七話
ようこそ文明社会へ
「ふふん……カイくん、ここがギルドだ!」
「なにドヤ顔してるんだよ。結局さっきの集団の向かった先、ただの色街だったじゃないか」
「いやぁ、ははは」
結局、俺が辺りの人間に聞いて回って辿り着いたのがここである。
『ソルトバーグ総合ギルド』と書かれた看板が、大きく頭上に君臨している。
建物そのものは大きな西武劇で出てきそうな酒場風だが、見た感じ戦闘に携わる人だけでなく、一般の人も気軽に足を運べる場所のようだ。
「さて、ここでリュエに予言をしてやろう」
「ふむ? なんだい突然」
「まず俺がギルドに登録を申し出る。すると、後ろの方でたむろっていたガラの悪い連中が因縁をつけてくるんだ」
「ほうほうそれでそれで」
ザ・テンプレである。
「で、次に隣にいるリュエに目をつけ、俺と別れて自分たちと組めと強要してくるんだ」
「ふむ、それは面白く無いな。返り討ちにしてやろう」
「いやいや、それは俺の役目。てなわけで行ってみようか」
ギルドへと入ると、来客数もそれなりにある為か、そこまで此方を振り返る人間はいなかった。
が、明らかに空気が固まる。
なぜ?
「2対の翼、だと……しかも漆黒」
「上位魔族か!? なんでこんな辺境に」
「待て……さらに角持ちだぞ」
あ、魔族ってもしかして嫌われてるとかそういう?
やべぇつい正装って事でいつものセットで来ちゃってるよ。
「黄金の山羊角……黄金色なんて王族に連なる人間じゃ」
「双翼と角が同時に存在なんて聞いたことねぇよ」
ざわめきが広がる。
なにこれ、思ってたのと違う!
「カイくん、早く受付に行こう」
「あ、ああ。」
リュエさんマイペースである。
受付へと向かうと、案の定職員がものすごく緊張し始め、更には魔族と思われる、羊のような巻角を生やした女性が興奮したように後ろでざわめいている。
……やべぇ、今更外せる空気じゃないぞこれ。
「このギルドに登録をお願いしたいのですが」
「は、はい。お名前と、残りは任意で記入して下さい」
手元の用紙には、名前、年齢、種族、出身地、特技、その他戦闘に関する備考欄が書けるようになっていた。
とりあえず――
「日本語でよかった」
「ニホン語? 一般的な文字はこの文字だが、ニホン語とはなんだい?」
「いや、なんでもない」
とりあえず、名前と、そして種族と戦闘についてっと。
「カイヴォン様ですね。種族は……あの、一応虚偽の申請は推奨されていないのですが」
「禁止ではないのでしょう? それに、嘘は何一つ書いていない」
「か、かしこまりました。特技は戦闘と、え、料理ですか」
「ああ。魔法、武器の扱いは何でも出来ますよ。一応得意なのは剣全般ですね」
嘘じゃないよ! 人間だよ!
ステータス欄にもちゃんと――
【Name】 カイヴォン
【種族】 人間(?)
【職業】 奪剣士 拳闘士
【レベル】 399
【称号】 なんちゃって魔王
神を泣かせた者
龍帝屠りし者
【装備】
【武器】奪剣ブラント
【頭】なし(エルドカプリコーン)(ペインズペルソナ)(夜と紅月の魔眼)
【体】黒色皇帝外套金糸仕上げVer重合鎧合成 byぐ~にゃ♪ (エルダーウィング)
【腕】渇望と絶望の両腕
【足】黒色皇帝外套金糸仕上げVer重合鎧合成 下半身ばーじょん byぐ~にゃ♪
【プレイヤースキル】闇魔法 氷魔法 炎魔法
剣術 長剣術 大剣術 簒奪
格闘術
【ウェポンスキル】 『生命力極限強化』
『簒奪者の証(闘)』
『簒奪者の証(龍)』
『簒奪者の証(剣)』
『気配察知』
『回復効果範囲化』
『幸運』
『取得金額倍加』
しっかりステータスさんが仕事してくれてます。
なんで疑問形なんだよ種族が! そういう仕事しなくていいから、そういうのいらないから!
そしてプレイヤースキルにはしっかり、この世界で覚えた魔法が記載されている。満足満足。
もしかして職業として『魔術師』辺りが追加されるのかと思ったが、ゲーム時代と同じ『奪剣士』と『拳闘士』だ。
サブに拳闘士を入れている理由だが、これは単純に攻撃力の底上げ。
これが一番高い補正が入る上に、武器なし、武器あり共に体術の幅が広がるという便利っぷり。
が、そのせいでメイン職業が剣士系でサブに拳闘士を入れるのがデフォルトとなり、永遠の不遇職、座布団、等と呼ばれていたり。
武器のアビリティは、旅に出ると言うことで便利そうな物を入れてみた。
これさえあれば疲れ知らず! やったね!
……とまぁ、色々と考えてみたわけであるが、本当に何故このステータスがしっかり機能しているのだろうか。
よくある創作物では、世界が元々そういうシステム、法則が働いていると言う物が多かったが、実際自分の身に降りかかると、どうしても考えてしまう。
これが本来あるべき世界で、ゲームと言うのはそれを再現しているだけなのか。
しかし、俺がこうしてここにいる事も含め、この謎は今考えても答えは出ないだろう。
……まだ全てを忘れて生きる事は出来ない。
一年間森の中で過ごし、文明社会で染み付いた価値観、そして元の世界への望郷心が薄れてきている。
それでも、まだ完全に気持ちの整理が出来た訳じゃない。
だが、それでも俺はここで生きよう。
だって――
「な、なあカイくん、どうすればいい! 私は何歳だ?」
「適当でいい適当で」
こうして可愛い友人のような、娘のような、先生のような人が側にいるのだから。
さて、無事かどうかは分からないが、一応ギルドの登録を済ませた俺とリュエ。
まぁリュエの場合は昔のカードをこの街、というかこの大陸風に更新しただけだが。
何にしてもこれで当面の金策のアテは出来たのだが、何か仕事を貰う前に先にやらなければならない事がある。
「ほら、いつまでも落ち込んでないで行くよリュエ」
「ふふ……男には分からないのさ……自分の年齢を改めて突きつけられるこの悲しさは……」
「いやぁさすがに1022年も生きていないから俺には分からないなー。さすがだなー」
「き、嫌いだ! カイくんなんて嫌いだ」
どうやら自分の年齢を改めて突きつけられて色々と思うところがあった模様。
しかし女性を年齢の事でからかうのはタブーである。
だがタブーだからってやらないと思ったか!
「そうか……嫌われてしまったのか俺は……」
引いてみる。
すると案の定慌てふためいた様子で――
「あ、違う嫌いじゃない、だからそんな顔しないでおくれ」
「ちょろい」
「なにか言ったかい?」
この先悪い男に騙されそうだお父さん心配です。
現在進行形で悪そうな男(魔王ルック)に騙されてるけど。
帰りに絡まれるなんて事もなく、普通に屋外へと出た俺たち。
というか周りが若干引いていたような気もしないでもない。
太陽はまだ真上を過ぎたあたり、まだまだ活動時間はたっぷりある。
「というわけで、まずは拠点探し。どこか宿屋を探さないといけない」
「ああ、それもそうだね。長期契約で暫くこの街に腰をすえるつもりかい?」
「んー、依頼とかギルドの仕事とかまだわからないし、リュエだって今の世情は知らないだろう? 少しここで過ごすのも良いんじゃないか?」
「確かに。お金は一応は余裕があるけど、稼ぐのにもここでしっかり基本を学ばないとね」
……あれ? でもなんでリュエが今の時代のお金を持っているんだ?
さすがに何百年も貨幣価値、そして硬貨の規格がかわらないとは思えない。
あの倉庫に入っていた? どこからか送られて来るのだろうか?
「リュエ先生質問」
「なんだいカイくん? スリーサイズなら後で触診で教えてあげよう」
「ああうん、それは今度な今度。で、さっきからリュエ、今の時代のお金を払ってるけど、それも倉庫から?」
「……そうだね。莫大な財産、ってわけじゃないけど、そこそこあるんじゃないかな?」
「前から気になってたんだけど、あの倉庫ってなんなんだ? いい加減教えて欲しい」
以前、あそこに住んでいた頃にも同じ質問をした事がある。
貢物とかしか言われなかったが、それがどういう物なのか、誰が送ってきているきているのか。
「今ならもういいかな。 あれはね、貢物というよりは"お供え物"なんだ」
「……リュエ、俺は君をそんなバチあたりな娘に育てた覚えはありません」
「奇遇だね、私も育ててもらった覚えがない。いやね、私を対象にしたお供え物なんだよ」
「迷わず成仏してくれ」
「最後まで聞いて?」
いい加減おちょくりすぎたのか、鋭い蹴りが私の弁慶さんにクリーンヒット。
素の表情のまま攻撃とか器用ですね。
ダメージはないのに痛いとはどういう事なのか。
「一応、私は生贄のような扱いだったからね。エルフ達の間に伝承として残っているんじゃないかな。それが広がって、世界中から送られて来るんだ」
「なんと、じゃあある意味信仰の対象なのか? で、それをうまい具合に利用して生活に役立てていたと」
「あの仕組みは私を置いていったエルフ達の一部が作ったんだと思うんだけどね。……たぶん、罪滅ぼしのつもりだったのかな」
エルフさん、まだ全部は許してはいないけれど、ありがとう。
お陰で毎日新鮮な食材を使う事が出来ました。
街をひやかしながら歩くと、またしてもリュエが先行を始め、旅人風の人間達の後を追い始める。
その結果、今度は見事宿屋に到着した。
なんだろう、この子そのうち知らない人に付いて行って迷子になってしまうんじゃないか?
「ん? なんだいそんな子供を見守るような目して」
「気にしない気にしない」
到着した宿屋は、三階建の大きめの宿だった。
辺りを見れば、同じようにベッドの形の看板を掲げた建物がちらほらと見え、この辺り一帯に宿が密集しているのだと伺える。
と、言うよりも、思いのほか街の区画整備が進んでいるように思える。
電信柱もどきの存在や、明らかに目的別に施設を密集させたり、想像よりもずっと近代的だ。
……見た目は地味なネズミの王国みたいだけど。
「所で今更だけど、この格好って変えなくていいと思う?」
「この街にいる間くらいはそのままでいいんじゃないかい? いやなら最初から外していればよかったのに」
「いやさ、実はこれ一式つけてると能力がかなり増えるみたいなんだ」
そう、どういう訳か装備品以外のアクセサリー枠。
本来外見にしか影響を与えない翼、角、目、そして仮面を全て装備している時のみ、ゲーム時代と同じステータスを発揮してくれる。
もっとも、それらを外してもレベルのお陰でかなり能力は高いみたいなんだけどね。
喩えるならそう、レースカーにレーサーに運転させるのか、ただのドライバーに運転させるのか。
そのくらいの差である。
……我ながら微妙な例えである。
「ふむ、じゃああれだ、私が面白い使い分けを考えてあげよう」
「拝聴させて頂きます」
「まず普通の人として活躍するカイくん、しかしそこに街の危機が!」
「ふんふん」
さっきギルドに入る前の予言がツボに入ったのか、微妙に似たような言い回しだ。
「傷つき膝をつくカイくん、背後には守るべき街。そしてカイくんは自分の正体を街の住人に知られてしまうのを覚悟で魔王の姿に!」
「……」
「本来の力を使い、カイくんは無事街を守りきったのでした」
「はいはいテンプレテンプレ」
「なんだいそれ」
さてどこから突っ込むべきか。
「まず一つ。誰が魔王だ誰が。そしてこれが正体とか俺は人間だって言ってるだろ」
「えー? けど私はその姿も嫌いじゃないのだけどね。ま、宿に入る前に外して着替えておきなよ」
「そうだな」
服、というかこの装備はさすがにワンタッチで解除は無理なので、宿に入ってからだ。
装備する時は一瞬で出来るのに、微妙に不便である。
一応周りに人がいないのを確認してからアクセサリー扱いの『魔王セット()』を解除する。
「すみません、長期で部屋を取りたいのですが」
「はいはい、詳しくお伺いしますよ」
宿へと入り、代表して俺が受付のおじさんに声をかける。
やはり余計な物がついていないと、人の反応も普通だ。
「まず、二部屋、二人で一ヶ月滞在するとしたら料金はどうなりますか?」
「ええと……二部屋ですと、朝食と近くの湯屋の割引がついて一月で180000ルクスとなります」
1ルクスは1円くらいだろうか? そう考えると一泊一人一部屋3000円か、現代だと考えられないくらい安い。
問題はその値段をリュエが払えるかどうかだが――
「ちょっといいかな。では二人で一部屋だといくらになるんだい?」
「そうなりますと、二人一部屋で一泊5000ルクスですので、150000ルクスとなります」
「じゃあそれでお願いして良いかな?」
「ちょっとリュエさんや」
「なんだいカイくんや」
何不思議そうな顔してるの。
仮にも若い(外見)男女ですよ。こちとら飢えた三十路前の健全男子ですよ。
「貞操観念って言葉知ってるか」
「私は喩えるならそう、森になってる美味しい果物だ」
「ご自由にお食べ下さいと申すか」
「というか一年間同じ家で暮らしておいて今更じゃないかい?」
あ、それもそうか。
ここが全年齢対象でよかったな!




