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第9話 窮地

 邪気の流れを辿ること十数分。照真と斎綾は市街地を抜けて工業地帯までやってきていた。

 

「ここってこの前来た……」

「あぁ。もしかしたらとは思っていたけど、やっぱりあのときの邪気が関係していたか」

 

 照真たちの目の前には、発電所がそびえたっていた。発電所の門を潜った先にある地面が裂けて大きな穴が空いている。邪気はそこから流れているようだ。

 

 その付近には烏の嘴を持ち、烏の翼を生やした人型の祟魔が二体いた。二体とも錫杖(しゃくじょう)を持っており、山伏の格好をしていることから烏天狗(からすてんぐ)と見受けられる。

 

「君たちかい? 邪気を流し込んでるのは」

「だったらなんだ」

 

 斎綾が烏天狗(からすてんぐ)たちに近づくと、左にいる臙脂(えんじ)色の装束を纏った烏天狗はこれ以上進むなというように立ち塞がる。


 二体の腰には刀が差されていた。穴を開けることができるのなら、きっと術も扱えるのだろう。

 

「いや、どうせ口で言っても聞かないだろうからね。その穴閉じさせてもらうよ」

 

 斎綾は空いた穴から邪気が流れ出るのを見つつ、懐に手を入れる。

 

「玄峯様の命だ。ここは何としてでも死守する」

 

 紺色の装束を纏った烏天狗が言い放つと、二体は空へ飛翔した。ある程度の高度まで行くと、錫杖(しゃくじょう)を掲げる。直後、空中に次々と陣が展開されていく。

 

『僕が右の方を重点的に叩く。照真くんは左の方を頼めるかい?』

『了解っす』

 

 相手の強さは玄峯よりは下だが、いつも対峙してる祟魔よりも少し上だ。刀を差してるということは遠距離も近距離も両方こなせるということ。


 今回は幸いにも斎綾のバックアップもあるため、アレは使わずに済みそうだ。

 

 そこまで考えたところで、二体の烏天狗は烏の翼を広げて飛翔しており、展開された陣から光が放射される。


 照真と斎綾は互いに散開。照真が避けながら抜刀した刃に炎を纏わせている間にも、斎綾は懐から出した札を指に挟んだ状態で拍手する。


 すると、工業地帯一帯に邪気の流出を防ぐ大規模な結界が構築された。

 

(凄ぇ……今の一瞬でこの規模の結界を貼りやがった……)

 

 遮蔽物を利用しながら降り注ぐ光を回避していた照真は、上空からこちらを見下ろす烏天狗たちへ立て続けに刀を振るい、炎の斬撃を飛ばす。しかし、容易に躱されてしまった。

 

「墜ちろ!」

 

 斎綾が烏天狗たちに向けて言った瞬間、烏天狗たちの真上から無数の水の刃が降り注ぎ、生えていた烏の翼が削がれていく。すっかり油断していたのか、翼を失った二体の烏天狗は呆気なく地に墜ちた。

 

「助かります!」

「礼は良いから集中!」

「はい!」

 

 地面を蹴り上げ、墜ちた地点へ突進する照真。手にした太刀を墜ちてきた烏天狗に向けて振りかざす。が、すんでのところで相手の錫杖でいなされる。


 立て続けに太刀を振るうが、相手は烏天狗。一通りの棒術は収めているため、こちらが太刀だろうとそう簡単に攻撃は入らない。


 すると、錫杖の切っ先についていた刃が脇腹を直撃し、袴に赤い染みができる。

 

(ま、一筋縄じゃいかないよな)

 

 祓術(ふじゅつ)で止血しながらこの状況をどう切り崩そうかと考えていたその時、烏天狗の後方から光を纏った何かが高速で迫ってきた。

 

『照真くん、避けて!』

 

 斎綾からの念話を受けて、照真は咄嗟に後ろへ退く。


 直後、烏天狗の身体に雷を纏った矢が刺さり、全身に雷撃が走った。斎綾が放った術に引っかかったようで、烏天狗が怯む。


 照真は踏み込んで、接近。炎を纏わせた太刀で烏天狗の核のある場所を狙う。

 

 次の瞬間、目の前にいた烏天狗が錫杖を投げると同時に姿を消した。照真はすぐさま身体を横に逸らして錫杖を躱し、飛んでいった方向を向く。


 すると、後ろで支援していた斎綾が飛んできた錫杖を弾き飛ばした。と、そこへ二体の烏天狗が出現する。その手にはそれぞれ刀が握られていた。

 

「斎綾さん!」

 

 駆け出そうとするが、間に合わない。焦りが照真を支配する中、斎綾は目の前の敵の刀を太刀で、背後の敵の刀を錫杖で受け止める。周囲に風圧が発生し、鍔迫り合いの音が鳴り響く。

 

「術者だからって舐めてもらっちゃあ困るよ」

「何っ⁉」

 

 斎綾は両者に屈することなく、それぞれ太刀と錫杖で刀をいなす。


 と、その場で踏み込み、正面で体勢を崩した烏天狗の懐へ蹴りを入れ、背後にいた烏天狗と対峙する。強烈な蹴りを受けた烏天狗は迫ってくる照真目掛けて飛んでいく。


 背後を捉えた照真は炎の刃で烏天狗を核ごと両断した。もう一方の烏天狗と応戦していた斎綾も水を纏わせた刀身で核を貫き、二体の烏天狗は黒い靄となって消滅する。

 

 二体の烏天狗が祓われたことにより、邪気を放出していた穴が閉じた。

 

「これでよし」

「なんとか塞がったっすね」

 

 先ほどまで穴のあった箇所を見つめる。これで邪気の流出を防ぐことができた。後に残った邪気は工業地帯全体に貼った結界が自然と浄化してくれるだろう。

 

「にしても、斎綾さん。その刀って……」

 

 照真は斎綾の腰に差された太刀へ視線を落とす。

 

「あぁ、これかい? 普段は豊命と薙華が突っ走って前に出ちゃう分、僕は二人のサポート役として立ち回ることが多いんだけど、本当の得物はこっちなんだ」

「なるほど……」

 

 戦闘開始直前、言葉を交わすことなく豊命と薙華は上空にいる玄峯目掛けて突っ込んでいき、斎綾に後を任せていた。それだけ付き合いが長く、互いに信頼しているのだろう。

 

 だが、二体の烏天狗の全力攻撃をいとも簡単に防ぐことはなかなかできるものではない。どんだけ力あるんだこの人……。

 

「何はともあれ、これで……」

 

 斎綾が声を発したその時、二人の視界の端に一筋の緑色の光が映った。

 

(何だ? 今の……)

 

 眉を顰めた刹那、大地が揺れるほどの轟音が照真たちを襲う。咄嗟に視力を強化して音のした方を見てみれば、ビルの上階から煙が出ている。


 破壊されたコンクリート壁の向こうには瓦礫に埋もれ、全身血だらけの薙華の姿があった。その光景に思わず呆気に取られる。

 

「照真くん!」

 

 斎綾から名前を呼ばれたかと思えば、後ろへ突き飛ばされた。成すすべなく地面に転がった照真は、起き上がると同時に目を見開く。


 照真の視界の先では、いつの間に現れたのか玄峯と斎綾が刃を交えていた。


 しかし、数度撃ち合った後、斎綾は玄峯の掌底打ちを受け、吐血。建物の外壁に背中から突っ込み、頭から血が流れ出る。

 

「えっ……?」

 

 一瞬のできごとに頭が追いつかず、太刀を手に硬直していると、手をぷらぷらさせてやれやれと溜息を吐く玄峯と目が合った。

 

「お、生きてるようでおじさん安心安心」

 

 玄峯に微笑みかけられ、ゾッと背筋が凍る。

 

(駄目だ……これはまずい……)

 

 畏怖している間にも玄峯は歩み寄ってくる。


 だが、全身が冷え切って、その場から動けない。けど、戦わないと死ぬ……。


 なんとか太刀を握って立ち上がろうとするが、まともに足に力が入らず立てそうにない。

 

 顔を歪めた照真は歯を食いしばりながら、手元の太刀を睨みつける。立てよ、立たないとこのまま全員やられるぞ。そう自分を叱責する。

 

「だあああああっ!」

 

 どこからか雄叫びが聞こえてきた。照真はふと顔を上げる。


 すると、そこには玄峯に向けて大鎌を振るう豊命がいた。玄峯はスレスレで回避。地面に刺さった大鎌を引き抜き、足に力を入れ、再度振り上げる。


 玄峯は手にした錫杖でそれを迎撃した。豊命は刃を手前に下げて錫杖ごと玄峯の体勢を崩し、返した柄頭で顎を撃つ。すると、玄峯の身体が仰け反る。

 

「はぁっ!」

 

 空いた胴へ大鎌を横に振るも、両断する前に玄峯が後ろへ跳ぶ。豊命はすかさず玄峯に接近。目掛けて大鎌を振り下ろす。が、横に避けられる。

 

「しまっ――」

 

 気づいた時には遅く、玄峯に首を絞められる。


 首を絞める玄峯の手に力が入り、豊命の顔がみるみるうちに歪み、持っていた大鎌が手から抜け落ちる。だが、彼女も抵抗するべく、玄峯の腕を力いっぱい掴む。

 

「あんたはっ……逃げ……なさい」

 

 苦悶に満ちた表情で言われ、照真は思わず身を固くする。

 

 ……逃げる。


 言われた言葉を心の中で反芻する。確かに自分じゃ玄峯という強敵には敵わないかもしれない。


 現に薙華や斎綾がやられ、豊命まで危機的状況に陥っているのだから、逃げるしかないのかもしれない。でも、それでも……。


「――悪いけど、それはできないっす」

 

 絞り出すような声で言うとともに照真は自らの拳を握りしめる。

 

「何っ……言って……」

 

 息も満足にできない中、豊命は逃げないと言う照真を睨みつける。その目には今すぐ逃げないと殺すというように殺気が溢れていた。だが、それでも照真は臆することなく、足に力を入れて立ち上がる。

 

「もう目の前で誰かを失うのはごめんでしてね。それにあの時、殺されそうになったところをあんたに助けられた」

 

 九年前のあの日。この人は災禍から、家族と故郷を失い、絶望して、もう死んでも良い……そう思っていたところを救ってくれた。


 すべてを失くした自分に生きる意味を与えてくれた。微笑んでくれた笑顔がこの上ないほどに眩しくて、頭を撫でられた手が温かかった。

 

 ここでこの人を、豊命を……みんなを失う訳にはいかない。だから……。

 

「――今度は俺があんたを助ける番だ」

 

 照真はまっすぐ顔を上げる。そして、持っていた太刀を納刀し、右手を前にし、虚空へと翳す。


 すると、空間から徐々に棒状の光が現れた。それは徐々に形を成し、やがて一振りの剣となる。

 

 (めい)禍祓剣(まがはらいのつるぎ)。かつて(この)神社に奉納されていた退魔の剣。


 千年以上前に、眞名井原(まないはら)で暴れ回っていた悪龍を二枚の銅鏡に封じるまでに至らしめた宝剣だ。


 その力の強さ故に養父からこの剣は、使わないと勝てないその時が来るまで絶対に抜くな。そう言われてきた。

 

 だが、明らかに人ではない者たちが玄峯相手に戦って瀕している。これを使わないときっと勝てないどころか全滅するだろう。まさに今がその時だ。

 

 意を決した照真は、手にした剣を水平に構えて地面を蹴り上げた。

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