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宇治で解かれる事件手帳  作者: 柏木弓依
~囚われ人の章~(全10話)
48/54

―追憶3―

 どのくらい泣いていたのだろう。

 女の童の顔は熱く、まぶたは重く、四肢も雪のように冷え切っていた。

 あたりも日が傾き始めており、冷えた風がときどき吹きつけた。

 心の芯まで泣き疲れた女の童は、あてどなく、一人で歩いていた。

 ――父上のいるお屋敷になど、帰りたくない――

 その一心で、母親の遺体がどこかのお寺の者たちに引き取られてから、ずっと、京の街の一画を、さまよっていたのだった。さまよいながらときどき、先ほど自分が父親に吐き捨てた言葉を思い返していた。

 ――父上も、母上と同じくらいに苦しんでいたのは分かっている。ため息ばかりついていたことも。母上と一緒に泣いていたことも。分かっている。分かっているけれど、でも――

 いよいよ辺りが暗闇に包まれようとしていた。昨日、おとといと同じように。

 お屋敷に戻りたくないとはいうものの、かといって、ひとり外で一晩過ごすのも、心細かった。日没後に忘れ物のように残された橙色の日の光が、どんどん弱くなっていくにつれて、女の童の不安な気持ちも、強まっていった。ぬぐいきれない夜への恐怖感に白旗を揚げるように、重々しく、お屋敷へ向かって歩き出す。

 ――あれ――

 仕方なくお屋敷へ戻ると、もうずっと前にお屋敷に戻ったはずの父親の気配が、一切なかった。

 ――どこかへ出かけているのか――

 小さな両手で手燭てしょく(持ち運びのできる灯り)を持ち、しんと静まり返った真っ暗なお屋敷のなかで、父親を探した。

 「父上」

 か細い声で、呼びかけてみる。夜の闇に飲み込まれたお屋敷は、まるで自分のお屋敷ではないように感じられる。

 やがて、奥の部屋に、灯りがともっているのが見えた。そこは、母親の部屋だった。

 ――母上のお部屋で一体いまさら何を――

 女の童の心の奥で、また、ちりちりと怒りの炎が燃えはじめた。

 「父上!」

 ちりちりと灯台で炎が燃えるなか、父親は静かにうつむいて座っていた。女の童がお部屋に入ってきたことにも、まるで気づいていないようだった。

 「父上! いらっしゃるならお返事くらいはしてください!」

 女の童は両手で持っていた手燭てしょくをそっと足元に置くと、じっと動かない父親の肩をゆすった。

 深く考えず、軽くゆすった、だけだった。

 娘にゆすられた父親は、そのまま声を上げることもなく静かに床に崩れた。まるで、大きな人形が、音もなく倒れこむようだった。

 驚いた女の童は、父親の座っていたところに、「露子へ」と書かれた薄様が置かれてあるのを見つけた。そばに、杯も転がっており、飲みかけの液体が、畳にこぼれていた。

 女の童は、文を読もうと、灯台のそばで、折りたたまれた薄様を広げた。

 父親は、眠っているのか、まったく身動きをしなかった。


 露子、紅梅の上。

 本当に、申し訳ないことをした。

 すまなかった。

 どうか私を、許さないでくれ。


 さんざん泣き腫らしてお顔を浮腫むくませた女の童は、父親の文で全てを悟った。ゆうらゆうらと揺れる灯台の炎が、蒼白な色に染まっていく女の童の顔を照らしている。

 ――わたしのせいだ――

 ――わたしが、父上を追い詰めたからだ――

 ――わたしが、父上を殺してしまった――

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