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百十九話

(´・ω・`)つかれたぶう

「というわけでですね、リュエさんにはエキシビジョンマッチに出てもらいたいと思います」

「どうしたんだいこんな朝早くに、私ならもう登録してるよ?」

「マジかよ。俺は出られないっていうのにいつの間に」


 おはようございます、出店屋台最終日、気合を入れて早朝から最後の下ごしらえ中でございます。

 結局昨日広場に戻った頃には、レイスが一人で屋台の片付けをしているところだったんですよね。

 ……なんかこう、メイドさんが一人で屋台を片付ける姿に言いようのない罪悪感がこみ上げてきました。

 だが当の本人は、何か良いことがあったのか晴れやかな、とても充実した笑顔で作業をしていたんですよね。

 聞いてみても『内緒です』と答えるのみ。リュエもオインクも、そしてレイスまでもが内緒だなんて、お兄さん少し疎外感。


「私は私で色々してるのさ。ふふふ、じゃあ私は今日はお店に出られないから代わりに今手伝うよ」

「了解。じゃあまたバケットをスライスしておいてくれ」


 もうすっかり手慣れたようで、若干刃が波打つパン切りナイフをスライドさせて切り分けていく姿に、すっかり成長した我が子を見るような感情を抱く。

 ああ……焼き魚か適当に煮込むポトフもどきしか作れなかったリュエがパンを切り分けるなんて……。

 さすがにバカにしすぎか。最近では一人でタルタルソースを作れるまでになったのだし。

 なんでも、時間を見て作っては自分のアイテムボックスにストックしているのだとか。

 まぁ、美味しいからね、仕方ないね。

 俺も前の世界にいた時は果実酒やら特性のタレやら、空き瓶に入れて大量に保存していたっけ。

 いつかナオくんと再会したら振る舞ってあげてください。

 たぶんスティリアさんが鬼の形相で睨んできそうだが。


「おはようございます…………おはようございます」

「おはよう、レイス」

「おはよう。大事な事だったんですね、わかります」


 とそこへ、珍しくリュエよりも遅く起きたレイスが、寝ぼけながら二度同じ挨拶をしながらふらふらとやってきた。

 着衣の乱れは心の乱れ。レイスさん、今とんでもなく心が荒んでいるんですかね? 目の毒です。


「あれ……もうエプロンしてるんですか……あれ……」

「やっぱり疲れてるんじゃないか? 今日は量も少ないしリュエが手伝ってくれてる、ギリギリまで横になってていいぞ?」

「はい……では横に……」


 ゴロンと床にそのまま寝転がる姿はまごうことなきレイスお姉さん。

 ……やめて、段々と一人暮らしのOLみたいになるのはやめて!


「リュエ、彼女をオペ室に」

「うん?」

「ああいや、ベッドに寝かせてあげてください」


 やっぱり疲れが溜まっているんだろうな。

 ここ数日はしていないとはいえ、少し前までは早朝の訓練までしていたのだし。

 身体の小さなリュエがレイスを器用に背負い運んでいく姿を見守りながら、俺も手を動かすのであった。




「じゃあ俺達はそろそろ出るけど、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。じゃあ今日はお昼前にはお店も終わるみたいだし、何かイベントでも見てきたらいいんじゃないかな?」

「いいんですか? リュエの用事が終わり次第、三人で見て回ることも出来ると思いますが」

「いいのいいの。そうだね、今日はギルドの方でなにかやるみたいだし、行ってみたらどうだろう?」


 最後までどこか余所余所しいというか、違和感ある様子のリュエに見送られながら部屋を後にする。

 今日分かると言っていたし、今は気持ちを切り替えるとしよう。

 最終日、すでに俺達の売り上げは手のつけられないところまで来ているが、それでも最後まで油断せずに今日の分を売り切るとしよう。


「じゃあ、今日はレイスがアイス担当で、俺が一人でらんらんロール担当でいいかな」

「はい。もし暑かったりしたら途中で交代しましょう」

「お願いするよ。じゃあ行こうか」


 心なしかいつもより人の多いギルドから逃げ出すように外へと飛び出し、広場へと向かう。

 やっぱりここで何かイベントが行われるのか。うん、売り終わったらここに戻ってこよう。


 広場では既に他の出店者が開店に向けて準備を始めており、負けじとこちらもアイテムパックから調理機材一式を取り出し設置していく。

 レイスがパンアイスを、俺がらんらんロールを担当し、屋台が完成したところで再び先日の女性が現れた。

 あのドングリパンケーキの女店主だ。


「本当、どこまでも憎たらしいわね。温かいデザートは私のところだけだと思っていたのに」

「焼きたての温かさでひんやりとしたクリームをはさむ。美味しいに決まっていますからね」

「最初から出さなかった辺り、二日目以降でこうなるってわかっていたのね」

「そうですね。それに、どんぐりはこのイベントの密かな目玉ですし」

「……本当に、どこまでも卑怯な人間ね。私も飲んだわ。あそこまで濃厚な味だと、他のドングリの香りなんて感じられなくなりそうよ」

「それはそれは、他店の方達は災難ですね。そして逆に貴女は――幸運なんでしょうね」


 何せアーモンドを使っているんだから。

 そう意味を込めて視線を向けると、面白いように顔を赤かくして声を荒げる。


「どういう意味かしら!?」

「さぁ、どうでしょうね?」


 俺は知らないぞ、本当。

 よりによってアーモンドだ。

 元々あのクリームに入っているナッツって、香りの少ない種類ばかりだったよな。

 そりゃドングリの風味を殺すようなものはいれないだろう。もちろん、アーモンドも入っていなかった。

 だから、貴女の店のデザートは一切アーモンドが入っていないって認識なんだよ。

 恐らく今年からこんな手を使ったのかね? それとも毎年実はアーモンドにかえていたのか。

 ただ、俺は少なくともそんな危ない橋は渡りたくない。

 なにせ――アーモンドアレルギーは最悪人が死ぬくらい強烈なアナフィラキシーショックを引き起こすのだから。

 毎年大勢の人間が食べに来るのに、こっそりとアーモンドを入れるなんて、正直俺には自殺行為にしか思えない。

 恐らくここでそれを指摘しても認めないだろうし、憎い商売敵の言葉なんて聴く耳持たないだろう。

 まぁ、この世界に都合よくアレルギーなんてものが存在しないのなら話は別だが。


「では、最後の一日、お互い頑張りましょうね」

「ふん!」


 こっちは幸い、既に認知されているものしか使っていないので大丈夫だ。

 醤油だってなんだかんだで歴史が古い、イグゾウ氏の残した調味料がなにで出来ているかくらいは知っているはずだ。

 一応、『材料の一部に大豆由来の調味料を使用しています』と注意書きもしてあるし。


「じゃあ気を取り直して開店準備だ」




 最終日はやはり前日までに来ていた人間の口コミも合わさったためか、二日目を遥かに超える人数が訪れた。

 中にはリュエ目当てのお客さんもいたのだが、今日は休みだと伝えると少しだけ残念そうにするも、我らがレイスさんの接客に骨抜きにされておりました。

 ……リュエ目当てって主におじいちゃんおばあちゃんと、小さな子供だったんだけどね。

 ああ……今日来た男の子は間違いなく年上好きの、さらにメイド好きになるんだろうな……。

 大きくなったらお兄さんと語り合おうか。


「店主さ~ん! 今日も来たよ~」

「いらっしゃいませ、これで三日連続ですね。本日はいつものお二人の姿が見えませんが……」

「私の友達は二人とも、美男美女コンテストに出場するんだよ~だから今日は一人だけ~」


 とそこへ、初日に真っ先に訪れた三人組の娘さんの一人が訪れてくれた。

 思えば、最初のこの三人の口コミのおかげで猛烈なスタートダッシュを決められたと言っても過言ではない。

 うむうむ、この娘さんには感謝しなければ。


「おや、では貴女は出場なされないのですか? これは会場の男性が哀れで仕方ありません」

「やだも~! 上手なんだから~」


 リップサービスです、リップサービス。

 だが実際、普通にかわいらしい娘さんだと思うんだけどね?

 もし俺がレイスやリュエに慣れていなければ、思わず振り向いてしまうくらいには。


「出来あがりましたよ、らんらんロールの完成です」

「は~美味しい。店主さんは収穫祭が終わったらこの街から出て行っちゃうの~?」

「そうなりますね。ですがご安心を、このレシピはこの街で商売を営む方にお譲りする予定となっておりますので、いつでも食べられますよ」

「う~ん、店主さんがいないと寂しいよ~?」


 む、嬉しい事言ってくれるなこの子。


「ふふ、来年、また来ますよ」

「約束だよ~! じゃあこれで失礼します~」


 嬉しそうに走り去る姿を見送り、次のお客さんへと向かう。

 だが、どうしてかこちらへと近づこうとせず、一人分空けて下がっている。


「どうかなさいましたか? どうぞこちらへ」

「あ、私の前にその子……」


 女性が斜め下に向けて指を指し示し、その先を確認しようと店から身を乗り出すと――

 麦藁帽子がゆらゆらとゆれているではありませんか。

 なんとも縁があるな、太陽少女。


「あ、この間の人はむ。美味しそうな匂いがしたから一つ欲しいはむ」

「いらっしゃいませ小さなお嬢様。一つ三五○ルクスとなっております」


 確かこの子、お金に困っていたはずだ。

 それであんな事故にあいかけたのだし。

 ギルドで仕事を紹介してもらえるはずだが、大丈夫か?

 ……小さい子がお腹を空かせるとか本当にやめてくれ、他のお客の目を無視してでも食わせたくなる。


「はむは今日、最強の状態だから大丈夫! 五○○ルクス持ってきたはむ!」

「それでしたら、隣のパンアイスも一緒に買えますね」

「パンアイス? なにそれ」

「冷たくて甘い食べ物ですよ」


 嬉しそうに小銭を見せてくる少女が、初めて聞く食べ物に興味をしめしたのか、くるりと隣の店へと向き直る。

 ああ、リェエ残念、せっかくこの子がきてくれたのに。


「おっぱいおっきいお姉さんがいるはむ。優しくしてくれたお姉さんはむ。あの白いのはお姉さんのおっぱい?」

「……残念、そうじゃありませんよ」

「なんだーでも美味しそうはむなー」


 おっそろしい事言う子だな。

 ……想像してないぞ、そんな事。これ以上いけない。なにかが俺の思考にストップをかけてくる。


「出来ましたよ、らんらんロールです」

「おおー!! おいしそうはむー! いただくはむー」


 お金を受け取ると、少女はまるでひったくるように商品を受け取り、目の前で食べ初めてしまった。

 後ろのお客さんに申し訳ないと視線で謝ると、向こうもほほえましそうにその子の様子を見ていた。

 麦藁帽子の小さな女の子が、嬉しそうに目の前で料理を頬張る。

 その姿を見て、俺は久々に身内ではなく、知らない誰かに料理を作る事が楽しいと思った。

 たとえその姿が見えなくても、美味しいの言葉が聞こえなくても、どこかでこの少女のように、笑顔で頬張ってくれる人がいるんだと思い出すことが出来た。

 ……屋台、やってよかった。


「うめえはむぅ……うめえはむぅ……」

「って、どうしたんだい」


 感傷に浸っていると、目の前の少女までもが感極まったかのように泣き出してしまった。

 後ろにいたお姉さんもおろおろと、その子の面倒を見始める。

 あ、すみません、今後ろの皆さんの分も用意していますので。

 一度二人には列から離れてもらい、今並んでいるお客さんをさばき切ってしまう。

 面倒をみていた女性の分も手渡し、後はこちらにまかせて下さいと泣き出した少女を受け持つ。

 少女はぽろぽろと涙をこぼしながらも、両手でしっかりとらんらんロールを持ち、もぐもぐと小さな口を動かし続けていた。


「泣くほど美味しかったのか」

「ちゃんとしたご飯食べるのひさしぶりはむ……前に友達のところに住んでいたら、突然沢山の人がきて友達と逃げ出してきたはむー」

「その友達は大丈夫なのかい?」

「みんな新しい場所で働いているはむ……はむは放浪しなくちゃいけないから、別な方法でお金をかせぐはむ……」


 放浪しなくちゃいけないとな。

 何か特別な事情でもあるのだろうか?


「でも、お金の稼ぎ方がわかったから、もう大丈夫はむ。ぎるどっていう場所で聞けば、しっかり教えてくれるはむ」

「そうだね。じゃあ、これからはもう大丈夫なんだね?」

「うん、問題ねぇはむー」


 ぺろりと平らげた少女は、そのままレイスの前に出来ている行列の後ろへと並び始める。

 その様子を見て、もう安心だな、と自分も業務に戻るのであった。

(´-ω-`)

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