以下でしょうか」
「まだまだ隠れた人材がいるのかもしれないな」
あの子は確か、毎日決まったペースで働いていると言っていたな。
となると、報酬や貢献度の高い長期任務は避けているはず。
ランクが低いままなのはそういう理由なのだろうか。
「私は弓くらいしか自慢する特技がないので、ちょっとした芸お見せしたいと思います」
彼女はステージの端へと向かい、矢筒から二本の矢を取り出した。
一本を指に挟み、もう一本を弓につがえる。
ニ連射でもするのかと思ったその瞬間だった。
「フッ!」
唐突に彼女は上空に向けて一射目を放ち、続けざまに指に挟めた二の矢をつがえ真っ直ぐに放つ。
最初の藁人形に突き刺さるかと思われたその二射目は、オインクの予想通り寸前で姿を消し、奥にある二体目へと真っ直ぐと進んでいく。
だが次の瞬間――
「これは! なんということでしょう、サーラさんが矢を放ったと思った次の瞬間、奥の藁人形に二本の矢が突き刺さっております!」
確かに、一般の人間にはそうとしか見えないだろう。
それくらい、彼女の連射は速かった。
まるでダブルバーストのような速度で放たれた二射だが、一本目は上空へと向かい、二本目はワンスルーアローを発動して奥の人形へと向かう。
だが、その二本目が藁人形に刺さる寸前、まるで計算されたかのように一射目が上から降下してきた。
そして、一寸違わずお互いの矢尻がぶつかり合い、角度を変えながら二本とも藁人形の頭部に突き刺さったのであった。
マジかよ、こんなこと出来る人間がいるのか……これにはさすがのオインクも驚いて――
「なるほど、確かに芸ですね」
「以外だな、もっと評価するかと思ったが」
「一応、『フォールアロー』と組み合わせたあの技は、かつて私が披露したものですからね。しかしこの距離とはいえ、見事に再現されています」
『フォールアロー』も基本的な弓術だ。
名前の通り、急降下して対象にヒットする技だが、落ちてくるタイミングをコントロールなんて出来ない技だ。
やべぇ、ここに来て豚ちゃんの大物感がどんどん上昇していってる。
そうだよな、結局俺はステータスに物を言わせたなんちゃって剣士だ。
ゲーム時代ならばそれこそ、先ほどの弓術の組み合わせのような、常人離れした攻撃も可能だろう。
だが、今の俺はそんな神業めいた攻撃、技術を使うことが出来ない。
その必要性すらないが、いつかそれがアダとなる日が来ないとも限らない。
……素振りでも始めるか。
「オインク、いつか機会があったらで良い、一番剣術がうまい人間を紹介してくれ」
「……触発されてしまいましたか?」
「ああ。俺は強いが、上手くはない。なんだかそれが悔しい」
「正直、一個人でこれ以上の力を持たれると、組織の長としてはハラハラしてしまうんですけどね」
「何言ってんだ、俺がオインクに見せた力なんて全体の数%程度だぞ?」
アーカムさんはその程度で十分でしたから。
あれはあくまで演出、見掛け倒しの技だ。破壊力なんてほとんど出ていない。
「……あれでですか。なるほど、龍神を瞬殺したというのは嘘ではなかったんですね」
「なにお前信じてなかったの?」
「入念に下準備をして、絶対に勝てる状況を作り出してからハメ殺したのでは、なんて思っていましたよ」
「残念、本当に勢いのまま向かってワンコンボで倒しました」
「……珍しいですね、なにも考えないで挑むなんて。それだけリュエが大切なんしょうね」
想定外の返しに少しだけ顔が熱くなる。藪蛇だったか。
ともあれ、一人目の発表が終わり、会場も大いに賑わっていた。
中でもギルドに所属していると思われる人間の反応が芳しく、審査員席の元冒険者の議院、ゴルド氏も力強い拍手を送っている。
そしてなんだかんだ言いながら、オインクも惜しみない賞賛の声をかけていた。
「見事でしたよ、サーラさん」
「光栄です、オインク様。貴女様の前でこのような児戯をお見せすることになるなんて、お恥ずかしい」
「児戯なんてとんでもありません。いずれ、貴女にはテストを受けてもらいたいと思います。遊ばせておくにはもったいない」
あ、そこはしっかりスカウトするんですね。
やはり、彼女のように上に行かず、だが確かな実力を持つ人間は多いのだろう。
ううむ……ちょっと楽しそうだな、オインクの今の生活も。
大勢の人間が熱狂し、そして出場者もまた楽しそうに振る舞うコンテスト。
この熱気も、この大勢の笑顔も、彼女が作り上げた世界のほんの一部でしかない。
大勢を幸せにする彼女の歩みは、なるほど確かに一つの物語として語るには申し分ない。
俺がもし、彼女の元に現れていたら。
もっと昔、彼女と共にこの世界に現れていたとしたらどうなっていただろうか。
その物語の片隅に、俺も出演していたのかもしれない。
もしかしたら、共に歩む未来もあったのかもしれない。
大いに盛り上がる催しの最中だというのに、なぜか感傷的になる自分を不思議に思う。
もしかしたら、思いの外あの二人がここに来ていたという事実に、動揺しているのかもしれないな。
「……なぁオインク」
「はい、どうしましたか?」
「……よく、頑張ったな」
「どうしたんですか、急に」
「なんとなくだ」
彼女は追求せず、少しだけ微笑んで再びステージへと目を向ける。
ああ、そうだな。そろそろリュエが出てくるかもしれない、しっかりとこの目に焼き付けないといけないな。
すると、いつの間に残りの出場者の数も減っており、次に現れたのはあのエルフだった。
「ぼんぼん、やっぱりあの娘ですら憎いと感じますか?」
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」
「……愚問でしたね。ですが、くれぐれも手を出すような真似はしないでくださいね」
「ああ。多少言葉攻めはしたがね」
「誘い受けのつもりですか?」
まったく狙っていなかったとは言わない。
だが、そこまで短慮な連中とも思えない。
せいぜい、ちょっとした憂さ晴らし程度にしか考えていないさ。
「俺がもし闇討ちにでも合いそうになったらどうすればいい?」
「出来れば逃げて下さい」
「あいよ」
まぁ杞憂だとは思いますがね。
さて、耳障りな雑音が聞こえてきたので、ステージへと目を向ける。
すると、あの雌がステージ上で何やら歌らしきものを垂れ流していた。
きっと素晴らしい歌声で、素晴らしい旋律を奏でているのだろう。
だが、どうしても俺の脳はそれを正しく認識するのを拒否しているようで、最後まで俺にはただの雑音、ノイズのようにしか感じられなかった。
そして、恐らく表情にそれが出ていたのだろう。オインクが苦笑いをしていた。
「本当、筋金入りですね」
「こういう人間なんだよ。たぶん手料理振る舞われてもその場で……す、捨て……はしないが、食った後にマズイって言ってやる」
「そして食べ物だけは粗末に出来ないという」
「う、うるさい」
食べ物に! 罪は! ないの!
え? なら子孫にも罪はないだろうって? それはそれ、これはこれ。
ともあれ、ようやくステージ上から姿を消し、いよいよ最後の発表者、リュエの出番がやって来た。
ステージ上には何も置かれていない。
マイクすら撤去され、何もないステージに彼女が現れる。
これまでの様子から、またなにか凄いものを見せてくれるのでは? と会場から期待に満ちたざわめきが漏れ聞こえ、俺もまた同じ気持で彼女を見る。
すると、彼女は両手を前につきだし、小さく口を動かし始めた。
「詠唱、ですね。なにか魔導を披露するつもりなのでしょうか」
「剣を抜いていない以上、攻撃的なものではないと思うが……あまり力を出して連中に勘ぐられないといいが」
「確かにそうですね……」
すると、彼女の手と手の間に、白い粉が舞い始めた。
やがてそれが陽光を反射し、キラキラと輝きを放ちながら渦巻いていく。
その渦が手の間を離れ、少しずつ上昇し、さらに渦の規模を大きくしながらステージの上で輝きを強める。
すると、今まで無言だったリュエが、静まり返った観客へと向けて語り出す。
「私は聖騎士ですが、この場で披露するような華やかな技はありません。ですので、少しだけ皆さんに魔法の贈り物をしたいと思います」
彼女の言葉に、観客がまるで子供のようにキラキラと目を輝かせる。
本当、今日一日ですっかり観客の心を鷲掴みにしたようだ。
「魔法ですか。確かに破壊力がない以上、魔法と言ってもいいでしょうが……」
「いや魔法程度の使用魔力じゃ無理だろ。コントロールを維持したままどうやったらあそこまで持ち上げられるんだよ」
気がつけば、その煌めきの渦は遥か上空へと消えていくところだった。
そして次の瞬間、ステージ上のリュエが大きく手を開いてその魔法の名を告げた。
「ストレンジスノウ」
つまり、奇妙な雪。
次の瞬間、会場に真っ白な雪が降り注ぐ。
しかし本来ありえない現象、地面や人に触れた瞬間、あっという間に消えてなくなる幻のような魔法。
だがそれでも、空中で溶けてしまうことなく、ひらひらと観客の手元に届くそれは、紛れも無く彼女の力のお陰。
この眼前に広がる数多の雪一つ一つに、彼女の魔力が行き渡り維持しているのだろう。
会場でそれに気がつけた人間は多くない。だが、そんな一握りの人間は、この光景を驚愕の表情を浮かべながら見つめていた。
そして観客は、この奇跡を興した彼女に惜しみない賞賛を贈る。
「この雪はほんのひと時の儚い夢。皆さんに一時の夢を見せられたのなら幸いです」
最後に一礼し、ステージを去っていく。
今日何度目になるかわからない喝采を聞きながら、俺は自慢気に隣にいるオインクへと語りかける。
「うちの子は凄いだろ?」
「……ええ。審査の余地はありませんね」
「ゴネる人間がいたら黙らせてくれ」
だが、少なくとも俺の目からその連中、サーディスのエルフにその意思はないように見えた。
彼らもまた、舞い落ちる雪華に心奪われているのだから。
「……で、あのダークエルフはどうして口を開けて上を向いてるんですかね」
「ええと……サーディスに雪は降らないので……」
「マジでか」
あ、他のエルフ連中も雪を口に入れた。
(´・ω・`)雪が食べられるくらい綺麗な空気に満ち溢れた場所にいきたい