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六話

 脱引きこもり

 リュエの話の中に、気になる言葉があった。

 "神隷記"だ。

 そして氷山の前で彼女は"創世記"とも言っていた。


「リュエ、"創世記"と"神隷記"って?」

「ああ、カイ君が居なくなってから出来た言葉だからね。意味は――」



 曰く"神隷記"とは"見えざる神"と呼ばれていた、人々の信仰の対象ではない、実態のない、けれども絶大な力を持った存在に世界のルールを定められていた時代の事だそうだ。

 というかそれって"運営"に管理されていた"ゲーム時代"って事なんじゃないだろうか?

 まぁともかく、ゲーム時代の記憶を持っている人間を、リュエは見つける事が出来なかったらしい。


 "創世記"と言うのは、リュエが当事者だった時代で、この森に初めて生まれた時代の事らしい。

 どうやら"神隷記"と"創世記"の間には空白の時代があったらしいのだが、そこは彼女も知らないと言う。

 で、その"創世記"と言うのは、神々の残した新たな"七星"が活動の兆しを見せ始め、それを封印しようと様々な魔法技術、制度、そして国や組織が生まれた激動の時代の事だそうだ。

 そして、その果てにリュエは"龍神"の封印をまかされた、と。


 ……て事は残り6体もいるんですか、あんな化け物が。いや倒した俺も大概だけど。



 ともかく、旅に出るのは確定として、リュエもまた旅支度を始めた。


「さて、じゃあ私の旅の支度なのだけど、正直これ一つあれば事足りるんだよ」

「なんだか無骨なバッグだな。旅用品でも詰まってるのか?」

「ふふ、ちょっとこれを開けてみてくれ」


 早速旅支度をしようとしたリュエが持ってきたのは、少し大きい程度のバッグだった。

 なんだか登山用のリュックにも見えるが、大きなチャックと持ち手がついている。

 言われたとおりそのチャックを開けてみると――


「なんだこれ、何も見えないぞ?」


 闇が広がっていた。


「それはこの家の倉庫と繋がっているんだよ。だからこれさえあれば、なんでも引き出さるという訳さ」

「なんて便利な……じゃあ荷物も入れ放題じゃないか」

「いや、残念ながらこれは一方通行なんだ。だから余りかさばるものを取り出すと処分に困るだろうね」

「なるほど。けど、これで売れそうな物を換金して、旅の資金にも出来るな」


 倉庫の中には、試作品の魔道具のような物から武具、中には金銀財宝……ではないが価値のありそうな品々が多数保管されていた。

 一体あれらは誰から貰ったのだろうか?

 貢物とか言っていたが、まさかアレか、かぐや姫的な。

 お父さん許しませんよ?


「何を変な顔をしているんだい? まぁそれは最終手段かな。大人しくギルドの仕事を受けながら路銀を稼ぐさ」

「ああ『ギルド』ね。冒険者とか、そういう名前はついていないのか?」

「まぁ旅人が多く所属しているし、それでも間違いじゃあないけどね。ただ、私が外で活動していたのは随分と昔だからね、余りアテにならないかもしれない」


 今更ながら、彼女にいろいろ常識を学んだはいいが、もはや外では通じない可能性が。

 まさかそんな長い間引きこもり生活をしていたとは思わなかった。

 途中で思ったりもしたが、毎日楽しそうに教鞭を取る彼女を見ていると、中々言い出せない。


 ただ、聞いた話によると『ギルド』と言うのは日雇いから短期の仕事を斡旋する場所らしく、ファンタジー世界の小説やゲームで言う『冒険者ギルド』と同じような物だと感じた。

 彼女も外で暮らしていた時期、魔物の討伐や護衛などをしていたそうだ。


「で、最寄りの街でそのギルドに登録するんだな?」

「ああ、そのつもりさ。ただ、その……」

「どうしたんだ?」

「森を抜けるとすぐ湖があって、その反対側が観光地になっているんだ。そこから街道に出て街に行くと記憶しているのだけどね?」

「それで?」

「……水の気配がしない」

「へ?」


 リュエは氷魔術を使う為、水や氷の気配を掴む事が出来る。

 ましてや、龍神を封じる必要がなくなった今、彼女の能力はこれまでとは比較にならないそうだ。

 そんな彼女が水の気配を感じないとなると……。


「方向間違えた、分けじゃないよなぁ」

「ああ……恐らく湖も無くなってしまったんだろうね……まいったな、街に辿りつけないかもしれない」


 正確な年数は聞いていないし、彼女も覚えていないかもしれないが、どうやら地形が変わってしまうほどの時間が経っていた模様。

 しかしそうなると、最悪この付近の街すら無くなっているんじゃ?









「逆に発展しているとか予想ガイデス」

「何故カタコトなんだい? しかし凄い人だね、これは」


 あれから家を出て、常人では考えられないペースでの行軍のおかげで、4日で森を抜ける事が出来た。

 そこで、本来ならば湖がある筈の場所から、遠目にも見える程の街壁に思わず呟いてしまう。





 元湖をそのまま突っ切ろうとも思ったが、よく見るとそこだけ地面がうっすらと白くなっていた。

 これはもしや、と思い調べてみたところ、どうやらここは塩湖だったようだ。

 となると、逆にこれを産業にしている可能性もあると思い、迂闊に踏み込むのは宜しくないだろうと、ぐるっと迂回しながら進むこと3時間。

 遠目からでもかなりの大きさだと分かる街門が見えてきたのだった。


「どうする? リュエって人に見られてもいいのか?」

「どうだろうね? エルフの立ち位置が今どんな感じなのか分からないし、とりあえずこれかぶっておこうか?」


 そう言って取り出したのは……俺の服じゃねーか!

 それをまるで泥棒のほっかむりのように被り、耳をかくす。

 他にやりようはないのか。

 どうもこのリュエさん、お洒落というか、外見に拘ると言う事をしない。

 料理も男らしかったし、こいつは産まれる性別を間違えたんじゃないか?



「失礼な事考えてないかい? ただちょっとカイくんの温もりを感じられて気に入っているだけだよコレは」

「なんでそういう事さらりと言うんですかね」


 不意打ち良いくない。




「通行証か身分証明書の提示をお願いします」

「はいどうぞ」


 街の入り口では、俺達以外の人間が列をなし何やら手続きをしていた。

 それに習い、リュエが昔のギルドカードをダメ元で提示してみる。

 逆に何か騒ぎになりそうだが、まぁなんとかなるだろ。

 最悪金になりそうなものでも握らせれば。


「へぇ、北陸の方のカードですか。珍しいですね」

「む、そうなのかい? 後、ツレはまだ身分証を持っていないのだけど、どうすればいいかな?」

「ええと……所でその格好は一体?」


 ですよね。なんでこの人シャツを頭にかぶってるんですかね。


「おしゃれだろう? 北陸の流行だ」


 北陸の人たちにごめんなさいしようか。

 なんと返していいのか困っている門番が、気を取り直して俺へと向かう。

 ……俺は変な格好をしていないし、問題はない筈……?


「貴方は……高位魔族の方ですか? 珍しいですね。ええと、ギルドカード以外の身分証は何か……」

「すまない、そういった類の物は全て失っている。通行料を支払うことは出来ないだろうか?」

「あ、問題ありません。では1000ルクスになります」

「分かりました。リュエ、頼んだ」


 外見上、一般人と名乗るには無理があると、リュエと予め俺の立ち振舞を決めておいた。

 没落貴族、あるいは訳ありの上流階級の人間、そんなイメージで応対する。

 なんだかむず痒くて慣れないが――


 街の中はそこまで人通りが多いわけではなく、時間帯やこの辺りの区画のせいか、疎らに通行人がいるだけだった。

 町並みは中世と言うよりは、某ネズミの国の内部のような、中世風だけど小奇麗な、だけどよく見ると文明の後が見られる感じだった。

 いや普通に何かの回線? みたいな物が電信柱のような物の間を走ってるんだよ。

 こういうの、景観を損なうからって地面に埋めるとか言われているが、ここではしないようだ。


「あれはなんだろうね? 魔力信号を伝達して、魔道具の遠隔操作でもしているのかな?」

「随分具体的な予測だけど、そういうのって昔からあるのか?」

「割りとあったよ? ただ街全体にあるのは初めて見たかな。さすが未来だ」

「未来って」


 相変わらずのセルフ浦島さんである。

 が、これなら思いの他生活水準も期待できそうだ。

 少しだけ、これからの生活への期待が高まる。


「所で、エルフをみかけないね」

「この疎らな通行人じゃまだ判断出来ないけどな。もうちょっと歩いてみようか」






「昼飯時だったって事か」


 少し歩くと、俄に人の数も増え始め、何やらいい匂いがただよってくる。

 そして通りを歩く人を見れば、人間から魔族、そしてリュエ同様にエルフの姿がちらほらと。

 これならもう耳をかくさなくても大丈夫だろう。ていうかその服かえせ、なくなったと思ってたんだぞ。


「カイくんの香りが……」

「変態っぽい発言禁止」

「冗談だよ。しかし、門番の反応で薄々分かっていたけど、魔族までいるのか……」


 "魔族"ゲーム時代は人間の姿に小さな角や、羊のような巻角、小さなコウモリの羽等、よく言うサキュバスのような、インキュバスのような、低級人型モンスターの用な姿の種族だった。

 ポジション的にはエルフ以下の魔力と人間以上の筋力、そして技量関係のステータスが低いと言う、使いにくい種族だった。

 が、サキュバスのようなエロいお姉さんスキーな人達には人気で、それなりの人口を誇っていた。

 まぁ逆に男で魔族なんて少なかったけど。

 ん? 俺は魔族じゃないのかって? 俺は人間だから。外見だけカスタムしただけだから。


「カイくんは人間なんだよね?」

「ああ、そうだよ。特殊なアクセサリーで魔族のふりをして遊んでいたんだけどね」

「物好きな。けど、人数は少ないとは言え、まさか普通に共生しているとは……」

「リュエは魔族が苦手なのか?」

「まぁ、色々時代があったからね」


 ゲーム時代、魔族は人間とエルフの街の施設を利用する時、色々と制限が設けられていた。


 だがそのかわりに、レベルが上がりやすいと言うメリットがあった。

 設定上、魔物の力を取り込みやすいから、とかなんとか。

 だが案の定ゲームではそんなシステムの背景、理由が語られておらず、プレイヤーが勝手に妄想した結果、魔族はその他種族と敵対しているのではないか? と結論づけられていた。

 恐らくリュエの反応も、そこからきているのだろう。


「昔、私の友人達に、魔族の友人がいたらしいんだ」

「へぇ、らしいって言うのは?」

「私は直接会ったことがなくてね。お互い合わないようにしていた訳じゃないと思うのだけど、ただやっぱりそういうのもあるんだなーと」

「……なぁ、もしかして会ったことのない相手って他にもいたりしないか?」

「ふむ……前にも言ったけどカイヴォン……君だってわけだね」


 やっぱりそうだよなぁ。

 となると、ゲーム時代の出来事が、彼女たちの人生の一部に組み込まれてるって具合なんだろう。

 チャット内容や細かい出来事には差異があるだろうが、付き合い等はその当時の物がそのまま引き継がれているって具合か。

 となると、その魔族の友人で、会ったことがないと言うのは……。


(俺の3rdキャラ、だろうな)


 持ちキャラ最後の一人。

 キャラクターネーム"レイス"

 サキュバスをイメージして作ったナイスバデーのお姉さんである。

 作ったはいいが、愛でて満足してしまったキャラで、余り育成もせず放置していたキャラである。

 だが、アクセサリーや衣装の収集だけは熱心だった。

 戦闘職は確か……あれ、なんだっけ?


(そういえリュエは"聖騎士"と"魔導師"なんだよな)


 職業は大きく分けて"初期""上位""最終"の3つに分類される。

 聖騎士は"剣士"から"騎士"に派生し、最後に"神官"系統の職業を上げる事で開放される職業だ。

 名前は凄いが、器用貧乏。

 メリットはソロでどこにでも行ける事。そんな立ち位置。

 サブで設定していた"魔導師"は魔術師系統を育てていれば、必ず最後になれる職業だ。

 こちらはどちらかと言うと、パーティーのメイン火力をはれる反面、その高いダメージの所為で敵に狙われやすい、ソロには不向きの職業だ。

 当時この組み合わせで育てていたら『お前どこまでソロ思考なんだよ』って言われたもんだ。


 聖騎士の豊富な防御技と回復魔法は、打たれ弱い魔導師のデメリットを緩和する。

 そして魔導師の高威力の魔術は聖騎士の弱点である遠距離の攻撃を補い、同時に補助魔法で自分を強化出来る。

 補助専用の職業には劣るが、全ての能力を若干上げてくれる便利な魔法と、そして職業補正である『消費MP軽減』が非常に聖騎士と相性がよかった。


(不沈艦プレイとか懐かしいなぁ)


 そんな当時のリュエを思い浮かべながら、今のリュエを見やる。


「カイくん、代わりにそのマントをかしてくれないかい。温もりプリーズ」

「……はぁ」


 どうしてこうなった。

 最高クラスの鎧、外見も拘り、絵に書いたような聖騎士っぷりに、身内の絵師が一枚絵を書いてくれた程だったと言うのに。

 というかあの装備って持っているのだろうか?



「所でさっきから先導してるけど、リュエはどこに向かっているんだ?」

「ああ、武装している人間が同じ方向に流れていたからね、後にくっついて行けばギルドに辿り着くんじゃないかと思ったんだ」

「……なるほど」


 しかし、中々どうして頭が回るというか、しっかりしている。

 いつまでもゲーム時代のイメージに囚われるのも宜しくないが、今のリュエもリュエで、十分に頼もしい。

 ううむ、そのうち話すべきなのだろうか? 『俺がリュエを生み出した』という事を。

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