出会い3
「……エ、エルティ?」苦しまぎれにつぶやく。
「エルティ?」
「おうそうだ! おまえは『エルティ』でどうだ?」
自分でも意味なんて分からなかったが、口に出してしまったんだ。もう取り返しようがねぇ……いや、こいつがイヤって言うならまた考えるが。
「エルティ……ですか」繰り返しつぶやく。
「イヤ、か?」やっぱりいくらなんでも勢いすぎたか?
「あ、ありがとうございますぅ! そんなステキな名前。とっても嬉しいですぅ!」
大喜びしながら俺のまわりをクルクルと飛び回り、目には嬉し涙が浮かんでいる。こ、これでいいなら俺ももちろん構わねぇぞ。
「じゃあ行くぞ。エルティ」
「はいぃ!」
ほんとに俺以外聞こえていないのか疑わしいほどの大声で返事して、こいつは後ろをついてくる。
「おうそうだ。学校に入ってからは、俺に話しかけるんじゃねぇぞ」
校門の前で立ち止ってエルティに言った。
「どうしてですかぁ?」
「おまえの姿が見えねぇんなら、俺は一人でブツブツ言ってるアブナイやつに見えるだろ」
「あたしはかまいませんよぉ」
「おまえがよくても俺はダメなんだよ」
「そうですかぁ……」
エルティはシュンとしてうつむく。ちょっとかわいそうな気もするが、しょうがねぇ。
「じゃ、じゃあ、あたし、あちこち見てきますね」それでもパッと顔を上げてニッコリ笑った。
「おう、悪いけどそうしてくれ」
校門をくぐると、さすがに歩いているのは俺だけになっている。今日の一時間目の授業は数学だ。担当の大井曽のことを考えるとうっとうしいが、遅れたもんはしかたねぇ。
「どーも。遅くなりましたぁ」
「待て、天凪」
堂々と教室に入って、自分の席に向かったが、やっぱり呼び止めやがった。
「ボクの授業に遅れてきて、その態度は何だ?」
俺はハッキリ言ってコイツが嫌いだ。
いや、教師たちからも嫌われているコイツを好きなヤツこの学校には誰もいない。
コイツがどんなに生徒や教師から嫌われていても教師でいられるのは、この地方の権力者の息子だからだ。コネだけで実力がないにも関わらず、やたら偉そうにするのはいいかげん誰もがうんざりしている。
「すいません。かえってジャマするのは悪いかと思いました」
「なぜ遅れたのか、ボクの納得のいく理由を述べたまえ」
ケッ! 何が述べたまえだ。
どう言い訳したところで自分の都合のいいように解釈して、責めるだけが目的だろうが。コイツはターゲットにした生徒を追いつめるのが趣味なだけだ。
以前に一人の女子が遅れた時は、数学の授業ごとにイヤミを繰り返し、まだ習っていない問題をあてて、あざ笑いやがった。
あまりにもひどかったのでひとこと言ってやったら、以来、俺も目をつけられてしまっている。
「駅で急に腹が痛くなって、でかいほうをしていたんですけど、紙がなかったことに気づいてから次に入ってくる人たちに声をかけ続けて、やっと紙をもらえるまで出るに出られませんでした」
言いたくなかったがコイツの授業に遅れた時のために考えていた言い訳だ。これで笑いを取れれば少しはイヤミもマシになるってもんだ。まあ、今後はもっと風当たりが強くなるだろうけど。
だが大井曽の授業とあって笑いたくても笑えないが、それでも笑いをこらえる空気に教室が包まれる。ちっ! イマイチだったか。
「ふん。キミが日常20分間のゆとりを持って行動していたならば、遅刻など防げたのではないのかね? ボクはいつも余裕を持った行動しているので、なんら影響を受けることはないのだ。
ふん。それに品のない言い訳をするなど、まったくキミの程度が知れている」
俺はてめぇじゃねぇし、品とか程度なんて、そんなもの俺には初めからねぇての!
「まあ、キミがそうなのだから、ボクの親とは違って、どうせキミの親もたかが程度知れていると言うことだな。
ハハハッ! そう言えばキミには父親がいなかったんだったな。どうりでハハハッ!」
「親は関係ねぇだろうが! コラアッ!」
俺のことならどんなにバカにしようがかまわねぇ。てめえの親自慢にも興味はねぇ。だが、俺を生んでくれた親をバカにされるのは別だ。それに親父がいないことなんて、もっと関係ない。
怒鳴ったとたん大井曽は怯えた表情に変わった。クラスのやつらも驚いているのは当然だろう。俺がキレる姿なんて見せたことないからな。
大井曽に向かって歩いたが、ほんとにキレている訳ではねぇし、殴るつもりもねぇが、いい加減コイツは頭を冷やしたほうがいい。
「ひとつてさん、ダメですぅ!」
その時、俺と大井曽のあいだにエルティが割り込んできた。
「みんな! 手伝って!」
みんな?
エルティが浮かんだまま両腕をあげてバンザイすると、上着についている4個の飾りがフワリと宙に浮かび、みるみる大きなプレートとなって、輝きながら大井曽を取り囲んで回転し始める。