出会い4
大井曽に向けられたプレートの裏側にはそれぞれレリーフが彫られていた。
1つは人を、1つは動物を。さらに植物、最後は鉱物を象徴しているように見える。
大井曽は引きつった顔のまま俺を見つめて金縛っているから見えていないんだろう。
その中の1つ、動物のプレートが大井曽の正面で止まり、額へと光が伸びると、ヤツの体からドス黒いベットリしたコールタールのようなものがにじみ出てくる。
それがすべてプレートに吸収されたとたん、さっきまでの引きつってイヤミな大井曽の顔が穏やかな表情に一変した。
「おや、どうした天凪? 早く席に着きなさい」
「お? お、おう」
今のことを覚えてねぇのか?
訳が分からず席に着くと、大井曽は何もなかったかのように授業を再開し始めた。クラスのやつらも何だか分からないと、コソコソ話声が響く。
とにかくエルティがなにかやったことは間違いない。
「天凪くん、何かやったの?」
隣の席の浜柄五十海がそっと尋ねてきたが、俺にはどう説明すればいいのか分からねぇ。
「何もしてねぇよ。今日は特別に機嫌でもいいんじゃねぇか?」
「それにしても……それより、あんたがキレるなんてビックリした」
「おう、アイツがあんなバカなこと言うから」
「いつものことだけど。ホント、大井曽のヤツ……」
「ほら、喋っていると今度はおまえがエジキにされるぞ」
あわてて五十海は前を向く。
1時間目が終わった休み時間。俺はクラスのやつらに囲まれた。
「大井曽のヤツ急に態度変えやがって、天凪が本気で怒ったからか?」
「それより天凪が怒ったところって、おれ初めて見たぜ」
「アイツ、マジで震えてたぜ。いい気味だ」
「天凪くんでもキレることあるんだ。そりゃそうだけど、すごく迫力あったよね」
いろいろ言われたが、俺は適当な返事しか返せない。俺のことはともかく、エルティのことは知られないに越したことはないからな。
「仁狼ちゃん。怒りそうになったんだって?」
話を聞きつけたのだろう、隣のクラスからわざわざ鈴乃がやってきた。
「大丈夫だ。本気じゃねぇから」
こいつと俺は筋金入りの幼なじみだ。
赤ん坊、いや生まれる前から互いの母さんが産科の病院のベッドで隣どうしになったことがきっかけで知り合いになり、退院後いっときは別れたものの、宅地造成で新しく開発された地域に同じ日に2件おいた隣へ引っ越してきて以来、家族同然の近所づき合いが続いている。
だからもの心つく前からこいつとは一緒に育てられて、幼いころはほんとに妹だと思っていた時期もある。
こいつと幼稚園時代に知り合った磐拝順崇との3人は、中学3年になった今でも一番仲のいい友人としてつき合っている。
こいつらは俺にとって友人というより家族みたいなやつらだ。そして、親でさえ知らない本気で怒った時の俺を知っている。
特に鈴乃は俺に何かあるとすぐにやってきて世話を焼きたがる。うっとうしいこともあるが、もちろん悪い気はしねぇ。と言うより、もはや当たり前な感じだ。
と言いつつも、こいつがいまだに俺を『ちゃん』付けで呼びやがるのは少し恥ずかしい。まあ、俺だけをそう呼ぶなら「二度とやめろ」と言ってやるところだか、鈴乃は誰に対してもちゃん付けだから手に負えねぇ。
「とにかく、良かった」
鈴乃がメガネの奥からニッコリ微笑んで俺を見つめる表情は、エルティを思い出させた。
「仁狼ちゃん。今日は一緒に帰ろうか」
鈴乃は遠慮がちに俺を誘う。
2年の半ば頃まではいつも一緒に行動していたが、兄妹の感覚しかない俺と鈴乃を冷やかすヤツが多くなり、面倒くさくなった。俺は言いたいやつには言わせておけばいいと気にしていなかったが、鈴乃のほうが遠慮して距離を置いている。
だから学校では順崇と3人で弁当を食べる時以外、あまり話さないのがここしばらくのスタイルで、一緒に帰るなんてのは久しぶりだ。
ちょうど良かった。それとなくエルティのことを話してみようか。
大井曽の一件のあと、エルティは何事もなかったように、学校のあちこちを飛び回り、たまに俺に会うと大声で声をかけてくるので返事をしない訳にもいかず、周りのやつらの目を気にしながらその場をごまかすのに冷や汗をかきながら、やっと1日が終わった。
掃除を終えて教室を出たところで、鈴乃が待っていた。
「おう、待っていたか」
「うん」
ニコッと笑って俺を見る。
「順崇も誘おうぜ」
「さっき会ったから誘ったんだけど、今日は早く稽古に行かないといけないからって、先に帰っちゃったよ」
「そうか、しょうがねぇな」
順崇は幼い頃から爺さんのやっている古武術の道場に通っている。爺さんの本業は古美術商だが、日本古来から伝わるナントカ言う武術の正統伝承者だそうだ。
興味はあったが、俺は子どもの頃にその店で高価な壷を割ってしまい、血相変えた両親と一緒に謝りに行った記憶がある。
爺さんにこっぴどく怒られたが、理由は分からないまま弁償もせずに事はおさまったが、あれ以来、あの爺さんは苦手だ。
どんな武術か順崇に尋ねたことはあるが、「人に見せるほどの腕じゃないが、道場に見学にくれば見せられる」と言って教えてくれない。
しかしあの爺さんを思いだすと古美術商の店にも、道場へも行きたくねぇ。
「じゃあ帰るぞ」
「あ、待って。仁狼ちゃん」
歩き出す俺を、鈴乃はあわてて追いかけてくる。