悪女のデマを流して私を冷遇していた王太子殿下、パーティで私を本気で怒らせたらどうなるかお教えいたしますね
誰かが怒りを溜め込める限界というのは、一体どこにあるのだろう。
「シャルロット様、いつも領地の子供たちのために本を寄贈してくださってありがとうございます!」
「気にしないでちょうだい。みんなが笑顔で読んでくれるのが、私の一番の楽しみなんだから」
学園の中庭で後輩の女子生徒から手作りのクッキーと花束を渡され、私は笑ってその頭を撫でた。
自分で言うのもなんだが、私は昔からサバサバとした性格で、困っている人間を放っておけない性格だった。
学園で勉強に行き詰まった後輩に勉強を教えたり、訓練で怪我をした新人騎士の手当を手伝ったり、実家であるローゼンベルク公爵家の領地でも復興支援に自ら乗り出したりしていた。
だからこそ学園の生徒たちや領民、屋敷の使用人たちの間でも、私は『頼りになるシャルロット様』として深く親しまれ、慕われていたのだ。
けれど、ただ一人…私の婚約者である王太子ギルバートだけは違っていた。
ギルバートは、王家と公爵家の政治的な都合で決められたこの婚約が気に食わなかったのだ。
自分好みの従順で大人しい令嬢ではなく、背が高く華やかな容姿を持ち、はっきりと意見を口にする私が婚約者であることが面白くなかったのだろう。
だからこそ、彼は姑息で陰湿な手段に出た。
「シャルロットは高慢で冷酷な悪女だ。裏で他の令嬢をいじめている」
ギルバートは社交界や学園の陰で、そんな根も葉もない嘘の噂を触れ回り始めた。
それだけではない。主催したお茶会では私の座る椅子だけを用意せず、わざと大勢の前で私に恥をかかせようとしたり、私が徹夜で作成した王宮の財政支援計画書を目の前で破り捨てて「悪女のくせに出しゃばるな」と嘲笑したことすらある。
さらに、自分が公務をサボった言い訳として「シャルロットに邪魔された」と嘘を吐くこともしばしばだった。
それだけではない。
公式のお茶会では私の挨拶をあからさまに無視し、わざと他の令嬢たちの前で私を怒鳴り散らした。
私が血の滲むような思いで作成した王宮の財政支援計画書を投げ捨て、「悪女のくせに出しゃばるな」と吐き捨てたことすらある。
普段の私を知っている周囲の生徒や使節たちは、ギルバートの嘘に騙されなかった。
「シャルロット様がそんなことをするわけがない」
「王太子殿下は政略結婚が嫌で八つ当たりしているだけだ」
皆が裏で私を同情し、庇ってくれていた。
私は耐え続けた。
実家と王家の関係を壊さないため。
大人の対応として、私が笑顔で聞き流せば丸く収まるのだと、爪が手に食い込むほど拳を握りしめて怒りを押し殺していた。
「シャルロット様、もう無理なさらないでください……」
側仕えの侍女が涙ぐむたび、私は「平気よ。私、打たれ強いのが取り柄だから」と笑って誤魔化してきた。
けれど。どんなに頑丈な堤防でも、絶え間なく泥水を注ぎ込まれれば、いつかは全壊するのだ。
学園卒業を記念したあるパーティの夜。
そこには私が通っている学園の同級生や学園関係者、私の懇意にしている貴族たちが集まっていた。
その絢爛豪華な大広間に、最悪の瞬間が訪れた。
会場の中央、スポットライトを浴びる壇上に立っていたのは、王太子ギルバートだった。
その隣には、最近編入してきた男爵令嬢、マリアが悲劇のヒロインのように寄り添っている。
「静粛に!」
ギルバートの大声が響き渡り、大広間の音楽が止まった。
彼は大勢の貴族や来賓たちの前で、ドヤ顔で指をさしてきた。
「シャルロット・ローゼンベルク! 貴様は高慢にして冷酷、マリアを陰で苛んだ悪女だ! 俺と王家はお前のような女を二度と容認せん!本日をもって婚約を破棄する!」
大広間がざわめきだす。
彼はマリアの肩を抱き寄せ、これ以上ないほど哀れみのこもった横柄な笑みを浮かべた。
「形だけの婚約だったが、これでせいせいしたぞ。俺が愛するのはマリアだけだ。お前のような可愛げのない悪女を、俺が愛することなど天地がひっくり返っても絶対にない!」
愛することはない。
その言葉が、大広間に虚しく響き渡った。
周囲の貴族たちが息を飲み、ギルバートのあまりの浅はかさに白けた視線を向ける中。
私の中で、カチリと何かが外れる音がした。
何年だ?
何年間、私はあの男の身勝手な不機嫌に付き合ってきた?
何年間、言われのない悪評を流され、ヘラヘラと笑って耐え忍んできた?
頭の芯が、カーッと恐ろしいほど熱くなった。
血管という血管に、怒りのマグマが激流となって駆け巡る。
抑え込んでいた堤防が、跡形もなく吹き飛んだ。
「……はあ?」
私の口から漏れたのは、淑女らしからぬ冷えた声だった。
「な、なんだその目は! 罪を認めて泣き伏せばいいものを——」
ギルバートが言いかけたその瞬間。
「ハァァァァァァ!? 誰が悪女ですって!?!?」
大広間の天井を突き破らんばかりの大音量が響き渡った。
貴族たちが飛び上がり、ギルバートがビクッと肩を跳ね上げる。
私は真っ赤なドレスの裾を豪快に翻し、大股で壇上へと詰め寄った。
「ちょっと待ちなさいよアンタ! 自分が政略結婚嫌さにコソコソ裏で私の嘘の悪評流してたくせに…今さら何被害者面してドヤ顔決めてんのよ!!」
「なっ……な、何を言い出すのだ貴様は!?」
「黙りなさい愚か者!誰がアンタなんか愛してると思ってんの!? 勘違いも大概にしなさい!」
私は右手の薬指にはめられていた、王家から贈られた最高級のダイヤモンドの婚約指輪を、力任せに引き抜いた。
「こんな形式だけの婚約、こっちから願い下げよ!!」
床に向かって、思い切り指輪を叩きつける。
カーンと高い音が響き、転がった最高級の宝石に向かって、私は履いていた鋭い高ヒールのかかとを容赦なく叩き落とした。
悲鳴のような破壊音が静寂を切り裂いた。
指輪は鋭いかかとの圧力で一瞬にして粉々に砕け散り、光の破片となって床に飛び散る。
驚愕で凍りつくギルバートの目の前で、私は見事に打ち砕かれた指輪の破片を、高ヒールの底で容赦なくグリグリと踏みすり潰した。
「婚約破棄? 結構ですわ!私の方からアンタを捨てて差し上げます!二度と私の前にそのツラを見せないでちょうだい!!」
言い切った瞬間、長年胸に溜まっていた泥のような鬱憤が、綺麗さっぱり吹き飛んだ。
息が上がるほどの爽快感。
全身の血が巡り、私は生まれて初めて心の底から晴れやかな笑顔を浮かべた。
(あはははは、ははっ!ついに言ってやったわ、今まで溜まった鬱憤を!)
広間は、静まり返っていた。
呆然と口を開けたまま立ち尽くすギルバート。
壊された指輪を見て顔を青ざめさせている男爵令嬢。
私はその時になって、周囲が静まり返っていたのに気づいた。
(ま、まずい…他の人がいるの忘れてた…どうしよう!)
次の瞬間——。
パチ、パチ、パチパチパチパチ!!
「よくぞ言ってくれましたシャルロット様ーーっ!」
静まり返った会場の中に、一人の歓声と拍手が響く。
それにつられたのか、どんどん歓声と拍手は増えていく。
「あんなバカ王太子のデマなんて、最初から誰も信じてませんでしたよ!」
「スカッとしたわ! 最高ですシャルロット様ー!」
「あんな男捨てて正解です、シャルロット様!」
「ずっと我慢されてたのを私は知っていました…お見事です!」
令嬢たちが涙を流して歓声を上げ、若手騎士たちが指を口にくわえて口笛を吹く。
周囲の貴族たちも「清々したわ」「よくぞ言った」と満足そうに手を叩いていた。
「だっ、黙らないか!……な、なぜお前たちが奴を称える!?」
狼狽するギルバートを冷たい目で見下ろし、私はフンと鼻を鳴らした。
「自業自得だったのよ、おバカさん。……それでは皆様、ごきげんよう!」
私は赤のドレスを優雅に翻し、大喝采を背に受けながら、大広間を颯爽と退出したのだった。
翌朝。この話を受けたローゼンベルク公爵家は即座に動きだした。
「我が娘を長年辱め、冤罪をなすりつけた王家に対し、当家は一切の資金援助および商業ルートの提供を即刻停止する」
父である公爵が冷酷に言い放った宣告により、王宮は大パニックに陥った。
元々、王家の財政は我がローゼンベルク公爵家の巨額の援助で成り立っていたのだ。
手形が落とせなくなった王宮は即日破産寸前となり、王太子の身勝手な愚行にブチ切れた国王によって、ギルバートの廃嫡手続が急ピッチで進められることとなった。
一方、私の方はというと。
「シャルロット様、昨日は災難でしたね…でも私はシャルロット様の味方です!」
「シャルロット様!今日のランチ、ご一緒させてください!」
学園へ登校すると、私の周りには空前絶後のファンクラブ(親衛隊)が結成されていた。
男前な大爆発を見せた私に、令嬢も男子生徒も完全にノックアウトされたらしい。
「みんなありがとう。でも押さないでね、ゆっくり話は一人ずつ聞くから…」
笑いながら生徒たちと話していた、その時だった。
「お、おい! シャルロット!!」
みすぼらしい格好をしたギルバートが、青ざめた顔で学園の中庭へ駆け込んできた。
周囲の生徒たちが一斉に警戒して彼を遠巻きにする。
「ギルバート殿下……何か用かしら?」
私が冷ややかに見下ろすと、ギルバートは必死の形相で縋り付いてきた。
「やり直そう! 俺が悪かった…噂も撤回する! お前が資金援助を止めたせいで、俺は王太子の座を追われそうなのだ! 頼む、俺の婚約者に戻ってくれ!」
あまりに見苦しい言い分に、私は呆れて溜息をついた。
「当商会は一度解約された契約の再締結を行っておりませんの。失んでちょうだい」
「そうはいかん! お前は俺の——」
ギルバートが強引に私の手首を掴もうと手を伸ばした、その時だった。
「我が国の最高顧問であり、私の未来の妃の手を汚すな。愚か者が…」
低く、氷のように冷たい声が響いた。
次の瞬間、ギルバートの手首がガチリと何者かに掴まれ、そのまま容赦なく捻り上げられた。
「ぎゃあああっ!?」
悲鳴を上げて地面に膝をつくギルバート。
私と生徒たちの目の前に立っていたのは、漆黒の乗馬服を身に纏った、息をのむほど美しく冷徹な男だった。
その男は、隣国の若き皇帝、ルードヴィヒ・フォン・アルスター。
社交界では「氷の皇帝」と恐れられ、滅多に他国へ姿を見せないハイスペックな男だ。
「ル、ルードヴィヒ皇帝陛下……!? なぜここに……!?」
ギルバートが恐怖に顔を歪める中、ルードヴィヒは氷のように冷酷な瞳でギルバートを見下ろし、後ろに控えていた近衛騎士たちへ淡々と命じた。
「他国の最高権力者の婚約者に暴力を振るおうとした不敬罪、並びに国家財政を破綻させた背任の犯人として、この男を即刻王立裁判所へ引き渡せ。二度と日の目を見せるな」
「はっ!」
瞬く間に憲兵たちに連行されていくギルバート。
「お、おい、俺はこの国の王族なんだぞ!離せ、離してくれ!」
彼は惨めな悲鳴を上げながら引きずられていった。
静かになった中庭で、ルードヴィヒはゆっくりと私の方へ振り返った。
彼の深い青い瞳が、私を捉える。
先ほどまでの冷酷な顔は消え去り、そこには溢れんばかりの熱い情熱が宿っていた。
「……初めまして、シャルロット嬢」
ルードヴィヒは優雅に胸に手を当て、私に向かって深々と頭を下げた。
「はじめまして…な、なぜ皇帝陛下が私の名を……?」
戸惑う私に、ルードヴィヒは極上の笑みを浮かべた。
「あの卒業パーティの夜、私は来賓として大広間にいたのだよ。……君が大勢の前で指輪を叩き割り、堂々と啖呵を切るあの美しく男前な姿に、私は雷が打たれたような衝撃を受けた」
「え……?」
「そう、一目惚れだ。あんな器の小さい男のもとで咲くには、君はあまりに誇り高く、美しい。……だから、君を私の国へ迎えるため、公爵家と協定を結んで迎えに来た」
ルードヴィヒは私の手を取り、その手背に深々と口づけを落とした。
周囲の生徒たちから「キャァァァ!!」と黄色い悲鳴が上がる。
「私の妃となってほしい、シャルロット。私と共に、新しい国を動かしてくれないか?」
あまりに直球で情熱的な求婚。
私は頬が熱くなるのを感じながらも、いつもの調子でサバサバと言い返した。
「……急に妃と言われても困りますわ、陛下! 私は昨日「あれ」と婚約を破棄したばかりですし…誰かの所有物になる気はありませんの。自分の足で自由に生きていくと決めたのです。申し訳ありませんが、そのお願いには答えかねます」
断られると思わなかった周囲が息を飲む中。
ルードヴィヒは、ハッと目を見開き、それから心底嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「いいぞ。その強気で凛とした態度……やはり、お前のそういうところがたまらなく大好きなのだ」
彼の手が私の腰を優しく抱き寄せ、逃げ場を塞ぐ。
「時間をかけて、俺を好きにさせてみせる。……覚悟しておけ、私の可愛い妃殿下よ」
「〜〜〜っ! 私をその気にさせられるか、勝負ですわ! 意地でも簡単には好きになってあげませんから!」
私が胸を張って強気に言い放つと、ルードヴィヒは愛おしさに耐えかねたように目を細め、フッと蠱惑的な笑みを漏らした。
「ああ、望むところだ。一生をかけて、お前のその頑固な心を溶かしてみせる。覚悟しておくといい」
そう言って、彼は再び私の手背に深く、愛を込めた口づけを落とした。
周りの生徒たちからは割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がる。
サバサバ強気な私と、私のカッコよさにメロメロな超ハイスペック皇帝。
長年の鬱憤をスカッと晴らした私の新しい毎日は、呆れるほど賑やかで甘い愛に満ち溢れていくのだろうか……。
【終!好評なら続くかも…?】




