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百十三話

(´・ω・`)ノω

「へぇ、じゃあ俺がいつも使っている作業台一式は置けそうなのか」

「はい。幅はせいぜい加熱魔導具一式を置く程度しかありませんでしたが、奥行きがありますので、バックヤードとして利用するには十分かと」

「なるほど。じゃあ余裕があるみたいだしL字に売り場を作ってそこでアイスを売ろうかな」


 ギルドの自室で等身大人形遊びに満足したレイスが、下見の結果を報告する。

 たしかに魔導具ならば、前の世界の屋台のように面倒なバッテリーや巨大なクーラーボックス、ガスボンベを置く必要もなく十分なスペースを確保出来るだろう。

 ふむ、なら交代制で下準備と売り子兼調理を勤めることも出来そうだな。

 俺は当日着る執事服を脱ぎながら彼女の話の続きを聞く。

 ……散々着せ替えさせられたので、いまさら見られても何も感じなくなりました。


「カイさんの方のメニューでしたら、大き目の鉄板か何かがあるといいと思うのですが、その手の備品の貸し出しもギルドで行っているそうですよ」

「いや、溶岩プレートの大きな奴があったからそれを使うさ。明日にでも広場に設置して油ならしでもしておくよ」

「わかりました。一応、出店風にするための外観を整える骨組みと垂れ幕、のぼりも手配しておきましたので、明日一緒に設置しにいきましょうか」


 さすがレイス、仕事が速いです。

 そして仕事が遅いどころか最近サボり気味のリュエさんは、いつのまにか部屋から消えていましたとさ。

 レイスが戻ってくるまでは、必死に鏡の前でうなりながら、ああでもないこうでもないと化粧品を使って自分の顔をいじくりまわしていたのだが。

 確か一度化粧を教えてもらったとか言ってなかったっけ?

 まぁ結局満足出来ずにすべて洗い流して、そのままどこかに行ってしまったと。

 ……化粧なんてしなくても肌も綺麗だしまつ毛も長いし、問題ないと思うんだがなぁ。


「ただいまー。いやぁ疲れた疲れた」


 とそこへ、若干顔を赤くしたリュエが戻ってきた。

 何故かローブを羽織り汗ばんでいる。汗をかくなら何故それを着るのか。


「どこに行ってたんだ?」

「ちょっとギルドの方に呼ばれてね。いやいや、参った参った」

「そして何故赤い。その格好といい、何か隠してないか?」

「んー、まだ秘密。大丈夫、きっと驚くから」


 ううむ、頼むから面倒なことに首を突っ込んでくれるなよ。

 俺は気を取り直して、アイスとは別のメニューの試作品をリュエに差し出す。


「リュエ、これ食べてみ」

「むむ? なんだいこれは。お肉かな?」

「一応手づかみで食べられるようにレタスで巻いてあるけど、どうだ?」


 俺が差し出したのは、肉巻きおにぎりだ。

 あまりイグゾウ氏の遺した調味料が浸透していないことはレイスの証言からも明らかになっているので、今回は若干西洋風にタレの味をよせている。

 ちなみにお肉はオインク……ではなくて豚を使っております。


「あ、おいしい! 中にライスが入っているんだね。タレとよく合うし、これなら歩きながらも食べられるじゃないか」

「揮発性の高いワインビネガーを少量加えていますので、香りのたち方も良いですし、集客も望めそうですね」

「だろ? 一歩間違えると刺激臭になりかねないけど、この程度なら隠し味にもなるし、みんなにも馴染み深いんじゃないかね」


 今回は醤油にニンニク、オレンジ果汁少量と砂糖、赤ワインビネガーを極少量を加えたタレにしてみた。

 肉との相性もよく、醤油の匂いの中に西洋風、オレンジソースにも似た酸味のある香りが加わり、レイスが言うにはわりと馴染みある匂いだとか。

 これを、レイスが目の前で握ってくれたおにぎりを肉で巻いて転がしながら焼くスタイルだ。

 ……美人のお姉さんが握ってくれたおにぎりなら、みんな買いたくなりますよね。

 少々ずるいやり方ですが、売れりゃあいいんだよ!


「カイくんこれもう一個ちょうだい」

「あいよ」

「当日はレタスの上から包み紙が必要ですが、そちらも手配しておきますね」

「ああ、任せるよ。ありがとうな、レイス」

「いえいえ……ところで、おにぎりってこんな形でいいんですか?」

「大丈夫、綺麗な俵型だ。握り方はもう少しキツメでお願い」


 さて、これでメニューも完成、あとは当日を待つのみだ。




 翌日。

 まだ薄暗い早朝、リュエの小さな寝息が聞こえるベッドの中で目を覚ます。

 なぜこっちで寝てるし。寝顔を見ると、幸せそうに口元を歪めているのだが、昨日食べた肉巻きおにぎりのタレが少しついてしまっている。

 指で軽くこすってやると、それを何かと勘違いしたのか、口をあけて噛み付いてきた。

 あわてて避けながら、この最近肉食(食べ物的な意味で)になりつつある彼女を起こさないようにそっとベッドから出る。

 すると、同じタイミングで隣のベッドで眠っていたレイスが目を覚ました。


「おはようございます……カイさん……」

「おはよう。なんだか目が覚めてしまったんだけど、そっちもかい?」

「いえ……今日は少し訓練でもしようかと」


 次第に寝ぼけ眼がはっきりしてきたレイスが、そんな事を言い出した。

 が、次の瞬間、俺のベッドの中で寝ているリュエを見つけ、少しだけ非難するような視線をこちらに向けてくる。

 いや、俺は悪くないんです。この子が勝手に入ってきたんです。


「えい」

「まさに鬼の所業」


 レイスが布団を少し引っ張り、リュエの顔を覆い隠してしまった。

 地味に寝苦しいのでやめてさしあげろ。でも楽しいのでそのままでいいです。


「そういえばレイスは、リュエが何をしているのか聞いていないのか?」

「聞いていませんね……ただ、昨日もう一度化粧の仕方と髪の編み方を教えてくれと頼まれましたよ」

「お洒落に目覚めたのかね、ようやく」

「うーん、ただどうも、悪戯といいますか、何か企んでいる風だったんですよね」


 本当、何をしようとしているのやら。


 レイスが訓練をすると言うので、俺も付き合う事にし一緒に外を目指す。

 ギルド裏手にある大演習場ならば訓練にはうってつけだろうと思ったのだが、訪れてみると何やら大きなステージを建設中だった。

 ああ、そういえば『美男美女コンテスト』がここの特設会場で開かれるとかなんとか書いてあったなと思い出す。

 む、レイスが出たら優勝も狙えるのではないだろうか。

 そう思い提案したのだが――


「いえ、私のこの姿を知る議会の人間や、その側近の方もこの街にはいるでしょうし……」

「あ、そういえばそうか」

「カイさんが男性部門で出たら――嫌なんですね、顔を見ればわかります。ふふ」


 どんな顔してたんですかね? たぶん嫌いな食べ物を目の前に出された子供のような顔をしていたんじゃなかろうか。

 嫌だよ、柄じゃない。しかし自分は嫌なのに人に勧めるという。

 建設現場を避け、演習場の隅のほうへと行くと、ようやく俺達以外にもチラホラと訓練にいそしむ冒険者の姿が見え始めた。

 いずれも、闘技大会に向けて最終調整にを行っているのか、その動きは鋭く、完成しつつあるように思えた。

 型の良し悪しなんて分からないんですけどね。


「じゃあ、レイスは体術の訓練ってことでいいのか?」

「ええ。予選はバトルロワイヤル形式ですので、弓や魔弓では不利でしょうから」

「じゃあ、軽く俺が打ち込むからそれをいなす感じで」


 訓練向けの服という事で、珍しくレイスは皮のレギンスにロングブーツという、冒険者らしい格好だ。

 上に着ているものも、いつもならショールを纏ったりと、ひらひらとしたボリューム感のある服を好んでいるが、今日はシンプルなボタン式のシャツだけだ。

 ……これはボタンがはじけ飛んで飛び道具にもなるんですね、わかります。

 新鮮な所為もあってか、いつもより破壊力が増しているように思えるんですが。

 パッツンパッツンじゃないですか。

 さて、気を取り直して向かい合う。

 本気で攻撃する事は出来ないが、捕まえて押さえ込むのを意識してなんとか戦意を向上させる。

 剣は装備していないのでアビリティ補正はないが、それでも俺のサブクラスは拳闘士。

 彼女の相手として不足はないはずだ。


「……行くぞ」


 彼女は半身でこちらに右肩を向けるように立ち、腕はだらりと下げ、とくに力は入れてないように見える。

 それが逆に不気味で、どう向かって良いか考えてしまう。

 彼女は以前、俺のタックルに一瞬で腕を絡ませ、完全な拮抗状態に持ち込んだこともある。

 拳法なのか、それとも合気道のように相手の力を利用したものなのか、いまいちわかりかねる。

 だが、たしかあの肘の関節を固める動きは中国拳法にもあった技だ。

 となると、彼女は自分に向いているありとあらゆる技を習得している可能性がある。

 ……魔弓闘士と再生師という職業でありながら、その実、俺よりも格闘術のバリエーションがあるんじゃないか?


「ふっ」


 一歩踏み出し、左足で地面を蹴りその反動で一気に距離をつめる。

 恵まれた肉体とステータスは、創作の世界の技を容易に再現させてくれる。

 地面すれすれをほぼノーモーションで跳び距離をつめ、彼女の間合いに入る直前でブレーキをかけるように右足のつま先を地面に突き刺す。

 そのつま先を支点に、体を大きく回転させ足払いを繰り出す。

 我ながらよく出せたと思えるくらいスムーズな一連の動き。

 だが、その足払いは彼女が片足を上げただけで完全に避けられてしまう。

 そりゃそうだ、こんなに体を動かしたら、何かされるだろうと警戒される。

 すぐさま足を引っ込めると、その一瞬後にレイスの足が踏み付けを繰り出す。

 片足が固められた土をへこませ、小規模なクレーターを作り出す。

 え、この人こんなに力が強いの? まって、想定外なんですけど。


「頭、下げたままでいいんですか?」

「ちょ!」


 やや崩れた体勢へと襲い掛かる、彼女の当て身。

 これくらいなら受け止められると身構えたところで、彼女が肘を突き出す。

 終着点となるであろう腹部をガードで固めた瞬間、突き出した肘を引っ込め腕を伸ばし、ガードとして無用心に晒した俺の手を彼女が掴む。

 その握力は強いものではなかったが、正確に手首の間接へと彼女の指がめり込む。

 ダメージは少なくとも痛いものは痛い。一瞬完全にカードがはずれ、一気に俺の腕を引くレイス。

 いやはや……たしかに剣とアビリティ、そしてステータスに物を言わせてごり押ししてきた身ではあるが、ここまでいいようにされてしまうとは。


 完全に腕を取られ、地面へと組敷かれてしまう。

 だがしかし、どんなごり押しも出来てしまう規格外のステータスで、固められた腕を強引に動かし押さえ込んでいた彼女をそのまま地面へと転がす。

 肩の関節が悲鳴を上げるが、防御力とはすなわち体の硬さそのもの。

 これくらいのダメージで脱臼なんて起こしやしない。もちろん痛いんですけどね。


「俺じゃなければ完全にレイスの勝ちだった」


 転がる彼女に覆いかぶさり、両腕をひとまとめにして頭の上で押さえつける。

 ぱっと見婦女暴行にしか見えないが、いたしかたなし。ここまでしなきゃいけないほど追い込まれてしまったのだから。

 ……この人、本当にどんだけ強いの、技術だけならリュエよりもあるんじゃなかろうか?

 今度攻撃魔術を縛った状態のリュエと組み手をさせてみようか。


「……カイさん、あの……怒っていますか?」

「いや、ちょっと悔しくて大人気ない真似してるだけです」

「今回は、かなり本気で挑ませてもらいました。私は、どうでしょうか?」


 地面の上で仰向けに寝る彼女と、覆いかぶさる俺。

 これがベッドの上ならさぞやロマンチックで心踊る体勢ですが、会話の内容は極めて物騒なものです。

 実際、もしもサブクラスがもう一つあるとしたら、彼女の職業はさながら『格闘家』だろう。

 俺の拳闘士よりも遥かに技のバリエーションが多く、まるで詰め将棋のように攻めて来る姿は、ある種の恐怖すら覚える。


「正直かなり強いと思う。対人で相手が俺みたいな化け物じゃなければ、かなりやる。ただ――相手が武器を持っていない場合だ」

「そう、ですね。後ほど、ナイフや篭手を新調しようかと思います。カイさん、もし武器を私に向けられないようでしたらリュエと訓練をしたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だろ、たぶん。途中で大人気なく魔術でも使ってきたら、俺が止めるから」

「はい……あの……そろそろ起き上がりましょうか」


 やだ、すっかり忘れてた。

 だってこっちの胸にね、なんだか素敵な弾力が触れていたんだもの。

 つい惜しんでしまいました。


「いやはや、本当凄いなレイス」

「いえ、まだまだですよ」


 その後も軽く組手を続け、朝の訓練を終え戻ろうとすると、他の人間が皆、一様に壁へと拳を繰り出し訓練をしていた。

 ふむ、同門か何かだろうか? それともあれか、あれなのか。

 こちらの様子が見えていたならばしょうがない。壁殴り、お疲れ様です。


「あちらにも一人、訓練をしている子がいますね」

「お?」


 レイスが指し示す場所に、一人の女の子が立っていた。

 訓練用の木偶人形だろうか、その前で拳を構える女の子の姿に見覚えがあった。

 頭の上の耳に薄い紫の髪。今はツインテールにしているため、頭から四方向にピョンとシルエットが伸びている形だ。


「ああ、チャーハンの子か」

「チャーハン?」


 先日、同じ列に並んでいた女の子だ。確かサーディス大陸から来たとかなんとか。

 あの子も闘技大会に出るのだろうか?

 そう思った次の瞬間、凄まじい轟音と共に木偶人形が吹き飛んだ。

 ばらばらに四散し、土ぼこりがあがる中で息を整える姿が、悔しいがかっこいい。

 なにあれ、俺あんな技初めて見たんですけど。


「内攻系の技ですね。私も使えますが、あの破壊力は目を見張ります」

「……俺にだけは使わないで下さいお願いします」


 やだ、本気でこの人恐い。

(´・ ・`)返して!

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