百二十ニ話
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行列がさばかれて行いき、ようやくギルド裏手の大演習場へとたどり着く。
以前からステージの建設が行われていたが、今ではそのステージを囲むように観客席が設けられ、さらには立ち見用の高台まで設置されていた。
そしてそれら全てが、大勢の人で埋まってしまっていたのであった。
俺達が案内されたのは、どういう訳か貴賓席のすぐ側の絶好のポイント。
受付でギルドカードを提出したので、もしかしたら高ランクの人間はこういう部分でも優遇してもらえるのかもしれない。
理由はどうあれせっかくの席だ、楽しまなくては損だ。
「カイさん、貴賓席の方を見て下さい。あの大きな身体の年配の男性がオインクさんの右腕と言われている古参の議員です。今は引退した身ですが、冒険者なんですよ」
「……まさか、知り合いだったり?」
「はい。私が冒険者として活動していた時代、新人研修の引率として就いた事があります。向こうは覚えていないかもしれませんが」
改めて思う。
やっぱりグランドマザーの名は伊達ではないんだな、と。
こういう時のレイスは、俺よりも遥かに年上の大人の女性という感じで萎縮してしまいそうになる。
今こうして隣にいてくれるのが幸せだと思う反面、ちょっとだけ恐れ多い。まぁそれ以上に誇らしい気持ちでいっぱいなんですけどね。
うちのレイスは凄いんだぞ、なんてちょっと子供じみた気持ちが湧いてしまうんですよ。
一応、自分も魔王とか公爵とか肩書は持っているけれど。
「その隣の女性は、オインクさん以外で初めて女性で議員に任命された方です。この大陸の南にある港町一帯の領主を務めているそうですよ。以前一度私のお店に来てくれた事がありますので、私が出場していたら騒ぎになっていたかもしれませんね」
「やっぱり知ってる人間もいるんだな……それにしても詳しいなレイス」
「商売柄、どうしても有力者や権力者の方達と顔を合わせる機会が多かったので……ですが、それ以外の方はどうやら大陸外の方のようですね」
ふむ、となるとエンドレシアか、はたまたサーディスから人がきているのかね?
その顔ぶれを見てみると、確かに何人か耳の長いエルフ族の方々も列席している。
それになんと、その中にエルフと同じ長い耳を持ちながら、褐色の肌を持つ人物までも!
おお、たぶんあの人は男性だと思うが、確かにダークエルフだ。ちょっと感動。
そして視線を動かしていくと……。
「え? クロムウェルさん?」
他のエルフ族とやや席を空けて、一際年老いた見覚えあるエルフの男性の姿が。
あれは間違いない、マインズバレーのギルドで支部長を務めているクロムウェルさんだ。
「お知り合い、ですか?」
「ああ、前にお世話になった人だよ。昔、リュエと一緒にエンドレシア大陸の森の中に残ったエルフの一族で、リュエの元で生まれたそうだよ」
「まぁ……! では、リュエの仲間、家族のような人なんですね」
「確かにそういう認識でいいんじゃないかな」
貴賓席が近いので、ダメ元で軽く手を振ってみる。
すると、向こうもこちらに気がついたのか、驚いて席から立ち上がってしまった。
いやぁ奇遇ですねクロムウェルさん、お久しぶりです。
挨拶は後でするとして、今はこの催しに集中だ。
すると、丁度ステージに職員の女性が現れた。
「皆様、本日はようこそお出で下さいました! それではこれより、セミフィナル美男美女コンテストを開催したいと思います!」
その開幕の合図に、観客席が爆発したかのような歓声を上げる。
俺は経験したことがないが、アイドルのライブ会場のような熱気だろうか?
こちらまでその熱気にやられてしまいそうだ。
「では、昨年度のミス・セミフィナルであるコーネリアさんと、ミスター・セミフィナルである――」
壇上では、昨年度の優勝者によるティアラ、クラウンの返還の儀が行われている。
女性の方は水色がかったロングヘアをなびかせた、優勝者の名に恥じない美貌の持ち主で、男性の方もまた、まるで物語から飛び出してきた王子様のような金髪の爽やかな青年だった。
ううむ、絵になる二人組だ。
「綺麗な方ですね、とても」
「それはレイスの方が綺麗だよと言わせる振りと認識してよろしいか」
「もう!」
あ、痛いやめて、手の甲つねるのやめて。
照れ隠し、照れ隠しなのか!?
「カイさんの方がかっこいいです。あの方の百倍は素敵です。一緒にいられて私はとても幸せです」
「や、やめてくれ謝るから。凄くくすぐったくなるからやめてくれ」
「わかればいいんです」
ふいに、近くの観客から殺意の篭った視線を感じた。
すみません、今のは純粋に俺が悪かったです、素直に謝ります。
とそこで、ステージの方で動きがあった。いよいよ出場者の入場のようだ。
「では、これより出場者の紹介に移りたいと思います! まずは男性部門!」
すると、近くの男性客から不満の声、ブーイングが漏れだす。
気持ちはわかる、気持ちはわかるぞ! だが一方で、やや離れた場所で固まっていた女性客からは黄色い声援が上がる。
いやぁ、本当にあんな声援送るんですね、ちょっと驚きです。黄色いってこういう感じなのか。
少しレイスの様子を覗ってみると、何やら真剣な目でステージを見つめている。
そのまるで自分も審査員の一人にでもなったかのような表情に、少しだけ苦笑いを浮かべてしまう。
レイスチェックは中々に厳しそうだ。
「エントリーナンバー一番! セミフィナル大陸港町エンディア出身の船乗り――」
登場してくるのは、いずれも美丈夫、美男子、そしてダンディな男性と、男の目から見ても納得の人物ばかりだった。
出身地はミスターセミフィナルの称号をかけているにも関わらず、エンドレシア、そしてサーディス、果てにセカンダリアからも来ているようだった。
まぁ、ナオ君がこっちまで来るくらいだ、他にセカンダリアの人がいてもおかしくはないのだが。
「やっぱりファストリアから人はこないんだな」
「ファストリアとの交流は完全に途絶えているそうですからね」
いつかこの足で立ってみたいものだ。
そしてついに、待ちに待った女性部門ミス・セミフィナルの出場者紹介の時がやって来た。
期待が目に見えるくらい膨らんでいる会場の様子に、こちらまで舞い上がってしまう。
やや身を乗り出し、思わず目をこらす。
今度武器を出していなくても[五感強化]を使えるように、何か上等なアクセサリーを探してみるか。
ああ、ついでに[詳細鑑定]も――
「エントリーナンバー一番! エンドレシア大陸の北の田舎出身――」
「北の田舎て。名前もないくらいド田舎から来た人なのかね」
「素朴な感じで好きですよ、私は。どんな方なんでしょうね」
俺と同じく、その紹介に微笑ましそうな表情を浮かべている観客達。
あれか、勝手なイメージだけどこう、赤毛でゆるくおさげにした、ちょっとだけそばかすの浮いた可愛らしい女の子でも――
「なんと白銀持ちの冒険者! リュエ!」
「ふぁ!?」
「ふぇ!?」
ステージ袖から現れたのは、純白の髪をなびかせながら現れた一人のエルフ。
え? あれうちの子ですよ、うちの娘ですよ!
他人の空似じゃないよ、間違いなく我が家のリュエさんですよ!?
なにしてんの!?
隣のレイスも困惑気味だ。だが、少しだけ見惚れているようにも見える。
あ、そういえばレイスはあのドレスアーマーを着た姿って見たことなかったっけ?
最近はローブかブラウスばっかりだったし、初めて会った時もまだ寒かった所為でローブ上から羽織っていたし。
「素敵です……さすがです、リュエ」
「確かに、俺の理想像というか、本来の姿だからなぁあれ」
心なしか、その表情までもがいつもと違うように見える。
キリっと引き締まった頬と瞳。
綺麗な白髪はしっかりと編み込まれてハーフアップに。
そして、その編み込み部分に俺がプレゼントした、綺麗に磨き上げられたベレッタがあしらわれている。
相変わらずの白と白銀のドレスアーマーは、彼女のために作られただけはあり、その面差し、髪色とこれでもかというくらいマッチしていた。
腰にはなんと、武器の持ち込みが許されているのか『神刀 龍仙』まで下げられている。
白銀の中に混じる淡い水色が、いいアクセントになっていた。
……確かにこれは見惚れるな。
「……女神様だ」
「すげぇ……すげぇよ」
近くの観客から、そんなうめくような小さな呟きが漏れだす。
会場全体を見渡してみても、先程までは出場者が一人現れる度に爆発のような歓声が湧いていたというのに、今は逆に爆発の後のような静けさだ。
そんな様子を他所に、壇上では軽い質疑応答が行われている。
「リュエさん、本日のコンセプトはどういったものなのでしょうか?」
「私は本業が聖騎士ですからね、本日はその装備一式を揃えてみました。儀礼用の側面が強いのですが、この場に出るのならば、と」
「なるほど……相当な一品と見受けられますね。先日の二次審査では、恥ずかしそうに仮装審査に臨まれていましたが、やはり貴女は堂々としてこそです」
「……あれは恥ずかしかったですね、本当に」
誰ですかあの人。
大人の対応というか、本当にどこぞの騎士さんのような丁寧な物腰に、実はリュエじゃないんじゃないかと疑ってしまいそうになる。
「……カイさん、彼女私の姉なんですよ」
「奇遇だな、彼女俺の娘みたいなものなんだぜ」
なぜ自慢気に言う自慢気に。俺にとっても家族も同然だというのに。
だがそれくらい、誇らしいのだろう。俺だってそうだ。
貴賓席の方を見れば、ほぼ全員息を呑むような表情をしている。
中でもクロムウェルさんは、普段の威厳をどこかへ放り投げたかのように口をあんぐりと開けてしまっている。
仕方ないね。
「では最後に、今日の意気込みをお願いします」
「わかりました。本日はもしかしたら、私の大切な家族、そして仲間が見に来てくれているかもしれません。ですので、絶対に無様な姿は見せないと、そして優勝をこの手に掴むとここで誓わせて貰います!」
その瞬間、ついに静まり返っていた会場が、特大の爆弾でも放り込まれたような歓声を上げるのだった。
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