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第1話 生と死の狭間

 人々が寝静まる深夜二時。伊勢市内の山中を一人の青年――度会(わたらい)照真(しょうま)は歩いていた。夏場特有の熱気を含んだ風が吹きつけ、襟足の長い赤髪が揺れる。


 直後、茂みから音がした。赤い瞳を向けると、茂みから現れたのか一匹の山犬がいた。見たところ、通常の大型犬と同じぐらいのサイズだろう。

 

「……犬?」

 

 照真(しょうま)が首を傾げた途端、山犬は大きく口を開いて遠吠えをする。遠吠えを聞きつけたのか続々と黒い靄纏った山犬が這い出てきて、一斉に照真目掛けて飛び掛かる。


 対する照真は足を広げて構えながら、袴の帯に差した太刀を抜刀。炎を纏った刀身を大きく横に一振りした瞬間、数体の山犬の首が跳び、血が噴射する。


 地面が血に濡れる中、襲い掛かって来た山犬の腹を柄で突いて昏倒させ、地面に倒れたところを突く。続いてやってきた山犬の懐を蹴り上げ、遠くへ吹っ飛ばすとともに、炎の斬撃を飛ばして全焼させる。


 塵になった仲間を見た山犬たちは畏怖しているのか、威嚇しながら少しずつ後ずさる。

 

「はぁっ!」

 

 そんな山犬たちに向けて、照真はその場で一回転して、炎の斬撃を飛ばす。避ける暇なく斬撃を受けた山犬たちは今ので大半が消滅。残党がいないか確認する。


 と、視界の端で何かが動いた。見ると、今にも逃げようとしている山犬がいた。

 

「逃がすかっ!」

 

 地面を蹴り上げ、一目散に茂みへと駆け出す山犬へ突進する。空中で下段に構えた刀を振り降ろし、両断した。


 山犬の胴が裂かれると同時に黒い靄となって消える。着地した照真はそのまま腰に鞘を納めて、息を吐いた。

 

 身に着けていた白衣(はくえ)、黒袴、黒羽織には漏れなく血が飛び散っているが、それもまもなく消えるだろう。

 

『照真、そっちは片付いたか?』

 

 何の前触れもなく照真の脳内に男の声が響く。当の照真は慣れたようにこめかみに人差し指と中指を揃えて当てると、周囲を見回しながらこう呟く。

 

「今終わったところっす。山の入口に合流でいいすか?」

『あぁ、了解だ』

 

 念話が切れたことを確認した照真は山を下りようと、開けたこの場から山道に繋がる斜面まで移動する。整備の行き届いていない荒れた斜面を慣れたように滑降していく。

 

(にしても今日はやけに数が多かったな。まぁ、お盆の時期だから仕方ないか)

 

 先ほどの山犬たちは普通の野犬に見えるものの、そのどれもが邪気となる黒い靄を全身に纏わせていた。


 邪気を纏わせていたあいつらは祟魔(すいま)と呼ばれ、噂や伝承、負の感情から生まれる。


 生と死の境界が曖昧になるこの時期には数が増加しやすく、照真のように炎や水などの祓術(ふじゅつ)祟魔(すいま)を祓うことを役目としている祓術師(ふじゅつし)は多忙を極めていた。


 さっさと神社に帰って寝たいなと思いながら、荒れた斜面を歩くこと十数分。ふと照真の足が止まる。

 

「あれ? いつもならとうに降りてるはずなんだが……」

 

 眉を顰めた照真は、周囲に生えた木々を見回す。祟魔(すいま)を祓う祓術師(ふじゅつし)であり、伊勢神宮・外宮の神職でもある照真にとって、神社の裏山の巡回は日常茶飯事。道に迷うことなど有り得ない。

 

 違和感を覚えながらも、早く合流しようと歩みを進める。しばらくしたところでやっと山道が見えた。


 これで帰れる。そう思いながら斜面から山道に出て歩いていくと、朱い扉のついた門の先に朱色の橋が映った。

 

「……こんな場所に橋なんてあったか?」

 

 照真は思わず首を傾げて立ち止まる。ふと後ろを振り返ってみると見回してみると、先ほどまで歩いていたであろう山道がいつの間にか木々に覆われて消えていた。


 照真は目を閉じて神経を研ぎ澄ませる。だが、これと言って祟魔の気配は感じられない。試しに仲間の祓術師に念話を入れてみるが、繋がらなかった。

 

(これじゃあ戻るに戻れないな……。仕方ないけど、先に進むしかないか)

 

 意を決した照真は慎重に門を潜って橋を渡る。


 すると、橋の中腹辺りに行列ができていた。先頭が見えないぐらい人が並んでいるが、一体何の行列だろうか。取り敢えず並んでいる人に聞いてみよう。

 

「あのー、すいません」

 

 試しに最後尾にいた高身長の男性へ声をかける。照真の声に気づいたのか、灰髪を首元で一つ括りにした男性がこちらを振り返った。

 

「ん? 何かな?」

 

 顎髭を生やしたおじさんは人の良さそうな笑みを浮かべながら、問いかけてくる。大きい見た目なので、厳つい人だったらどうしようかと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。

 

「これって何の行列なんすか?」

「あー、これかい? これは悠楽(ゆうらく)に入るための行列だよ」

「その……悠楽(ゆうらく)っていうのは?」

 

 照真が訊いた瞬間、おじさんは灰色の目を見開いて固まった。何かおかしなことでも言っただろうか。照真は不思議そうな目でおじさんを見つめる。

 

 すると、彼は途端に腹を抱えて笑い始めた。

 

「あははははっ! いや~、君面白いね。悠楽(ゆうらく)を知らないとは。……いや? でも死んだばかりの人間なら知らなくても当然か。悠楽ってのはここ、幽現界(ゆうげんかい)にある都のことでね。死んだばかりの人間はまずここに送られてくるんだ」

 

 彼によると、幽現界(ゆうげんかい)というのは、一般的にこの世と呼ばれる現界(げんかい)とあの世と呼ばれている幽界(ゆうかい)の狭間にある空間なのだそう。


 だが、照真にはその説明を聞いている余裕は無かった。

 

 死んだばかりの人間。そう耳にした途端、頭の中が真っ白になったのだ。

 

(死んだだと? というかいつ死んだんだ……)

 

 あそこにいた祟魔(すいま)は全部祓った。ここに来るまでに何かに襲われたり、痛みを感じたわけでもない。


 確かに来た道が塞がれていたが、周囲の祟魔の気配は感じ取れなかったから祟魔の仕業という可能性も考えにくい。一体何がどうなっているんだ……。

 

 死んだということを受け入れられずいる中、おじさんは続けて話し出す。

 

「まぁ、君が死んだばかりの人間なら話は早い。あそこにデカい塔があるだろ?」

「え? あ、はい、ありますね」

 

 おじさんが指差した方向を見てみると、そこには天まで届きそうなぐらい高い楼閣があった。多角形の建物には階ごとに瓦屋根がついており、それなりに距離のあるここからでも目立っている。

 

「ひとまず、あの冥路閣(めいろかく)っていう塔に行けば大抵のことは何とかしてくれる。僕も悠楽に遊びに来たから、ついでにそこまで案内してあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 幽現界のことを教えてくれるだけでなく、どうやら案内までしてもらえるらしい。取り敢えず、親切な人に巡り合えて良かった。冥路閣(めいろかく)にいけば何か分かるかもしれない。


 そう考えている間にも、前の人が進み始め、おじさんと照真も前に詰める。と、おじさんが何かを思い出したような声を上げて、後ろにいた照真の方を振り向いた。

 

「そういや自己紹介がまだだったね。僕は玄峯(げんほう)。君、名前は?」

度会(わたらい)照真(しょうま)っす」

「うん、良い名前だ。短い間だけどよろしくね、照真くん」

「よろしくお願いします」

 

 互いに名乗り終えたところで、橋を渡り切った照真は橋を渡る前にもあった扉のついた朱い門を潜り、玄峯(げんほう)に連れられて悠楽の中を歩く。

 

 周りには瓦屋根のついたビルや店が立ち並び、道路では多くの車と人が行きかっている。


 死後の世界と聞いて、もっと和風なところをイメージしていたのだが、案外現実世界と変わらないようだ。すると、前を歩いていた玄峯が立ち止まる。


 どうやらキョロキョロと辺りを見回しているうちに、冥路閣に着いたらしい。照真の目の前には大きな楼閣がそびえ立っていた。

 

「ここら辺でいいかな?」

「はい、案内していただきありがとうございました」

「どういたしまして。それじゃあ僕は行くね。よい幽現界ライフを~」

 

 玄峯は笑みを浮かべながら軽く手を振ると、そのまま通りを歩いて行った。

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