―追憶3―
どのくらい泣いていたのだろう。
女の童の顔は熱く、まぶたは重く、四肢も雪のように冷え切っていた。
あたりも日が傾き始めており、冷えた風がときどき吹きつけた。
心の芯まで泣き疲れた女の童は、あてどなく、一人で歩いていた。
――父上のいるお屋敷になど、帰りたくない――
その一心で、母親の遺体がどこかのお寺の者たちに引き取られてから、ずっと、京の街の一画を、さまよっていたのだった。さまよいながらときどき、先ほど自分が父親に吐き捨てた言葉を思い返していた。
――父上も、母上と同じくらいに苦しんでいたのは分かっている。ため息ばかりついていたことも。母上と一緒に泣いていたことも。分かっている。分かっているけれど、でも――
いよいよ辺りが暗闇に包まれようとしていた。昨日、おとといと同じように。
お屋敷に戻りたくないとはいうものの、かといって、ひとり外で一晩過ごすのも、心細かった。日没後に忘れ物のように残された橙色の日の光が、どんどん弱くなっていくにつれて、女の童の不安な気持ちも、強まっていった。ぬぐいきれない夜への恐怖感に白旗を揚げるように、重々しく、お屋敷へ向かって歩き出す。
――あれ――
仕方なくお屋敷へ戻ると、もうずっと前にお屋敷に戻ったはずの父親の気配が、一切なかった。
――どこかへ出かけているのか――
小さな両手で手燭(持ち運びのできる灯り)を持ち、しんと静まり返った真っ暗なお屋敷のなかで、父親を探した。
「父上」
か細い声で、呼びかけてみる。夜の闇に飲み込まれたお屋敷は、まるで自分のお屋敷ではないように感じられる。
やがて、奥の部屋に、灯りがともっているのが見えた。そこは、母親の部屋だった。
――母上のお部屋で一体いまさら何を――
女の童の心の奥で、また、ちりちりと怒りの炎が燃えはじめた。
「父上!」
ちりちりと灯台で炎が燃えるなか、父親は静かにうつむいて座っていた。女の童がお部屋に入ってきたことにも、まるで気づいていないようだった。
「父上! いらっしゃるならお返事くらいはしてください!」
女の童は両手で持っていた手燭をそっと足元に置くと、じっと動かない父親の肩をゆすった。
深く考えず、軽くゆすった、だけだった。
娘にゆすられた父親は、そのまま声を上げることもなく静かに床に崩れた。まるで、大きな人形が、音もなく倒れこむようだった。
驚いた女の童は、父親の座っていたところに、「露子へ」と書かれた薄様が置かれてあるのを見つけた。そばに、杯も転がっており、飲みかけの液体が、畳にこぼれていた。
女の童は、文を読もうと、灯台のそばで、折りたたまれた薄様を広げた。
父親は、眠っているのか、まったく身動きをしなかった。
露子、紅梅の上。
本当に、申し訳ないことをした。
すまなかった。
どうか私を、許さないでくれ。
さんざん泣き腫らしてお顔を浮腫ませた女の童は、父親の文で全てを悟った。ゆうらゆうらと揺れる灯台の炎が、蒼白な色に染まっていく女の童の顔を照らしている。
――わたしのせいだ――
――わたしが、父上を追い詰めたからだ――
――わたしが、父上を殺してしまった――