百十一話
(´・ω・`)ひゃくじゅういちわって打とうとして
(´・ω・`)百獣チワワとタイトルに入れそうになったのがこちらとなっております
翌日。結局昨日の試作では、一番目の粗い、そして小麦の風味が少ないバケットが最適だという判断が下された。
なので今日はそれに適したパンを探すのと、俺の着る服、そして出店する場所の下見へと出かける予定だ。
着替えを済ませ、昇降機内で軽い浮遊感を味わいながら二人の様子を見てみると――
「なんだろう、お腹の中がこう、ひゅっとするね」
「ちょっと不思議な感覚ですね」
一気に下まで降りると、さすがに違和感がすごいようです。
ホールへと出ると、本日もギルドは大盛況な様子。相変わらず冒険者からそうじゃない人間まで、まだ朝食前だというのに様々な様相の人間でごった返していた。
人混みを避け通り、ギルドから出た俺達は、昨晩オインクに貰った街の地図を広げる。
巨大な地図には、色分けされた線が縦横無尽に走り、その複雑さに東京の電車の路線図を彷彿させる。
ふむ、服飾に関係する商店街はオレンジの線をたどればいいのか。
だいぶ横幅広い歩道の足元を見れば、確かにレンガが何色かに色分けされていた。
ううむ、なんだか子供が喜びそうだな、これ。
「じゃあオレンジにそって服を見に行こうか。途中で飲食街も通るみたいだしそこで朝食をとる感じで」
「でしたら、パン屋さんが経営しているお店に寄ってはどうでしょうか? もしかしたらめぼしい商品があるかもしれませんし」
「賛成。私も今朝はサンドイッチが食べたい気分だよ」
行き先も決まった事だし、出発しようか。
さぁ、この線は無事に俺達を案内してくれるだろうか?
「こうして歩いていると、つい線からはみ出さないように歩いてしまいますよね」
「わかるわかる。それにいつのまにか一列に歩いているし」
「あ、立ち止まっちゃだめだよカイくん、ルール違反だ」
「……こんな風に自分ルールまで決めちゃうんだよな」
あるよね、横断歩道で白い所しか踏んじゃだめとか、マンホールがあったら必ず踏まないといけないとか。
下校中の小学生のあるあるだと思います。
ちなみに俺はさらにその縛りに缶蹴りを加え、家の近くのゴミ箱に入れるというサッカー的なルールも加えていました。
コツはね、先に缶を踏み潰して転がっていかないようにする事です。
だがスチール缶、テメェはダメだ!
忘れはしない、靴底を無視したあの大ダメージを。
「そろそろ大きい通りに出ますし、通行の邪魔にならないように端によりましょうか」
「だな。ほら、リュエも真ん中じゃなくてすみに寄りな」
「くっ、まさかこんな所で私の冒険が終わってしまうなんて……」
本気で悔しがらないで下さい。
大通りを見れば、まだ早い時間だというのに車線をほぼ埋め尽くすほどの馬車が行き交っている。
さすがに速度は落としているが、その迫力は圧巻。魔車も混ざっており、見たことのない種類の魔物もちらほらと見受けられる。
すると、交差点付近に設置された高台で、赤く光る誘導棒を振っている冒険者の姿が見えてきた。
若干目がすわっており、心底面倒そうな顔でヤケクソ気味に腕を振り回す姿に心の中で合掌。
あれね、辺境の工事現場とかならまだしも、こういう交通量が多い場所だと難易度が跳ね上がるんですよね。
……受けなくてよかった、本当に。
「あ! この間の女の子だ!」
「ん? 本当だ、あんな所で何してるんだ?」
リュエが声を上げ、俺もその視線の先を見やれば、先日掲示板の前ではむはむ言っていた女の子の姿が。
その手にはどこからか拾ってきたのか木の枝が握られ、それをめちゃくちゃに振り回しながら交通整備をしている冒険者へと近づいていった。
「知り合いですか?」
「いや、ちょっと話したことがあるだけだよ」
「ねぇ、なんだか雲行きが怪しいんだけど」
再び注意を向けると、男性の罵声が聞こえてきた。
「どっか行けクソチビ! 忙しいんだよこっちは!」
「棒振ってるだけでお金貰えるって聞いたはむ……はむも棒ふってるよ?」
「ちっ、邪魔だ!」
邪魔そうに少女を蹴り飛ばす男。
すると、よろめいた女の子が足をもつれさせ、通路へと転がり出てしまう。
おい、待てよ! ちょっと待ておい!
「危ない!!」
「カイさん!」
「くそ!!! 間に合わない!」
一台の魔車が、倒れた女の子へと向かう。
その様子が、何倍にも引き伸ばされるかのようにゆっくりと目に焼き付いていく。
俺の足が、その遅延した体感時間に逆らおうと必死に走り地面を蹴る。
だが、それでも、届かない! 武器を急ぎ取り出し、アビリティの構成を――そんな時間すらない!
「逃げろおおおお!」
思わず目をつむる。
……ひどい衝突音が耳に突き刺さる。
悲鳴が上がり、目を開くのがためらわれる。
命の終わりなんて散々見てきたし、自分の手で奪ったりもしたさ。
それでも、さすがにこれは直視できそうに――
「カイくん! 私ちょっと行ってくる!」
「あの方は一体……」
「え?」
二人の予想外の反応に、俺もようやく目を開く。
そこに広がっていた光景は、俺の想像を超えた衝撃的なものだった。
……この収穫祭に興行に来た道化師か何かだろうか。
その人物は、奇抜な衣装に身を包んでいた。
下半身はどういう訳かパレオのような鮮やかな黄色のヒラヒラした布を巻いただけという出で立ちで、その引き締まった脚線美を見せびらかしている、一人の男。
そう、男が生足をむき出しにしているのだ。
そして上半身は露出狂ギリギリの裸だった。
引き締まった腹筋と少々毛深い胸板を惜しげも無く披露している。
髪型は、まるで玉ねぎか球根のような、先端に向けて細くなっていく意味不明なもの。
正直今がお祭り期間じゃなければ、普通にギルドに連れて行かれるレベルだ。
首にはまるでエリマキトカゲのような、シャンプーハットのようなものをつけている。確かラフカラーだったか? それは裸に単独でつけるものじゃないんですが。
正直、どう見ても変質者です、本当にありがとうございました。
そしてその人物なのだが、足元のレンガは砕け散り、片足が地面に完全に埋まってしまっている。
だが、その本人は怪我をした様子もなく、ただ片腕を伸ばし、少女の命を刈り取らんと迫っていた魔車を受け止め、完全に停止させていた。
その人物にリュエが駆け寄り、回復魔法を唱えようとしているのだが、その道化師は首を横に振るい、去ろうとした。
とその時、こちらへと振り返る道化師。
その顔は、白く化粧で塗り上げられ、立派なカイゼルヒゲを生やし、とってつけたかのような赤鼻をつけていた。
「…………」
「な、なんだ?」
ただ何も言わず、表情も分からないまま、メイクなのかよくわからないハの字の眉でこちらを見つめる道化師。
まるでそう、こちらを値踏みするかのような視線に、なぜだかこちらも視線を外せない。
が、その時女の子が声を上げ、一瞬そちらに気を取られた瞬間、その道化師は姿を消してしまっていた。
「ひっ! こええはむ! おっかないはむ! おそろしや、おそろしや!」
「大丈夫、大丈夫だから。ほら、どこも怪我をしていないよ」
「すみません、どなたかギルドに連絡をお願いします」
一先ず、この騒ぎを静めるために奔走するのだった。
結局、駆けつけてきたギルドの職員は、俺達を含め多数の目撃証言を元に誘導員に罰則を与え、さらに女の子には厳重注意と相成った。
で、問題の魔車についてだが、乗車していた人間が無傷だということ、そして女の子の命を奪わずに済んだからと、特にこじれる事なく去っていった。
だが、あの道化師だけが最後まで見つからなかったそうだ。
「まったく、危ないからもうあんな風にふらふら歩いちゃダメだよ? あのおじさんがいなければ死んでいたかもしれないんだから」
「もうしわけねぇはむ……はむお金ほしくて、それで棒振ってたはむ……」
「残念だけど、あんな風に振り回してもお金はもらえないんだよ。何かお使いとか採取とか、それでギルドに買い取ってもらうといい」
たぶんそれくらいならギルドもしてくれるだろう。
話を聞いていた職員の顔色を伺うと、こくりと頷いてくれた。
すると、意気消沈していた少女が瞳を輝かせながら、その方法について詳しく訪ねようと職員へと飛びついていった。
「一時はどうなるかと思いましたね」
「……心臓に悪かった。念のため俺も予防しておくかね」
後で剣も装備しておかなければ。
[晶化]をセットすれば、恐らくアルヴィースの一件を知っている人間が見てもわからないだろうし。
そして、再び買い物へと向かうべくその場を後にするのであった。
「で、なぜパン屋に来て君はパスタを食べているのか」
「いやぁ……美味しそうだったからつい……」
「そうでうすよ、なるべくパンのメニューにしてアイスに使えるか確認するのが目的でしたのに」
「そういうレイスさんはどうしてパンケーキを注文しているのか」
「……はっ! パンケーキはパンじゃありませんでした!」
二人共自分の欲求に逆らえなかったんですね。
大丈夫、俺がそれっぽいの頼んでおいたから。
パンと一括りにしても、その種類は豊富。
もちろん菓子パンや惣菜パンなんてものも含めれば膨大な種類が存在するわけだが、今回は別。
シンプルでプレーンな状態のパンに限った話だ。
小麦の種類や製粉の仕方から、熟成の方法、加熱方式、さらに生地のねり方。
これだけで、そのバリエーションが無数に枝分かれしていく。
今回はその中でも、パンの中の気泡が大きくなるバケット、俗にいうフランスパンがその対象だ。
まぁ細かく分けるとフランスパン=バケットというわけじゃないけれども。
さらに言うとバケットじゃなくてバゲッドなんですけどね。
ただし日本同様、この世界でもバケットが優勢な模様。
やっぱり濁点が連続する言葉って変化するのかね?
けど逆に濁点が連続するように変化した食べ物もあるし、なかなか難しい。
ビビンバとか、語感も好きだし料理としても好きなんだよなぁ。
溶岩石のプレートもあるくらいだし、溶岩石の器でも作ってくれませんかね誰か。
「きたきた。店員さん、このお店のパンって全部同じパン屋さんから仕入れているですか?」
「ええ、そうですよ。老舗のパン屋さんで、長い間この街で作っている所なんです」
「へぇ、どうりで。すごい大きな気泡ですね、それにムラも少ないしクラストもパリパリだ」
「あ、わかります? この香ばしさに惚れ込んで、店主が仕入れを決めているんですよ」
「なるほどなるほど。じゃあ逆に加工パン向けの、小麦の風味が強すぎないパンってどこかおすすめあります?」
運ばれてきた山盛りのバケットを眺めながら店員さんに話をふる。
やはりパンが好きなのか、快く質問に答えてくれる様子に、やっぱり人気のお店は接客も大事なんだな、としみじみ思う。
ううむ、当日の接客、リュエで大丈夫だろうか?
「そうですね……バケットはあまり作らないお店ですが、とても柔らかな、癖の少ないパンを焼くお店がありますね。メインはケーキやクッキーといったお菓子のお店なんですけどね」
「なるほど、そのお店の名前、よろしければ教えて頂けませんか?」
「ええ、もちろん」
ミッションコンプリート。
後でそのお店に寄らせてもらおうかな。
(´・ω・`)どうする、◯ーイーフールー