僕の事情
僕は両親に上級コースを滑ったことがバレないように朝早く誰もいない時間に山頂に登った。
それが災いとなり、転落したした僕を目撃した人物は誰一人いないだろう。
今頃両親は目覚めている時間だろうか。携帯を確認しようとしたが画面にヒビが入り。とてもではないが使用できる状態ではなかった。この前新調したばかりなのに…
僕は雪山で遭難しているのにもかかわらず、驚くほどに冷静だった。悪くいえば他人事のように感じ取っていた。
僕には死哀しんでくれる友人は存在しない。昔はアクティブだったが、年月が経つにつれ、寡黙となっていった。
いじめこそないにしろ、友人がいないのは事実であって、寧ろ人付き合いを拒否していたと言えたかもしれない。
せいぜい哀しむのは親族くらいで、それも次第に忘れ去られるだろう。両親は嘆き後悔し続けるだろうが今となってはどうでもいいことだ。
僕は死を覚悟した。
だが心の隅で引っかかる蟠りがあるのに気付いた。それは幼馴染みの少女の顔であった。
彼女は自分の家の隣近所に住んでいた。
学校の成績は優秀でかつ運動神経にも恵まれ、明るい性格でルックスのいい美少女といっても差し支えがなかった。クラスからの人望も厚く、中学の時は生徒会長も務めていた。
だがそんな彼女がどうして自分に優しく接していたのかは解らなかった。勉強やスポーツや容姿も極めて普通で自分よりも同性で話の馬が合うクラスメイトと話す方が間違いなく楽しいであろうに。
僕は突然その頃の光景が遠い思い出のように感じ取られた。もうあの場所には戻れないのだろう。覚悟を決めた僕だったが、彼女のことを思うと決意が鈍ってしまった。
彼女は高校受験の際に教師から有名私立高校の推薦入学を勧められたが、彼女はこれを蹴って僕と同じ高校を志望した。教師は当然理由を尋ねた。だが彼女はここに行きますの一点張りだった。やむなく教師も不承不承承諾したと聞き及んでいる。だが聡明な彼女が僕と同じ高校を選んだのには根拠があると踏んで理由を訊ねた。だが教師にも頑なに口を開かなかった理由を自分に話すわけがないと諦め半分で聞いたのだが意外にもあっさりと話してくれた。
私はずっと、あなたを守るから。過去も未来もずっと一緒にいる。
全く答えになってない上に訳が分からなかった。そう言うと彼女はそれでもいいよといった。ますます訳が分からなくなった。だけどそれは僕の心に深く突き刺さった。
それ以来高校では勉強を教えてもらうなど感謝しきれないくらいお世話になった。
僕としては頼りになる姉のような存在だった。
彼女のことを思うと今ここで死ぬのがつらくなる。
まだ自分は彼女に何もしていない。感謝の言葉すら述べていない。
今更言うのが気恥ずかしくて言わなかった結果がこれだ。
人間はなんて嫌に創られているのだろうか。
死ぬ間際にこんなに自責の念に苛むなんて。
降り積もった雪が体に重くのしかかり、体から体温をむさぼり尽くしていた。
…もう死が近い。死神が背後に迫っている、そう予感した。
ありがとう
死を目前にした僕は親しかった幼馴染みに向けて感謝の気持ちを伝えた。
だが寒さで思考回路が鈍っている僕にはそれ以上の気の利いた言葉は思い浮かばなかった。
彼女の万鈞の感謝はこんな陳腐な言葉では言い表すことはできない。
だが既に満身創痍である僕は脳がもう機能を停止していた。
フリーズした脳をどうにか融解させ、重い唇を開いた。
今まで守ってくれてありがとう…
守ってもらっていた意味をやっと見いだした僕はしかし二度と目を開くことはなかった。
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先先日○○スキー場にて遺体が発見された。死亡推定時刻は三日前七時十五分、死因は凍死であり、崖から転落したものと推測できる。部屋にいなかった彼を彼の両親がスキー場管理者に通達、捜索、後に警察に捜索を引き渡した。警察は自殺の可能性も推察し、両親から詳しい事情を聞いている。
(彼死亡から五日後地元新聞より)