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変われる明日  作者: 吉川明人
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出会い8


「違いますよぉ。あのかたは元々優しいかただったんですぅ。ただ、なにかが原因で心にたくさんけものが増えてしまったのでぇ、あたしはそれを取り除いただけですぅ」

「ねえエルティちゃん、『獣の心』っていうのはなんのこと?」

「それはですねぇ、みなさんの心の中にはいろいろな感情があるんですけど、中でもよくない感情のことですぅ。これが人によっては人格そのものに影響してしまっていることがあるんですよぉ」

「それじゃあ、なあエルティ。もし能力を変えられるってのを使えば、すごく頭をよくしたり、オリンピック選手並みの体力にしたりできるのか?」

 ちょっと期待を込めて尋ねると、エルティは会ってから初めて寂びしそうな顔をした。

「できますけどぉ……ひとつてさん、そういうのが獣の心の1つなんですよぉ……」

「もう、仁狼ちゃんたら」

 鈴乃にもあきれ顔で見られた。でも鈴乃のは少し含み笑いがある。

「そういうおまえも同じこと考えてたんじゃねぇのか?」

「へへ……ごめんねエルティちゃん」

「おう、悪かったぜエルティ」

「はい! ありがとうございますぅ」

「でもこんなこと誰かに知られると、大変なことになるよ」

 鈴乃が考えながら言った。

「なんでだ?」

「さっき仁狼ちゃんが言ったよね。頭をよくしたり、体力を高めたがっている人。それも、どんな手を使ってでも。少なくないと思う。ううん、どっちかっていうと多いと思うよ」

「そうか? 俺は今のままでもいいけど」

「仁狼ちゃんはそうかもしれないけど、それより多いのが『そうさせたい人』。幼児期からの英才教育なんかがあるのも1つの例だし、それにスポーツ選手にさせようとしている親とか多いよ」

 それはこいつ自身に当てはまるな。


 鈴乃は小学生に入りたてのころ、親から英才教育のための塾に通わされていた。

 ある日急にやめたみたいだが、こいつにはもう2度と行きたくないとなん度も聞かされ、あの時の辛そうな言葉は今でも憶えている。

「大丈夫だろ? 俺がやるわけじゃねぇんだし、エルティにもその気はないだろうから」

「はい! もちろんですぅ」

「それに第一、こいつが見えねぇんだから誰も信用しないぜ」

「そうだけど……ねえ仁狼ちゃん。このこと、まだ誰にも言ってないよね?」

「おう、おまえが初めてだ。順崇にも言ってねぇ」

 鈴乃は少し眉をひそめて軽く握った右手を口に当てなにか考え始める。

 こいつがこの体勢に入っているあいだ、俺は声をかけてはいけない。なんせ『鈴乃コンピュータ』がフル回転している時だ。


「……鈴乃さん、どうかされたんですかぁ?」

 気配を察してか、エルティが小声で尋ねる。

「おう。今は鈴乃コンピュータが動いているから、へたに声をかけるとエラーが出るんだ」

「エラーですか?」

 なんなのか分からない様子だったが、それ以上尋ねてこない。

 そう、確かに鈴乃はすごい。

 記憶力、想像力、集中力のどれを上げてもすごいが、トロさ以外にたった1つ弱点がある。

 俺や順崇、鈴乃の両親に限り、全神経を集中して考えごとをしている時に声をかけると『返事をしなければならない』という責任感から、今考えていたことと返事とがごっちゃになって頭の中がまっ白になるらしい。

 気にしないで無視しろと言ったことはあるが『そう思ってもどうしてもできない』ということだ。

 特に俺が話しかけた時にはこっちが見ていて不思議になるほどだ。


 ガキの頃におもしろがってわざと声をかけたことはあったが、1時間にもわたる金縛り状態を起こさせて以来、2度としないと心に誓った。

 あの時は本気でヤバイと思って、泣きながら鈴乃の母さんを公園までかついで走ってしまったほどだ。

 その時の頭の中がどんな状態になっているのか尋ねてみると、『メモリを目一杯使って作業しているアプリケーションにもっと作業させようとしてフリーズしたみたい』と答えたが、よく分からんと言うと、『大急ぎでジグソーパズル完成させている途中に、違うパズルの部品渡されて、どこにあてはめればいいか困るってる状態みたい』と教えてくれた。

 つまり固まっているわけじゃなく、渡された部品を完成させようとしているパズルの、どの部分に当てはめればいいか、1つずつ再チェックし直しているらしい……いや、それでもイマイチ意味が分かんねぇ。

 しばらくして鈴乃がゆっくり顔を上げる。

「計算終了か?」

「うん。ねえエルティちゃん。今みたいに大きくならなくても、仁狼ちゃんと同じようにあなたをいつでも見れて、いつでも話せるようにできる?」

「……はい。できますけど」

「お願いできるかな? やっちゃいけないのなら、あきらめるけど」

「…………」

 エルティはしばらく考える。

「べつに能力っていっても、おまえと会って話せるだけなんだからいいんじゃねぇか? 友だちが増えると思って……」

 さっきのは緊急だったが、今度のはそうじゃねぇから『やっちゃいけない』ということをさせるのは悪い気がしたが、俺としてもエルティが見えるやつがいたほうが安心だ。

 特にそれが鈴乃なら。


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