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宇治で解かれる事件手帳  作者: 柏木弓依
~囚われ人の章~(全10話)
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第三話

 「――そうでしたか。事情は、分かりました」

 少将は、先ほど鏡右大臣が自分と清行にまくし立てた話を、順序だてて落ち葉の君に話した。落ち葉の君は少将の話を、途中で遮ることなく真剣に聞いた。

 「それで、これが月子さまの帳台に残されていた脅迫文です」

 話し終えた少将は、例のくしゃくしゃになった薄様(貴族が和歌や手紙を送るときに使った紙)を落ち葉の君の前に差しだした。

 

 三日後の絵合で、十一年前の罪を告白し、謝罪せよ。

 さもなくば、大切な者たちを失うだろう。


 「それでは、見てみましょうか。この文の、ことづてを」

 お願いします、と少将は落ち葉の君がその白く華奢な手を薄様にかざしているのを、静かに見守った。いままでと同じように、落ち葉の君は目を閉じて、集中力の全てを傾けていた。声を発したり、手を動かしたりすることはなかったが、しかし確実に、薄様に残された残像をみているようだった。

 ふと少将は、落ち葉の君が初めてみた残像はどんな残像だったのだろうかと思った。これまでどんなときに、どんな残像を見てきたのかを、知りたいとも思った。けれど一方で、それを知ることは、禁忌に触れるのと同じようにいけないことであるような気もした。この女人の過去に触れてしまえば、二度と自分は、落ち葉の君に会えなくなってしまうのではないか――そんな予感を、理屈ではなく直感で感じていたのだった。

 落ち葉の君が、すっと目を開けて、手を離した。

 「この脅迫文を書いた人物は、女性です。それも、かなりの強い憎しみを、相当長い間、鏡右大臣に持ち続けてきた方です。」




 お屋敷の外で、この時期独特のすこし強い風が、木々の枝をわさわさとゆらしているのが聞こえた。ほのかな墨の香りの漂うお部屋のなかで、三人は、右近の用意したしとぎ(米粉をこねて蒸し、団子のようにしたお菓子)を食べるのも忘れて、脅迫文と向かい合っていた。

 「この『十一年前の罪』について鏡右大臣は心当たりはないとおっしゃったのですね」

 落ち葉の君の問いかけに、少将はうなずく。

 「たしか、『今回のことと関係がありそうなものは、なにも』っておっしゃっていました」

 「『今回のことと関係がありそうなもの』ですか……。ということは、十一年前に、鏡右大臣になにかあったことは確かなのですね」

 落ち葉の君は考え込むようにつぶやく。

 「右大臣というお立場上、なにかしら人からやっかまれることはおありかと」

 惟雅の言葉に、右近が、お偉い方は大変ですからね、と相槌を打った。

 「鏡右大臣の十一年前の罪も重要なのですが、それとは別に一つ、これを読んだときから気になっていることがあります。」

 落ち葉の君は、脅迫文の二行目を指差しながら続けた。

 「今回さらわれたのは月子さまお一人。けれどここには『大切な者たち』と複数形が使われています。これは、どういうことでしょう」

 落ち葉の君の指摘に、少将も惟雅もあわてて読み直した。

 「た、たしかに。じゃ、まだ僕たちのしらないところでさらわれている人がいるということですか」

 惟雅の言葉に、少将も息をのんだ。

 「いえ、おそらく今の段階でさらわれているのは月子さまお一人かと思います」

 動揺している二人とは異なり、落ち葉の君はいつもどおり冷静だった。凛とした声が、空間を涼やかに切る。

 「犯人は、月子さまをさらったことを、隠そうとはしませんでした。帳台という目立つ場所にこのような脅迫文を置いたことがそれをあらわしています。犯人の狙いは、あくまでも『十一年前の罪』を右大臣に絵合という場所で告白させることなのです。『大切な者たち』は、それをさせるための手段に過ぎない。だからこそ、誰をさらったのかを右大臣に知らしめることは重要なのです」

 「今の段階でさらわれているのが月子さまお一人、というのはそういうことですか」

 少将はすこしほっとしたように言った。

 「しかし、このまま犯人と月子さまがみつからず、また鏡右大臣も何事もなかったように絵合を行おうとするのならば、もう一人、どなたかがさらわれることになります」

 「そんな……」 

 「その前に、月子さまを見つけ出し、犯人を止めなくてはなりません」

 落ち葉の君は、射抜くような鋭い瞳で薄様を見つめた。まるで、その向こうに犯人がいるかのように。

 「十一年前の件も含めて、鏡右大臣はいろいろと隠していらっしゃるようです。直接、お話を伺いに参りましょう」




 ――翌日。

 お昼前に、落ち葉の君と少将は、鏡右大臣のお屋敷へ来ていた。月子姫が失踪してから丸一日が経っており、お屋敷の人々はいよいよ、不安を募らせているのがそのやつれた表情から伺えた。

 「それで、月子の行方はわかりましたか」

 落ち葉の君の希望で、月子姫のお部屋に二人を案内した鏡右大臣は、二人を円座わろうだに座るようすすめてから、自分もどっかりと座るなり、聞いた。昨日とは違う直衣を纏い、髪も整えているところをみると、一応、このような状況でも身なりに気を配る余裕はあるようではあったが、目元にできたどす黒いクマまでは、隠せていなかった。

 「いえ、居場所まではまだ……ですが、犯人は女性ではないかと。右大臣にお心当たりは」

 恐る恐る話す少将に、鏡大納言は忌々しそうにない、と断言した。

 「昨日も言ったように、思い当たることがないからこうしてお願いしているんです。犯人探しよりも、早く月子を探してください」

 「鏡右大臣、本当は、犯人にお心当たりがあるのではないですか」

 今にも癇癪玉を破裂させそうな右大臣に、落ち葉の君が澄んだ声で突然言い放った。思いもかけなかった言葉に、少将は驚いて、落ち葉の君を見る。

 「そ、そんなはずはないだろう。さっきから言っているじゃないか、心あたりなど……」

 「右大臣」

 落ち葉の君の鋭い声が、時の権力者の言葉を遮った。

 「月子さまの帳台には、この薄様だけが残されていたと昨日おっしゃったそうですが、本当は、違いますよね。もう一つ、この薄様のそばに置かれていたものがあったはずです。紅梅の描かれた扇が」

 全てを知り尽くしているような鋭い瞳に射られた鏡右大臣のお顔は、明らかに狼狽していた。

 「なぜ、隠すのですか」

 「し、知らん。私は知らん」

 まるで恐ろしいものをみるような目を落ち葉の君に向けていた鏡右大臣は、落ち葉の君から距離をとるように後退して立ち上がった。

「と、とにかく、絵合は明日だ。明日までに、月子を探してくれ。それ以外のことは求めていない。い、いいな」

 おそらく精一杯の虚勢を張ったのだろう。鏡右大臣は、少将にそう命令すると、部屋を出て行った。

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