百十七話
(´・ω・`)らんらんもうつかれたよ……
これまた想定の範囲外でした。
パンアイスが無くなったため、他の甘味処へとお客さんが流れはしたものの、やはりどこも考えている事は一緒なのかアイスやシャーベットのような初夏の今に嬉しいメニューを出す店が多かった。
するとどうなるか?
俺の店とは違い腹にも溜まりにくいのでデザートを食べ歩く女性陣は皆、温かな飲み物を求めるというわけだ。
そしてなんということでしょう、今この広場に温かい飲み物を提供する店はここしかないではありませんか。
結果。
「ちょ、ちょっと待ってね。今新しく淹れるからね?」
「うわ! 水が上にうごいていった!」
「いいなー私も近くでみたーい」
「サイフォン式か、懐かしいのう……昔家の近所の喫茶店に置いてあってな――」
待ち時間のはずが、この巨大なサイフォンが珍しいのか不満の声も上がらず、長蛇の列が出来上がってしまいましたとさ。
リュエさんフル稼働でございます。
しかし参ったな、今日の分のコーヒー豆、もといドングリの残りは後僅かだ。
間に合うのかね、これ。
「あ、そんなこと言ってるうちに今日の分のらんらんロール完売だ」
「コーヒー目当てのお客様も買っていかれますし、かなりのペースですね」
「レイスの見込みどおりだったな……量を増やして正解だったよ」
「ですが、この分だと最終日は午前中で全部完売してしまいそうですね……」
「仕入れた材料全部使ってもか……うん、いいか。それで十分だ」
「いいんですか……? 恐らく出せば出すほど売れる状態になっていますが……」
「別に、儲ける事が目的じゃないからな。レイス、君が楽しんでくれたなら、俺はそれでいい」
なんだか途中から俺も熱が入り本気になってしまったが、元々はレイスの思い出作りのためだ。
こうして、レイスが再び店作りを一から楽しみ、一緒に商品を開発して、三人でこんな風に一つのことを経験する。
その行為そのものが目的だったのだから。
……けど勝負となったら勝ちにいかなきゃなぁ?
「レシピを考えたり……戦略をを立てたり、そうですね、懐かしい気持ちになりました」
「若干俺が暴走気味ではあったがね」
「いえいえ、私だって初めてお店を開いた時、それなりにやんちゃなこともしたんですよ?」
「なにそれ詳しく」
「秘密です」
そう冗談めかしながら笑顔をふりまく姿に、強烈な一撃を食らったようにふらりとしてしまう。
やべぇよ姉さん、メイド姿でそれはやべぇよ。
さてと、じゃあ完売の報告でもしなきゃな。
「なの……じゃなくて、らんらんロール完売! らんらんロール完売です!」
「皆様、お買い上げいただき誠にありがとうございました!」
客足もだいぶ落ち着き、なんとかリュエも休憩に入ることが出来るようになった。
現在の時刻は午後二時半、そろそろ商品を売り切って店じまいをする屋台が現れる頃だ。
俺とレイスは先程まで、追加のドングリをひたすら裏で炒る作業をしていたが、その甲斐あって無事に『エイコーンラテ』を行き渡らせる事に成功した。
ちなみにこれ商品名ね、どんぐりラテだとあまりに直球すぎるから。
「つ、疲れた……ずっと立ちっぱなしで足がぱんぱんだよ」
「本当にお疲れ様、リュエ。明日は用事で入れないんだろ? なるべく養生してくれ」
「うん、そうだね……あ、ちょっと今日も早めに上がっていいかな? やらなきゃいけないことがあるんだ」
「いいんじゃないか? たぶんお客ももうそんなにこないだろうし」
リュエの企みとはなんなのか、非常に気になるところではあるんですけどね。
すると、今しがたもうお客はこないだろうと言ったにも関わらず、このタイミングで一人のお客様が。
ん? あいつ、たしか――
「おい、店はまだやっているのか」
すぐさま俺が対応する。
その人物は、赤みがかった髪を逆立てた、この街に来た時にオインクを迎えにきた男性だった。
「いらっしゃいませ。エイコーンラテですね? ミルク、砂糖はいかがなさいますか?」
すると、相手もこちらに気がついたのか、目に見えて態度を変えた。
俺なんかこいつにした? さすがにこうも露骨だとイラっときちゃうんですが。
「貴様か。おい、オインク様がこの店の評判を聞いて興味を持たれた。直接淹れに来てもらえないかとお声がかかっている」
「随分偉くなったもんだな……」
思わず呟いてしまうと次の瞬間、目の前に二振りの突剣が突きつけられる。
……なるほど、狂信者って奴か。
「お気に入りだが直属だか知らないが、不敬罪でこの場で処刑してやろうか?」
「おお、こわいこわい」
さすがにね、この場で騒ぎ立てるわけにはいかんのですよ。
もちろんこの憤りはしかるべき場所でしかるべき相手にぶつけたいと思います。
「仕方ありません、こんな物騒な方を遣わした我らが総帥さんに文句を言うついでに淹れてあげましょうか」
「本当に口がへらない男だな。さっさと準備しろ、場所は街の中央、大陸議会場だ」
「はいはい。レイス、リュエ、ちょっと行ってくる。レイスは念のため、時間いっぱいまで店番を頼んでいいかな?」
「はい……あの、カイさん、無茶だけはしないでくださいね」
「街中で武器を向ける方が無茶だよ……カイくん、私ももう行くけど、自分の身を第一に考えておくれよ」
無茶とは一体。俺がこの街で大暴れでもすると言うのですかレイスさん。
しないとは言い切れない! そしてリュエさん、それは即ち、正当防衛の名の下に大暴れしろということですか! しないとは言い切れない!
が、今回は悪目立ちしそうなことはしませんとも。ただし、悪くない目立ち方ならいくらでもしてやろうかと思います。
「大丈夫でしょうか……」
一人、屋台に残りながら私は先ほどの出来事を考える。
恐らくオインクさんの信奉者、それもかなり熱烈な方のようですし、カイさんを刺激してしまうのではないかとはらはらします。
そして同時に、大切な人間に剣を向けた相手を、平然と自分の下に置くオインクさんにも不満が募ります。
私だったら、絶対にそんな教育はしないのに……あ、でも私がウィングレストの街を去る時に、色々と悶着があったって聞いたような……。
……似た者同士なんでしょうかね? むむ、困りましたね、これでは人のことが言えません。
しかしなんにしても、大きな問題が起きないにこしたことはないですね。
「カイさんだって、本当は料理したりのんびり旅をするのが一番好きなはずですし、ね」
私が見てきたカイさんは、確かに今まで見たどんな相手よりも強大な力を持っています。
私を長年苦しめ、恐れさせてきたアーカムを歯牙にもかけず、そして世界のどこかにいるという古の存在、七星の中でも最強の存在を下した人。
けれども私が見たカイさんは、贔屓目を完全に無くすと、ただの男の人。少しだけ気難しくて、ちょっぴり意地悪だけど、友達思いで身内を大切にする不器用な人。
料理が好きで、食べるのが好きで、知らない物を見ると目を輝かせる、少し子供のような人。
そう、ただの人間と変わらないんです。
それなのに、あそこまで強大な力を得てしまい、内心どう感じているのか私は時々心配になってしまう。
誰かが同じ目線で隣に立っていないと、いつか孤独に捕らわれてしまうのではないか? と。
私は、リュエならば隣に立てる、そう思っていました。
ですが、改めて彼の強さの一端を目の当たりにし、気がついてしまった。
私は、前を歩くリュエとカイさんを一歩下がって見守っているつもりでしたが、それは間違いだったと。
彼は一人、隔絶した場所を、違う風景を見ている。
リュエですら遠く及ばない、遥かな高みにいる。
同じ景色を見ても、同じ体験をしても、たぶん本当の意味で私とリュエでは、彼と同じモノを見ることが出来ないのではないかと不安になる。
だからこそ、私はオインクさんの存在に、焦りを感じてしまった。
彼女ならば隣に立てるのでは? 立ててしまうのでは? と。
「いつから、私はこんなに醜くなってしまったんでしょうね」
「え、なにどこまで自虐的なのお姉さん。ぱっと見で今まで見たきた中でトップスリーにはいる美人なんだけど」
「え?」
いつの間にかお客様が来ていたというのに、それに気づかず独り言を聞かれるという大失態。接客失格です。
すぐさま目の前の方に挨拶をしようとすると、そこには先日の、道に迷っていた二人組の片割れの少女が立っていました。
「まさか店開いてるとは思わなんだ。いやぁラテと聞いてやってきました」
「そういえば、言っていませんでしたね。お友達の方は……?」
「今他の店でデザート買いに行ってるっぽい。で、お姉さんどうしたん? 時間あるなら相談にのってもいいんやでぇ……」
何故か声を潜め、ねっとりとした言い方でこちらを茶化すように聞いてくる姿が、どことなくカイさんを彷彿とさせました。
……何故か、この少女になら少しだけ聞いてもらってもいいかな、なんて思ってしまいます。
「こう見えても長生きしてるんよ。ほれ、言ってみ、今より綺麗になる方法とかだとさすがに答えられんけど」
「いえ、ちょっとした悩みみたいなものですよ。例えるならそうですね……すごーく上、遥高みに家族のように大切な人がいて、その人と同じ景色が見れないのが悔しいなーって思っています。でも、その人と同じ高さにいけるかもしれない人が現れて、どうしようかなーなんて思ってたりするんです」
「んー? 抽象的なようでほとんど核心に触れてる物言いに内心ガチで答えに窮してるんだけどどうしたらいい?」
「ふふふ、私が聞いているんですよ?」
見た目は小さな女の子なのに、その言い回しや考え方が、やっぱりカイさんに似ているので、本当におかしくって笑いが漏れてしまいました。
あはは、本当、どうかしていましたね。
「……相手が高みにいようが、側に居続けることで見えてくる景色もある。それはきっと、唐突に現れた同格の人間ですら見ることが出来ない、貴女だけの景色だ」
「え……?」
「そして、その景色を貴女が側で伝えたら良い。言葉は、思いだけじゃない、自分の見たものを誰かに伝える事も出来るとても便利で素敵なものなんだ。なによりも、みんな同じ場所を見てるんじゃもったいないだろ、世界はこんなに広いのに」
……人は、見かけで判断出来ないとはまさにこの事でした。
困ったように笑っていた少女が、唐突にそんな言葉を口にする。
視野が狭くなってしまっていた私の思考を、根底から覆すような意見。
それを、唐突にサラリと、なんでもない風に答えてしまう。
それはきっと、広い目線で物事を見られる証拠。
本当に年長の人間なのでは? と思わせるには十分でした。
「いやまぁ、詳しいことは知らないからなんとも言えんけどさ。まぁでも、お姉さんくらいの美人が側にいるだけで、相手がもし男なら内心、メロメロで心の支えになると思うんですよね」
「そう、なのでしょうか」
「間違いない。お……私の古い友人でな、まさにお姉さんみたいな人がタイプって奴がいたんだよ。そいつ、自分なら何が起きても大丈夫みたいなこと言って、本当に何が来ても動じなかったんだけど、ある時こう言ったんだよ『くそ、俺に素敵なお姉さまな恋人がいたら、どんなことがあっても折れたりしなかったのに』って」
折れたりしなかった。
それは、意思でしょうか、心でしょうか?
何かが折れていたのを必死に隠していたのでしょうか、そのお友達は。
カイさんも、いつかそんな時がくるかもしれないのでしょうか……?
「あとあれ、さっきの話に戻るけど、何かが折れる時って大抵根本、下の方から折れるものじゃん? やっぱり少しくらい低い場所で見てる人間がいないとダメだと思うね」
「そう、ですね。そうですよね」
彼女の言葉は、不思議と私の心の闇を晴らしてくれる。
まるで、カイさん本人に正解を教えられたかのような、そんな彼女の言葉に私の不安が全て消え去ってしまった。
「やっと見つけた! ほら、チョコバナナとクレープ、残り一個ずつだったぞ」
すると、唐突に彼女の後ろに、あの日一緒にいた少年が現れました。
なるほど、彼女さんのために必死に駆けまわっていたんですね? なんだかそれが微笑ましくって、ついサービスしてしまいます。
「マジで! じゃあ両方くれ!」
「なんでだよ、どっちもあげたら俺の分なくなるだろうが」
「仕方ないね。じゃあ二つともくれ」
「だから一つは俺のだって言ってるだろ」
「喧嘩はダメですよ。恋人同士なんですから、一口ずつ分けあって食べたらどうです?」
私はエイコーンラテを二つ持って彼女たちに手渡します。
せめてこれくらいはサービスです。彼、走り回って喉が乾いていそうですし。
「おええええええええええ」
「おろろろろろろろろろろ」
「ど、どうしたんですか?」
すると唐突に二人が、まるで吐くような仕草でわざとらしくそんな声をあげだしました。
息ぴったりです。なんでしょう、この二人の仕草やテンポが、本当に私のよく知るあの人みたいです。
「やめてくれ……その攻撃は俺に効く」
「マジ勘弁、恋人とかじゃないから、ホントやめてくだしあ」
「あ、はい……すみませんでした」
「と、ともあれありがとうお姉さん。じゃあ俺達はこれで」
「さっきの答えで満足してくれたなら僥倖。んじゃね、とりあえずうちらはそろそろお暇しときますん」
「はい、本当にありがとうございました」
本当に、本当にありがとうございました。
おかげで私は、もう迷わずに側に立つことが出来ます。
同じ景色を見たいという気持ちはまだあります。でも、それでも今の景色もまた、彼には必要だと気づかせてもらったから。
そして『私だから見つけられるものもある』そう思うことが出来るようになったから。
だからもう、私は大丈夫です小さなお姉さん。
……ところで、あの二人は結局どういう関係なんでしょうかね?
(´・ω・`)だからそろそろおいしいお店に食べに行きたい!