日常2
電車が滑り込んできた。
俺と順崇で鈴乃を挟む形で場所を確保する。
痴漢防止って意味もあるが、電車が揺れると鈴乃は踏ん張れない。すぐバランスを崩して転ぶ。脳に重心を置きすぎているのか、転ぶ要素が1つあればそれで充分すぎるくらい転ぶやつだ。
今朝も俺と順崇の服をつかみながらフラフラしているが、俺や順崇はどんなに揺れてもバランスを崩すことはねぇから心配するな。
「順崇ちゃん昨日アップされた狼の動画見た? タイリクオオカミの生態」
エルティのおかげで見ることができた動画のことを鈴乃が話すと、順崇はうなずく。ってか、あれって昨日アップされたばかりのもんだんたっのか!
「……ぅおう、俺も見たぜ。なかなかおもしろかったな」
「え! 仁狼ちゃんも見たの?」
「そんなに驚くなよ。俺でもたまにはそういうのを見るんだ」
「ううん。仁狼ちゃん爆笑動画が好きだから、てっきりそっちを見てると思ってた」
そりゃそうだ。例えなんとなくでも、エルティが出てくるまで見てたからな。おし! 今日はこのまま俺が自発的に見ていたことにしておこう。
「それでね、ここ数年シカ害やイノシシの対策のためにニホンオオカミを復活させようって動きもあるんだけど……」
降りる駅に着くまで、オオカミの話題で盛り上がる……といっても実際に話をしているのは俺と鈴乃がほとんどで、あいかわらず順崇はうなずくか、かすかに表情を変えるか、できるだけ短い言葉しかつかわない。
こいつと会って10年は経つが、長々と話をすることは聞いたことがない。しかしそれでも意思は通じるんだから問題ねぇ。
3人ともクラスがバラバラなので廊下で別れ、俺が席に座ると五十海が鼻をズルズルいわせながら、苦しそうにしていた。
「五十海、カゼか?」
「うー、昨日の夜から急にきたの」
「ムリしねぇで休めばいいじゃねぇか。こじらすともっとつらくなるぞ」
「今日だけガマンすれば明日は休みだから」
「それがムリだって言っているんだ。だいたいカゼの菌わざわざ撒き散らしにくるんじゃねぇ」
「わたしだけじゃ不公平じゃない」
「なんてヤツだ。ムリしねぇで帰って寝てろ」
「へへ、ありがと」
「言ってる場合か」
強がっているが、時間を追うごとにだんだん悪化しているのは明らかだ。顔も赤いし熱もあるんだろう。さっきから咳が止まらない。
しょうがねえ。どうせ言っても聞かないだろうから、ここはムリヤリにでも保健室へ連れて行ってやろう。
「だいじょうぶですかぁ……」
立ち上がろうとしたとき、小さな聞き覚えのある声がした。見るとエルティが五十海の背中をさすっている。
そんなことしても、五十海には見えねぇんだし触れることもできないんだしムダだろ。
「だいじょうぶですかぁ、早くよくなってくださいぃ」
すると驚いたことに五十海の咳が止まり、苦しそうな表情も治まってきた。このまま楽になるなら保健室より効果的だろう。そしてエルティはずっと五十海の背中をさすり続け、1時間目の授業が終わりに近づく頃には顔色も良くなっていた。
「五十海、少しは楽になってきたか?」
「うん、途中すごく苦しかったんだけど、急にフッと楽になってきた。やっぱりカゼは人にうつすに限るね」
エルティの努力も知らねぇで、勝手なことをほざいてやがる。まったく、しょうがねぇやつだ。
「エルティ、ありがとよ」
今日は中庭の掃除当番に当たっていたので、騒ぎにまぎれてエルティにそっと言った。
「え? なんですかぁ」
「五十海のことだ、おまえが背中さすってやってたおかげでカゼがよくなったじゃねぇか」
「いえ、あたしのせいじゃありません。いずみさんの治ろうとする力のおかげですぅ。それにどうしてひとつてさんがお礼を言われるのですか?」
「決まってるだろ、五十海のやつおまえに気がついてねぇ。知っているのは俺だけだ。だから代わりに言っているんだ」
「い、いいえ……あたしほんとに、なにもしてませんからぁ」
赤くなって、両手で一生懸命否定する姿がエルティらしい。
指定席になってしまった左肩にエルティを乗せて、乗客もまばらな電車に乗った。今日は順崇は稽古に行って、鈴乃は委員会の仕事で遅くなるそうだ。
余裕で空いている座席にドカッと座っていると、カラカラカラ……コン。と、聞き慣れた音が響いてきた。
車内で飲んだ缶ジュースの空缶が、転がってドアや座席の下なんかに当たる音だ。
くるなよ、こっちくるな……まったく、自分で飲んだものくらい、自分で始末しろ。
しかしいざ自分がこんな立場になると、わざわざ拾って捨てるのはおっくうだし、いい人ぶっていると思われるような気がして、ついついほったらかしてしまう俺。
缶はあちこちにぶつかりながら……きた、狙ったようにこっちにきやがったぜ。
まいったな。
「あ、ひとつてさん。きますよ、なにかきますよぉ!」
臨場感を盛り上げるんじゃねぇ!
コン。
とうとう俺の足に当たって止った。
「ひとつてさん、なんですか? これは」
ニコニコしながら空缶を指さす。知らねぇのか?
「ゴミだよゴミ」
できるだけ口を動かさないよう、声も出さないようにそっと教えてやる。
「ごみ? ですか……コロコロ音がしてましたので、楽器かとおもいましたぁ」
どう勘違いすればそう思えるんだ?
「あ! いってしまいますぅ!」
電車が揺れて、せっかくどこかに転がっていこうとする空缶を、あせったエルティの叫び声に反射的に体が動いて拾い上げていた。
しまった……しかし今さらどうしようもねぇ。そのまま足元に立てかけていると、エルティは興味しんしんで空缶をのぞきこんでいる。
「おい触るなよ、汚たねぇんだから。ちゃんと見たいんなら、帰りに自動販売機で買ってやるぜ」
「ほんとですかぁ! 嬉しいですぅ!」
たかが空缶ごときでこれだけ喜ぶやつはいないだろうな。
缶は降りた駅の空缶入れに投げ捨てる。もう俺のところにはくるなよ、仲間に言っておいてくれ……なんてムリか。
「ほら、どれでも好きなやつ選べ」
「わぁ〜いろんな色がありますぅ」
駅を出て、各社の自販機がズラッとならぶ前へ連れて行くと、エルティは目を輝かせる。
自販機から自販機へと、クルクル飛び回る姿を見ながら、決まるまで好きなようにさせておくつもりだったが、しかし……。
「なあそこの中ボー。ジュース買うんなら、俺たちのも一緒に買ってくれよ」
見た目そのまんまDQNの、3人組みのヤツらだった。




