急襲3
……さっきからエルティの泣き声がうるさい。
遠くから鈴乃の叫び声も聞こえるが、まだ逃げられねぇのか……しかし今はどうにもできねぇ。
どれだけ殴られたか、数える気がなくなったのでもう覚えてねぇ。なん度も気絶しそうになったが、かろうじて意識は失っていない。
俺が気絶すれば次は間違いなく鈴乃たちが襲われるんだ……。
「ハァ、ハァ……てめえ……バケモンか……」
わずかな視界に映るハゲが鉄パイプを杖にしてひと休みした。
助かるぜ……俺も少しは休める。
もうガードするために腕を持ち上げることもできねぇ……始まってからそれからどれだけ経ったのかまるで分からない。
「ひとつてさん! 早くこのかたを止めるように言ってくださいぃ!」
エルティに頼めば簡単だが、中途ハンパで終わらせるとハゲ以外のヤツがまた同じことをするかもしれねぇと思って、なにもするなとの言いつけを守っているエルティが、泣きながらまわりを飛び続けている。
「……最初っから俺が負けているんだ、これ以上だとマジで死ぬ。それはさすがにマズイだろう?」
意外に冷静だったことに期待して提案した俺を、ハゲは片方だけくちびるをあげて笑いやがる。
「いいだろう……これが、最後だ!」
左側頭部に衝撃が走ると同時に目の前に電気が走り、体を支えきれず、糸が切れた人形のように地面に倒れる感触だけは伝わってきた。
「よっし! 次はお友だちの番だ! ヒャッホウ!」
エルティと鈴乃の叫び声がかすかに響き、まっ暗で、遠いところに引き込まれて行く意識の中でいちばん聞きたくないハゲの声だけがハッキリ聞こえた。
そのとたん意識が弾け、なにかが……なにか大きなものが俺の中に入り込んでくる感覚……力が全身にみなぎってくる。
これと似た経験が以前1度だけあった。
病院を退院してしばらくして見舞いにきた鈴乃が俺のキズを見て泣くから次の日までに治すなんて、今思えば無謀な約束をした時……。
火で焼かれるように身体が熱くなり、重く動かすこともできなかった腕も、取り替えたかのように軽くなっていく。
エルティがなにかやってくれたのか? いや違う。急に立ち上がった俺に驚いている。
俺の服はボロボロだがしょうがねぇが、しかしなぜかキズや腫れはキレイに消えている。
鈴乃? 順崇?
ヤツらが2人に襲いかかった瞬間、包囲を崩した隙を突いて、鈴乃を抱えたままバイクを踏み台にしてヤツらの頭上を飛び越える順崇。軽く3メートルはジャンプする。
「順崇! 鈴乃!」
思いきり大声で叫ぶと、ハゲ以下ヤツらが俺を見て驚く。
一瞬目が合った鈴乃は驚きと同時に目を輝かせ、順崇も動きを止めてかすかに微笑み、鈴乃を背負ってすばやく逃げ始めた。
「てめえ、何やった?」
そんなこと聞かれても困るぜ。しかしこうなったら手出ししようがしまいが関係なくなった。鈴乃が逃げた以上、遠慮はいらねぇ。
全身に力がみなぎっているが、頭は冷静だ。これならちゃんと手加減できる。
ハゲの前に踏み込み、攻撃と見せかけて脇をすりぬけ、右膝で隣の1人を蹴り上げて、振り上げた足の向きを変えて伸ばし、つま先をその隣のやつの頸動脈に潜り込ませると悶絶した。
振り返るハゲにタイミングを合わせ、背中合わせに回転トビラを挟むように回り込みながら、もう1人のみぞおちに手のひらを撃ち込むと、なにが起きたのか分からないまま気を失う。
まったく、気絶させるならこのくらい楽にしてやらねぇと、かわいそうだろうがと、いい気になって一瞬油断した俺の足にハゲの鉄パイプが喰い込んだ。踏ん張ってはね返したが、やっぱり鉄は痛い。
というか、これまでのダメージがたまっている俺は、鉄パイプ相手に思うように反撃はできねぇ。
それより順崇たちは?
追いつかれた順崇は鈴乃を守っているが、あの人数相手はつらい。大勢のヤツらにフクロにされながら、順崇は自分からはまったく手を出さずに鈴乃をかばい続けている。
それが見えていながらハゲにジャマされて助けに行くことができねぇ。
「エルティ、いるかぁ!」
どうすればいいのか分からなくてキャロキョロしていたエルティを呼んだ。
「はいぃ。ここにいますぅ」
「順崇のほう! 順崇のほうをなんとかしてやってくれ!」
「は、はいぃ!」
あっちはエルティがなんとかしてくれる。信じるしかねぇ!
「よそ見してんじゃねえ!」
目の前に鉄パイプが突き出されたが、紙一重でかわして鉄パイプにそってハゲの右手の甲を打ち込むと、骨が砕ける感触。
その手を鉄パイプごと逆手につかんで引き寄せながら、伸びきったハゲの肘を拳でぶったたいてスジを伸ばしてやる……折りはしねぇがこれで左手はしばらく使えない。
「くそが!」
右腕で無茶苦茶に鉄パイプを振り回しやがったが、両手でどうしようもなかったもんが、片手じゃどうにもならねぇだろう……と思ったのが俺のおごりだった。
突き。
油断していた俺のみぞおちに鉄パイプが突き刺さった。
ぐおっ!
それほど痛みはねぇが、つまらねぇことで油断した自分自身に腹が立った。
調子に乗ってハゲがもう一度突きを繰り出したところに、今度は突き出された鉄パイプの先をつかんでハゲごと思いきり振り上げてやった。
驚いた拍子にハゲの手から鉄パイプが離れ、勢いのまま上空に投げ飛ばされる。軽く7メートル上空。頭から目を見開いて落ちてくる顔面に向かってとどめのパンチを。
「ひとつてさん! ダメですぅ!」
エルティの大声で我に返った。
拳を引っ込めて両手でヤツの体を受けとめ、体勢を元に戻してやると同時にエルティの光線が伸びると、ハゲがポカンとなってその場に立ち尽くした。
「ふう……」
疲れ切った表情で、エルティが飛んでくる。
「すまねぇ助かったぜ、エルティ」
こいつが止めてくれなかったら、とんでもねぇことをするところだった。
「疲れたろ、エルティは戻ってろ」
「はいぃ。そうしますぅ……」
ケンカのことにはなにも触れずにスウッと消えて行く……あるいはその気力さえなくなっているのかもしれない。
「順崇! 鈴乃! 大丈夫か?」
2人のところに駆け寄ると、順崇を取り囲んでいたヤツらは、自分がなにをしていたのか分からないというように、キョロキョロしながらゾロゾロと帰って行く。




