百二十話
(´・ω・`)ごめんね
少しして、レイスと店番を交代した俺は行列をさばきながら在庫の数を確認していた。
残りの数と行列を見比べて、俺は声を張り上げてお客さんにお知らせをする。
「今並んでいる方までで売れ切れです! 少々お待ちください!」
最後尾に売れ切れをしめすのぼりを設置し、新たなお客が並んでしまわないようにする。
本当はもう二、三個余裕があるのだが、不測の事態や団体の客が来た時に対応出来ないので已む無しだ。
「お待たせしました、パンアイスです」
「お、すまねぇな」
「…………」
並んでいた男性客に商品を受け渡しながら俺は絶句する。
ゴトーさん、なぜいるし。
アルヴィースの街で別れた、俺の補佐をして下さったあの筋骨隆々のヒューマンの男性が、満面の笑みアイスを頬張る。
……シュールだが、これはまずい、バレるんじゃないか俺。
「うめぇな……おいアンちゃん、こいつは明日からどこにいきゃ食えるんだ」
「……ギルドの方にレシピを売る予定となっております」
「そうかギルドか……仕方ねぇ、たまには本部にも顔出しとくか……」
バレませんでした。
いやぁ……ほぼ毎日顔を合わせていたからヒヤヒヤしたが、そういえばずっと魔王ルックでしたもんね。
でもそれってあれですよね、完全に俺本体じゃなくて翼と角で認識してたって事なんですよね?
それはそれで悲しい。
ともあれ、無事に全ての客をさばき終え、屋台大会におけるパンアイスのすべての業務を終えたのだった。
「レイス、こっちはもう終わったからアイス分の売上チケットを提出してくるよ」
「わかりました。こちらはそうですね……時間的にそろそろお昼時ですし、その頃には売れ切れると思います」
「了解了解、じゃあここは任せた」
さてと、大会本部はどこだったかな。
先に全てを売り切ってしまったカイさんが去るのを見送りながら、私は今回の出店大会を振り返る。
初めはそう、私の思い出作り、ある種の記念も兼ねた三人の共同作業のつもりでした。
けれども、段々とカイさんがのめり込み、私も久々に開店当初の模索しながらやりくりしていた時代を思い出し、割りと本気で商売人としての思考に切り替わっていきました。
さすがにカイさんほど容赦のない方法は思いつきませんでしたが。
けれども、こうして同じ事を経験し、そして私の迷いや葛藤を晴らす出会いにも恵まれた。
これは、私の財産だ。本当によかった、少しだけわがままになって。
今まではたぶん、どこか後ろめたさがあったのかもしれない。
自分が抱える問題が、彼の重荷になってしまうのでは? と。
けれどもそれが取り払われた今、本当の意味で私はカイさんと共に歩めると、そう思うことが出来た。
あの時の女の子が、きっとその最後の一押しをしてくれたのかもしれませんね。
「今日は肉巻きおにぎりとな。随分バラエティーに富んだメニュー構成だねお姉さん」
「あ! 先日はお世話になりました」
とそこへ、今考えていた人物が現れます。
今日はあの男の子と一緒です。
「む……あのコーヒーはないのか……」
「あ、あれは昨日で売れ切れてしまったんです。ごめんなさいね」
「是非ブラックで飲みたかった……」
ふふ、実は淹れていない豆……ドングリですけど、チップの状態でならまだ少しあるんですよね。
後でカイさんに淹れてあげようと思っていましたが、少しならわけてあげてもいいですよね。
「お二人とも買ってくださるなら、ドングリのチップをこっそり分けてあげちゃいます」
「商売上手だなお姉さん。よし、買うか」
「確かにこの匂いはヤバイな、祭り感が凄い」
「ふふ、自慢のタレですから」
私は手早く、プレートの隅で保温していたらんらんロールを高火力の中心部へと移動させ、タレをかけてからませていく。
じゅわじゅわと沸騰しながら水分が飛び、とろみがついてきたところでお肉へとまんべんなくまとわせる。
もうすっかり手慣れてしまい、今では同時に八個くらいは仕上げ可能です。
……カイさんは二◯個くらい談笑しながらやってしまいますけど。
「やっぱり懐かしいな……うちらのところでも作り始めるか? 醤油」
「……お前が掛け合え、俺が口出すとさすがに違和感がやばい」
「だよな、近衛隊長殿」
「どうしてこうなった……」
もう少し、もう少しです、お肉の脂身に調味料が染みこみ、飴色に透き通り始めてからが勝負です。
さぁ、ここでひっくりかえすと丁度綺麗な焦げ目がつくんです。
「出来ましたよ。らんらんロール、二つで七◯◯ルクスです」
「まさかの商品名である。やっぱりあいつの管轄だからなのかねぇ」
「どうだろうな……顔、出しとくか?」
「いや、今回はお忍びだ」
お忍び……? もしかして元貴族や議院さんの娘さんでしょうか?
ふふ、さしずめお転婆なお嬢様と、お付の幼なじみの騎士見習いといった所なのかもしれませんね。
なんだか物語でも始まりそうな二人の身の上を勝手に想像してしまいます。
これは私のクセですね。誰かと話す時は、その人がどんな人なのか想像してしまう。
それが、私の接客の一番の楽しみだったりします。
あちこちに動けなかったからこそ、各地から来た人がどういう人なのか夢想する。
それが、今では自由に旅をして、こうして旅先でも自分の好きな事が出来る。
それがどんなに幸せな事か。
「……うまいな、これ」
「……そうだな、うまいな」
「お口に合いましたか?」
っと、つい考えにふけってしまいました。
二人は渡されたらんらんロールを大きな口をあけてかぶりつきましたが、どこか不思議そうな顔で首をひねっていました。
少し心配になってしまいましたが、口から出た言葉は賞賛。ほっとした反面、彼女たちの様子に疑問を持っていまいました。
「うまい、本当に大好きな味だ。酒も欲しくなる」
「また酒か……たしかに美味しい、いくらでも食べられる味付けだ」
「よかった、お二人とも不思議そうな様子だったので、心配してしまいました」
「ああ……いや、すまんねお姉さん。すごく美味しかったよ」
「出来ればこのタレとか売ってくれたりは?」
「すみません、一応商売道具なので……」
「だよな。いや悪かった、じゃあ俺達はこれで失礼する」
不思議な様子の二人が去ろうとしたので、私は慌ててドングリチップを取り出します。
忘れていました、これを分けるって約束でしたからね。
「どうぞ、受け取ってください。淹れ方は大丈夫ですか?」
「あ、そうだった。問題ない、コーヒーを淹れるのは得意なんだ」
「そして出来上がる汚泥コーヒーですね、わかります」
「あれはフィルターが破れていただけだ!」
「ふふ、ブラックでも美味しいですよ、私が保証します」
「ああ、じゃあ本当にありがとう。俺達は今日でこの街を離れるから、これでお別れだな」
「いやぁ来てよかった。たまには来るもんだね。じゃあお姉さん、またいつかご縁があれば」
「はい、本当にありがとうございました」
不思議な方たちでしたが、この一期一会も商売の醍醐味です。
一瞬名前を最後に聞いてみたいとも思いましたが、その瞬間、私達は商売人と客という関係を失ってしまうから。
またこんな風に出会えるように、それだけはしません。
私も、旅をしている身ですからね。
ありがとうございました、本当に。
無事に大会本部へとチケットを渡し、パンアイスは全て終わったと報告する。
今回は店舗を二つに分割する形だが、売上は両方の合計で集計される。
つまり今提出した分と同じくらいのチケットが後から追加されるって訳だ。
フハハ、すでにこの量で驚いていたんじゃこの先持たないぞ実行委員。
ちょっとした優越感を味わいながら、本部を後にしようとした時だった。
ドングリマークのエプロンをつけた店員が、大慌てで本部へと走りこんできた。
全力疾走してきたのだろう、額に汗を浮かべ、焦燥に駆られた表情の男が窓口へと崩れ落ちるように向かい、口を開く。
「治療員を、お願いします! うちの客が、苦しみだして!」
「了解、すぐに案内をお願いします!」
……一応、俺も行っておこうかね。
何かあったらあの店だけじゃない、このイベントの存続にすら関わりかねないのだし。
内心、あの時俺が指摘しておけばよかったなんて思いも過る。
だが同時に、因果応報だとほくそ笑む最低な考えも混在している。
けれども、今全力で俺が走っているのはきっと……。
到着した場所には、すでに野次馬が集まりつつあった。
救命係の術師がその人混みを掻き分け、それに続くように俺もその中心へと向かう。
そこには、小さな男の子が苦しそうに横たわっていた。
側には母親だろうか、必死に名前を呼びかけながら取り乱している女性の姿もある。
「詠唱します! 静かにして下さい!」
「全身に発疹、息も荒い……食中毒……? いや即効性が……」
「まさか毒か!? おい、平行詠唱だ、解毒の魔術も頼む!」
え、ちょっとまって。
これアレルギーを知らないって流れか? そこまで認知されてないのかこれ。
されとけよ! なんでも魔術魔法で治してる弊害なのか?
くそ、ああもう、回復魔法だろうが解毒だろうが治らないだろそれじゃあ!
「……くそ、全身の発疹が収まらん、呼吸も安定しない!」
「回復魔術はまだか!」
「もう発動している! 全身を活性化しているはずなのに!」
アナフィラキシーショックが出ている人間は、ある意味体内の免疫が一番活性化していると言っても良い状態だ。
俺も詳しいことは分からないが、過剰に反応して全身が狂った状態らしい。
……治し方なんてしらない。
だが、例えばだが、絶大な力を持ち、すべての命の頂点に立つような生物がそんなもので死ぬとは思えない。
たとえばそう、俺が倒した龍神のような。
俺は密かに剣を取り出し、アビリティをセットする。
[生命力極限強化]
[回復効果範囲化]
[幸運]
最後の最後で運頼みなのはご愛嬌。
俺は野次馬を押しのけて、少年へと一歩近づく。
なるべく違和感がないように、嘘っぱちの詠唱をしながら少年を回復効果の範囲内、仲間だと認識する。
「貴方は一体……」
「同業のよしみだ、俺にも責任はある」
既に少年の呼吸は安定し始めている。
直接リュエに[生命力極限強化]を付与した時は苦しそうにしていたが、やはり回復効果だけを付与した場合は問題ないようだ。
一瞬、こんな小さな子供でも大丈夫かと不安にも思ったのだが……。
だがそれでも『極限』の名前は伊達ではないと。
全身の発疹が治まり、手足の先の震えも止まり、口から流れていた泡も治まったようだ。
そのまま少しの間経過を見守っていると、少年が身動ぎをして上半身を起こした。
手で口を拭い、不思議そうに母親を見上げる。
母親もその様子に破顔し、我が子を抱きしめ声を上げていた。
そんな中俺は、事の次第を青ざめた顔で見守っていた一人の女性に声をかける。
「……店主、見てたんなら何か言う事があるだろ」
「……感謝するわ。ありがとう、本当に」
「そうじゃないだろ。この場では言わないでおいてやる、後で自分でしっかり責任を取れよ。言いたかないが、俺はギルドに顔が効くんでね」
「くっ……」
母親がこちらへと向き直り、今にも縋り付きそうな構えをとったので、俺は足早に野次馬の中に隠れる。
さらばお母さん、そして少年よ。
後でオインクにアレルギー関係はどうなっているか、そしてこの大会の規定について言っておかなきゃいけないな。
俺は急ぎ、一人店番をしているレイスの元へと戻るのだった。
「お待たせ。残りは何食くらいだ?」
「あ、おかえりなさいカイさん。無事、すべて売り切る事が出来ましたよ」
「おお! 結構早かったな! じゃあこれでうちの商品はすべて売り切ったってわけか」
「正直、あればあるだけ売れるような状態だっただけに少しもったいない気もしますけどね」
「まぁね。けどまぁ、今回は元手があまりかからなかったし、これ以上儲けるとさすがに悪い気もするしいいだろう」
だって結局、俺がこの街で仕入れたのってバケットだけですし。
ああ、そういえばあのパン屋さんにも後でお礼言っておかないと。
実は結構このパンアイスのために色々パンに注文つけちゃったんだよなぁ。
……オインクにレシピを渡す時に、仕入れ先はこのパン屋さんになるように言っておくか。
「とは言っても、まだ優勝すると決まったわけじゃないけどな……」
「どうしたんですか?」
「いや、これで全部の終わったし、らんらんロールの分の売上チケットも本部に持って行かなきゃなーって」
「あ、それでしたら私が行ってきますよ? カイさんは屋台の解体をお願いします」
嬉しそうにチケットの入ったカゴを持って走り去るメイドさん。
ああもうかわいい。走る彼女を通行人の九割が振り返ってるぞ。
仕方ないね、俺なら振り返るどころか並走するわ。
「さてと……無事終わった事だし、ギルドの方のイベントでも見にいきますかね」
都市の商業区、大きな運河の始まりであるその場所に、二人の人影が現れる。
ここは大陸の外、サーディス大陸側の海へと続く影響もあり、荷物だけでなく、人を運ぶ役割もしている。
しかし、本来ならば陸路を使い港町まで行かねばならない道程を、船という快適な空間で過ごすことが出来るこの便は、当然ながらその費用も高く、一般人がおいそれと手出し出来るものではない。
そう、大量の商品を取引する大商人や、優雅な船旅を満喫したい上流階級の人間、そして――他国の使者や役人でもなければ。
「……美味いな、本当。懐かしい味だ」
「ああ、そういえば懐かしい味だ。醤油だからか?」
船上で、少しだけ浮かない顔でそう呟く少女。
対する少年は、素っ気なく返す。
「わかってんだろ、シュン」
「……アイツの味に似てんだろ、知ってる」
「素直じゃないな、お前も」
「知らん」
微かにまだ、繋がっていると信じて。
その繋がりが途絶えないことを願って。
側へと近づいた二つの道は、再び離れていく。
いつか交差する日が来ると信じながら。
(´・ω・`)はい、というわけで現段階ではまだ彼らは巡りあうことはありませんでした。
(´・ω・`)しかるべき時、しかるべき場所にて彼らは出会うことになります。
(´・ω・`)期待を裏切ってしまい、申し訳ありませんでした。
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