九十九話
(´・ω・`)深淵行きそびれたしにたい
どうしてこうなった。
よく聞くフレーズである。
自分が思っていなかった、想定外のケースに陥った時に口に出すおなじみのフレーズだ。
だが、実際そこまで緊迫した状況だったり、致命的なミスが起きた場合だったりしない事が多いんじゃないかね?
「本当にどうしてこうなった」
俺は目の前の惨状(?)をどこか遠い場所の出来事でも見ているかのような気持ちで眺めながらそう呟いてしまう。
「放してくれ! 私は、私はもう生きている価値なんてないんだ!」
「秘書を呼べ! 今すぐ我が家の全ての資産を用意しろ! ああそうだ! 隠し農地も全てだ!」
「ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね」
ギルドのホールでオインクと共に休憩をしていると、会議室に閉じこもっていた魔族が唐突に壊れながら現れましたとさ。
手当たり次第に冒険者に自分を殺してくれと頼む人間に、借りた剣を自分の胸に突き刺そうとする人間。
通信機を借りて唐突に全ての資産を放出しようとする男に、壁にむかって延々と謝りつづける女。
どうしてこうなった。
「……こうかは ばつぐんだ!」
「豚ちゃん、助けて」
もう俺何もしゃべらない方いいんじゃないんですかね!
少しして、ようやく騒動が収まり、ギルドの職員の監視のもと一箇所集められた暴走魔族の皆さん。
やはり原因は俺の洗脳もどきのスピーチのようで、文字通り効果はばつぐんだったそうだ。
曰く、魔王の伝説はあいまいにだが、その詳しい内容や歴史家達の考察により、俺の創作した偽りの伝説に近い説もあったそうだ。
そして今回、俺の姿がその曖昧な事実と符合する点も多く、当時の魔王の末裔か何かだという結論に達したそうだ。
それにより、俺の話に真実味が出てきてしまい、文字通り自分たちの行いが魔王の偉業に泥を塗る行為だったと認識した結果だそうだ。
いやはや、ここまで盲信されている魔王さん、すごいっすね。
……本当にその魔王が俺だなんて事、ないっすよね?
「……けど、やっぱり可能性としてはあるのかもしれないな」
ずっと目を背けてきた可能性。
そして、今でも目に残るあの一文。
『Kaivon:本当、楽しかったよ……吉城』
あれがもし、夢や見間違いじゃなかったとしたら。
そして、もしこの身体に本来の人格が宿っていて、それを俺が追い出してしまったのだとしたら。
伝説の時代、本当に俺のキャラクターに人格が宿っていて、それが魔王として俺がこの世界に現れるまで生きていたのだとしたら。
……いやいやいや、ないないない。
そんな事考え始めたら思考のるつぼにドハマりしてしまうわ。
「俺は俺だ。たとえ違ったとしても、今はもう俺だ」
俺氏、昔からこの手に思考放棄と切り替えの速さ、そして容赦なく切り捨てる情に定評があります。
そもそも剣士カイヴォンは見えざる神と共に次元の狭間に消えたって話ですしおすし。
「んで、どうするのこの連中」
「待ってください……今考えていますから……」
「言いくるめてよき統治者にしましょう。ギルドから人を寄越して監視させる感じで」
「そうしたいのはやまやまですが……人不足なんですよね……」
ですよね。
そんなアドバイザー的な役目をぽんとお願い出来るような人間が、ギルドにそう何人もいるとは思えないし。
だがしかし、ギルドにいなくても国にはいるんじゃないかね? 一応貴族社会がまだ生きてるでしょ、エンドレシアって。
優秀だが陽の目を見ない書士やら学者やらいるんじゃないかね?
「エンドレシア王に打診してみるよろし」
「あ……う……背に腹はかえられませんね……」
「ん? 王様に借りを作るのは嫌だったり?」
「想像して下さい、昔の自分のパシりに、頭を下げてジュースを奢って下さいとお願いする様子を」
……俺ならぶん殴ってサイフを取るな、頭を下げるくらいなら。
「すみません今の例え話はなしでお願いします、相手がぼんぼんじゃ意味ないですよね」
「そりゃどういう意味なんですかね?」
いやでも正解だけど。
しかし、たしかに屈辱的というか、恥ずかしいというか。
でもこれまで散々お世話になったりお互いに協力しあっていたでしょうよ。
「とりあえず沢山借りとけ。そっちだっていっぱいこれまで貸しを作ってたんならチャラだチャラ」
「で、ですよね! じゃあ手始めに行政書士候補生を五○人程送ってもらうようにしましょうか!」
「尻の毛も残らねぇ」
こわ、近寄らんとこ。
しかし本当に鮮やかな手並みである。
多少俺のせいで物事を信じやすくなってしまっていたとはいえ、魔族でもないオインクの話を聞き、皆落ち着きを取り戻している。
この辺りは彼女が言っていた通り、この大陸で英雄として扱われているという事実が大きく関わっているのかもしれない。
まぁ、認めたくはないが美人でもあるのだし、騙されてしまう男がいてもおかしくはない。
だが――例外もいる。
「あの、カイヴォン様? 私はその、身分も何もない、身ひとつの女です。何も出来ない無力な――」
この女だ。
他の連中は自分の力を持ち、それを今後どう使うかを考え己の道行を定めようと苦悩している。
だがコイツだけは、他者の力をアテにし、自分の責務を放棄し、次の宿主を探し彷徨っていた。
そして他の魔族には目もくれず、一番力を持っているであろう、一番自分が恩恵を得られるであろう相手へと狙いを定めている。
つまり、俺だ。
「身ひとつと言ったが、子供がいるだろう、お前には」
「そんなもの関係ありませんわ。私は私、一人の女でしかありませんもの……もしもそれが貴方様の決断を鈍らせるのだとしたら、私自らが――」
ルールがある。
『ギルド内での戦闘行為はご法度』
守らなければいけないルールだ。
だが、我慢の限界というものが存在する。
隣で汚物を見るような目でローズの様子を見ていたオインクが、おもむろに立ち上がる俺を見て顔を青くする。
止めるなよ豚ちゃん、これはこのまま生かしておいていい類の人間じゃない。
いや、俺がこいつが生きている事が許せないだけだ。
俺は剣を抜かず、ただ拳に力を蓄える。
これは戦闘じゃないぞ、だから目を瞑れ。
ただの……私刑だ。
「ローズと言ったか」
「はい、貴女だけのローズです」
「そうか、俺の物か。じゃあどう扱っても良いんだな?」
「もちろんですわ」
言質は貰った。
元々、反逆者の一族にも罰則を与えることは出来るようになっている。
ジニアとリネアは、既にこちらへと降っている身だ、そこまで重い罰を受けることにはならないだろう。
ましてや、本人に屋敷を追い出されている身なのだし。
だが、こいつはそうじゃない。
「なら、今すぐ――」
拳を引き、打ち出そうとしたその時、ロビーに何者かの足音が響く。
その姿を確認し、俺は一瞬だけ身体を硬直させてしまう。
……だが、その人物の瞳に映る感情を理解し、自分の猛る心を鎮める。
そして拳を下げ、ただ見守る事を選択した。
結果、俺の目の前で媚びた目をしていた女の胸から、一振りの細剣が突き出していた。
確実に心臓を貫いたであろうその鋭い一撃に、彼女は一瞬呆けた表情を浮かべた後に、口からおびただしい量の血液を溢れさせた。
「母上、お許し下さい」
……子が親を手に掛けるのを、黙認した。
良いさ、俺はこういう奴だ。
自分の手を汚さずに済むのなら、それに越した事はない。
恐らく、聞いていたのだろう。
恐らく、知っていたのだろう。
自分の母親が、どんな人間だったのか。
自分の母親が、どんな行動を取るかを。
だからこそ、この無感情のように振舞っていた娘が、この場に現れたのだろう。
賢く、そして強い力を持つが故に、こんな決断をしに現れたのだろう。
そして、俺はせめて、せめて最後の怨嗟を引き受ける事にした。
「よくやった、ジニア。どうだ? これが因果応報だ。その罪、来世まで持ち越して貰うぞ」
「な……ぜ! どうじで! わだしが何をしだああああああ!」
この期に及び、まだ自分の罪に気が付くことも出来ず、瞳の光を失っていく様を眺める。
お前は、娘と違って随分と愚かなんだな。
そして、賢すぎた娘は自分の罪を自覚し、母を突き刺した剣を己へと向ける。
……さすがにこっちは止めさせてもらう。
すぐさま移動し、すんでのところで剣を掴み自殺を阻止する。
「放して下さい、私は罪を犯しました」
「いや、お前は私の命を忠実に遂行したに過ぎない。よくやった」
「……言っている意味がわかりません」
「オインク、俺の言葉を聞いていたな? この場合はどうなる」
剣を奪い取り、彼女を職員へと引き渡す。
少しして、弟のリネアがこちらへと向かい、その惨状を目の当たりにする。
父を失い、そして同時に母を失った青年は、ただその光景を眺めながら、すっかりと大人しくなってしまった姉へと向かう。
随分と後味の悪い結果となってしまったが、これも因果応報。
明確な暴力が存在する世界で、道を踏み外した人間が辿る当然の結末だ。
だからこそ、俺はこの後味の悪い結果を、飲み干す事が出来た。
「オインク、聞いているのか?」
「……正式なギルド構成員以外が行った事ですので、この場合は外部の人間を使い、ギルドで保護した人間を殺害したと見做さなければいけません」
「そうか、それで?」
「…………今、私がこのギルドに居る以上、この場の決定権は貴方から私に移行しています……ですので、私が罰を与えなければいけません」
「だろうな。で、除名か? それとも投獄か?」
「……やめましょう、こんな茶番は。今、凄く機嫌が悪いですよね、貴方」
正解。
表情筋が一切動かなくなるくらい、機嫌が悪いです。
「ここで貴方を除名したら、最悪この街を二分する争いになりかねませんし、投獄した所で無駄でしょうし、そもそもあの二人がいますから」
「……そうだな。じゃあ、どうすればいい?」
「罰として、しばらくこの街の平定に尽力してもらいます。それで、今回の件は不問とします」
「ジニアはどうなる?」
「貴方に脅されたようですが、それでも無罪とはいかないでしょう。今回は、ギルドの『備品』を破壊し、また剣を抜いたということですので、二ヶ月の投獄となります」
「ああ、たしかにアレは俺の『物』だったからな。ギルド幹部の私物を破壊したなら、それが妥当なのかね」
本当、思うようにいかないな。
今回は俺も疲れてしまった。
色々ともう、疲れてしまった。
ある意味、ウィングレストの街からずっと気をはってきたようなものだ。ここらで少し休憩してもいいだろう。
幸い、この街への奉仕活動が俺に与えられた罰なのだから。
「……悪かったな、オインク」
「……どの道、あの娘に殺されていたでしょう。最後に仏心を見せたから、こんな事になったんですよ?」
「死に際の呪言なんて、かけられた人間はたまったもんじゃないだろ」
「……貴方は大丈夫なんですか?」
全然平気ですが。
だって、俺だし。
敵はどこまでいっても敵で、情けなんてかける余地もなければ思い入れもない。
敵が死ぬ時の顔を一々覚えていたら、こんな生き方出来ていません。
……じゃなきゃやってられないんだよ。
「……すぐに、リュエとレイスと今後の予定について相談して下さい。暫くこの街に残る事になるのですから」
「ああ、悪いな、気使わせて」
「では、この場は私が預かります。貴方は自分の家族を迎えに行ってあげてください」
ギルドを後にし、大きく背を伸ばす。
大丈夫、切り替えの速さが売りだから。
うまいもの食べて、そしてぐっすり眠ればそれで問題なしだ。
さてと、じゃあ行くかね、我が家の腹ペコさんを迎えに。
「ローストビーフ、ね」
久々にリュエのバックから何かいい食材を見繕ってみますかね?
(´・ω・`)あと20個でインヴェイド交換出来たのに……