第12話 最終日
そして迎えた七日目。斎綾が破損した窓ガラスへ手を翳す。徐々に元の姿に戻っていき、割れた箇所が完全に塞がった。
「これでここは最後かな」
「そうっすね」
一通り修復作業を手伝い終わった照真は、斎綾・薙華とともに激しい戦闘のあった発電所の様子を見に訪れる。昨日までクレーターができ、割れていた地面は修復され、全壊した建物もすっかり元通りになっていた。
「うお、もう直ってる……」
「幽現界の修復力は七界随一の速さだからね」
「そうそう。どれだけ破壊されようが、一日で直せちゃうのよ」
修復の速さに唖然としている照真に対し、斎綾と薙華は慣れたような口ぶりで話す。発電所周辺と同様に、書店のあった亥ノ伍区域も修復が完了している。
これで一件落着。作業を終えた三人は豊命の待つ冥路閣へと戻ることになった。
◇◆◇◆
「お、来たわね」
昨日の一軒の処理に追われていた豊命は、部屋に入って来た照真たちの元へ寄って来た。その手には一枚の封筒が握られている。
どうやら修復作業をしている間に、朝一番に行った審査結果が帰って来たようだった。豊命は照真の前まで来ると、咳払いをする。
「色々あったけど、一週間お疲れ様。頑張った真には上司として、これを贈呈するわ」
豊命から渡され、照真は封筒を受け取る。
さっそく中を開けて取り出してみると、一枚の書類と鍵が出てきた。書類には照真の基本情報とこの一週間の合計貢献度、そしてでかでかと合格の判が押されていた。
「……ってことは」
照真は書類から顔を上げて、向かいに立った豊命を見つめる。と、目の前の彼女は微笑みながら続けてこう言った。
「昨日のこともあってか貢献度は幽現界の中でもトップクラス。勿論、審査は一発合格よ。で、この鍵を朱い橋の門扉に差し込めば、元の時間と場所に戻れるわ」
「ありがとうございます」
照真は満面の笑みを浮かべ、手に持っていた鍵を握りしめる。ここに滞在したのはたった一週間とはいえ、これでやっと帰れるのだ。無事に審査に合格でき、肩の荷が下りる。
「それにしても、初めて会ったときはまさか豊命さんが姉ちゃ――女神だとは思わなかったっすよ。あの時とは綺麗さが全然違ったんで」
「ま、現世に降りるときは認識阻害の術をかけているから、パッと見で分からないのも当然よ」
どうして認識阻害の術をかけているのか訊いたら、身バレを防ぐのは当然として、豊命自身の美貌にやられて即倒する人が大勢出るからとのことらしい。
確かに受付対応の時の惨状を思い返せば、そうなるのも無理はないだろう。
「それと、私はもちろん神だけど、斎綾と薙華も一応、神よ」
「え、そうなんすか⁉」
さらっと豊命から口にされ、照真は啞然とする。
頭のどこかでこの人たちは人間じゃないと感じていたが、まさか神様だったとは思わなかった。照真は恐る恐る斎綾と薙華に視線を向ける。
「僕らは本霊から分かれた分霊の立場なんだけど、そういうことになるかな」
「というか、一応って何よ豊命」
「ごめんって」
軽く微笑む斎綾をよそに薙華が豊命に突っかかる。
そりゃ、よくよく考えたら人間ではない祟魔であっても千歳越えというのはなかなかお目にかかれないのだから、この三人が神様でもおかしくはない。
現に昨日の戦いを見れば、この人たちが神だとしてもなんら不思議なことではないのだ。
それはそれとして、豊命にもう一つ聞いておかなければならないことがあるのだった。
「あの、ちなみに妹は今どうしてるんすか?」
照真が問いかけると、豊命は一瞬、きょとんと首を傾げた。だが、すぐに思い出したようで話し出す。
「それなら天界にある私の神殿で預かってるわ。心配しなくてもちゃんと元気にやってるわよ」
「そっか。なら良かったっす」
元気にしていると耳にし、ほっとしたように照真の表情が和らぐ。
眞名井原で亡くなってからというものの、妹がどうしているかずっと気になっていたのだ。豊命のことだから約束を破ることはなかっただろうが、兄としては心配だった。だが、それも杞憂に終わったようで何よりだ。
「照真はあれからどう?」
今度は豊命から質問が飛んでくる。
「あの後、伊勢神宮・外宮の宮司家に引き取られまして。そこの義兄妹とほぼ毎日神様へのご奉仕と祟魔退治に明け暮れてるっす」
引き取られた当初は馴染めるかどうか不安だったが、義兄も義妹も自分が養子だということを気にも留めずに、今も仲良くしてくれている。
本当、度会家に引き取られた自分はつくづく恵まれていると言っていいだろう。
「あんたも祓術師として立派に成長したようで何よりよ」
「それはどうも。お褒めに預かり光栄っす」
照真はそう言って笑った。その後、豊命から改めて鍵の扱い方を教えて貰い、制服から元の服に着替えて帰還の準備をする。
と、豊命が冥路閣の外まで見送ると言い出した。照真自身そこまでしていらないのだが、彼女の好意に甘える形で照真は三人ともにエントランスの前までやってきた。
「それじゃあ、早くこっちに来ることがないようしっかりやりなさい」
「はい。妹のことよろしく頼みます」
「えぇ」
照真がそう口にすると、豊命は目を細めて微笑んだ。次いで、彼女を挟む形で立っていた薙華と斎綾に視線を移す。
「薙華さんと斎綾さんもお元気で」
「またね。それとあんた強いみたいだから、もし戻ってきたらその時はあたしの部下になりなさい」
「あ、ちょっと! それ僕が言おうとしたのに!」
「はぁん? こういうのは先に言ったもん勝ちよ」
こういうときまで言い争うとは二人は変わらないなと苦笑交じりに様子を見ていると、「私を挟んで喧嘩するな!」と豊命が咎める。流石の二人も怯んだようで、大人しく口を噤んだ。
気を取り直したところで斎綾が照真に顔を向ける。
「何はともあれ短い間だったけど、色々手伝ってくれて助かったよ。こっちに来た時はまたよろしくね」
「はい、その時はよろしくお願いします」
とは言ったものの、その時は当分来ないことを祈るばかりだ。
幽現界での暮らしは忙しくも楽しかったが、これからしばらくは現界での生活を謳歌したい。
最後にお礼を言い終えた照真は冥路閣を後にして、幽現界へ初めて来た通りの道を辿っていく。
幽現界の景色を目に焼き付けながら歩くこと十数分。最初に玄峯と出会った境界橋を渡り、橋の門扉に到着した。
(これで最後か……)
その場で深呼吸した照真は豊命から渡された鍵を穴へ差し込んで回す。門扉を潜った瞬間、視界全体が白い光に包まれた。
◇◆◇◆
ゆっくり瞼を開けると、視線の先には幽現界へ来る前にいた山林が広がっていた。手元の時計を見ると、時刻は丑三つ時の深夜二時を差している。
「戻って来た……のか」
試しに後ろを振り返るが、そこには朱い橋もその下を流れる川もなかった。先ほどまで手にしていた鍵もいつの間にやら消えてしまったらしい。と、どこからか念話が飛んでくる。
『おーい、こっちはもうとうに着いてるぞ~』
『あ、了解っす。俺もすぐ向かいます』
同僚の祓術師に声をかけられ、照真は何事もなかったかのように応じる。
あの人に、豊命にお礼も言えた。これからは豊命……いや豊受大神に仕える神職・祓術師として、一掃祟魔を祓って人を救う。今の一介の祓術師である自分に出来るのはこれぐらいだからな。
照真は決意に満ちたような目をしながら、仲間の待つ山の入口へと歩き出した。
これにて「幽現界の番人」は完結となります!
また長編化しようと思っていますので、長編連載の際もぜひ読んでいただけたらと思います。
そして同時並行で連載中の「天界の代報者」ならびに「笑いの魔王は禁忌魔術で平和な世界を目指す!」もよろしくお願いします。
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