第40話「まだ答えは出ない」
日常が戻った。
未来から帰って——正確には、入学式前日に戻って——数ヶ月が過ぎた。全員と再会して、カオスな日常が再構築された。
一回目と同じ出来事が起きることもある。違うこともある。明日香は隣の席で技術トークを炸裂させる。ミラは無表情で弁当を食べる。黒瀬は殴り合いを申し込んでくる。律は「遅い」と言う。神崎は双眼鏡を構える。
同じで、違う。知っていて、新しい。
でも、一つだけ——片付いていないことがある。
明日香への返事。
一回目の世界では、明日香が告白してきた。保留にした。——今回は、まだ告白されていない。でも、俺は覚えている。明日香の気持ちを。「好き」の一言を。泣きそうに笑った顔を。
覚えているのに、向こうは覚えていない。
——でも。
「岐堂くん」
放課後。明日香が声をかけてきた。教室。夕陽が差し込んでいる。
「ちょっと話、いい?」
「いいよ」
「あのね——」
明日香が言葉を選んでいる。いつもの技術トークの時とは違う。ゆっくり。慎重に。
「岐堂くんって——答え、出た?」
「…………え?」
「あ、ごめん。変なこと言った。忘れて」
「いや——何の答え」
「何のって——分かんない。自分でも。ただ、なんか——岐堂くんが何か考えてるなって、ずっと思ってて」
明日香は覚えていない。告白のことは覚えていない。でも——感じている。俺が何かを抱えていることを。明日香のセンサーは技術だけに向いているわけじゃない。
「……まだ」
「まだ?」
「まだ考えてる。——でも、逃げてない」
「……よく分かんないけど、岐堂くんがそう言うなら」
「待ってくれるか」
「何を?」
「……分かんない。でも、待っててほしい」
明日香が首をかしげた。分からなくて当然だ。初対面から数ヶ月の相手に「待っててくれ」は意味不明だ。
でも——明日香は笑った。
「いいよ。待つの得意だから。サーバーの応答待ちで鍛えられてるし」
「それ全然違うやつだろ」
「ふふ」
笑い合った。普通に笑えた。——それが救い。
帰り道。ミラが隣を歩いている。
「答え、出た?」
「……出てない」
「そう」
「未来で色々見て、大事なものは分かった。でも、それが恋なのかは——」
「焦らなくていい」
「……いいの?」
「私はどこにも行かない」
「明日香もどこにも行かないぞ。あいつ粘り強いから」
「……知ってる」
ミラの声が少し低い。不機嫌——ではない。事実を受け入れている声。明日香が強いことを、ミラは知っている。
「知ってるのか」
「今回の明日香さんも——強い。覚えてなくても、同じ人だから」
「……うん」
「だから——選がちゃんと考えるのは、正しい」
「正しいかどうかは分かんない」
「正しい。——ずるくないから」
ずるくない。ミラの中で「ずるくない」は最上級の肯定だ。
「……ミラ」
「何」
「今日、月見ないか」
「……いいの?」
「約束、まだ残ってるだろ。——消化しないと」
「消化って言い方」
「じゃあ、果たすだ。——果たしに行こう」
「……うん」
公園。夜。
ベンチに座った。並んで。いつもの公園。月を見る公園。
空を見上げた。
月が出ていた。
満月に近い。明るい。白い光。——未来にはなかった光。灰色の空にはなかった光。
「約束、果たしに来た」
「……覚えてた」
「当たり前だろ。リストにあるし」
【約束リスト残件:4件。内訳——】
「読み上げなくていい」
【了解】
月を見る。並んで。肩が触れている。手は繋がない。
「綺麗だな」
「綺麗」
「未来にはなかった」
「なかった。——でも、ここにはある」
「ある。……ずっとある」
風が吹いた。夜の風。少し冷たい。ミラが小さく身を縮めた。
「……寒い?」
「少しだけ」
「少しだけシリーズ」
「…………」
「上着貸そうか」
「いい。——このくらいがちょうどいい」
「ちょうどいいって——寒いのに」
「寒いのが分かるのがいい。未来では——温度管理が完璧だったから。寒いも暑いもなかった」
「…………」
「ここは寒い。寒いのが嬉しい」
「変な奴」
「……選に言われたくない」
月を見た。しばらく無言で。虫の声が聞こえる。夜の公園の音。静かだけど——無音じゃない。生きている音がする。
「答えが出たら——ちゃんと言う。ミラにも、明日香にも」
「……うん」
「逃げないから」
「知ってる」
「知ってるか」
「知ってる。——未来の選は逃げなかった。今の選も、逃げない」
「……未来の俺は逃げなかった代わりに——笑えなくなったけどな」
「選は笑えてる」
「笑えてる。——お前らのおかげで」
「…………」
「選」
「何」
「答えが出なくても——隣にいていい?」
「……当たり前だろ」
【心拍数が双方とも——】
「空気読め」
【……了解】
沈黙。でも、嫌な沈黙じゃない。温かい沈黙。月の下で。
帰り道。
ミラが手を繋ごうとして——やっぱりやめた。
「また明日」
「また明日」
「約束」
「約束」
答えはまだ出ない。でも、約束だけは増えていく。




