百十六話
(´・ω・`)ゲスの極み(乙女ではない)
翌日。会場である広場には同業者がひしめき、各々が開店前の準備に追われていた。
俺達も今日の分を用意し、プレートの慣らしやのぼりを出したりと開店準備をしていると、一人の女性がこちらへと歩み寄ってきた。
その表情を見て、俺は内心『ああ、やっぱり来たか』とぼやく。
「このお店の責任者は誰かしら」
「責任者でしたら私です」
営業スマイル&営業トークでその女性の元へ。
何やら不穏な空気を感じ、レイスが一歩踏み出そうとするが、ここはまかせてもらおうか。
なおリュエさんは、その女性がどこから来たのか気になったのか、その人物の服装を観察した後にどこかへ去ってしまった。
「随分と荒稼ぎしているようね、なかなかやるじゃない、貴方」
「ええ。初手で客足を止めて人の流れを操作し、さらに香りの強さで他店への妨害すれすれの客引き、最後に食後胃の中で膨らむ甘味を提供しております」
はい、全部自分から先に言ってしまいます。
初日に最も俺が気になったのは、思いのほか女性がアイスを多く食べているという事。
たしかに食べやすいが、あれはパンで、さらにごはん、米が溶けこんでいるデザートだ。
腹持ちがよく胃の中で膨らむあれは、いくら甘いものは別腹と豪語する女性でも中々にヘヴィだ。
ましてや先におにぎりを食べた後だ、その後他の店を見ても中々手を出そうとはしないだろう。
つまりそう、初日に大半の女性の客足を、俺が途絶えさせたと言っても過言ではない。
そしてその煽りを最も喰らうのは、デザートを提供する店だ。
「全部、分かっててやっていたのなら、随分と質が悪いわね、貴方」
語気を強め、忌々しそうに彼女は言葉をぶつけてくる。
ああ怖い怖い、けど今の俺は完全に開き直ったゲス野郎だ。
「お褒めに預かり光栄です、ミス」
「くっ、正々堂々と勝負する気はないの!? 私だけじゃない、他のお店までもが――」
それがどうした。
こっちは好き勝手やるつもりで出場してるんだ、何をいわれようが知った事じゃない。
ましてやそっちは長年この街で出店しているんだ、ブランド力だってあるんだろう?
俺は、彼女がつけているエプロンに描かれているドングリのマークで全てを察した。
名前はそっちの方が遥かに売れているんだ、それを生かし切れない方が悪い。
「戦略を練り、自分たちが持ちうるすべての武器を効果的に使い、ルールに基いて最大の利益を上げる努力をする。何か問題がありましたら、是非とも新参者である私めにもご教授願いたいのですが……」
「くっ、話にならないわ! 覚えていなさい、たとえ成功したとしても、この街で長く続けられると思わないことね!」
あ、俺冒険者っす。仮に優勝しても出店なんてしないでメニューをどこかに売っぱらうつもりです。
そうだな、オインクあたりにでも売りつければ、ギルド内で自分たちの経営で商品を売る事が出来るし余計な経費がかからなくて良いんじゃないか?
ギルドが売り出したらさすがに誰も文句は言えないだろうし。
「カイさん、やはりこのやり方は卑怯なのでしょうか……?」
肩を怒らせながら立ち去る女性の背中を見つめながら、不安そうにレイスが言う。
「レイス、忘れているかもしれないけどこれはコンテストだ。コンテストである以上、勝負は勝負。ただの営業じゃないんだからある程度は覚悟してたさ」
「そう、でしたね、これはコンテストでしたもんね」
レイスの経営方針は、恐らく俺とは真逆なのだろう。
人とのつながりを第一とし、和を重んじる古き良き商人。
そして俺は、勝つためならば手段を選ばない、いわば悪徳商人。
まぁ、もちろん仮に俺が一箇所に腰を据えて、本当に商売をするとしたらもちろんレイスのようなスタイルを取るさ。
だが、今回はコンテスト、つまり勝負だ。勝負で相手に情けはかけませんよ、俺は。
「二人共戻ったよー。さっきのお姉さんはあのパンケーキのお店の人だったみたいだね。随分怒っていたみたいだけど」
「思いっきり宣戦布告されたからね」
「む……ダメだよ、勝負だからと言って変に挑発したら」
「いやぁ、俺は丁寧に説明して丁寧にお願いしただけなんですけどね?」
それを喧嘩を売られたと思ったのなら、それはそっちが勝手に思い込んだだけですとも。
ところで、貴方はどうしてその宣戦布告してきた相手のメニューを持っているのでしょうか。
開場前なのに買ってきたのか君は。
「あー美味しい。こんなに美味しいのに、どうしてみんな勝負したがるんだろうね」
「せっかくだし俺にも一口くださいな」
「む、仕方ないね。はいあーんして」
何気に恥ずかしいことしてくれますが、その出来立てを一口いただく。
美味しいよ、本当これ。
この間食べた時よりも美味しい。
いやむしろ、本来の味に戻ったと言うべきなのかね。
「やっぱり、一番になりたいって思うものなんだろ。それがたとえ、自分の道に反する行為だとしても」
「カイさん……?」
ドングリを使ったメニューは無条件で出場可能。
このルールが、思考を狂わせたのかね。
今食べたの、どんぐり入ってなかったわ。
恐らく本来の味、アーモンドを使ったんだろう。さすがにお菓子好きな人間は皆気が付くんじゃないかね。
それでも、ドングリで有名になった店がそこまでしてくるとは、よほど一番の称号が欲しいと見える。
別にルール違反ではないだろう。昨年度の優勝者は無条件で出場可能なようだし、今年はそもそも定員オーバーもしていない。
だから、ドングリを使わなかったところで何のルール違反も犯していない。
だが恐らく、ドングリの物珍しさで食べに来る客は大勢いるはずだ。
そして、それを裏切ってまで勝ちに来ているのなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう。
残念だったなお姉さん、俺はルールに乗っ取りギリギリの所で戦っているが、そっちは大会のルールこそ守っているが、客商売のルールを破っちまったんだ。
食品偽装は大罪なんですよ。
「いらっしゃいませ。らんらんロールを二つですね?」
「は、はい。あの、今並んでいるのって……」
「はい。私達の家令である彼が真心込めて握ったものですよ」
「あの、やっぱり三つください」
今日も今日とてご飯を握る。
時折形をハートにかえて、せっせと熱々のご飯を握る。
ハートが出たら隣のアイスが一つ半額でございます。
こういうの絡ませると、嫌でも隣のアイスに目が行くからね。
そして本日はお姉さん方も子供に混じってリュエの前に並んでおります。
そしてついに、店にレイスが立ちっぱなしだったお陰か、徐々に男性が勇気を振り絞って列に並んでいるではありませんか。
正直、客だったら俺も並びます。黒髪ロングウェーブの巨乳メイドお姉さまなんて絶対並ぶにきまってるだろうに。
そしてどういうわけか、リュエの前には子供だけでなく、お年寄りの姿までが。
「おばあちゃんは少し柔らかい方がいいのかい? じゃあちょっと凍らせ方をかえてあげるよ」
「ふぇっふぇっふぇ……すまんねぇリュエちゃん」
「いいよいいよ、これくらい手間でもなんでもないからね」
あ、この間の謎のグッズ店のおばあさんじゃないですか。
さては茶飲み仲間を引き連れてやってきたな?
そして明るく素直なリュエさんは案の定、老人たちに大変可愛がられております。
よく見れば、子供と手を繋ぐおじいちゃんや、付き添いの息子さんやその奥さんの姿まで。
すごいな、子供とお年寄りを引き込めば、一家まるまる捕まえられるのか。
この分だと今日もらんらんロールより先に、パンアイスが完売してしまいそうだ。
……さて、じゃあそろそろ最終兵器の出番と行きますか。
「リュエ、アイスの残りはいくつだ」
「今バッドごと冷やしてるのが一つあるから、それで最後かな」
「了解、あれの用意を頼む」
「あ、あの変な機械だね? 了解」
一つの店舗が出せるメニューは三つまで。
なのに俺が二つしか出品しないわけがないじゃないですか。
すでにえげつない方法で客をかっさらっているわけですが、ここからさらに容赦無い追い打ち、かけさせてもらいますぜ。
この催しの隠れた目玉は、やはりオインクの影響もあってかドングリだ。
毎年、優遇されるドングリをどう使うかで悩み、工夫を凝らしたメニューを出す店が後を絶たない。
たしか去年の準優勝はドングリ麺を使ったスープパスタだったそうだ。
ドングリ麺、これは王道だろう。そしてドングリパンやパンケーキ、実はこれも王道だ。
だがもう一つ、ドングリの王道とも言える食べ方が存在する。
オインクあたりは自分で作ったりもしていそうだが、さてはて。
「あ、カイくん今のお客さんでアイス最後になっちゃった。のぼり下げてくるね」
「ああ、じゃあ終わったらレイスも一度休憩中の看板だして手伝ってくれ」
「ありがとうございました、またのおこしをお待ちしております。あ、了解しました」
さて、少々大人げないが、やるからには徹底的にやらせてもらおうか。
突然だが戦時中、日本では代用コーヒーというものが流行った事があった。
メジャーな所でいうと、タンポポコーヒーだろうか?
外来種ではない本来のタンポポの根をよく洗い乾燥させ、それを炒ってコーヒー豆のようにして使うという物だ。
そして、もう一つ使われていた代用コーヒーがドングリだ。
これ、実際種類にもよるが中々にクセが強く、若干の渋みもあるが、不思議とカフェオレのようにするとクセがなくなり、独特の香ばしい風味がすっきりと美味しい一品となる。
ある意味、一番ドングリを感じられるメニューとも言えるだろう。
さて、そんな強烈なドングリの風味を感じられる一杯を初っ端に呑んだらどうなるでしょーか。
……どうなるんですかね? 俺は超能力者じゃないからわからないです。
「カイくん凄い悪い顔してる……」
「その格好でモノクルごしでそんな目をされると……どうしてでしょう、背筋がゾクゾクとします……」
「む、顔に出てたか」
まぁ、たぶん他のドングリ系じゃもの足りなくなるんじゃないんですかね。
それに今回はリュエの倉庫から秘密兵器を用意しております。
本当になんでも入っている不思議なバックもとい倉庫だが、ありましたよありました、特大サイズのコーヒーサイフォン。
美しいガラス製の、優に十杯分は作れそうなサイズです。しかも魔導具なので火を使わないという親切設計。
コーヒーにこだわりがある人はドリップかサイフォンかで派閥が別れるでしょうが、今回は視覚的な楽しさと、カフェオレにするという都合上こちらを採用だ。
やっぱりね、お湯が重力に逆らって上に上っていく様子は見ていて楽しいんですよ。
そしてサイフォン式は味が若干濃い目に出るので、今回はミルクを入れる都合上相性が良い。
「じゃあ操作はわかってるね? 任せたぞリュエ」
「バッチリだよ。じゃあセットしてくるね」
「じゃあ開店開始まで俺は乾燥ドングリのチップを炒っておくかな」
さて、恨まないでくれよ、他の屋台の皆さん。
(´^ω^`)勝ちゃいいんだよ勝ちゃ