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九十六話

(´・ω・`)オインクオインク♪

 夢を見た。

 何かに押し潰されるような、何かに包み込まれるような。

 苦しいという気持ちと、心地良いという相反する二つの思いを感じさせる不思議な夢。

 不思議な匂いがした。どこか落ち着く、吸い込んで自分を満たしたいと思うようなそんな香り。

 それが何なのか確かめようとするも、私の身体は動かない。そんな、金縛りと夢と悪夢が織り交ざったかのような混沌としたまどろみ。

 耳元で、何かが聞こえてくる。よく聞き取れないそれに耳を澄ますと、それが自身の名を呼ぶものだと気がついた。


「……イス、たの……ら起き……」


 ああ、知っている、私の大好きな声だ。

 これは夢? 暖かくて、気持ちいいまどろみに私の名を呼ぶ彼の声まで聞こえてくるなんて。

 ……ああ、夢なんだ。これはやっぱり夢……ようやく開いた私の瞳に映る彼も、夢。

 夢なら、せめて夢ならば、私は私の望みを叶えるために――


「カイさん……いただきます」


 その唇を――いただきます。


「仕方ない……そりゃ」

「ひゃ!?」


 突然天と地がひっくり返り、私は仰向けにされ、そして霞がかった頭に風が吹いてきたかのように、思考が徐々にクリアになっていく。

 ……あれ? おかしいですね、これは夢のはずなのに。

 私を見下ろす彼を抱き寄せようと、腕を伸ばす。

 けれども、その手を彼が掴んでしまう。

 ぎゅっと、少し強めに握られた手から痺れるような痛みが伝わり、また私の頭がクリアになる。

 ……あれ、もう目が覚めるくらい刺激的なのに……。


「レイス、そろそろ起きないと。今日は色々やることが多いんだから」

「……ふぁい?」




 我が家の眠り姫一号さんが中々起きてくれません。

 どうも、昨日の夕方から翌日の早朝までぶっ通しで寝ていたぼんぼんです。

 いやぁ、やっぱり精神的に疲れていたんですね、まさかの一二時間ぶっ通しとは。

 まぁ途中まで上に覆いかぶさったレイスの迫力にやられて寝たふりをしていたんですけどね、途中で本当に寝てたみたいです。

 そして寝相がいいのか、目が覚めてもしっかり上に乗ったままの彼女をなんとか起こそうとしたのだが、彼女も彼女で爆睡していたのか寝ぼけて中々再起動してくれません。


「まずギルドに事後報告と今後の相談、それに色々話しておかないといけない相手もいるだろう?」

「うん……? 何を話すんですかカイさん……今度は私が下になります……さぁ、どうぞ……」


 ダメだ、まだこの人頭が起動していない。

 仕方ない、ひとまず彼女を放っておいて、我が家の眠り姫二号さんに取り掛かるとしようか。


「って、なんでこんな所で寝てるのかね君は」

「うん? だってベッドはカイくんとレイスが使ってるじゃないか……」


 そしていつのまにか、リュエはベッドの脇、床に何やら布を敷いてそれに包まって眠っていた。

 窓とベッドの僅かな隙間、人一人がようやく入るようなその場所に、まるで挟まるようにして収まっている。


「ここはなんだか落ち着くんだよ……ぎゅっと身体が締め付けられて、抱きしめられているみたいなんだ」

「あーうん、分かった。今度は自分を抱きしめろって事ですね。今度な、今度」


 なんといじらしい。

 けど本当に心地よさそうに隙間で笑顔を浮かべる姿が、まるでハムスターか何かのようだ。


「じゃあそろそろ起きてくれないか? ついでにレイスも起こしてくれ」

「それなんだけどカイくん、動けないんだ。ここから出してくれないかな?」


 ……無言で手を差し伸ばす。

 本当何してるの君。


「最近レイスは特別な方法で起こしていたからね、普通に起こしたんじゃ中々起きないんだ」

「ほほう? どうすれば起きるんだ?」

「これは私が考案した目覚ましヒールって言うんだ。凄く気持よく起きる事が出来る魔術で、時限式にも出来るすぐれものなんだ」

「ほほう、それは凄い。じゃあそれをレイスにかけてみてくれ」


 寝癖で髪を角ばらせたリュエが、得意気に自分の考案した魔術を説明する姿に笑いをこらえつつ、その効果見させてもらうことに。

 レイスは今度は布団を抱きしめて、まるでそれを人間か何かのように扱い頬ずりしていた。

 ……目の毒すぎるんですが。魅惑的な生足が布団に絡みつき、豊満な胸を歪ませながら布団の形が変わるほど強く抱きしめている。

 これが人間なら背骨骨折待ったなしですわ。


「よーし、じゃあいくよ? せーの、目覚めよーレイスー」


 間抜けな棒読みで魔術を発動すると、突然レイスの身体が軽く痙攣し始める。

 え、これ人様に見せていいものじゃないんじゃないんですか?


「はっふぅ! ……んくっ、んっんんっ! ……うぅ、うくっ」

「そろそろ起きる時間だよレイス」

「う……うん? おはようございますリュエ……」


 目の毒通り越して目ん玉即死するレベルなんですが。

 明らかに気持ちよく目覚めるの『気持よく』の意味合いが違うんですが。


「リュエ、今度からそれで起こすの禁止な」

「ど、どうして!?」


 やめなさい、レイスが癖になったらどうするんですか。




「店主、食事を三人分頼む」

「既にお連れ様がお待ちになっております、魔王様」


 ようやく平常運転に戻った彼女達と共に一階へと向かい食事を頼むと、俺に客がきている風な事を言われる。

 こんな朝早くに宿屋までやってくる相手なんて限られる。恐らく彼女だろう。

 訝しむ二人を引き連れて食堂へと入ると、案の定そこには、綺麗に髪をアップに整えている我らが豚ちゃんの姿が。

 こちらを確認し、ナプキンで口を軽く拭って口を開く。妙に絵になっていてムカつくな、本当。


「おはようございますカイヴォン。先に頂いていますよ」

「呼んだ覚えはないんですがそれは。態々来なくても今日はギルドに顔を出すつもりだったんだが」

「そうだったんですか。私はてっきり、そのまま街の外に逃げ出してしまうのでは、と思ったのですが」

「その発想はなかったわ……今から実行に移そうと思います」


 キビキビとした少々キツメな口調で話す姿は、いつものオインクとは違い本物のギルド総長、何千人もの冒険者を束ね上げ一代で大陸を制覇した覇者そのもの。

 うん、さすがにここまできちっとされるとこちらもそれ相応の対応をしないと――

 とか言いながら既に食堂から出ようとしてるんですけどね。


「いいからこちらへ来て下さい、冒険者カイヴォン。さすがに今逃げられては私も困ります」

「……仕方ない。というかその話し方はやめろ、なんだか俺がお前の部下みたいに見られる」

「周りの目があるので仕方ないでしょう。私の立場も考えてください」

「そのままお返ししよう。魔王を従えていると思われたら、お前の風当たりも強くなるだろう?」


 少しだけ険悪な空気が漂い始めると、側にいたリュエがあわあわと動き出し、レイスもレイスで、この見慣れぬ相手に警戒心を抱き始める。

 ……こんくらいでいいか。


「で、態々一触即発を演出したその心は」

「どうしてそこで台無しにするんですか……ほら、もう料理も頼んでいるんですし、席についてください」

「あいよ」


 いやまあ本気じゃないってのはお互いにわかってるんですけどね。

 意味があるからこそこんな行動をしているんだろうし。

 そこら辺は『阿吽の呼吸』というか『あっ、うん』なノリです。

 そして唐突に空気が変わったせいで、背後の二人が事態を飲み込めなくなっているようです。


「カイくん、喧嘩はダメだよ? オインク、昨日色々押し付けちゃったから……ごめんよ……許してくれないかい?」

「あ、いえその、違うんですよ? これはカイヴォンとの挨拶のようなものなので、気にしないでください」

「いつもと呼び方も違う……」

「え、ええと……一応周りに目があるので……ぼ、ぼんぼん、はよ、はよ」


 強いぞリュエ、ついにオインクが折れた。

 が、我が家のもう一人のお姉さんが未だ警戒心を露わにしている。


「呼び捨て……呼び捨て……呼び捨て……」


 うつむき繰り返し呟かれる言葉に少しだけ恐怖心が。

 俺刺されない? 大丈夫? やだよ昨今のアニメのような展開は。

 ああでも、まだ紹介していなかったな。

 レイスはリュエとは違い、ゲーム時代、すなわち神隷期の記憶がないのだし、ここは俺がこの豚のちゃんを紹介せねば。


「レイス、こいつはオインクだ。たぶんこの大陸に長く住んでいるレイスの方が分かるんじゃないか?」

「オインク? あの三大議長のオインクさんですか?」


 なんかまた新しい称号貰ってるんですけどこの豚。


「一先ず座りましょう。朝食が済みましたら、今後の相談でも」






「お初お目にかかります。こうして直接顔を合わせるのは初めてですね。かつて、ウィング・レストにて議長の真似事をしていましたレイスと申します」

「ご丁寧な挨拶痛み入ります。お噂はかねがね。貴女とはぜひ一度お会いしたかったのですが、まさかこのような形で叶うとは思いもよりませんでした」

「わ、わたしは氷霧の森にて……ええと」

「リュエ、対抗しなくていいから」


 席に着き、朝食を済ませた俺たちはそのまま宿にあるサロンへと移動した。

 着くなり早々二人が静かな凄みを感じさせる笑みを浮かべながら、互いに自己紹介をしだす。

 ……知ってるか、美人同士の気合の入った挨拶って、すごい迫力なんだぞ。

 三人目の美人さんがわたわたと意味不明な事をするくらいに。


「まず初めに、レイスさんには謝らなければいけませんね。かつて、この大陸が混乱の粋を極めたのは私の所為です。それにより、貴女には不自由な思いも沢山させてしまいましたね」

「いえ、そんな事はありません。大陸が平定されてからは、それまでの生活が嘘のように快適になりましたよ。オインクさんには感謝しています」

「ですが、家族が離散し、その後もアーカムの暴挙を止めることも出来ず、今日という日を迎えてしまいました。私がもし早く、貴女が私の知る『レイス』だと気がついていたら……」


 オインクは沈痛な面持ちで、自分の手が回らなかった事を悔いる。

 確かに、革命はその後を生きる人間からすれば偉大な行為かもしれない。

 だが、その当時に平穏を甘受していた人間からすれば、それは侵略行為と、平穏を乱す行為と言われても仕方がない。

 そしてその余波を受けたレイスもまた、その被害者と言ってもいいのだろう。


「オインクさんが知る私……カイさんとは、神隷期からのお付き合いなのでしたよね?」

「ええ。そして覚えていないかもしれませんが、私は貴女にお会いしたこともあるんですよ?」


 そうだったな。

 ああ、そうだったとも。

 俺が新しいキャラを作ったからと、みんなにお披露目したっけ。

 中でもオインクの食いつきは凄まじく、絶対ドレス系の装備を揃えるべきだと鼻息を荒くしていたのを覚えている。

 フゴッフゴッって具合に。豚だからね、仕方ないね。


「積もる話もあるかもしれないが、まずは今後どう動けばいいか相談しようか」

「そうですね、まず今日の所はカイヴォ……ぼんぼんにはアーカムの屋敷にいた人間から面会の要請が多数寄せられていますので、まずは会ってみてもらえませんか?」

「なるほど、俺の目でダメなやつを判断しろと」

「そうなりますね。アーカムに従っていたのは仕方なくだ、と言う人間ばかりでしたが、恐らく心の底から賛同していた人間ばかりでしょう。価値観は後天的に変化させるのには時間がかかりますし、そういう人間には一度、荒療治を施そうかと」


 やだこの豚恐い。

 しかし実際あの集まったアーカムの信奉者は、この街にいた魔族よりもどっぷり魔族至上主義に染まっているはずだ。

 処断するには、そして野放しにしておくには連中の地位は高すぎる。嫌な言い方になるが、一般人なら牢に閉じ込めるなり、処断する事も出来るのに。

 だからこそ、今一度俺が会う必要がある、と。


「あの、この街の住人はどうなるのでしょう? 領主不在となると、多方面に支障が出るかと思うのですが」

「その件なのですが、後ほどアーカムの屋敷の家令をしていた方に相談してみたいと思います。夏の収穫祭の際に、議会を開くつもりですので、それまでの間の代行を、と」

「それは……イクスの事でしょうか?」


 ああ、そうだったな。

 レイスが言うには、屋敷にいる間イクスと話すことが出来なかったそうだ。

 避けられている、と言ってもいいくらいだったとリュエも言う。

 彼女とレイスも一度、引き合わせないといけないだろう。

 それに、アーカムの直系も直系、強い力を引き継いだあの姉弟の件もある。

 あの二人を担ぎ上げ、再び魔族連中が暴走しないとも限らないし、こちらもなんとかしないといけないんじゃないですかね?


「じゃあ、俺は屋敷にいた連中と話してくる。レイスとリュエはそうだな……オインク、一緒に連れて行ってくれないか?」

「私がですか? ……わかりました、ではあの屋敷にいた二人にも一緒に来て頂きましょうか」


 俺の意味ありげな視線に、何かを感じ取ったのか了承してくれる。

 さすが豚ちゃんは賢いな。具体的に言うと犬やチンパンジー並に。


「……今失礼な事を言われたような気がするのであえて言わせてもらいましょう。やんやん? やんやん?」

「賢いどころかエスパータイプかよ……」

「脳筋タイプ絶対殺すマンです」


 俺を殺すと申すか。

(´・ω・`)OTP許すまじ

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