出会い9
「そうですね。鈴乃さんなら大丈夫でしょう……」
ほんの少し戸惑いの表情を浮かべながら答える。
「やってくれるのか?」
「はい。ひとつてさんがそうおっしゃるなら」
まだ気乗りしない様子で答える。
「待って、エルティちゃん。ひょっとすると危険なの?」
俺とのやりとりを聞いていた鈴乃が尋ねた。
「なに言っているんだ、エルティに限って危険ってことねぇよな?」
「いえ……」
目をそらしながら答える。
「だったらやらなくていいぞ。残念だけど鈴乃もあきらめろ」
「どう危険なの?」
あっさり2人に言ったが鈴乃はさらに尋ねる。
「あたしをふだんから見えるようになるためには脳そのものに手を加えなければならないんですぅ。
それは、本来眠ったままの脳に直接影響するのでぇ、万が一少しでも調整に失敗すると、ひどい頭痛や吐き気に襲われて……しかもそれが2〜3日は続くんですよぉ」
「気が狂ったり、死んじゃったりすることはないのね?」
「えぇ〜っ? そんな恐ろしいことはありません!」
「じゃあお願い。エルティちゃん信じるから」
「し、信じて下さるのは嬉しいんですけどぉ……万が一のことがあったら大変ですぅ」
さっきまではやるつもりでいたのに、危険というのを自覚してか、すごく困った顔をして鈴乃に詰め寄る。
「エルティちゃんなら大丈夫。いろいろ考えてのことだから……だめかな?」
「なあエルティ……鈴乃の希望どおりにしてやってくれねぇか?」
鈴乃同様、こいつの性格を本人なみに知っている俺は、あきらめてエルティに頼む。
こんな時の鈴乃はテコでも動かないし、理屈じゃ絶対に勝てない。
「ですが……」
「慎重にすれば大丈夫なんだろ?」
「99.75%は大丈夫だと思いますけどぉ……」
やけに細かい数字だ。
「ほとんど100%じゃねぇか」
「完璧ではないですから……」
「そりゃそうだよ。完璧なものなんてないよ。エルティちゃんならきっと大丈夫だから」
安心させるように、ニッコリ微笑みながら鈴乃がゆっくりと言い聞かすようにエルティに頼む。
「……分かりましたぁ」
決心してエルティがイスから立ち上がり、鈴乃は座らせておいて自分は正面に立った。
「それでは、そのままリラックスしておいてください」
スッとラフトが浮かび上がり、輝きながら鈴乃のまわりをクルクル回転する。
「……いきますよぉ」
1枚が正面で止る。
人のラフトだ。
レリーフの右目から出た光が鈴乃の左目に当たると、一瞬ビクッとした鈴乃だがすぐに落ち着く。
しばらくして今度はレリーフから出た光が鈴乃の頭を通って右目からレリーフの右目に光が伸びる。
光は様々な色に変化しながら部屋の中をかすかに照らし出し、少しばかり幻想的な光景……エルティを見ると、とてもじゃないが声をかけられないほど真剣な表情をしていて、手はボールを持っているように胸のあたりまで持ち上げて……丸いキーボードを叩いているように指が微妙に動いている。
「……ふぅ。終わりましたぁ」
大きなため息と共に、ラフトが輝きを弱めながらエルティの飾りへと戻っていった。
「鈴乃、気分は悪くねぇか?」
「……え? う、うん……大丈夫……」
ボーッとしている鈴乃に声をかけると、ハッとして、目をパチパチさせながら答える。
「これでエルティちゃんのこと、いつでも見れるようになったんだ」
「はい! そのはずですぅ」
「そのはずって……失敗じゃないんだろ?」
「は、はい。今のところ成功ですぅ。あとは実際に確認してみないことには……」
「そうか、エルティって案外、慎重なんだな」
「いえ……」
少し赤くなって目線を下げる。
「だったらさっそく外にいって確かめてみようぜ。人の多いところだったら、駅前でいいか?」
「うん。いいよ」
鈴乃と2人で駅前までやってきたが、念のために道端の目立たない場所を選ぶことにした。エルティはもう1度俺の中に戻って休んでいる。
「このあたりでいいんじゃねぇか?」
「そうだね。エルティちゃんて、どうすれば出てきてくれるの?」
「お、聞くの忘れてたぜ。さっきはとりあえず呼んだら出てきたんだけどな」
「大丈夫ですぅ。ちゃんと聞こえてますからぁ」
元気な声と一緒に、俺と鈴乃のあいだにフワリとエルティが現われる。
「それで……あたしは、なにをすればいいんでしょうかぁ?」
「そうだな……鈴乃、考えてくれ」
「うん。とにかくこのあたりを飛び回ってくれるだけでいいよ。歩いてる人の目の前横切ったりするの……それで、その人が気づかなかったら、もう大丈夫だよ」
「わかりましたぁ!」
元気な返事を残して、期待していたほど人通りの多くなかった道にフワッと飛んで行く。
「なんだか妖精みたいだね」
鈴乃がつぶやく。
「おう、そうだな。それはそうと、あの羽はばたいてねぇのになんで飛べるんだ?」
「姿や形は関係なくて、どういう力かは判らないけれど、元々飛ぶことができるんだと思う。
空力抵抗や生物学的観点から考えても人間の骨格に羽があるなんておかしいから、ただの飾りだけだと思うよ」
よく分からねぇが、そうなんだろう。