百二十三話
(´・ω・`)番外編にクリスマスにちなんだ閑話を投稿しました
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そこから残りの女性陣の紹介が始まった。
だが、会場の熱気はすでに最高潮まで上り詰め、観客の心もすでに決まっているように感じられた。
レイスと顔を見合わせて再びステージへと視線を向ける。
脇のほうで自己紹介を終えたリュエが、目を閉じ澄ました表情で静かに佇んでいる。
それが、あまりにも普段の様子からかけ離れており、ついもう一度レイスと顔を見合わせてしまう。
……確かにあれはリュエだ。俺が想像し、求め、理想として作り上げたイメージをそのまま具現化したような神聖なる騎士そのものだ。
あまりの美しさに、俺はつい数刻前にレイスに抱いた『出場したら間違いなく優勝する』という評価を改めなければならない程だ。
甲乙つけがたし、改めて俺はとんでもない二人と共に旅をしているのだと実感したのであった。
「今年はすげぇな……もう決まりじゃねぇか」
「悔しいが今年は他の大陸にミスセミフィナルを持って行かれちまうな」
近くの声を聞いても、皆似たようなことを話していた。
女性陣ですらうっとりとした表情でステージの脇、佇むリュエへと視線を向け、ため息をつく始末。
いやいやいや、つまりリュエは俺達に特大のサプライズを用意するためにここ数日隠れて動いていたのか。
なかなかやってくれる。
「あ、初日に屋台に来てくださった方ですよ」
「お?」
次にステージに現れたのは、今日も来てくれた娘さんの友人の一人だった。
やや日に焼けた健康的な肌に、スラリと伸びた手足、引き締まった脚線美。
自分のプロポーションを最大限活かす大胆な衣装に身を包んだ彼女の登場に、会場が再び沸き立つ。
男だからね、仕方ないね。
「彼女の身体は鍛え磨き続けた人のソレですね。正しく自分を評価し、磨き上げた良い身体です」
「なるほど……」
レイス先生のチェックが冴え渡ります。
彼女のいつもと違ったその顔が、なんとも新鮮だ。
やっぱり女の園を取り仕切っていた時代が長いせいか、こういう場面ではつい厳しくチェックしてしまうんだろう。
惜しまれつつもステージを去った女性。そして次に現れたのはこれまた初日に訪れた子だった。
うーん、どっちかというと美人コンテストというよりも美少女コンテストに出たほうがいいような気もしないでもない。
やや背が低く、まだあどけなさの残る顔つき。
だが、逆にそれがいいという大きなお友達もいそうな佇まいだった。
さて、レイス先生の評価はいかに。
「少し血色が悪いように見られますね……今後の発育に影響も出るやもしれません。今から気を使えば間違いなく先ほどの女性と比肩するほどになるかと」
「確かに可愛らしい顔だしな、あの子」
レイスと見るのが楽しすぎる。
だが、そんな楽しく見ていたこのイベントだが、次の出場者の名を聞いた瞬間、微かに俺の心がざわめいた。
レイスは恐らく知らない。だが俺は知っている。そして、クロムウェルさんとリュエもまた、知っている。
「では最後の出場者に移りたいと思います! サーディス大陸サーズガルド王国王都『ブライトネスアーチ』から! なんと本日来賓して下さった方のご息女、王家の血を引く――」
ぞわりと。
一瞬だけ全身を駆け巡る得体のしれない感覚に鳥肌が立つ。
得体のしれない? なに言ってんだ、慣れ親しんだ感覚だろうに。
久々に、本当に久々に、心の底から湧いて出た純粋な感情。
アーカムの時にすら感じなかった、憎悪ですらない理不尽な感情。
純粋な破壊衝動が駆け巡る。
「レイラ・リュクスベル・ブライトさんです!」
現れたのは、金と言うよりも黄金と形容したほうが相応しいほどの髪色の、長い髪をなびかせた一人の女性。
まるで、子供が思い描く理想のお姫様を体現したかのような、純白のドレスに身を包んだその姿は、確かに息を飲むほど美しい。
最初のリュエ同様、一瞬にして会場が静まり返る。
「サプライズとして、本日ギリギリまで彼女には秘密の参戦者として待っていてもらいました! では、意気込みのほどをお願い致します」
「ご紹介に預かりました、レイラと申します。王家の血を引くと言われましても、細分化した初代国王様の血の一部しか引いていない身。ですが、初代様の、ブライトの名に恥じぬよう精一杯励みたいと思います」
鈴のような、ガラスで出来た鈴のような涼やかな澄み渡る声が会場に響き渡る。
その姿と相まって、より一層会場が鎮まり返り、リュエの時のような声援の爆発すら起きる気配を見せなかった。
「凄いですね……あれが王族に連なる方の美しさですか……ですが、リュエも負けては――カイさん?」
「……どうした、レイス」
「その……目が魔眼に」
指摘され、慌ててメニューから解除する。
無意識にここまで力が入っていたとは。
いやはや、やっぱりまだ一方的に恨んでいるのかね、俺。
まぁ当然だが。
そして俺は、一番の気がかりであるリュエへと視線を向ける。
恨んでいないと、大丈夫だと言っていたが、果たして……。
「カイさん……また目が、あ、ダメです角まで」
うつむいていた。
遠くてその表情を窺い知ることは出来ないが、確かに彼女はうつむいていた。
それだけで、十分だ。
そうだよな、当然だよな。
……俺は改めて、この旅の目的の一つを定めるのだった。
「いやつい力が入ってしまった」
「そう、ですか……まさか、サーディス大陸の王家というのは……」
「ノーコメントだ、レイス」
レイスはリュエの事情を知っているが、かつての氏族の名を、そしてエルフの国の成り立ちまでは知らなかったのだろう。
こればっかりはリュエが口にしない限り俺も話すつもりはない。
だが、恐らく俺の態度ですべて察してしまったのだろう。
彼女もまた、心配そうに自分の姉へと視線を向けるのだった。
「……あの、カイさん……リュエ、寝てるみたいですよ」
「……は?」
もう一度見ると、確かに彼女はうつむいて……頭がこくりこくりと揺れているんですが。
すると、ハっと頭を上げ周囲を見回しホッとした表情を浮かべている。
……そういえば今日は早く起きた上に、したごしらえの手伝いまでしてくれましたね貴女。
俺は一気に脱力すると、隣にいたレイスについしなだれかかってしまう。
「はぁ~……なんだよ俺はてっきり泣いてるのかと……」
「い、一応目をこすっていますよ?」
「どう見ても寝ぼけ眼です本当にありがとうございました」
よかった、主に俺の精神衛生的に。
いや本当久々に心の底からほっとしましたとも。
……いやぁ、今後の活動に大きな支障をきたすレベルの大惨事を引き起こすところでしたよ。
本当に、本当によかった。
全員の自己紹介が終わり、改めて男女すべての出場者が壇上へと上がり一礼をした後、一同は舞台の裏へと消えていった。
ここから一人ずつ自己アピールをするため、準備のための時間をとるようだ。
会場も一時休憩となり、俺は早速クロムウェルさんの元へと向かうことに。
貴賓席にいた人間もまた、普段会うことが出来ない相手への挨拶周りでざわめく中、なんとか彼の前までたどり着いた。
「お久しぶりです、クロムウェルさん」
「カイヴォン殿……いや驚きました、まさかこんな」
「俺も知らなかったんですよ。本当驚きです」
「なるほど……しかしセミ……リュエ様が幸せそうな様子で安心致しました」
一瞬、苗字を呼ぼうとして言い換えた彼の様子に、俺は不穏なものを感じた。
数瞬の思考の末、彼の背後に目を向けると、数人のエルフがこちらの様子を窺うように視線を向けていた。
髪の色は先程の彼女と同じく黄金、色素の強い金髪だ。
だが少しすると興味を失ったのか、その人物は去っていった。
クロムウェルさんの反応に、俺は嫌な予感が、非常に不愉快な予測を立ててしまう。
「クロムウェルさん」
「っ!? な、なんでしょう」
「サーディス大陸には、なにかお伽話でも伝わっているのでしょうか?」
俺がそう言うと、彼だけでなく、レイスまでもが僅かに肩を揺らす。
彼女もまた、俺と同じ結論に至ったのかもしれない。
いや、むしろ彼女のほうが先に気がついていたのかもしれない。
人の顔色読む、そして考察し観察するのは彼女の得意分野なのだから。
「……はい。毎年、季節の変わり目に鎮魂祭が行われております」
「鎮魂祭、ですか」
「……楽園を氷の呪縛で覆い、エルフ達を追いやった魔女……セミエールの魔女の怒りを沈める日です……」
「……ふぅん」
ふぅん。
へぇ。
ほぉ。
「カイさん……どうか落ち着いて下さい……」
「んー? どうしたレイス、そんな顔をして」
うっすらと涙を浮かべこちらを見上げるレイス。
「カイヴォン殿……申し訳ありません、申し訳ありません……」
そして、頬を引きつらせ呼吸が荒くなっているクロムウェルさん。
どうしたんだ二人共。
なにをそんなに焦っているんだ。
大丈夫、なにもしない、なにもしない、なにもしない。
大丈夫大丈夫大丈夫、俺は落ち着いている。
「角が……目が……翼まで……」
「ああ、解除解除解除」
「リュエ様には、すぐに大会を辞退して頂くように言った方がよろしいかもしれません……幸いにしてセミエールの名は伝わっておりますが、リュエ様の名は伝わっておりませんので……」
「……そのほうが、いいのかね」
けれども、彼女は俺達を驚かそうと、密かに準備を進めていた。
それを、それを、俺の口から止めろと、それもあんな連中のせいでそうさせなきゃいけないなんて。
納得出来るか。そんなこと出来るか。けれどもこのままではリュエが傷ついてしまう可能性があるのも事実だ。
……どうすればいいんだ、俺は。
そんな時だった。
目の前のクロムウェルさんが息を飲み俺の背後へと視線をずらした。
俺も振り返ると、そこには――
「やぁカイくん。見に来てくれたんだね?」
彼女がいた。
いつものように屈託のない笑みで語りかけてくる彼女がいた。
「あ、ああ。びっくりしたよ本当に。それに、凄く素敵だ」
「はい、まるで別人のようで驚いてしまいましたよリュエ」
「ふふん、そうだろうそうだろう?」
満面の笑みで、我が家の大切な聖騎士様が満足そうに頷く。
そんな姿を見てしまうと、俺にはもう彼女を止めることが出来そうにない。
それはきっと、クロムウェルさんも同じはずだ。
「クロムウェル君も久しぶりだね。どうかな、似合うかな?」
「ええ、とてもよくお似合いです。まさに我々の信仰する救済の女神そのものです」
「よ、よしておくれよ、照れてしまう」
だが、そんなリュエが唐突に表情を抑えて俺に告げた。
「私に、大会を辞退して欲しいんだね?」
「……なぜ?」
「さっき、控室で彼女とお話したんだ。そしたらこう言われたよ」
控室で、話をした? まさかあの王族の血を引く女性と?
なんと言われたのか、それを聞きたいと思う強い気持ちと、聞いてはいけない、なにか取り返しの付かないことを仕出かしてしまうかもしれないという気持ちがせめぎあう。
だが無情にも、彼女の口からそれを聞いてしまった。
「『貴女の心の強さと、その気高い魂に敬意を評します。さぞや辛かったでしょう』と。最初はなんのことなのかわからなかったんだけどね」
それはなにに対しての賞賛なのか。
まさか、リュエが一〇〇〇年間の孤独を味わったことへの? いや、その本人だとはまさか思っていないだろう。
ならばなにに対してなのか。
「『魔女の白髪を持ちながら、こうして表舞台に立つなんて……私の祖国では考えられませんもの』だってさ。白髪って縁起が悪いものらしいよ」
そうあっけらかんと言い放つ彼女の表情には、なんの陰りも、後ろめたさも、卑屈さも感じられない。
だからこそ、俺の胸にこれまで感じたことのない痛みが走る。
鋭い、深い、重い、猛烈な痛み。
一瞬思考がぶれ、ふらりと立ちくらみをおこしそうになるほどの衝撃。
……なぁ、なんで笑っていられるんだよリュエ。
おかしいだろ、ありえないだろ、なんで平気そうなんだよ。
「ねぇ、私は負けないよカイくん」
再び、思考が真っ赤に染ろうとしたその時、まるで子供をあやすような声で彼女が語りかけてきた。
「え?」
「私は負けない。さっき誓っただろう? 今日は絶対に無様な姿は見せない、絶対優勝するって」
「リュエ……」
「カイくん、私を甘く見ちゃいけない。今の私はたぶん、世界で一番心が強いからね。これくらいどうってことない」
微笑んでいた彼女の瞳が、にわかに猛烈な炎を宿したように見えた。
蒼空のごとき瞳を、まるで灼熱の赤に染めるようなその意志の強さに、思わず息を飲む。
ああ、思い出した。
俺はかつて一度だけ、彼女のステータスを覗いたことがあった。
確かに存在していた彼女が秘めているアビリティ、それは――【不屈】。
どんな困難にも、どんな障害にも決して屈さない強さ。
万難を退け、己の意志を貫く、単純だがなによりも強い心。
そうだ、今思えば彼女の精神力もまた『99999』とカンストしていた。
一人で封印に力を削がれていた時とは違い、今の彼女はまさしく万全。
俺が心配するまでもなかったのか。
「リュエ……貴女はそこまで強かったんですか」
「うん、お姉ちゃんっていうのは強い生き物なんだよ」
「リュエ殿……勝って下さい、絶対に。我らリヒトが信仰するセミエールの女神は、誰よりも気高く美しいのだと!」
「まかせておくれよ。私は今日たっぷり賞金をもらって、それでこの街のノルマを達成するんだ」
「……はい?」
「いいかい、今のところ私がカイくんより先に宿代を稼げたのはマインズバレーだけなんだ。だから今度こそ私が勝たせてもらうからね? ふふ、屋台大会の結果発表は今日の夜だけど、このコンテストが終わるのは――」
待って、精神力が強いっていうか、そもそも見ている場所が違うんですが。
君こだわってるのそっちなんですか……まぁもはや他のエルフなんて眼中にすらないっていうのは頼もしくもあるんですけどね……?
(´・ω・`)本当の意味で一番強いのは間違いなく彼女です