百二十七話
(´・ω・`)かえるのこは
対応力審査が終わり、今度は質疑応答による審査が始まったのだが、正直先ほどの審査とほとんど内容が変わらずあっさりと終わってしまった。
そもそも『対応力』『質疑応答』『答弁』これらはどれも似たようなものなのではないだろうか?
ああ、もしかしたら答弁は事前にテーマが決められていて、それについて発表するのかもしれないな。
前の世界でも、ミスコンで社会問題についてのスピーチが行われることもあるそうだし、それに似たようなことでもするのだろう。
俺知ってる、最後に『もちろん願いは世界平和です!』みたいなこと言って締めるやつだ。
答弁が始まる前に再び休憩が挟まれ、俺はレイスの元へと向かった。
「カイさん……随分と無茶をしましたね」
「ごめん、それレイスにだけは言われたくない」
「え?」
無自覚だったんですか貴女。
そんな天然毒舌な一面が垣間見えた彼女の元へ、一人の人物が歩み寄ってくる。
記憶が確かなら。審査員の一人でありレイスを知る人間、オインクの次に女性の身で議員となったという女領主だ。
「お久しぶりです、グランドマザー」
レイスの背後からそう声をかける女性。
その表情には、若干の戸惑いの色が見えるが、それでも微かな笑みを浮かべている。
歳の頃、五十代そこそこといった様子の女性。だがやはりその地位に見合うだけの風格を漂わせており、思わずこちらの背筋が伸びてしまいそうになる。
「やはり気が付かれてしまいましたか。お久しぶりです、クレア様」
振り返り、レイスは優雅に一礼をする。
今の姿がメイドだというのに、その様はまるでどこかの女主人のような堂々としたものであり、その外見とのギャップに驚いたのか、クレアさんが表情を崩す。
「風の噂で貴女があの街を去ったと聞きましたが、そのような恰好でなにをなさっているのでしょう?」
「ふふ、この街で少々接客のお仕事をしていたのですよ。今日は仕事終わりに見物に、と」
「接客、ですか……もしお仕事にお困りなようでしたら、私の屋敷で働くというのはどうでしょう?」
なにかのっぴきならない事情でもあると思ったのか、彼女は心配そうな瞳でそう提案をする。
だが、レイスはいつも通りの微笑を絶やさず、おもむろに俺の隣へとやってきた。
あ、やっぱり紹介しちゃいますかそうですか。
「いえ、こちらの方と旅をしている最中ですので、お申し出はたいへんありがたいのですが……」
「先ほどの……随分と破天荒な方のようですね。大丈夫ですか? 先ほどこちらの席にいた方々が剣呑な目つきをしておいででしたよ?」
「ご心配おかけして申し訳ありません。ですが、恐らく問題は起きないかと」
最悪起きたところで全部なかったことにしますから。
喧嘩をふっかけておいて、いざ本当に向かってきたら容赦なく消そうとする。まさしくクズの極み。
おおいに結構。こっちはいくらリュエが問題ない、気にしていないと言っても腸煮えくり返ってるんですよ。
考えてもみろ。
自分の家族が苛められて、それでも『大丈夫気にしてないよ』と言う。
そしてその言葉に納得し、なにもせずに傍観を決め込む。
そんな人間がどこにいる? いないだろうが。
それに近い心境なんだよ、こっちは。
「あら……貴方はもしや魔族では?」
「おっと、失礼しました」
しまった、また魔眼になっていたようだ。
するとレイスもまたひっそりと頭の羽を出現させ、自分もまた魔族なのだと告白する。
ああ、魔族同士だと思わせたほうがやり過ごしやすいのだろうか?
そもそも、彼女はもう隠す必要がない。ひとえにお忍びである俺のために合わせてくれているだけなのだから。
クレアさんは多少驚きはしたようだが、納得した様子だ。
「ふふ、どうりでいつまでもお美しいはずです。貴女のお噂は先代の領主から聞いていましたからね。一度その秘訣を探りにお会いしに行ったくらいですもの」
「ふふ、申し訳ありません。つまり、こういう事なのです」
「ついに、自分がついて行くべきお相手を見つけたのですね」
どこか寂しそうに、羨むように語る姿からは、純粋な祝福の意思が感じられた。
そして彼女はこちらへと向き直り、少しだけ表情を厳しくして告げる。
「彼女を、くれぐれもお願い致します。彼女を慕う人間は私をはじめ、大勢います。時にはその方達を頼り、すべてを賭して守り抜くと誓えますか?」
「もちろんです」
こればかりは即答させてもらう。
考える余地なんてどこにもありはしない。
その答えに満足したのか、彼女は最後にもう一度一礼して戻っていった。
するとレイスもまた、彼女の背中へとお辞儀をし、俺もそれに倣うように腰を折る。
本当に良い縁を持っているね、レイスは。
これも彼女の力の一つ、努力の証だ。
「本当に、私は大勢の方々に助けられていたのですね」
「そうだね。こりゃ俺も責任重大だ」
もうそろそろ休憩も終わるからと、彼女と再び別れ自分の席につく。
懸念していたサーディスのエルフ連中の接触もなく、今はこちらに視線を向ける意思もないようだ。
この後は答弁だそうだが、いったい何について答弁をするのだろうか。
「ではこれより答弁に入りたいと思います! テーマは『人生』です。持ち時間は五分、これは事前に通達しておりませんので、即興で行わなければなりません! では、少々不利になってしまいますが、男性部門より始めたいと思います!」
なんと厄介な。
むしろこっちの方が対応力のテストになるのではないかという審査内容だ。
恐らくトップバッターは先ほどの海の男、これはなかなかに厳しいぞ。
そして、観客の拍手の音に導かれ、青い顔をした男性が現れるのだった。
「以上で、僕の答弁は終了です。ありがとうございました」
「はい、では男性部門最後の一人の答弁が終了したわけですが……先ほどの対応力テストで鋭い質問の数々を繰り出したメイドさん、感想をどうぞ」
男性部門最後の一人、恐らくまだ二十歳にも満たないであろう青年の発表が終わり、司会のお姉さんはなぜかレイスに感想を求めた。
こういうのは審査員席の皆さんに聞くべきだが――確かにこっちの方が面白そうではある。
俺もつい、期待を込めて彼女の言葉を待つ。
「先ほどから時間を計っていたのですが、全員持ち時間の五分をかなり余らせていましたね。即興で五分間のスピーチというのは難しいとは思いますが、何か話題を膨らませる、話の構築を途中で組み替える、などの力が足りていなかったのかもしれませんね」
「なるほど……鋭い指摘ですが、たしかのその通りでしたね。となると、この後の女性達はやはり有利とお考えですか?」
「多少は。ですが、この土壇場で無理に考えると、今度は逆にタイムオーバーや緊張によるミスが目立つ可能性もあります。やはり求められるのは臨機応変な対応能力と、確かな話術、経験がものを言うでしょうね」
誰か彼女の席に『解説』ってプレートを立ててきてください。完全に『どうでしょうか、解説のレイスさん』状態だ。
そして今のやり取りを聞いているであろう待機中の女性陣の皆さん、心中お察しします。
開始前に揺さぶりをかけるとか、なかなかやるじゃないですか。
だがしかし、その揺さぶりを一番受けているのは、恐らくこの後すぐに出てくるであろう我らがリュエさんですよ。
すると、そのタイミングで脳内に電子音が鳴り響いた。
すぐさまメニューを開いてみると、やはりメールを一つ受信している。
差出人は勿論レイス。
『どうしましよう つぎにでてくるのはりゅえでした だいじょうぶでしよか』
完全に忘れていたんですね。
そして相変わらずタイピングが苦手なんですね、文面が可愛いです。
とりあえず『なるようになるさ』と返事を打ち込む。
さて、いよいよ女性部門の始まりだ。
「では、女性部門を始めたいと思います! テーマは先ほどと同じ『人生』では最初の方の登場です!」
大喝采に迎えられながら、堂々と現れるリュエ。その表情には一切の迷いがなく、先ほど真っ赤に染まった顔も今は元通り。
表情をキリリと引き締めた彼女が、自信満々な様子でセンターマイク前に立つと、ピタリと拍手が止んだ。
「人生という尺度は、種族や人、そしてその人の生き方次第で大きく変わると思います」
彼女はそう語り始めた。
確かに、この世界では種族や個人の力の大きさで寿命が変動する。故に、人生観の違い、多様さは前の世界よりも遥かに上だろう。
「私は見ての通りエルフです。そして私のこれまでの長い年月は、一人狭い世界で生きるというものでした」
彼女のその告白に、一瞬だけ観客がざわめいた。
「ですが、時を過ごす事と、生きるという事はイコールではないと、私は考えます」
俺はただ、彼女の言葉に耳を傾ける。
いつもと違うその彼女の面持ちと声色に、これが普段聞くことが出来ない彼女の本音なのだと認識を改める。
観客に向けた言葉ではあるが、俺にはそれが自分に向けられたもののように感じられた。
「ですので、私が本当の意味で人生を歩み始めたのはごく最近……孤独だった私を外の世界へと連れ出してくれた仲間との出会いが、私の人生の第一歩だったのだと思います」
待ちなさい、ここはステージの上で大勢の人間が注目してるんですよ、お兄さんに人前で泣けと仰いますか貴女。
……あ、でももう泣いてる人いますね、レイスさんハンカチが手放せないようです。
「つまり、私はまだ人生を歩み始めたばかりの若輩者。その私がこのような場でそれを語るのはおこがましいと思いますが、それでもこれだけは言いたいのです。人生とは、いつ終わりがくるか分からない不確かなものです。ですが、始めなおすことも、始まりを定めることも出来る、自由で素晴らしいものでもあると。だから私は今生きていると、人生を歩み始めたのだと声高らかに叫びたい。かつての自分に、もうすぐこんな素晴らしい人生が待っているのだと教えてあげたい!」
まるで人生讃美歌。
彼女にこんな一面も隠れていたのかと、正直驚きでいっぱいだ。
だが同時に、そんな意見を苦々しく思う人間だっている。
『つまらない』『くだらない』『うまくいったやつの結果論だ』。
そんなマイナスのイメージを持ち、今まさに絶望の中にいる人間だって確かにいるだろう。
だが、そんなことは彼女だって承知のはずだ。
誰よりも人生の不遇を、絶望を知る彼女がそれを考慮出来ないわけがない。
それでも、そんなものは関係ないと、今素晴らしい人生を過ごしているんだと、そんな瞬間が待っているのだと言い聞かせるように彼女は語り続ける。
次第に、会場が彼女の力ある言葉に惹きこまれ始める。
彼女の語る出会いと旅立ちの話に、そして歩み始めた新たな人生に共感し始める。
観客もまた、やがて現れるかもしれない人生の伴侶を夢見ているのか、それとも今失意の底でかすかな希望を抱いたのか、彼女の言葉を、次に語られる話を待ち望んでいるかのように顔を上げ始める。
楽しそうに、本当に嬉しそうに語る彼女を、つい時間を忘れて見つめている観客達。
しかし、彼女はしっかりとそれを覚えていたのか、終わりを切り出す。
『そろそろ時間です。最後にこの会場にいるすべての方々におおいなる感謝の気持ちを捧げ、私の答弁を締めくくりたいと思います。皆様、ご清聴頂き誠に感謝致します』
そう最後に告げ、彼女は深くお辞儀をする。
その瞬間、今度こそ鼓膜が破れてしまったのだと錯覚した。
音の爆弾が炸裂し、その空気の波がびりびりと胸を打つ。
審査員席ではクロムウェルさんが顔を突っ伏して震えており、クレア議員が深く頷き、ゴルドと呼ばれた元冒険者の議員がその剛腕を叩き合わせていた。
サーディス大陸からの来たエルフ達も、そやや不満そうな顔をしているがそれでも拍手を贈り、またダークエルフと思われる男性は席から立ち上がりものすごい速度で手を打ち鳴らしていた。
……クールそうな外見だったんですけどね、あの人。
惜しまれつつもステージから去る彼女へと、最後にもう一度大きな拍手が贈られた。
これは今度こそ決まったな。
「い、以上リュエさんの答弁でした。なんとかかった時間は五分ジャスト、見事なペース配分です! 途中から審査だということを忘れてしまっていましたが、どうやら彼女はしっかりと審査を意識した上で素晴らしいスピーチをしてくださったようです!」
あ、これはタネがわかったぞ。
リュエ、メニューを開いて時計を確認していたな?
あれは誰かに見せる意思がないと、他人には見えないからな。
うむ、使い方次第でメニュー画面は色んな事に応用が効きそうだ。
とその時、再び電子音が脳内に鳴り響いた。
レイスが感想でも伝えようとしたのかと思い開いてみると――
「……差出人、リュエだと?」
そして間髪入れずもう一度電子音が鳴る響く。
今度の送信者もリュエだ。
『間違えて送信しちゃった。見ちゃだめだよ』
……その言葉を無視して最初に送られてきたメールを開く。
そこにはびっしりと先ほどのスピーチ内容が書かれていましたとさ。
原稿をメールに書いて読んでいただと……!?
た、短時間で考えたのは凄いと思うよ、うん。
(´・ω・`)ずるっこ