第4話 初めての仕事
悠楽には冥路閣を中心として街が構成されており、干支の方角ごとにそれぞれ区域が存在する。その区域の中には、特殊な扉がいくつか設置されている。
冥路閣を出て人気のない裏通りに入った照真と斎綾は、ちょうどその特殊な扉を前にしていた。
斎綾は懐から鍵を取り出すと、扉に付属している鍵穴に差し込んで回す。扉を開け、二人は中に入る。
すると、視線の先には先ほどいた市街地とは全く別の工業地帯が広がっていた。地面も石畳からアスファルトへと変わっており、人の気配は悠楽に比べて段違いに少ない。
「その鍵凄いっすね」
照真は斎綾が手に持っている鍵を興味深そうにじっと見る。
「この鍵をさっきの扉の鍵穴に差し込んで回すと、自分の思い描いた空間に行けるんだ」
調冥者の持っている鍵は悠楽や居住区に繋がるもので、幽現界に住む人たちも自分の居住区と悠楽を行き来できる鍵を持っている。扉単体だけでは機能しないため、行き来するには必ず鍵が必要になってくるのだ。
扉と鍵の説明を受けたところで、斎綾とともに依頼のあった場所へ向かう。
今二人がいるのは北西の亥ノ玖区域。悠楽の中でも端の方に当たるで、その区域全体が工業地帯になっていて目的地である発電所もこの場所にある。
事前の報告によると、突如として発電所内の電力設備に繋がっているケーブルが破裂したらしい。
二十分ほどアスファルトの地面を歩き、発電所に着くと、入口で職員の男性が待っていた。
「わざわざご足労いただきありがとうございます」
職員は斎綾と照真の元へ駆け寄り、会釈する。
「いえいえ。さっそくで悪いんですが、ケーブルが破裂した場所まで案内していただけますか?」
「もちろんです」
斎綾に促された職員は原因となった場所まで案内し出す。と、地面に何かのレンズのらしき破片が落ちているのを見つけた。
(なんだこれは?)
疑問に思いながらも置いて行かれないように二人を追う。ケーブルが破裂したという部屋の中は薄暗く、そこら中が電力設備で埋まっており、稼働している熱でムッとしていた。
目的の場所に着いたのか、職員が立ち止まる。目の前のケーブルは思ったよりも太く、中の電線が破裂した影響で千切れ、剝き出しになっていた。
「これはまた派手にやられてますね。音がしたのはいつぐらいです?」
ケーブルの状態を見た斎綾は破損箇所を見ながら職員に尋ねる。
「小一時間ほど前です。その後、十分程度周辺のシステムがダウンしましてね。今は予備電源でなんとか賄ってる状態です。まぁ、お盆の時期でどの商業施設もフル稼働してるので、電熱線がヒートしたのでしょう」
お盆の時期になると、現界へ降りるために幽現界や幽界の住民はもちろん、天界に住んでいる神様や神官なども悠楽を経由する。
そうなれば利用者でいっぱいになるのは当然で、使用する電力も増えるというものだ。
ケーブルに目を向けると、千切れた電線から火花が散っているため、このまま放置すれば引火する可能性もある。なるべく早めに対処した方がいいだろう。
「では、後はこちらにお任せください。直ったら連絡します」
「分かりました。どうぞよろしくお願いします」
職員は復旧作業に追われているのか、足早に部屋を出て行った。斎綾は職員が出て行ったのを確認し、照真へと顔を向ける。
「照真くんは祓術師だって豊命から聞いたけど、祓術は扱えるかい?」
「えぇ、人並み程度には」
祓術というのは陰陽五行の属性に当てはめた祓術師が用いる力のことだ。
照真の場合だと幽現界に来る前、祟魔と対峙したときに刀身へ纏わせた炎がそれに当たる。
他にも陽属性に該当する光を扱うことができるが、それ以外はからっきしだ。だが、それがどうかしたのだろうか。
「なら、この空間全体に結界を貼って貰えないかな?」
「良いっすけど、なんでです?」
「よく目を凝らして見たら分かると思うよ」
照真は斎綾に言われるがまま、ケーブル周辺をじっと凝視する。すると、薄っすら黒い靄のようなものが視界に映った。気づいたのか照真はハッとしたように目を見開く。
「これって、邪気じゃないすか……」
「お、正解。幽現界の設備はそれなりに優秀でね。稼働のしすぎでヒートするなんてことは早々ないんだよ」
邪気というのは祟魔が発する黒い靄のことで、多く吸い過ぎると身体に害を及ぼし、最悪の場合死に至る。
「じゃああの人が嘘ついてたってことっすか?」
「いや、見た感じ嘘をついてる素振りは無かった。詳しいことはまだ分からないけど、原因は別にあるんじゃないかな」
斎綾はケーブルを観察しながら言った。そうなると、このケーブルの破裂はオーバーヒートではなく、誰かが……もっと言うと祟魔が意図的にやったことになる。
謎は残るが、ひとまず照真は斎綾に頼まれた通り、部屋全体に結界を貼ろうと深呼吸する。自身の前で印を組み、パンッと音を立てて拍手する。
次の瞬間、空間全体を覆うようにして、透明な膜が生成された。結界には浄化作用がある。この部屋に渦巻いている邪気もそのうち消えるだろう。
「結界も貼ってもらったところで、早く直しちゃおうか」
とはいえ、斎綾は肝心の修理道具は一切持って来ていないようだ。一体どうやって直すというのだろうか。眉を顰めながら斎綾の方を見る。
当の斎綾はケーブルに近づいたかと思うとその場にしゃがみ込み、破裂した電線に向けて手を翳した。
直後、斎綾の黄緑の目が淡く光ると同時に手から白い光が発生し、みるみるうちにケーブルが元通りになっていく。剥き出しになった電線がゴムに覆われ切ったところで、斎綾は立ち上がる。
「おぉ、一瞬で直っちまった」
ついさっきまで破損していたケーブルが瞬く間に直り、感嘆したように声を上げる。
「こういった修復は得意でね。機械いじりもそうだけど、術の行使ならお手の物さ」
「俺、祓術に関してはあんま得意じゃないんで、尊敬するっす」
「ありがとう。そういう君の結界もムラが無いし、祓術の質も一介の祓術師を凌駕するぐらいには高いよ」
「そうっすかね?」
「あぁ」
照真自身、そういう自覚は一ミリも無く、まともに扱えるのは火と陽の属性ぐらいだ。しかし、祓術の得意な斎綾にそこまで言われるのであれば間違いないのだろう。
「さて、修復も終わったし、報告しに行こうか」
「了解っす」
部屋を出た二人は職員に直ったことを報告し、発電所を後にする。
あくまでも手伝いとはいえ、初めての番人の仕事を終えた照真は、これなら自分でもやっていけそうだと安堵する。
そうして扉まで戻ろうと歩みを進めていると、ふと区域全体に貼られた結界の一部に亀裂が入っているのを見つけた。
「ん? あそこの結界なんかヒビ入ってないすか?」
「あー、そうだね。一応、直された跡はあるけど、どうも歪だな……。ひとまず直しておこうか」
「俺も手伝います」
人一人分ぐらいありそうな大きな亀裂を二人で直すこと数分。
「さっきの発電所の件と言い、この結界と言い怪しい点が多いな」
顎に手を当てた斎綾が直した結界を見ながら呟く。
「やっぱり祟魔が絡んでるんすかね?」
「そう考えるのが妥当だろう。通常、幽現界は清浄に保たれているから邪気なんてものはない。発電所の入口にあった監視カメラが壊されていたことだし、こちらに気づかれないように祟魔が侵入したのかもしれないね」
斎綾の考えに頷きつつ、発電所へ入った時に落ちていたレンズの破片が監視カメラのものだったかと納得する。
祟魔が何を考えているのかは分からないが、協議の結果、ひとまず豊命と薙華の二人に報告することになった。
来た道を戻ることニ十分。またしても、斎綾が鍵を用いて扉を開ける。扉を潜れば、閑静な工業地帯から一変、大勢の人で賑わう市街地が広がっていた。




