出会い7
時間がたって少し落ち着いたせいか、鈴乃は普段どおりに振る舞っている。
「お茶いれるね」
「おう、頼むぜ」
当たり前のようにキッチンに立つ鈴乃。
こいつとは家族ぐるみでおたがいの家をしょちゅう行き来しているから遠慮なんてない。
ハッキリいって俺よりうちのどこになにがあるか知っているくらいだ。
ドカッとイスに腰かけてお茶を入れてくれる鈴乃をながめる。
こいつにも、けっこう世話になっている。
母さんが仕事で遅くなった時に鈴乃の家で夕飯を食べさせてもらったり、もう済んでしまっていた時には、わざわざ夕飯を作りにきてくれたことがなん度もある。
時間がかかることにさえ目をつぶれば、こいつの料理はかなりうまい。
逆に俺は力仕事くらいしか手伝えることはないが、部屋の模様替えや年末の大掃除なんかには重宝されている。
「……で、仁狼ちゃん、さっきのはなんだったの? それと、誰かと話をしてたのも」
お茶をすすりながら、改めて鈴乃が尋ねた。
「そうだな、ちょっと待ってくれ」
とにかくエルティがいないと話にならねぇ……でもどうやれば出てくるんだ? あいつ急に出てくるから、どうすればいいのか聞いてなかったぜ……。
「おーい。エルティ、出てこーい」
取り合えず、胸のあたりをノックしながら名前を呼んでみる。どうだ?
ちょっと待って見たが反応がない。まだ回復してないのか? そう思って顔を上げると、テーブルにエルティがチョコンと立っていた。
「おう、いるなら返事くらいしろ」
「す、すみません。ちょうど今、出てきたところなんですぅ」
「い、いや。いいんだけど……」
ペコペコ頭を下げるこいつの素直さには、ちょっと困る。
「仁狼ちゃん、さっきからいってるエルティってなんなの? 仁狼ちゃんらしくない語感だけど、誰なの名前?」
鈴乃は俺のことをほとんど知っている。
兄妹同様で育ったこともあるが、こいつは記憶力がとんでもなくいい。
1度でも読んだ本は完璧に記憶するし、中学1年の頃から今まで受けた全国試験でトップから落ちたことがない。
当然いつも学年1位の成績だ。ハッキリと覚えてねぇが、小学生の頃に通わされていた塾をやめて以来、さらに才能に磨きがかかったと思う。
そのうえ勘がいい。
ハッキリ言って、俺のパソコンの中に隠してあるエロデータの場所とそのキーワードを見破られない自信はない。もちろんそんな恐ろしいことを確かめる気はこれっぽっちもねぇ。
「そうだけど、ちょっと違うぜ」
「どういう……」
「とにかく見えないと説明のしようがねぇ」
鈴乃の言葉をさえぎって、エルティのほうを見た。
「エルティ頼むぜ」
「はい!」
元気な返事をしてテーブルから飛び降りた直後、エルティの体が光りながらどんどん大きくなる。
そして光がおさまった時……。
「ひ、仁狼ちゃん……この子……」
鈴乃が驚く。俺でも驚いているんだから、なん倍も驚いているに違いない。
「天使なの?」
「初めましてぇ、鈴乃さんですね。あたし天使じゃありませんよぉ、エルティと申しますぅ」
ニッコリと笑いながらペコリとおじぎ。笑顔を見ると、すっかり元気になっているのが分かって安心した。
「ハ、ハイ……初めまして……」
つられて立ち上がっておじぎする鈴乃。
あぶねぇ! 湯呑みを持ったまま頭を下げるんじゃねぇ。
エルティは大きくなったといっても身長は鈴乃よりかなり小さい。だいたい130センチくらいか。
「こいつがエルティだ」
「……う、うん……」
どう言っていいのか言葉にならないようだが、そりゃそうだろう。
「2人とも、とにかく座ったらどうだ?」
「そ、そうだね……」
「はいぃ……あれぇ?」
正面に座ろうとしたエルティの羽が、背もたれに当たってうまく座れねぇようだ。
「仁狼ちゃん、この家に、背もたれのないイスってあったかな?」
「おまえが知らねぇのに俺が知っているわけねぇだろ。イスを横に向ければいいんじゃねぇか」
「いえ、それではお行儀が悪いですからぁ」
そう言うと羽だけが小さくなっていく。便利なもんだ。
「これで大丈夫ですぅ」
そんな姿を見ると、服装はどうあれ普通の子どもといわれてもぜんぜん違和感がない。
「あの、エルティちゃん? お茶でいいかな?」
「いえ。あたしはなにもいらないですぅ。食べたり飲んだりしないんですよぉ」
「へぇ、エルティってそうだったのか。じゃあどうやって生きているんだ?」
「ひとつてさんの心の一部があたしに流れてくるんですぅ」
あいかわらず、分かったような分からないような答えだ。
「仁狼ちゃんの心?」
鈴乃が俺を見る。
「実はな、鈴乃……」
とにかく今朝からのことをぜんぶ話した。
「……うーん。分かったけど、分からないことだらけだね……」
素直な感想をもらす鈴乃は、俺とまったく同じ意見だ。
「ねえ、エルティちゃん……その飾りはなんなの?」
「これですかぁ、これは『ラフト』ですぅ」
そう答えてニコニコ顔に戻る。
続きを話すのを待ったが、そのつもりはないらしい。ラフトと言えば分かると思っているようだが、俺にはでかいゴムボートくらいしか思い浮かばねぇ。
「だから、それは何をするもんなんだ? 大井曽とさっきのヤツらに何をしたんだ」
「これはですねぇ、人格や人の能力を変えたり、記憶や感情の操作をすることができるんですよぉ。でも、ほんとはやっちゃいけないんですぅ」
「人格や能力が変えられるの?」
「それって大井曽にやったやつか?」
だったらあの変化もうなずける。