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百三話

(´・ω・`)おなかすいた

 広大な小麦畑の間を、猛烈な速度で駆け抜ける一台の魔車。

 どうも、異世界の車窓からこんにちは、ぼんぼんです。

 この猛烈な速度の影響で、後方の麦畑が波打ち、まるで水面のようにゆれております。

 いやはや、圧巻ですなこれは。


「綺麗ですね、カイさん。まるで黄金の海のようです」

「そうだな。もうじき日が暮れるし、さらに綺麗になるんじゃないか?」

「あ、じゃあもう少し進んだら留まれそうな場所で野営の準備を始めないとだね」


 かれこれ三日連続で魔車での移動を繰り返していたので、今ではすっかりレイスの興奮も冷め、今日はせっせと編み物をしている。

 優れたサスペンションを搭載していても揺れるものは揺れるのだが、その程度では彼女の手先をぶれさせることは出来ないようだ。

 どうやら、今は枕カバーを編んでいるのだとか。枕が替わっても肌触りが同じなら眠りやすいとかなんとか。

 ちなみに今は二つ目、リュエの分を作っているそうだ。

 リュエはと言うと、そんなレイスの横に座り、興味深そうにその作業を見つめている。

 やってみないかと誘われていたが、自分が不器用なのを自覚しているため、見ているだけでいいのだとか。

 でも君、何気に付け角とか色々小道具持ってたよね、あれって自作じゃないの?

 そう聞いてみた結果、彼女曰く木工ならなんとか出来るそうな。さすが森の人エルフさんである。


「じゃあ今夜はそうだな……もうすぐ街に着くし、そろそろリュエのリクエストに応えようじゃないか」

「あ! やっとローストビーフを作ってくれるんだね? 結局、忙しくてそれどころじゃなかったからね」

「ローストビーフ……何かお手伝いする事はありませんか?」

「そうだなあ、その都度何かお願いしようか」

「私は今回ご褒美だから、完全にお客様になるからね?」

「オーケーオーケー、期待して待ってろよー」


 こんなのんびりとした旅を三人で出来るなんて、本当幸せだなー。

 三人でこんな風に笑いながら過ごせるなんて、本当楽しいなー。

 三人だとこんなに楽しいなんて、もう一人旅なんて出来そうにないなー。


「……で、留められそうな場所はありましたか御者さん」

「どぼじでらんらんだけお外に居るのおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「悪いなオインク! この魔車三人用なんだ!」

「うそつき! 初日にらんらんも乗ったから騙されないわよ!」


 我らが豚ちゃん、護衛対象なのに剥き出しの御者席に座らされるの巻。

 いやぁ、君がこの速度を肌で感じたいって言い出したんでしょうよ。俺、窓側譲るの嫌だし。

 昔から遠足の時も出張の時も、遠出で乗り物に乗るときは窓際って決めているんです。


「もういいから、私もそっちに入れてください!」

「じゃあ明日は中でのんびりしとけよ、さすがに街に入るのにお前が御者してたらマズイし」

「ぼんぼんがいじめる……」

「これは愛の鞭です。あーかわいいかわいい、豚ちゃんあいしてる」


 もうすっかりゲーム時代のノリで接してしまうが、これってハタから見たら俺、ただの糞野郎じゃないですかね。

 が、実際俺が親切にしたり、普通に接していると調子が出ないとかなんとか。

 本当の意味でM豚になっちゃってるんですか貴女。


「愛し……カイさんそんな……」

「そっちも毎度真に受けないで下さい。ただの冗談だから」

「し、知っていますよ? これもお約束だと思って」


 うん、レイスとオインクの取り合わせはあまり良くないことが判明しました。


「オインクー、外まだ寒くないー? 毛布いるー?」

「ありがとうございます……リュエだけが私の癒しです」

「それじゃあ投げるよー! そーれ! あ!」


 毛布が凄い勢いで後ろに吹き飛ばされていきました。

 そりゃそうなりますよお嬢さん。そして伸ばしかけた手が空を切り、止めを刺されたようにうなだれる豚ちゃん。


「い、いいんです。自分で回収します」


 そんな声が聞こえたと思ったら、窓の外を一筋の影が横切った。

 次の瞬間、毛布が猛烈な勢いで窓を横切り戻っていく。

 ……なるほど、今のは『リターンチェイス』か。

 リターンチェイスとは、矢を当てた対象を自分の方へと引っ張ることが出来る変わった弓術だ。

 主な用途は、戦闘中に特定の敵を引き離したり、味方を緊急避難させたりと応用の幅が広く、この技を使いこなして初めて一人前とまで言われている程、戦場をコントロールするのに大切な技の一つだ。

 凄まじい勢いで飛ばされ、なおかつ風に舞い不規則に動く小さな毛布に一発で当てるとか、ちょっと常人離れしすぎじゃないこの豚さん。


「おー! すごいよオインク! もう一回やってもう一回」

「うう……純粋な眼差しだけに断り辛いです」


 その後、何度か毛布が飛び交った後に本日の野営場所に到着したのであった。

 ちなみに毛布はボロ布になりました。そりゃあんだけ的にしたらね?


「んじゃ今日も俺がテントで寝るから、三人は魔車の中で寝てくれ」

「あの……いつもカイさんだけテントというのも悪いので、たまには逆でも良いといいますか、四人でも問題ありませんよ? ですよね、オインクさん」

「それはまぁ、……問題ないのですが」

「問題あれよ」

「あれ? 豚に欲情するとかどこの船乗りですか? ぼんぼん、もしかしてたまっ」

「そぉい!」


 ドングリを相手の口にシュート。そこそこエキサイトしました。

 というかそれってあれだよね、有名なコロンブスさんの所の船員ですよね? あとそれ俗説だからね、事実じゃないからね。

 なんでいちいち回りくどい例えをするんですかこの豚は。

 そんなやり取りをしている間にも、珍しくリュエがせっせと働き、開けた草原に野外キッチンセットを設置し、自分はその傍にシートを敷き正座して待っている。

 ……早く作れという無言の催促である。


「んじゃ取り掛かるとするかね……ほら、そこでボリボリドングリ食ってる豚も手伝ってみろ」

「まっふぇくらはい……ふぅ、アク抜きしてないドングリはあまり美味しくないんですよね。しかし、ついにこの時がきましたか」

「何が? いよいよ食材にされる覚悟が出来たとか? ごめんねー、今日は豚じゃなくて牛なんだー」

「私は豚肉でもいいよー!」

「だから、どうして、そうなるんですか!」


 いやだって。


「いいですか? 今まで私は散々、貴方の料理の話を聞いたり、シュンやダリアと遊びに出かけた話を聞いてきたわけです」

「そういや普通にゲーム内でバーベキューの計画立てたり、飯作りにいく予定組んだりしてたな」

「それです。ぼんぼんが料理上手なのは聞いていましたが、それをついに自分の舌で味わう事になるかと思うと、色々と込み上げてくるものがあるんですよ」


 そういえば、いっつも羨ましそうにしてたっけ。

 可哀想だからチーム専用の画像掲示板に料理の写真だけのせて煽ったりしたのが懐かしい。

 が、今の地位のオインクの舌を唸らせるのって難しいんじゃないかね? 色々食べていそうだし。

 ……まぁ、調理技術の研磨の歴史が、この世界よりも浅いとは決して思いませんがね。

 現代社会に至るまで、前時代的な厳しい職人の上下関係の中で研ぎ澄まされた叡智の一端、お見せしようじゃありませんか。


「なお今回は魔術もこの世界の道具もなんでも使うので叡智もクソもありませんが」

「何か言いましたか?」

「いんや。けど実際、今回は究極的に言っちゃうとただ焼くだけだしなー、あんまり感動はしないかもよ」

「ふふふ……そうやって予防線を張るフリをして、こちらを驚かせようとしているんでしょう?」


 やだこの豚ちゃんやりにくい。

 こちらの手の内、考えを正確に読んでくる相手って本当厄介だな。


「よーし、じゃあ改めましてタイトルコールに入りたいと思いまーす」

「いつものですね? では、今回は私が」

「じゃあお願いしますアシスタントのレイスさん」


 唐突に姿勢を正し、調理台の前に並ぶ俺とレイスに、巨豚もといキョトンとしているオインク。

 そして、今までシートに座っていたリュエが立ち上がり、急いで俺の横に整列した。


「第四回ぼんぼんクッキングの始まりです」

「わーわーぱちぱちぱちぱち」

「な、なんなんですかこれ……」


 コールが終わると同時に、またそそくさとシートに戻るリュエさん。

 そんなに手伝いたくないのですか貴女。

 そしていつのまにかちゃっかりリュエの隣に腰をおろすオインク。

 うん、いいよもうそれで。むしろその方が都合がいいです。


「それじゃあ本日はリュエの魔法のバッグからお肉を取り出したいと思います」

「牛肉ですよね。どの部位を使うのでしょうか?」

「そうだなぁ、正直俺が前住んでいた世界だと、よく脂が乗っている部位が人気だったんだけど、俺の好み的にも、今回の料理的にも赤身の所がいいかな」

「なるほど……そういえば、ローストビーフって冷めてから食べる料理ですしね。ラードとは違い、ヘットは口の中で溶けませんし」

「その通り。さすがみんなのお母さん、料理には詳しいね」


 という訳で取り出しましたは牛肉と思われる赤身の肉。

 一度アイテムパックに収納し、その正体を確かめる。


『剛震霊峰クジャタの肩ロース』


 またですか。

 誰です! こんな明らかになネームドモンスターの部位を奉納しているお馬鹿さんは!

 ちょっと戦ってみたいくらいだよ!

 しっかしこれ、切り分けられているくせに小さな牛一頭分はありそうな大きさなんですが。

 さすがにこれまるごとは無理だよなぁ。


「食べごたえがありそうですね。じゃあこれに調味料を……」

「待てレイス、さすがにこれは無理だ」

「……そうですよね」


 今絶対がっかりしたよね。頭の羽根がしゅんと下向きましたよ。

 しかしこの大きさとなると、大きめの包丁を作らないと無理そうだな。

 闇魔術を使い、やや刀身が厚めの日本刀のような包丁を創りだす。

 昔見たことのある、マグロの解体で使われていた包丁が確かこんな形だったか。

 手に取り、その黒曜石のような刃を持つ刀もどきに、ついうっとりしてしまう。

 ほら、俺もともと片手半剣使ってたし。もちろん日本刀風の見た目の。

 ちょっと今度これで戦ってみようかね。


「ぼんぼん、それって闇魔術ですよね……武器の効果じゃなかったんですか……」

「ああ、そういやアーカムの所で使ったな。一応、闇魔術はこっちに来てから自力で覚えたんだぜ?」

「どんどん手がつけられない状態に……」

「というか君忘れてない? 俺これでも龍神殺してるんだけど」

「そういえば今更過ぎましたね……規模が大きすぎて実感が湧きません」


 ともあれ、肉を切り裂いていく。

 繊維の向きにそうように、手頃な大きさに成形していくと、途中で大きめの筋にぶつかり刃が止まってしまった。

 今度はその筋にそわせて、肉をこそげるようにして剥ぎとっていき――


「でっかい牛筋がとれましたとさ。あとついでに特大肩ロースの塊も完成」

「カイさん、逆です逆。ではこの筋は処分しておきますね」

「それをすてるなんて とんでもない」


 やめてレイスさん! 俺的には肉よりそっちの方が大事なんです!

 いそいそとそれを自分のアイテムパックにしまい込み、にんまりとほくそ笑む。

 へっへっへ、これは後で俺がこっそり酒のアテにかえさせてもらいますぜ。


「そんじゃ肉も冷えてるわけじゃないし、とりあえず調味料の刷り込みでもしておきますか」

「では私が。塩と胡椒とハーブ類だけでいいですよね?」

「正直この肉の風味がどんなもんかわからないけど、とりあえずオーソドックスにそれでやってみようか」


 でもその前に肉の切れ端でも焼いてみますかね。

 片手に軽く火を生み出し、かるく炙ってみる。

 ちょいと塩をつけて――


「……なにしてんだオインク」

「味見はまかせろー」


 口を開けて待つ豚ちゃん。

 そして一歩出遅れたのか悔しそうにしているリュエ。

 くそう、可愛いなこいつら。


「……レイス、口あけて」

「は、はい」

「どぼじでえええええええ」

「どうしてえええええええ」

「逆になんで食べさせてもらえると思ったの君たち」


 これはそういう味見じゃないの、味付けを決めるための味見なの!

 とぼとぼと引き返す姿に笑いをこらえつつ、レイスの判断を聞いてみる。


「これは、すごいですね。野性味あふれる味かと思いましたが、ほのかなミルクの香りといいますか、仔牛肉に近い味ですよ」

「ふむ、肉の硬さは?」

「これは切れ端を軽く炙った状態なので、正確にはわかりませんけれど、少なくとも仔牛そのものよりは硬いですね」


 確かに。

 仮にこの魔物が子供だったとしても、この大きさだ。柔らかい筋肉で支えるのは不可能だろう。

 切り応えも中々のものだったし、一般的な成体と同じ感じでいいのかね。


「じゃあ臭みも少ないみたいだし胡椒少なめで代わりにタイム追加で」

「ええと……これくらいで?」

「ああ、そんなもんだ」


 スパイスの配分を決めつつ、俺は香味野菜を取り出し皮を剥く。

 あれですよ、ただ肉焼けばいいって思うかもしれないが、一緒に密閉して焼く野菜ってかなり大事なんですよ。

 加熱された時にでる香りが肉の表面に風味をプラスしてくれるし、何よりも肉の水分が抜けてパサパサになるのを防いでくれるんです。

 さらに肉の底が焦げ付くのも防いでくれるからね。必須なんです。


「ぼんぼんがいつもより真面目な顔をしているんですが」

「カイくんはいつも料理をしてる時はあんな感じだよ? ちょっと恐いけど楽しそうだろう?」

「……そうですね」


 あ、表情険しかったりしましたか。

 オープンキッチンスタイルは俺には向いていないんですね、わかります。

 とまぁ、そんなこんなで具材の下ごしらえが完了したわけだが、ここで問題になってくるのがオーブンの存在だ。

 別に表面に焼色だけつけて、後は適当に高温の蒸気の中に放り込むだけでも作れるのだが、それではせっかくの香味野菜が本来の仕事をしてくれません。

 グレービーソースも作れないし。

 というわけで、じゃじゃん。


「よ~がんプレート~」

「ぼぼえもん乙」

「ありがとう、オインク。ありがとう」


 こういうネタ通じるのって君くらいなんですよ!

 実はこれ、もしかしたらと思ってリュエのバッグを探したら出てきたんですよ。

 アキダルの皆さん、しっかりと特産品として売り出していたんですね。

 そして約束通りしっかりと奉納してくれたんですね。


「はーい、じゃあこのプレートにオイルを塗りまして……」

「塗りまして?」


 興味深そうにこちらを覗き込むレイスの横顔にドキっとする夏。

 素晴らしい、料理をしていてこんな種類の喜びを感じることが出来るとは。


「これをコンロで炙りまして、油をなじませます。後はまかせた」

「任されました」


 そんじゃ後は今日はサボりを決め込んでいる我が家の魔導マイスターさんに協力してもらいましょうか。

( ´・ω・` )ふう

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