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第7話 昔話

「はぁー……」

 

 幽現界六日目。午前の業務を終えた照真は、デスクの上に顔を突っ伏しながら長いため息を吐いていた。


 全身脱力した状態で、重い目を半開きにしながらぼーっとしていると、目の前にカップが置かれた。

 

「お疲れだね」

 

 顔を上げると、そこには同じく徹夜明けの斎綾が憐れむように微笑んでいた。


 照真は置かれたカップの中に入ったコーヒーを一口含む。と、ぼんやりとしていた頭が徐々に冴え渡るのを感じた。

 

「そりゃあ、ここ六日間ほぼ休みなしで働きづめっすからね……」

 

 設備点検から始まり、溢れかえっていた書類整理から仕入れの手伝いに受付対応、それ以外にも数々の仕事の手伝いをしたので、もう大抵の仕事はこなしたのではないだろうか。


 ここのところ睡眠時間は三時間と正直、神職と祓術師(ふじゅつし)の仕事よりもキツい。けど、それも今日と明日を入れて二日頑張れば終わる。

 

 照真はぐいっと伸びをしながら今までの業務を振り返る。

 

「本当、よく頑張ってるよ。手際も物覚えもいいし、ぜひとも僕の部下に欲しいぐらいだ」

 

 斎綾が笑みを浮かべながら告げた。

 

「そう? 力もあってテキパキ動ける分、あたしの下についた方が適任だと思うんだけど」

 

 書類を渡しに来たのか、薙華は照真のデスクに紙束を置きつつ口を挟む。

 

「いーや、事務処理の方が大変なんだから絶対僕の下につくべきだ」

「はぁ? そっちはほとんど室内作業で動いてないくせによく言えるわね」

 

(あー、これはまずいかもな……)

 

 いつもは斎綾が折れるというのに、連日の過酷な業務のおかげか珍しく言い争いへ発展しそうになっている。そんなニ人を頬杖をつきながら見つめる照真。

 

 時間が経つにつれ、どんどん言葉がきつくなっていくのを耳にし、正直止める気力は湧かないが、そろそろ止めさせないと部署の空気が悪くなる。

 

「あのー、お二人とも――」

「――ちょっと二人とも、一応、照真は私の部下なんだけど」

 

 照真が声を発した瞬間、いつのまにか斎綾と薙華の間にいた豊命が詰め寄る。不服そうに眉を寄せて話す彼女に斎綾と薙華は言葉を中断させ、呆気に取られていた。

 

 そういえばそうだったと斎綾と薙華が豊命に謝っているのを耳にしながら、照真は割って入った豊命に女神の面影を感じ、無意識に見つめる。

 

「って何よ、ジロジロ見て」

 

 照真の視線に気づいたのか、豊命が怪訝そう首を傾げた。対する照真は少し言い淀むが、三人の目線が自分に向いている。


 これは言い逃れできそうにないと諦め、口を開く。

 

「その、昔よく遊んだ年上の姉ちゃんによく似てるな~と思って」

 

 照真が言った途端、豊命の眉がピクッと動く。

 

「……そうなの?」

「はい。豊命さんほどではないっすけど、容姿が整った人でした」

 

 豊命の問いに照真は首を縦に振る。話を耳にした薙華と斎綾がつられて豊命へと目を向けた。少し二人の表情がニヤついているように感じられるのは気のせいだろうか。


 と、豊命、薙華、斎綾の三人は長い話になりそうだと踏んだのか、近くにあった椅子へ腰かけた。

 

「自称神を名乗る人でめちゃくちゃ容姿が整ってて綺麗な人だったんすけど、傲慢で自分勝手で、超がつくほどのお調子者で……。よく俺と妹を振り回してたんすよ」

 

 まだ七歳のころ、神社の境内で五歳になる妹と二人で遊んでいたところにあの人はふらっと現れたのだ。最初は警戒していたのだが、次第に遊ぶうちに仲良くなっていたことを思い出す。

 

「確かに豊命と似てるわね」

「ちょっと薙華……」

「ごめんって」

 

 不満そうに睨みつけてくる豊命に、薙華は軽く頭を下げる。

 

「そういえば、照真くんの実家ってどこら辺だっけ?」

 

 豊命と薙華のやり取りを他所目に斎綾が訊いてくる。

 

「京都の眞名井原(まないはら)ってところにある(この)神社っす。今は燃えてなくなったんすけどね」

 

 照真は苦笑いしながら答えた。

 

「え、それって――」

「――馬鹿。何やってんのよ斎綾」

 

 不意に薙華に肘で脇腹をつつかれ、斎綾は微かに顔を歪める。その様子に照真はきょとんとした目で二人を見た。

 

「どうしたんすか?」

 

 照真が尋ねた瞬間、その場がしーんと静かになった。心なしか三人の表情が固まっているように見える。

 

「あー、いや、まずいこと聞いちゃったかなって。ほら、眞名井原(まないはら)の厄災は冥路閣でも有名な話で被害も甚大だったらしいからさ」

 

 斎綾は申し訳なさそうしながら、言葉を付け加える。すると、合点がいったのかコーヒーを口にしようとしていた照真は、カップを置いた。

 

「別に大したことないっすよ。まぁ失うもんはあそこで全部失いましたけど、今は元気にやってるんで。……というかそんなに有名なんすか?」

 

 冥路閣にも届いていると知り、照真は驚きながら三人に問いかける。

 

「二枚の鏡に封印されていた悪龍が祟魔(すいま)の手で解放されて、暴れ回ったぐらいだからそりゃあね」

「あー、確かに。あれはマジでヤバかった」

 

 薙華が指を頬で搔きながら言う中、照真は一面炎で覆いつくされたあの光景を思い出す。社は全壊し、ついさっきまで生きていた家族は全員死亡。もう、あんな地獄絵図は見たくない。

 

「……もしかしてその場にいたの?」

 

 照真の呟きを聞いて少し目を見開いた薙華は、躊躇しつつもそう口にした。

 

「えぇ。龍が暴れ回っている最中に、妹が背後にいた祟魔に殺されて亡くなって……。自分も殺される寸前だったんすけど、大鎌持った姉ちゃんが助けに来てくれたんすよ。前々から人間離れした容姿だったし、それによく不思議な力も使ってたんで、もしかしたらって思ってたんすけど、助けてもらったときに姉ちゃんは正真正銘の神なんだなって確信しました」

 

 そう話す照真の目は、どこか懐かしむように緩んでいた。


 よく三人で一緒に遊んで帰りが遅くなると、先陣切って指先に光を灯して暗い道を照らしてくれたり、妹が足を滑らせて木から落ちそうになった時なんかも、並外れた身体能力で助けてくれていたのだ。

 

「俺がここまでやってこれたのもその人のおかげなんで、いつか会えたらその時はお礼言いたいんすよね。あの人すぐいなくなっちゃったんで」

 

 助けてもらった後、今後の道筋を示すだけ示して去ってしまった。あれ以降、あの女神は姿を見せることはなく、九年経った今でも会うことはできていない。

 

「会えるといいわね」

「そうっすね」

 

 薙華は優しく微笑みながら話す。彼女の言葉を聞いて、胸に渦巻いていた靄みたいなものが少し晴れた心地を覚える。

 

「それにしても、今どこで何してるんでしょう。あの人のことだから、またどっかで調子に乗って周囲の人を振り回してんのかな」

「あははっ、有り得そう」

 

 照真がそうボヤけば、斎綾は軽く笑って応じる。


 と、ここでさっきから豊命が喋っていないことに気づく。いつも何かと話題に混じりたがる方なのに、どうしたのだろう。


 そう豊命へ目を移すと、何故か気に食わないといった表情をしていた。

 

「おーい、何ムスッとした顔してんすか」

「いえ、別に。ただ――」

 

 話を振られた豊命が話し出した途端、バンッ! と音を立てて入り口のドアが開く。音を耳にした照真たちは入口へ目を向ける。


 すると、ドアを開けた調冥者は走って来たのか息を切らしながら、こっちへ近づいてきた。

 

「大変です! 今、街の方が大変なことになってて」

「っ……場所は!?」

 

 調冥者の発言を聞いた照真たちの間に緊張が走る中、豊命は即座に席を立って尋ねる。

 

()()区域です!」

「分かったわ。私たちが行くから、あんたは居住区に繋がる門扉の封鎖をお願い」

「は、はい!」

 

 豊命に指示された調冥者は、管理室の隣にある制御室へと向かった。

 

(亥ノ伍区域っていえば……)

 

 二日目の仕入れ先にあった書店のある区域だ。あの地帯は悠楽の中でもかなり人通りの多いところだったはず。


 今は近くにいた調冥者たちが対応しているらしいが、早くしないと被害が出てしまうだろう。

 

 考えている間にも、薙華と斎綾は席を立って外に出るための準備を整えていた。

 

「あんたも来なさい照真。私たち調冥者に課せられた第二の仕事ってもんを見せてあげる」

「了解っす」

 

 一日目の最初に知らされた調冥者の役目は幽現界の均衡を保つこと。仕事は大きく分けて二つ。


 一つは、受付や設備点検、仕入れの手伝いをしたように、幽現界に住む人たちが快適に過ごせるようあらゆる手を使ってサポートすることだ。


 もう一つはまだ知らされていない。豊命の言う通り、これから分かるのだろう。

 

 そう思いながら、照真は豊命たちの後に続くように管理室を出て行くのだった。

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