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百二十八話

(´・ω・`)ハハッ

 さて、この後に続く発表者の冥福を祈りつつステージの様子を見ていると、なにやら職員たちが慌ただしく動きだした。

 不測の事態でも起きたのかと成り行きを見守っていると、他の職員が司会の女性に何かを伝え、そして彼女がマイクを手に取った。


「ここでお知らせです! なんとこの後に控えていたすべての出場者の方々が答弁の辞退を表明しました」


 ……よし。

 誇れ、リュエ。多少のズルはしたが、お前は初手で全員ノックアウトしたぞ。

 確かにあの答弁の後に同じテーマで発表したとしても、結果は目に見えている。

 例えるならそう、超激辛カレーを食べた後に普通のカレーを食べるくらい味気ない、つまらない結果になることだろう。

 そして全員ということは、先ほどの王家の血()がどうとか言っていたアレすら尻尾を巻いて逃げ出したってことだ。

 いや実に愉快痛快。いいぞ、もっともっと見せつけてやれ。

 お前らが魔女と蔑んだ相手が、どんなに素晴らしい人間なのか、今この場でその片鱗を見せつけてやれ。

 願わくば、彼女の正体を堂々と知らしめた後でこのような結果を出したかったが、ここはあの国ではない。

 いつか、いつか絶対に、しかるべき場所で知らしめてやる。


「しかし、これではあまりにも時間が余ってしまいますので、なんと! 到着が遅れていたある審査員の方が! 同じテーマで答弁をして下さることになりました!」


 む、誰だ? 遅れていた審査員というのは。

 だが、会場全体がすでにざわめきだし『まさか』『やっぱり間違いない』なんて声が聞こえてくる。

 抑えきれない期待感が、ひしひしとこちらまで伝わってくる。

 ふむ、毎年恒例の審査員長でもいるんですかね? なんだかみんなで勝手に盛り上がってずるいな。

 そしてこちらの反応に満足がいったのか、司会の女性自らも期待を込めた表情でマイクを持ち――


「では! 救国の聖女、黒曜の射手! 幾つもの異名を持つあの方の登場です!」


 ……あ、はい。なんか薄々感ずいていました。

 一気に下がったテンションのまま、俺はメールを開いて遊びだす。

 あれ面白いよね、特定の文字列を並べると坂道みたいになる奴。

 杏マナー杏マナー杏マナー杏マナーみたいな。

 そうだ、久々に豚改変顔文字でも作って送りつけてやろうか。


「皆様、収穫祭前半の目玉、美男美女コンテストをお楽しみ頂けていますでしょうか?」


 さて、手始めにこれはどうだ『8=(´・ω・`)=3あの肉らんらんだー』送信。

 送信相手はもちろん、今マイクの前に立っている我らが豚ちゃんだ。


『ちょ、きたあああああああ!』

『くるしい、おさないでよ!』

『わー! 本物、本物のオインク様だよ!』

『大好きです! こっち向いてぇぇぇ!』

『明日死んでも俺はもう悔いはない……』

『神様……ありがとうございます……』


 しかし凄い盛り上がりである。

 いやはや、本当に救国の英雄なんだなぁお前……なんだか急に君が遠くにいったみたいで寂しいよ。

 まるでそう、トラックに乗せられて遠くに出荷される家畜のようだ。

 美味しいお肉になって帰ってくるんだよ。


「では、飛び入りのような形ではありますが、私もこの場にてスピーチをさせて頂きます」


『人生とは出荷される事と見つけたり』とか言ってくれたら大いに俺が喜ぶんだけどなぁ。


「私にとって人生とは、自分で書き記していく一冊の本です。節目節目で、次はどんな出来事が起こるのかわくわくしながらページをめくるような、そんな先の展開を夢想し、楽しみながら過ごすものです」


 本、か。

 そういえばオインクは読書家だって昔聞いたことがあった。

 ゲーム時代の話だったか。

 彼女はよく図書館からINしていたとも言っていたし、かなりの本好きなのだろう。


「最高のエンディングを夢見て、まるで主人公にでもなったつもりで、あらゆる困難に立ち向かう。それが、私の理想とする人生です。ですが、平坦な、良い出来事ばかりが起きる物語など存在しません。世の中には、悲しい結末を迎える物語も数多く存在します」


 間違いなく主人公だろうさ、君は。

 そうだな、時には都会に行ったり、牧羊犬の大会に出場したり、はたまた兄弟で狼を撃退したり、いろんな物語で主人公を演じてきただろう。

 ……真面目に感想を言うとしたら、彼女はたしかにそう、主人公然としている。

 一人で世界を変えようと、国を救い発展させようとしてきた紛れもない英雄。

 その半生の軌跡を綴れば、間違いなく英雄譚として歴史に残るだろう。

 やっぱり、眩しすぎて直視できんよ俺には。

 少しだけ斜に構えて、その光を斜めに捉えないと俺には辛過ぎる。

 いいじゃないか、一人くらいそんな捻くれた見かたをする仲間がいたって。


「――と諭されました。私はこれまで、すべての悲劇をなくしたいと思ってきました。ですが、気づかされました。これは物語ではないのだと、本では語られない、悲劇に見舞われる人たちが必ずどこかにいると。だから今度は、悲劇をなくすのではなく、幸福を増やす事で悲劇を上書きすることを目標とし、これからの人生を歩んで行きたいと思います」


 考え込みすぎて途中から聞いてなかった。

 だが会場の盛り上がりを見るに、オインクの答弁は素晴らしいものだったのだろう。

 これで一先ず、リュエ以外全員辞退というアクシデントは帳消しといってもいいんじゃないだろうか。

 惜しまれながらステージを降りたオインクが、何故か俺の隣、大量に空いている男性用の特別席に腰かける。


「酷いですよ、スピーチ前にあんなメールを送るなんて」

「ついな、つい。このメール機能使って何か出来ないかなと思ってみたり」

「……カンニングくらいしか思いつきませんが」


 それもうさっきリュエがやった。

 そんな他愛ない雑談をしながらも、ステージは進んでいく。

 これで三つの審査が終了し、最後にそれぞれがフリーアピールに臨むそうだ。

 だが、今の審査を辞退した人間が今さら何をしても勝目はないだろう。

 恐らく純粋に、自分の特技を大勢の人の前で披露したい、最高の自分をここに残していきたいという気持ちだろう。


「私も、リュエのスピーチの後はさすがに緊張しましたよ。私よりもよほど人心掌握が得意そうに見えます」

「オインクと一緒で、激動の時代の最前線で戦ってきたらしいからな」

「私と一緒だなんて。彼女の戦った時代は、私の経験した戦争よりも遥かに悲惨で、苛烈で、とてつもない規模だったと聞いていますよ」

「……そうかい」

「……なにか、ありましたか?」


 易々と踏み込んでくる。

 こちらの僅かな違和を察知し、するりと入り込んでくる。

 やはり、オインクも十二分に人心掌握に長けている。

 少なくとも俺の中には簡単に入り込んでくる。

 まぁ掴ませはしないがね。


「気にするな、ちょっとサーディス大陸について詳しく聞く機会があっただけだ」

「……そう、ですか。聞いてしまいましたか」

「やっぱり知ってて黙っていたな?」

「ギルドで彼女のカードを確認した時に気が付きました。あの頃、私と会ってすぐの頃の貴方に、それを話してしまうのが怖かったんですよ」

「英断だ。今よりも見識が狭かった状態であんな話を聞いていたら、間違いなくこの大陸を素通りしていた」

「そう……ですよね」


 あの頃はまだ、リュエだけが俺のすべてであり、他のことに目を向ける余裕がなかった。

 いや、余裕がある風を装いながら、それでも彼女を中心に物事を考えていたんだ。

 幸い、今の俺にはレイスがいる。そして旅の途中で知り合った大勢の人達がいる。

 彼らのことを思えば、後先を考えない暴挙に出てしまうのを辛うじて抑え込むことが出来る。

 やっぱり子供だね、まだまだ。


「あの……このタイミングでお伝えするのはどうかと思いますが、報告があります」


 すると、今度は彼女から不自然な緊張が伝わってきた。


「私は立場上、外の大陸から来る人間、とりわけ高い地位の人間についての情報が集まってきます」

「へぇ、やっぱり専用の隠密部隊でもいるのか?」

「ええ。それで、少し前に入った情報があります」


 心なしか、彼女の声が震えている。

 それが恐れから来るものなのかどうかはわからない。だが、ここまで動揺するのは珍しい。

 俺とのじゃれあいで震える、なんてのはよくあるが、あれはお互いに分かり合えているから故のお遊びだ。

 だが、確かに今彼女は動揺し、次の言葉を発するのを躊躇っている。


「上陸を察知することは出来ませんでしたが、先ほどこの都市から二人組の、さる国の最重要人物が出立したのを確認しました」

「……そうか。あいつらが来ていたか」

「はい……驚かないんですね」


 こんな大規模な祭り、まるで巨大なテーマパークのような状態だ。

 それに誘われて、奴らがやってきたとしても不思議じゃない。


「驚きはしないさ。そうか、来ていたのか――ミッ○ーと○ニー」

「夢の国に帰って?」


 渾身のボケがあっさり返される悲しみ。

 いやまぁ、外の大陸から人が大勢来ているのだし、来ていてもおかしくないでしょうよ。

 シュンもダリアも祭り好きだしね、不思議じゃない。


「別に気にすることもないだろ。どうせこの大陸の次は向こうに渡るんだ」

「……あの話を聞いた今、貴方はどうするつもりですか?」

「なんだ、なにかするなら今俺が持っている権力と地位は返上した方がいいのか?」

「っ! そうじゃありません! 私は、私は貴方に!」


 待って、豚ちゃん興奮しすぎだ。

 周り見て、みんな見てるから、すごい顔して見てるから。殺意が籠った目で見てるから! 俺を!

 自分の影響力を考えてください!

 俺の意思が伝わったのか、彼女もしどろもどろになりながら、咄嗟に思いついたであろう作り話をし始めた。


「わ、私は貴方に再び私の、私の身の回りの世話をしてもらいたいだけです! なぜ去ってしまったのですか!」

「は?」


 ……やだ、執事と女主人の禁断のラブストーリーみたいになっちゃったんだけど。

 やめろ、おいやめろ。確かにそういうキャラに見えなくもないからやめろ、シャレにならない!

 ええい仕方ない、乗ってやろうじゃないか。


「……お嬢様はもう、ご立派になられました。自分の足で立ち、こうして大勢の人間に慕われる英雄。いつまでも、私を困らせないでください」


 視線に殺意を込めて睨みつけます。

 なんだこの三文芝居。どこの乙女ゲーだどこの。

 ドS執事とM豚女主人が異世界で身分違いの恋だと……どこに需要があるんだ。


「……わかりました。旅に出るのなら、私はもう留めません。これまで、よく仕えてくれました」

「……ありがとうございます、お嬢様」


 ほらー、会場がまた変な空気になったでしょうが。

 一先ず殺意のこもった視線は止んだが、今度は探るような、好奇心に溢れた視線に晒されてますよ俺。


「……後で覚えとけよ」

「あとでしっかりお話ししましょう」

「あいあい」


 心配性だね、本当。

●   ●

(´・ω・`)

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